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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
富士樹海の蜘蛛夫婦
122/140

裏エピローグ:蜘蛛の巣まみれのプロローグ

 ごはん食べて、薬を飲み、歯を磨いて汗を拭い、安静にする。病人として当たり前のライフスタイルを朝、昼、晩と巡るころには、僕の体調は殆ど快方に向かっていた。


「らしいものって、いつかのクリスマスに遭った熊かしらねぇ?」

「秩父のタタリモッケ? も、可能性はないかな?」


 そんなわけで無理矢理眠らされたりを挟みつつ、僕らはベッドの中とそのすぐ傍で、いつかに遭遇したオカルトについて考察の花を咲かせる。

 富士樹海の蜘蛛夫婦。と、同居していた女蜘蛛。あの三人は自分を怪物と呼んでいたが、その意味は最後まで謎に包まれたまま。

 メリーが女蜘蛛に気絶させられた時、謀ったかのように脳へ叩きつけられた幻視(ヴィジョン)が、唯一得られた真実の一部だった。

 内容は断片的だが、巨大な蜘蛛に変身する女の子や、蜘蛛の糸を手から出す遠坂さん。そして……月下の森で寄り添い合う二人の姿が視えたという。


 僕らの推測通り、あの二人も蜘蛛だった。問題は怪物というカテゴリーだが……。


「実体もあったから、妖怪なら絡新婦(じょろうぐも)とか土蜘蛛。山蜘蛛辺りでしょうけど……」

「吸血に、人を操る。ってなると、絡新婦が一応は該当する思う」


 滝に男を引きずり込んだ。だとか、夜な夜な男の元を訪れて生き血を吸っていた。という伝承が残っているのである。

 ただ、問題は絡新婦はほぼ全てが女の妖怪であるし、富士樹海に住んでいただなんて話は聞かないこと。何よりも……。


「何でかな? 三人とも、妖怪って感じはしなかったんだよなぁ」


 違いを述べよと言われたら困るし、妖怪の中にはうまく気配を隠せるものもいる。

 けど、なんとなく直感で、彼らは単純な妖怪ではないという確信があった。

 少なくとも僕らに行使した怪奇的な力を持っていたから、オカルト的にはかなり上位の存在とみるべきだ。

 となると……。


「私としては、貴方が言ってたクトゥルフ的な存在が一番正解に近いと思うわ」

「〝アトラック=ナチャ〟か」


 それは、クトゥルフ神話に登場する蜘蛛の神性の名前。人間と変わらぬ。あるいはそれ以上に大きな蜘蛛の姿をしており、深淵の谷間と呼ばれる場所にて巨大な巣を張り続けているのだとか。

 尚、この推測にたどり着いたのは、いつかに故郷で起きたD校舎での事件を思い出したからに他ならない。

 妖怪でも、幽霊でもない存在。そう考えた時、自然と僕はクトゥルフ関連を調べていたのだ。結果は例によって有り得るけと確証はない。という曖昧なもの。

 つまるところあの三人は、最後の最後まで自分たちの正体を隠し通したのである。

 あと、アトラック=ナチャについて詳しい供述が記された資料が極端に少ないことも災いした。


「もしも宇宙的な怪奇が遠坂くん達の正体だったら……あの冒涜的な真実も頷けると思うのよ」


 ほら、丁度ニュースでやってるわ。と、メリーはテレビの方を指差した。

 夜の報道番組では、見慣れた顔のアナウンサーが原稿を読み上げている。内容は、僕らが大学一年の頃に都内で起きた事件について。

 当時は連続猟奇殺人事件が巷を騒がせており、都合八人は犠牲になった。首謀者は未だに逃走中(しかも驚くべきことに、僕らと同じ大学に通っていた)。そして……。この猟奇殺人事件の最中に、ひっそりと。件の犯人とは無関係な、凄惨な殺人事件が一件だけ起きていた。


 女子高生死体損壊・遺棄事件。


 不可解なことに、脳を含めた全ての内臓が持ち去られたまま、都内の女学生が路地裏に遺棄されていたという。犯人は未だに浮上せず。消えた内臓はどうなったのか、わからぬまま今日に至る。

 ……正直、富士樹海での体験を回想した日にこの事件が取り上げられたことに、僕は不気味な符合を感じずにはいられなかった。


 テレビでは、遺族の希望で捜査が打ち切られたという異例というか珍しい事態が起きていると報じられている。最終的にこれを警視庁側は受け入れたとのこと。

 これで、この事件の被害者……米原侑子さんが死亡した真相は闇の中へ消えることになるのだろう。

 僕らは画面いっぱいに映った、人並外れて美しい黒セーラー服の少女を見つめながら、ぶるりと身を震わせた。

 その顔は……僕らが出会った蜘蛛の女の子に瓜二つだったのである。


 ――あの騒動には続きがあった。見覚えがある制服だと思っていたら、あのセーラー服は比較的近くにある女子高のもので。掘り下げて調べていったら、この事件が引きずり出されてきたのである。

 しかも……。驚くべきことに、消えていたのは彼女だけではなかった。

 楠木教授の名前で検索すれば、その教授もここ最近で行方不明。更にはゼミ生の中でも、行方が分からなくなっている者が何人かいるらしい。

 ここまでくると、もう何が起きているかは容易に想像できた。

 遠坂さんも、大学を中退してからは行方が分からなくなっている。

 つまりはそういうことだ。


「あの蜘蛛に関わって、何人犠牲になったのかしら? それで……〝何体〟の死んだ人間が動いているのかしらね」


 それはもう、誰にもわからない。

 寧ろ怖いのは、〝僕らの記憶は果たして本物なのか〟という点だ。打ち破ったと思っているのは、僕達だけではないのか? 実は僕らが見たのはまやかしで。これは偽物の記憶という可能性は? いや、もしかしたら…………僕らも既に、死体ではないのか? 自分たちの皮を被った――。


