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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
富士樹海の蜘蛛夫婦
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プロローグ とある樹海の怪物へ

 今更な話になるが、僕達はオカルト研究サークルである。

 幽霊は勿論のこと、この世に存在するありとあらゆる怪異に不思議。超常現象や都市伝説を調査したり、時には知らず知らずのうちに巻き込まれる。それが僕達、『渡リ烏倶楽部』

 互いにある特異体質と向き合うようなフィールドワークは、大半が趣味と好奇心を満たす為のもの。ただ、一応弁明をさせて頂くならば僕らも伊達や酔狂だけで毎回放浪している訳ではないと付け加えておく。

 悪戯に恐怖して帰ってくるならば、それはもはやホラースポット専門の旅行サークルになってしまう。繰り返すが、僕らはオカルト〝研究〟サークル。

 つまり、毎回出会う怪奇については必ず二人でレポートを書いてるし、稚拙ながら考察もする。記憶としては忘れがたいものばかりだけど、こうして文にすることで色々と発見もあるし、後々役に立つかも知れないからだ。

 体質の関係上、僕らは本当に色々なものに遭遇するし、その頻度は日に日に上昇中。故にこういったデータは今後の自衛に使えるかも……とは、我が相棒の弁。そして、こんな風に形にして残すと、他にもちょっとした有効活用が出来たりもする。それは……。


「まだ寝てろって言ってるでしょうが。このあんぽんたん」


 いつになく辛辣なお言葉がすぐ横から飛んできて、そのまま僕の手からレポートが引ったくられる。

 暇潰しの読み物に利用していた僕らのオカルト記録は、現れた執筆者その2。もとい、メリーによってくるくると筒状に丸められ、僕を戒める武器に早変わりした。


「……いや、寝ようとは思ったけどさ。君のお陰でほぼ身体も楽になったから、大丈夫かな~って」


 ペチンと軽く頭を叩かれながら、僕がパジャマ姿のまま肩を竦めると、メリーはじとりとした目で此方を睨む。迫力たっぷりというか、無条件降伏したくなる顔である。

 因みに本日の恋人は淡いピンクのニットワンピースにオレンジ色のエプロンを装備。実に眼福なのだけど、それを褒めても今は追撃しか来なそうだ。


「風邪は治りかけが肝心なのよ? 病人は栄養と……ほら、毛布ちゃんと膝にかけて! 朝御飯作ったから、食べたらさっさとまた寝る! いいわね?」

「う、うん。本当にありがとう。頂くよ。ただ、寝るのはほら、さっき起きたばかりだし……」

「……(ダーリン)?」

「お、オッケィ、ハニー。食べたらまた寝るよ。すぐに寝る。頼むから笑顔で怒らないでくれ」


 ものっ凄い怖いから。とは口に出さず、しぶしぶ僕は白旗をあげる。ベッドから起き上がっていたらこれだ。些か過保護な気がしなくもないのだが、それはもう愛情だと思うことにしよう。

 二月も半ばを過ぎた頃。バレンタインの後にちょっとした騒動があり、僕はそこで名誉の(?)負傷と風邪を貰い受け、こうしてせっかくの春休みに自宅療養する羽目になっていた。

 何があったのだ? と聞かれたら、安定ではあるが怪奇の仕業になる。

 これに関しては話せば長くなるし、実は騒動が終結してからまだ二日くらいしか経っていないので、まだレポートに纏めきれていない。だから今は割愛しよう。


「そのまま、楽にしてて」


 そうこう考えてるうちにメリーの手が土鍋の蓋を持ち上げる。サイドテーブルの上でホコホコと湯気を立てているのは、白い粥状のもの。お米……ではない。これは……。


「パン粥……かい?」

「ええ。風邪の時、私はこれだったのよ。口に合うか分からないけど。〝少し食べ、少し飲み、そして早くから休むことね〟食べきれなかったら遠慮しないで残していいから」

「〝それが世界的な万能薬〟と?」

「そゆこと」

 

 微笑みながらメリーはベッドの横に椅子を引っ張ってきて、そこに腰かける。お膝の上に畳んだ新聞紙と土鍋が乗る様はなかなかにシュールだった。

 メリーの柔らかそうな唇がすぼめられ、スプーンで掬いあげられたパン粥を程好く冷ましていく。その仕草にこっそり心臓を高鳴らせながらも、僕は口元に差し出されたスプーンを受け入れた。

 一応動けるし、食べるのだって自分で出来るけど、メリーが何だか楽しそうだし、役得は貰っておくべきだ。


「……おいし?」

「うん。お嫁さんに欲しい」

「……素敵なプロポーズと一緒に指輪もくれたら、即行くわよ?」

「……じゃあ、ここぞとという時に」

「ん。楽しみにしてるわ」


 メリーの顔が近づいて、ふにゅりと頬に唇が押し当てられる。そのまま耳元で「パン粥、口移しがよかった?」なんてジョークが飛んで来たので「もう少し僕が元気な時に頼むよ」とだけ返して。後はもくもくと、栄養補給に勤しんだ。

 ブイヨンと甘く煮込んだ玉葱の風味が、パン粥自体の暖かさと一緒に僕の身体に染み込んでいく。ポタージュ風にしたそれは本当に美味しくて、僕はメリーの采配の中、夢中でそれを味わっていく。土鍋が空っぽになるのには、そんなに時間はかからなかった。


「そういえば、いつのレポート読んでたの?」


 食後に通販で買った甜茶を啜っていると、不意にメリーがそう問いかける。何の気なしな質問だったのだろう。だから僕もまた、特に深く考えずに返答する。


「一年前のだよ。ほら、富士樹海の蜘蛛夫婦」


 妖怪か。はたまたエイリアンか。結局正体はわからないままだったが、少なくとも関わらない方がいいと直感した案件だった。だとしても、どうして今更それを手にしたのかと言われたら、特に理由はないのだけれど。

 ただ、最近愛について少しだけ考える機会があり。そう思ったら、あの二人の顔が思い浮かんだのだ。

 幽霊みたいな青年と、人並み外れて美しい黒衣の少女。

 彼と彼女の間には……一つの絆と、愛があった。だからこそあの時、彼は僕らに襲い掛かってきたのだろう。全ては少女を……守る為に。 


「懐かしいわね……。今、どうしてるのかしら? ……まぁ、どうなってようが知らないけど」

「……なんか冷たくない? 一応、〝彼〟と同じ学部だったんだろう?」

「前にも言ったけど、私、〝遠坂君〟にあまり興味無かったし。それに……殆どとばっちりで酷い目にもあわされたでしょう?」


 ちょっとくらい苦労すればいいのよ。そう言ってメリーはべーっと舌を出した。ご立腹な様子に僕は苦笑いしながらも、そっと首筋に手を伸ばす。そこに傷はもう存在しない。だが、あの時の恐怖は……今でも鮮明に覚えている。

 友人に誘われ、ちょっとした付き合いで富士樹海のツアーに参加した僕らは……。

 そこで、怪物に出会ったのだ。


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