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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
恋呪いに立つもの
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エピローグ:求めたもの

そこは名も無き異界と呼ぶに相応しかった。

 新幹線に乗り込み数時間。その後は鈍行電車を乗り継いでから目的の駅へ。そこからは乗り捨て式のレンタカーを借りる。

 実際の場所は……言わない方がいいだろう。ただ、いつかに綾が言っていた、恋愛成就の御利益があるとされた神社。その近くにあるなんの変哲もない薮の中でひっそりと広がっていた。

 森の中にある小さな祠。現実の世界でも探せば似たような場所はあるのかもしれないが、そこを異界たらしめるのは空だ。紫色の曇天がその証だった。

 この世から遊離された場所。その発生件や在り方は様々だ。例えば裏ディズニーや暗夜空洞。前者ならば世界一つがその維持の為に、理想の夢の国であれという願いを元に形を変えながら浮遊する概念がその正体だった。一方後者は日常と怪奇の狭間で調停者として佇む彼女が己の力で世界に根を下ろした場所だ。

 曖昧で。強くもなり弱くもなる。異界とはそういうもの。そして……僕らがたどり着いた世界はもはや風前の灯火と言っていい程に崩れかけていた。


「……お邪魔しまーす」

「挨拶、出来るのかしらねアレ」


 そこにたどり着いた僕らが見たのは……。何と形容すればいいのかわからないナニかだった。毛髪がないのっぺりした顔。鱗まみれの肌。ギリシャ神話のラミアを思わせる、魚と蛇を混ぜたかのような下半身。そして、身体の所々からは、まるで脱皮途中のカニの幼生を思わせる、小さく柔らかそうなハサミが無造作に生えてきていた。

 はっきり言って気持ち悪い。SF映画に出てきそうな化け物が、誰かの死体のそばに寄り添いながら、僕らの方をぼんやりと見つめてきていた。

 多分偽綾が呼び出したであろう神様と、その当人の死体で間違いない。


「…………貴方。いや貴女? の存在が、最後までどういったものなのかわからなかった」


 しっかりと手を繋ぎ、メリーと並んで立ちながら、僕らはソレに話かける。

 低級な神様。そのことは露呈していた。ただ、それをただの一般人が呼び出したというのが解せない。本来ならばほぼ不可能だ。けれど……何事にも例外は存在する。

 全くの偶然によるものならば。


「一説ではあるけれど、神様は全国を渡りあるくものと、本殿に君臨しつづけるものがあるらしい。そして共通するものは、特に強い神様には、それぞれに眷族というべきものがいるということだ」

「それらは各地に散った分社や祠に駐在し、主となる神様の代行に務める。ここで面白いのは、その性質よ」


 稲荷神社。これが一番分かりやすい。本殿は京都の伏見稲荷だが、そこから派生し、時には全く違う祭神を祀った稲荷を冠するスポットは全国に存在する。

 お稲荷様の真実は僕らに知るよしもないが、そのお稲荷様ですら場所によって特徴のある御利益が存在する。地方柄など色々な事情があれど、これ全てが管理する側による性質が少しずつ滲み出て、本来のものとは別な様々な御利益が出る。

 だから同じ祭神を信仰する神社でも、土地によって色んな特色が出る……。と、個人的には考えている。

 ただ、これには一方で重大な危険も孕んでいるのではあるが。


「特に顕著なのは近年かな。日本に点在する神社や祠。その全てがしっかりと管理されているのだろうか? 答えはノーだ。結果、信仰が薄れ、力を失っていく場所も中には出てくる」


 神様は人間ありきだ。僕ら人間より強く、弱い。だからこそ、現在も彼らは八百万いるとされていても、人間を完全に支配することは出来ていない。そして、魔子も言っていたが、それだけの数がいれば、神様にもよからぬことを考える輩が必ずいる。……そんなのを頭に浮かべる時点でその神が低級なのは確定するのだけれども、眼を向けるのはそこではない。

