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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
鬼達のレゾンデートル
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鬼達のレゾンデートル《前編》

 世の中には、その業界や体験した人にしかわからない話がある。

 会社員あるある。

 学生あるある。

 子育てあるある。

 他にも色々。

 いわゆるよくある話。さらに穿てばわかる人にしかわからないネタというのは、基本的に身内同士で楽しみつつ、共有できる人がいたら、または、誰かに知って欲しい時に、広めていくものだと思う。

 だから、僕がこれより語る物語は、僕ら……もとい、少し特殊な方にしかわからないお話――、いわば霊能者あるあるだ。

 もっとも、そういう人がこの世にどれくらい存在するのか、僕にはわからないのだけど。


 節分。

 名が示す通り、季節の変わり目……その始まりを意味する日のことだ。

 分けるという文字から、基本的には最初の日ではなく、その前日を指す。一応年に四回ある筈なのだが、いつからか、立春の前日だけを示すようになってしまった。どうしてそうなったかはわからない。

 取り敢えず豆まきをして、年の数だけ豆を食べて厄よけする日。そう覚えていれば間違いないだろう。

 人や家庭によっては、恵方巻を食べたり、柊鰯を飾ったりするかもしれない。こちらはまぁ、お好みでいいだろうか。

 そして。そんな節分を僕はどう過ごすかといえば……、基本的に極力出歩かないようにしている。

 恵方巻や福豆。他にも必要な材料もろもろは前日に買い物を済ませて、ひたすら部屋に引きこもる。仮に学校があったら、全速力で帰宅。

 これが、物心ついた頃から続く、僕のスタイルだった。

 因みにそれは大学に入ってからも例外ではない。

 何故ならば……。


「ぐわぁあああああ!」

「ひぃいいい!」

「ぎゃあぁああ!」


 立て続けに三度。常人には聞こえない悲鳴が外で上がる。

 繰り返すが、時は節分。豆まきは厄除けとされるが、どうやってやるかと言えば、それによって鬼を追い払うから。

 そして……。霊能者たる僕には、毎年のようにあちらこちらで鬼が生まれ、あっさりと断末魔をあげながら散って行くのが視えるのである。

 あまり気持ちよくない光景が道行く先で当たり前にあるから、僕は……訂正。僕らは引きこもるという訳だ。


「今年も凄いわねぇ」


 キッチンの方から、聞きなれた声がする。

 お馴染みの相棒にして恋人、メリー。そして説明するまでもなく霊能者たる彼女もまた、幼い頃からこの光景を飽きるほど見ていたらしい。故に大学に入ってからは、晴れて節分引きこもり同盟が結成されたのは言うまでもないだろう。


「わからないんだよね。節分だとこうもポンポン生まれる鬼達が、普段はどうして出てこないのか」

「信仰の問題じゃないの? 豆まき、恵方巻。これらを買う人は、験担ぎ以外にも、心の何処かで鬼の存在を認めている。それが強くなるのが今日なのよ」

「納得出来るような出来ないような」

「理解なんて無理よ。私達だって、自分の霊感をしっかり解析出来てないでしょう?」


 考えても無駄なことってあるものよ。僕が切り出した疑問に答えつつ、メリーは包丁を動かしていく。

 リズミカルに野菜を切る音が部屋に響く中、僕は炬燵の上にカセットコンロを設置し終えてしまい、大いに暇をもて余していた。

 現在いるのは僕の部屋。学生の一人暮らし用故にキッチンはそんなに広くはない。その為、どちらかが料理していると、片方は結構やることがなくなってしまうのだ。


「何かやること……ないよなぁ」

「私を見つめてればいいじゃない」

「……エプロンつけた君の後ろ姿を見続けてるとさ。なんだか悪戯したくなるから危険なんだ」

「………………してもいいわよ?」

「……包丁とか、お鍋持ってない時にする。怪我が怖い」

「別に貴方なら刺したり殴ったりはしないのに」

「いや、そういう心配じゃないから」


 お互いに変な笑いが漏れた。ちょっとしたいつもの会話を楽しんでいると、もう少しだけ待ってね。と、メリーが一瞬だけ流し目を送ってくる。……クラっと来たのは、僕だけの秘密だ。

 油が弾ける音がして、こまぎれのお肉が炒められていく。赤色が茶に変わっていくにつれて、食欲をそそる香りが漂い始めた。そこで手際よくじゃがいも、人参、玉葱といった野菜達が投入される。