 ぐるぐると思考が回り始め、何か恐ろしい名称しがたいものが身体の奥で産声をあげかける。僕は……僕らは――。


「……おバカさん」


 耳元で、甘く優しい声が私のして。直後、メリーの顔が視界を覆い尽くして、僕の唇が塞がれた。

 優しく押し当てるようなキス。ちゅ。という音がして一瞬離れたメリーは、小悪魔めいた表情で僕と視線を交わしてから、啄むようなバードキスを繰り返す。


「メ、リー?」

「……やっぱりクトゥルフが一番近いと思うのよ。今の貴方、SAN値がピンチな顔してたもの」


 そう言って彼女は僕に頬を寄せる。ヒヤリとした肌が心地よかった。


「私達は、一緒なら大丈夫」


 僕に言い聞かせるように、メリーは囁く。いつの間にか、指を絡めるようにして手が繋がれていた。


「考察したでしょう? 奴らの変な力が私達に効かなかった理由。あれは強い肉体を持ってはいるけど、同時に怪奇としての本質も持ち合わせているのよ」

「でなければ、皮を被って成り済ましなんて非日常なマネは出来ない……か」


 勿論、彼らが普通に殴りかかってきていたなら、決着は一瞬でついていただろう。だが、幸運にも使われたのは搦め手だった。

 あくまでも推測だが、あの命令する何らかの力は、いわゆる憑依に近いのではないか。僕らはそう考えた。


 通常は憑依なんて芸当の成功率は極めて低いのだが、そこは怪奇らしく、相手を恐怖で揺さぶることで成功率を高めているとみれる。

 だが、残念ながらそれで差し引いたとしても僕らに届きにくいのは揺らがない。

 実は深雪さんから聞いた話だが、イタコのミクちゃんみたいな霊媒体質ならばともかく、僕達みたいな特殊な霊感がある人間ならば、よほど隙を見せない限り、憑依が成功する確率は常人より下がるのだという。

 故に僕らは一度目は気絶するだけに留まり、二度目では完全にシャットアウトすることに成功したのだろう。


「自分を疑わないで。世界中で一番に私を愛してくれるのも。私の為に誰よりも走り回ってくれるのも……貴方だけなのよ? 目の前にいる貴方が偽物なんてあり得ない。わかるのよ」


 メリーの指が、首からかけたお揃いのコインチャームを弾く。それは正気を失いかけた僕を現実に呼び戻し、落ち着かせる楔となった。


「……ありがと」

「……どういたしまして」


 SAN値が危うくなるような思考が完全に消えさって。残された僕らは見つめ合い、気がつけばまた口づけを交わしていた。

 それは回数を重ねるごとに深く。熱く。激しさを増していき――。


「待って。待った忘れてた。ごめんよ。僕、今は風邪ひいてるのに」


 優しくメリーを押し倒し、指が彼女のこめかみをマッサージするように愛撫し始めたところで、僕はケホッ。という短い咳と一緒に、己のあやまちに気がついた。

 燻るような火を胸の奥に感じながら、名残惜しくも唇を離せば、メリーはトロンとした眼差しを僕に向けながら、余韻を楽しむように己の唇を指で弄りだす。……ちょっとセクシー過ぎるから止めて欲しかった。


「……そう、ね。そうよ。貴方病み上がりだわ。ダメじゃない」


 はう……と、悩ましげに息を吐きながら、メリーは僕を見る。「本当に止めちゃうの?」と、潤んだ青紫の目は語っていた。

 はっきり言えば、止めたくない。

 今さらのカミングアウトというか思い起こしをするならば、僕が風邪をひいたのは怪奇が原因で。つい最近まで、僕はその怪奇に関わる厄介事を解決すべく奔走していた。その間メリーは……〝行方不明〟だったのだ。


 成る程、確かに自分を見失いかけていた。メリー曰くヘタレのスパイダーマンなんか問題じゃない。偽メリー事件以来のSAN値直葬案件を、僕は切り抜けたばかりだったのに。

 弱気なのは、メリーを失うかもしれない恐怖と戦い続けて、その直後は風邪に倒れてしまったせいもあるかもしれない。

 ここ二日くらいは、本当にジェットコースターみたいに慌ただしかったから。


「バレンタイン明けに、デートする予定だったのに」

「うん。怪奇に台無しにされた上に、全てが終わって感動の再会どころか、僕ダウンしてたもんね」

「貴方ならって信じてたけど、ほんのちょっとだけ……二度と会えなくなったらどうしようって……」

「僕なんて深雪さんにからかわれたよ。顔が怖いですよ~って」

「……ごめんなさい、ちょっと見たいわそれ」

「なんでだよ。……言うタイミング全然なかったけど、心配したんだからね?」


 僕がそう言ってメリーの頬を指でつつけば、彼女は私悪くないもんと言わんばかりに頬を膨らませた。

 語るべきそれが巻き起こったのはバレンタインの翌日に。チョコより甘い夜を経てやってきた怪現象がきっかけだった。

 さぁ、蜘蛛の巣にまみれた狂愛を振り切ったなら、今宵はもう一つ。怪奇譚を語るとしよう。


 次に紹介するのはたった一日に圧縮された、愛と闘争の物語だ。


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