 曲がりなりにも神様なら……居場所と信仰する者がいれば、ある程度の力を得ることが出来る。

 野良神。深雪さんもチラリと口にしていた社すら持てぬ神。それらが自分に無いものを手にするにはどうするべきか。

 簡単だ。自分より弱い、弱った神を追い出してしまえばいい。


「人里から離れた祠に目的もなく手を合わせてはならない。という話があるわね。山を回る修験者さんならばいいとこ、悪いとこも見抜けるのだろうけど、一般人はそうではない。これは……そこにいる神様がどんなものか分からずに祈りを捧げてしまい、結果、そこに居座っている悪いものに力を与えることになりかねないから。アナタの正体はそれね」


そうして、偽綾はここにたどり着いた。恋愛成就の参拝に来て、ふと目についてしまったのか。あるいは抱えていたであろう負の感情がここへの入り口を開いたのかはわからないけれど。

 偽綾は祈りを捧げた。野良神はそれに応えた。どちらが最初につけこみ、唆したのかは今となっては確かめる術はない。

 ただ、僕に『戸口に立つもの』なんて書物を紹介した辺り、彼女自身にもちょっとした信仰があり……弱いゆえに染まりやすかった神にもその影響が現れたのかも。

 結果、一人と一柱の狂気は加速した。

 彼女は綾との完璧な入れ替わりを望んだ。

 力を得た神は更なる力を欲した。

 彼女は入れ替わりに際して生け贄として自分の身体を捧げる。これで綾がここに招かれても、彼女が入る肉体はない。だから入れ替わりは解かれることはなく、この祠には供物と魂だけが閉じ込められる。

 あとは……偽綾が恋愛を成就させれば完璧だろう。御利益という形で彼女は幸せになり、野良神は神様としての格が歪んだ形とはいえ上がる寸法だ。

 結果、供物や取り残された魂は霊的な意味をもち……。ここの祠に怪奇かあるいは神様としての力としての象徴になる。

 つまり全てが終わったあと、この神様は御神体といえる現物と綾の魂。いいや、恋愛成就の力の末端に取り繕くような奴だ。多分……。


「綾を……花嫁にするつもりだったんだね。生きた信仰者。それも魂は御神体由来の格別な存在と、捧げられた巫女といえる花嫁の魂。それを同時に手に入れようとした」


 酷い反則技だ。けど、この神様は元よりほどほどに大きくなる程度で満足だったのかも。彼と彼女にとって誤算だったのは、メリーがここに来てしまったことだった。

 眷族なんかいない神様は、偽綾の願いが成就するまでは彼女のそばにいるしかなく、ここは完全に放置だったのだろう。

 これが綾ならばそのまま閉じ込めておけたのだろうが、神様には不幸なことに、やって来たのは強い霊感をもつ我が相棒だ。

 お化けレーダーな性質をもつ彼女が得意とするのは探知である。それはその性質を暴き出すばかりにとどまらず、この不安定な場所の穴を見つけるのだって造作もないことだろう。結果、彼女はあっさりと脱出して、僕らの元に駆けつけてくれた。

 何をかくそう、メリー本人の体験談であり、いつかにやった幻視の共有で確認した真実だ。


「私に神様としての領域を自力で脱出され、深雪さんにはワンパンチKO。願いは成就させられず、信仰者の心は折れて入れ替わりも解かれた。そして……この場所もまた、生きた私達に踏み荒らされた。既に満身創痍ね」

「……ところで、名も無き神様。どうして僕達は、こうして経緯を一字一句語ってると思います?」


 一歩前に出る。野良神は後ずさっていた。神さまであろうと、怪奇でもあることには変わらない。正体を暴き、限りなくその存在を貶めた結果、既に神様としての格は地に堕ちていた。更に深雪さんによって力の大部分以上は削られてしまっている。それこそ、僕でも消してしまえる程に。

 僕らが来た目的は、この狼藉者の排除。これは、深雪さんからの助力を受けた分の対価でもある。

 彼女いわく、野良神は少々やりすぎではあるし、放置しといてまた少なからず霊感がある人が巻き込まれてしまう可能性もあるため、祠の主神に告げ口をしたらしい。すると、すぐさま彼女に粛清の依頼が舞い込んだのだという。