 匂いにまろやかさがプラスされ、全ての具材がいい塩梅になると、メリーはあらかじめ作っていた煮汁を鍋に流し込んだ。

 沸騰した所を見計らって灰汁を取り、煮詰めに入る。直前に然り気無く白滝と、ほんの僅かにお味噌が入れられたのが見えた。


「……それ」

「あら、気づいた? 貴方のお母さんから教わったのよ。ちょっと試してみようと思って」


 悪戯っぽく笑いながら鍋の具材を混ぜてから、落し蓋をするメリー。

 我が家の隠し味を伝授されてる辺りでお察しだが、メリーと母さんは仲がいい。それこそ、実家の筈なのに何故か僕の肩身が狭くなるくらいには。

 今年の一月も一緒に帰ったけど、キッチンに入ろうとしたらあっさり追い出されたものだ。

 母さん曰く「メリーさんと料理するのは私だっ!」とのこと。ついでにララもそこに加わるから、見事に僕の居場所はなく。父さんと肩を並べて、お正月特番を見ながら一緒に苦笑いしていた。

 滝沢家のヒエラルキーは、基本的に女が強いのだ。広いキッチンでメリーと料理したかった僕としては残念だけれども、これはこれでいいか。となった帰省だった。――閑話休題。


「ララに茶化されたの思い出したよ、お兄ちゃん外堀埋められてる~って」

「……あら、外堀なんてあったの?」

「……ああ、既に埋められて、本丸も陥落してるか」

「後は末代まで土地を奪うだけかしら?」

「侵略者がいる~」


 バカな会話をしつつ、頃合いが来たのでメリーを後ろから抱き締める。

 不意討ちだったのか、ちょっとだけピクンと肩を跳ね上がらせたのが面白かった。


「ひゃん! もぉ~……どっちが侵略者よ」

「いや、僕だけ落城は不公平だし?」

「……私、貴方にだったら無血開城なのに?」


 すりすりと後頭部を僕の首もとに擦り付けながら、メリーはキッチンタイマーを起動する。煮詰める時間は十分。その後中身を混ぜてからもう十分煮て、蒸らすのに更に十分。それでメリー特製、にくじゃがの完成だ。


「少し時間が余るわ。そのままぎゅ~ってしてて」

「了解。お姫様」

「……悪戯、してくれないの?」

「凄いのと甘いのどっちがいい?」

「料理中だから……甘いのがいいわ」


 オーダーに答えるべく、可愛らしい顎を後ろから持ち上げると、メリーは安心したように小さく息を吐きながら、うっとりと目を閉じた。そこへ……。


「ぎゃあああ!」

「あんぎゃぁたああ!」

「ぴゅあああぁ!」


 ムードをぶち壊す断末魔が再び響き渡る。訳あって窓を開けているお陰で、それはガンガンと叩きつけるように僕らの耳に入ってきた。


「ねぇ……窓、一旦閉めない? 〝彼女〟が来たらノックしてくれそうだし」

「確かに。そりゃ名案だ」


 その場を離れて、リビングに行く。

 外をざっと眺めるが、〝待ち人〟の姿や気配はまだなかった。


「あれから、一年ね」

「うん。あっという間だったなぁ……」


 キッチンの方から、メリーのしんみりとした声が聞こえて。僕はそれに相槌をうちつつ窓を閉め、暗い空を見上げる。

 色々な事があった。けど、こうしてまた節分を迎えられている今が、僕は愛しかった。

 変な形ではあったが、あれもきちんと厄払いになっていたのだろう。

 繰り返すこと三度目だが、今日は節分。鬼が逃げ惑い。そして福が呼び込まれる日。そんな中で、僕らはあるお客さんを待っていた。

 また来年一緒にご飯を食べよう。なんて他愛のない口約束をした存在と。

 お相手は、平成に生きる鬼。ひょんなことから知りあった子だった……。


 ※


 遡るは、丁度去年。まだ僕らの関係に恋人がカテゴライズされていなかった頃の……節分の日だった。

 万全たる引きこもり準備を整えた僕らは、無念の思いで悲鳴が飛び交う街を歩いていた。

 豆も、鰯柊も。恵方巻の準備もしていたのだ。なのに……。炊飯器が壊れてしまったのである。


「ある意味邪気にやられたのかな?」

「炊飯器が? それって鬼よりもグレムリンの仕業じゃないかしら?」

「……機械に悪戯する妖精だっけ?」

「鬼が活発になるなら、その辺も元気になるとか。あり得そうじゃない?」

「でも日本ではあまり知られていないよなぁ……」


 そんな話をしていると、道端で鬼が倒れているのが目に入る。ピクピク痙攣しながら、半身から霞のように消えていく姿は、なんとも言えぬ悲哀をもたらすようだった。

 やはり、節分は引きこもるに限る。だが……。形式だけでも風習を取り入れないのは見過ごせなかった。

 実に難儀な話だが、僕らみたいな霊感のある人間にとっては、こういう行事を外してしまうと、後々に不運にみまわれる確率が上がってしまう。

 幼少時代に学んだ経験の賜物であるから間違いない。


「……急ごうか」

「そうしましょ」


 目指すはスーパー。狙うは恵方巻。あれに適当なおかずを添えれば、ちゃんとした夕食になることだろう。煮物がいいかしら? といって、既にメリーは肉じゃがを用意してくれている。後はさっさと買い物を済ませて……。