 それを受けた深雪さんが、僕らに同行もとい野良神の探知を求め、今にいたる。


「深雪さんからの伝言です。私と目の前の男の子に消されるの、どっちがいい? だそうで」


 腕はきっと痛くなる。だが、それがどうしたというのか。野良神は僕の大切なものを壊しかけた。普段そんなに怒らない僕でも頭にきているのだ。

 それこそ……。こんな醜悪な神様を目の当たりにして狂気に囚われ、思わず殴りかかってしまいそうになるくらいには。

 つんざくような悲鳴が上がる。海猫が錯乱したかのような、耳をザワザワさせるような声が満ちて……野良神は僕らに背を向けて逃げ出した。

 世界に静寂が訪れる。そして……。

 突如、飴細工がゆっくりと溶けていくかのように空が歪んで崩れた。紫から水色へ。そよ風すら吹かなかった辺りに、草木の薫りが満ち溢れ始める。

 世界が一つ壊れた。それは支配していた名も無き存在が死を迎えたのを意味していた。


『残念だわ。全く、最後まで締まらないやつでしたねぇ……』


 のほほんとした口調で深雪さんが現れる。その手には鱗付きの千切れた腕が握られていたが、二、三度まばたきすれば霞のように消えてしまっていた。余韻すら残さない瞬殺である。


「……僕らを連れてくる意味、あったんですか?」

「というか、深雪さん一人でも見つけられたわよね?」


 思わず僕らが口々に問いかけると、深雪さんは少し困ったように頬を掻いた。目は髪で隠れているけど、きっと盛大に泳いでいるに違いない。


「いやいや。辰ちゃん、メリーちゃん。アナタたちは自分がやれてることがどんなに反則なのか……。本気で考えてみた方がいいわ。普通はこうも簡単に見つけられないものなのよ?」


 私も見つけられないとは言わないけど、こんなにあっさりは無理ですし。だとか、こういう索敵! 強行! 滅殺! は騰蛇(とうだ)の奴が一番得意なんですけどね~。といったことを呟いていたが、僕らはもうそれに耳を傾けることはなかった。

 そっとその場所へ歩みを進める。そこに喉笛の切り裂かれた、少し小太りな女性の死体が横たわっていた。よく見ると、そのそばにはナイフも転がっていて、その刃先には赤黒い血と肉片がこびりついていた。

 この死体が偽綾……なのだろう。逆転を狙い、全てを投げたした結末がそこに打ち捨てられていた。

 僕らはそれに対して、僅かながらもの寂しさを覚えた。


「正直、ここでさ迷ってるかと思ってた」

「…………ええ、そうね」


 共感も同情も出来ない。狂気に囚われていた彼女は気づいていないかもしれないが、間接的な殺人を犯そうとしていたのに等しいのだ。けれども……今はこうして見つけてあげられたのが少しは救いになればいいと思う。