 帰ろうか。そう考えていた矢先。不意に曲がり角から黒い影が飛び出してきた。


「え?」

「あら?」

「ふきゃ!?」


 三者三様な戸惑いの声が上がる。胸元にドシンという衝撃が走り……僕はその場でよろめいた。誰かがぶつかってきたのだけが、辛うじて理解できた時、「あ痛っ!」という小さな悲鳴が目の前でした。


「っと。大丈夫です、……か……」


 反射的に尻餅をついた相手へ手を伸ばす。ぶつかってきたのは向こうとはいえ、こっちはちょっとよろめいただけ。転んだ相手に追い討ちをかける趣味もないので、純粋な好意だったのだが……。僕はそこで、完全に硬直してしまっていた。


「いてて……いやぁ、ゴメンねぇ。見たいものが多過ぎて急いで、……て……」


 そこにいたのは、パッと見れば女の子だった。

 腰ほどまで伸びた綺麗な黒髪と、それを映えさせる白い肌。フリルがついた着物はミニスカート。この寒空の下では些か寒そうと思ったが、よくよく見たら外気にさらされた脚は、白ニーソックスに覆われていて、更に赤い鼻緒の下駄を履いていた。

 何かのコスプレ少女。そう思った。

 頭頂部にちょこんと生えた二対の小さな角と、身に纏う気配を視るまでは。


 紛れもない、もののけ。人外。怪奇の類いだった。


「……あー」

「えっと……」


 伸ばした手を引っ込めるタイミングを失い。ひきつった笑いを浮かべる僕と。その様子をまるで珍獣か何かと遭遇したかのようにまじまじと見る女の子。

 気まずい沈黙がその場を支配していた。


「手、借りても……あっ、でも……え? 待って嘘でしょ? あんた、視えるの?」

「…………一応は」


 たっぷり考えてからそう肯定すれば、女の子はおずおずと僕の手を握る。冷たくもやわっこい感触に包まれながら彼女を助け起こせば、女の子は「お~っ」と、目を丸くした。


「凄いわ! 私、平成生まれだけど、視える人なんて初めてよ!」


 興奮したようにまくし立てる女の子。そのまま手ばかりでなく腕や肩。しまいにはお腹にまでタッチされていく。さすがにくすぐったくて後退りすると、女の子はますます顔を輝かせ、僕にじりじりと近寄ってきた。


「わわわ! 凄っ! 反応してくれる! 凄い! こんなの初めて! あっ、てか今更だけど、結構なイケメンさんなんだね!」

「あの、ちょっと……お腹触りすぎ……」

「ひゃあ~! 線細いけど、腹筋硬いっ! ちょっと見せ……」

「待ちなさいな」


 すると背後で、底冷えしそうな位に硬い声がした。

 メリーだ。


「私、メリーさん。今、ラブコメしてる貴方の後ろにいるの」


 何故だろうか。その時僕は、彼女の背後で鬼や二月の邪気よりも凄まじいものが渦巻いているのを見た。


「ラブコメってどこが……」

「なんで出会って数秒でお腹見せる展開になるのよ。犬なの? 貴方ワンちゃんなの?」

「あ、あの。メリー……さん? 何でそんなに怒って……」

「怒ってないわ」

「……ホ、ホントに?」

「……怒ってなんか……」


 ないわ。と、答えようとしてくれたのだろう。だが、メリーがそう言うより早く、僕のお腹が冷たい外気に晒された。その日に限って、コートの前を開いていたのが災いした。

 見ると、女の子が僕のセーターの裾を、中の肌着ごと捲り上げていた。


「わっ、うっすら割れてる! 凄ーい! 格好いいー!」

「ごめんなさい、嘘よ。ブチ切れそうだわ」

「メリーィ!?」

「ね。ね。お兄さん噛んでもいい? ちょっとだけ。歯形付けるだけでいいから」

「待って! ちょっと、君……待ってぇ!」

「……私、メリーさん。悲しいわ。相棒が会ったばかりの女とイチャイチャするイタリア男だったなんて……!」

「相棒ぉ! 落ち着いて! あとイタリア人に謝ろう! 頼むから落ち着いて!」


 冬の……暦上は春を直前に控えた寒空に僕の絶叫が響き渡る。

 それが、僕ら渡リ烏倶楽部と、平成生まれな現代鬼。梅姫(うめひめ)の出会いだった。


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