 誰かに見て欲しい。愛を求めていた彼女の原点は、間違いなくそういった些細なものだったのだろうから。


「警察には、私が連絡しましょうか。二人はもう大丈夫ですよ。ありがとうございます。お疲れ様でした」


 合掌した僕らの横でヒラッと手を振る深雪さん。結局、この連れ回しになんの意味があったのかは教えてくれなかった。

 もしかして、本当に時間効率の為だけだったのだろうか? それとも……。


「深雪さん、何か企んでたりしませんよね?」


 ストレートに聞いちゃうのもどうかと思ったが、他に方法がない。だが、深雪さんは答えることなく、ただほくそ笑みを浮かべるだけだった。


「……行きましょう」


 メリーが僕の腕を引き寄せて、ぐいぐいと引きずるようにその場を離れる。その手は心なしか震えているようにも感じた。


「メリ……」

「喋らないで、早く」


 一歩でも遠くに行きたい。そんな気持ちが彼女から滲み出ているような気がして、僕らは足早に進む。

 レンタカーがある駐車場まで戻り、そのまた車に飛びのった僕らは、そのまま来た道を引き返していく。

 無言の空間が社内を満たす。何か気のきいた音楽でもかけてもいいのだろうが、完全にタイミングを失ってしまった。

 やがて、しばらくしてメリーはゆっくりと口を開いた。


「残念。って、深雪さんは言ったのよ」


 何のことか頭が回らず、僕がポカンとしていると、メリーは小さな声で野良神を殺した時よ。と、呟いた。


「それが、どうかしたの?」

「……少しだけ、不気味に感じたの。だってあれが深雪さんの足元にも及ばないのは、既に江ノ島で証明されていたじゃない。なら……深雪さんは一体何を残念がったのかしら?」

「なにをって……」


 その時僕はらまるで大きくて暗い穴を覗き込んでいるかのように思えた。

 そうだ。メリーが言うとおり、僕らは当初ここに来る必要はなかった。まだ野良神は生きているのだけは分かっていたから、事後処理は深雪さんに任せて。そうしたら協力して欲しいと言われたから乗り込んだのだ。

 さっさと野良神を見つける為に。

 僕らの力は互いに増幅しあう。メリーが野良神の位置を特定し、僕がそこに侵入しつつ世界を食い破る。後は深雪さんが仕事をして終わりだったのだが、彼女は何故か僕達だけを進ませた。

 大丈夫ですから。そう言って。けど……。


「……僕に、野良神を殺して欲しかった?」

「ええ、その可能性が高いの。結果的には深雪さんが手を出すことになった。けど……そうなると……」


 メリーは難しい顔で思案している。僕はといえば、運転に集中するより他になかった。

 頭が痛くなりそうだ。ただ、不気味ではあるけどそこまで心配はしていなかった。深雪さんがどうしてそんなことを考えたのか。それにはきっと意味が……。


「深雪さんと貴方。私が野良神の立場だったら、貴方の方に向かうわ。普通に考えれば、そっちの方が生存率は高いもの」

「み、深雪さんが外にいるのに気づかなかっただけなんじゃ……」

「確かにそれもあるわ。けど、あの崩れかかった世界なら、多少は外から深雪さんの気配が漏れてきていた筈。なのに神様は逃げ出した」


 震える声を絞り出す。それ以上は深追いしてはいけない。そんな気配がしていた。けど、我が相棒は現実から目を背けることはしなかった。


「こうは考えられない? アイツからしたら、深雪さんより、貴方の方が怖かったのよ」


 ※


 かくして、身内のなかでだけ少しの謎を残して、今回の入れ替わり事件は終息した。

 失ったものはない。ただ、喉に引っかかるようなトゲだけが残った。その意味を知るのはだいぶ先の話だ。

 思えば、深雪さんはこの時点である程度は予測していたのかもしれない。これから僕達に待ち受ける運命について。

 それに関する物語は……まだずっと先の話だ。


 なお、翌朝に綾と同じ大学の女学生が遺体で発見されたというニュースが報道されることになるが、これはもう僕らに関係のない話だろう。

 ちらりと聞いた話では、死体で発見された女学生は関係していたほとんどの知人や友人にメールを送っていたらしい。内容は人によってさまざま。

 ただ……。問題はそれが送られてきた時間が、彼女の死亡推定時刻よりも後だったということだろうか。

 果たして誰が打っていたのかは謎。恐らくは永久にわかりはしないだろう。

 一部の人を除いては。


 だから最後に、僕の幼なじみに送られてきたメールを紹介して、怪奇譚の締めにするとしよう。


『ごめんね。叫んでくれて。泣いてくれてありがとう。きっと幸せになってください』


 偽綾が、あの世界でさ迷っていなかった理由が少しだけわかったかもしれない。

 結局彼女を救ったのは神様でも、僕達や深雪さんでもない。どこまでも真っ直ぐな、とある女の子のハートこそ、彼女が一番欲しかったものだったのだ。

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