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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
サキュバスは聖夜に惑う
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裏エピローグ:悪魔へのメリークリスマス

 クリスマスの騒動から二日後、僕が暗夜空洞を訪れると、そこには先客がいて、カウンター越しに深雪さんと談笑していた。非常に珍しいことにお客さんらしい。


「相変わらず物好きといいますか、見境がないですねぇ」

「何を言う。これもまた美を体現する存在には違いない。制御できぬ純愛へ走らせる幼き魔性。美とはまた、罪深いものだ」

「はいはいそーですね」

「……塩対応が過ぎないか?」

「禁酒中の私へこれ見よがしに上等な酒を持ってくる奴なんて滅びればいいんですぅ。…………あら?」


 気さくな雰囲気を邪魔するのが申し訳なくて、どうしたものかと立ち尽くしていると、先に深雪さんがこちらに気がついてくれた。


「辰ちゃん。どうしたの? 今日はバイト……ない筈よね?」

「はい、そうなんですけど。少し野暮用というか、魔子に用事があって。……勝手に来たらまずかったです?」

「やだわ。私と辰ちゃんの仲じゃない。何時いかなる時でもオールOKよ。お店からお部屋。お風呂に寝室ま・で・ね♪」

「あ、はい。そっちは遠慮しときます」

「……辰ちゃん、少しは慌てふためいてくれたりしてもいいのよ?」

「それ僕に期待します?」

「いえ全く」


 小粋なジョークを飛ばし合いつつ、僕は然り気無く来客にも会釈する。

 そこには上等そうな黒いスーツを着込んだ、長身の男性が立っていた。


「…………驚いたな。あの〝ジョウ〟が男を囲うとは」


 くしゃくしゃな黒髪を指で弄りながら、男は目を丸くする。その瞳は淡い青……瓶覗(かめのぞき)色だった。


「ゲン。その名は呼ばないでくれるかしら? 今は深雪ですので」

「おっと、すまない。そうだったな」


 あまりにも驚いてしまってね。と男は肩を竦めつつ、僕の方へ一礼する。

 よく見たら、ネクタイがキャラものだった。アメコミに登場する、亀の忍者。真面目そうな第一印象に、少しだけ遊び心がある人という要素が加わって、僕はほんの少しだけ親しみを覚えて。


「はじめまして。私は武部(たけべ)(げん)。深雪とは古い知り合いでね。今日はちょっとした買い物に来たんだ」

「辰ちゃん、顔を忘れちゃダメよ。コイツこんな真面目そうな顔してショタコンでロリコンだから。美しい童児に目がないのよ」

「おい、やめろ誤解だ。私は花は愛でるが手折りはしない」


 一瞬で、警戒レベルを跳ね上げた。よくよく見たら玄さんのすぐ傍には金髪にところどころ植物が混じった見覚えのありすぎる女の子が、ビールケースを椅子がわりにちょこんと座っていて……。

 その瞬間、僕は胃がひっくり返されたかのような錯覚を受けた。そこにいたのは、クリスマスの元凶、人外のハーフだったのである。


「――っ! み、深雪さん! この娘……!」

「ああ、大丈夫よ。ちゃんと今は周りに結界を張ってますから。しかも私とゲンの合作。凄いわよぉ?」


 口をパクパクさせる僕に、深雪さんは得意気に親指を立てる。それと同時に、玄さんもまた、普通の存在じゃないんだなと、僕は何となく察した。


「この間の騒動を、どこからかこのロリコンが聞き付けてね。面談した後に譲ってくれって」

「この娘は将来きっと輝く大輪の花……待て、青年。そんな目で見るな。違うぞ。あくまで素質があるからスカウトしに来たただけだ」

「えっと……はい。そうですか」


 言及するのは止めておこう。それよりも、これ人身売買ではないだろうか? いや、人外売買か? 気にしたら負けかもしれない。

 危険な力を秘めているのだ。それをこうも簡単に譲り渡すということは、一応信用ある人? なのだろう。あるいは、深雪さんのようにこの娘を抑え込めるのか。なんとなくだが、後者かな。と直感した。

 すると玄さんは、僕を改めてまじまじと見て。最後にその視線は僕の手に注がれる。


「今日は驚くことが多いな……伯奇(はくき)の宿主か。見るのは平安以来だ。相も変わらぬ面食いぶりよ」

「……え?」


 謎めいたその言葉に僕がポカンとしていると、玄さんは何でもないと言うように首を振る。「ジョウ……いや、深雪が気に入る訳だ」と呟きながら、そっと人外のハーフに手を差し伸べた。

 すると、驚くことに彼女はしっかりと、その足で立ち上がったのである。


「一応、一人とはいえ花粉の宿主にして、種を成しましたからね。それも極上の。ある意味で辰ちゃんとメリーちゃんの力で成長した……二人の子ども?」

「いや、その理屈はおかしい」


 多分わざとボケたのだろう。僕の突っ込みにカラカラと笑う深雪さんに、玄さんもまた、笑いを堪えるような仕草をすると、少女の手を引きながら、ひらりと片手を上げた。


「邪魔したな。たまには書庫に引きこもらず、年末の酒盛りくらい出てきたらどうだ?」

「大きなお世話ですぅ。どうせ三、四人しか集まらないでしょうに。……その子、頼みましたよ」

「おう。青年、深雪(それ)に付き合うのは苦労するだろうが、頑張れよ。我ら十二の同胞の中でも、指折りの変人だが、それでいて善神でもある。悪いようにはされないさ」


 それだけ言い残し、玄さんは店を後にした。

 去り際にあの娘もチラリとこちらに顔を向け、小さく手を振って来て、僕は驚きつつも半ば条件反射で手を振り返す。

 僅かだが、笑顔も見せていて。数日での変わりように、僕は驚きを禁じ得なかった。


「……ああ見えて、仲間内じゃ年長組に入るので、面倒見はいいんですよ。特に何かを教えることと守護に関しては右に出るものはいない」

「じゃあ、あの娘を預けたのって……」

「花粉の制御なり教えるか。まぁ無理ならそのままゲンが押さえ込むでしょうね。ここに封じるのと同じくらい。いえ、それ以上に安全ですのでご心配なく。……あと、変な使い方したらボコりますし」


 私も報酬を得たのでウハウハです。と言いながら、深雪さんは重箱らしきものを天高くかかげ、嬉しそうにクルクル回り始めて。不意にピタリと制止した。


「あ、そういえば魔子ちゃんに用事って……」

「ええ、そうなんです。今何処に?」

「彼女なら……」

『ここだよ。シン・タキザワ』


 会話に割り込むようにして、魔子の声が後ろから響く。本棚の隙間を縫うようにして現れた魔子は、僕の足元までのそのそと近寄ると、ぐぐーっと、猫のように身体を伸ばした。


『あたしに用事って言ってたよね? どうしたのさ?』


 そのまま狛犬のようにお座りする悪魔。僕はその傍にしゃがみこんで、バックの中から用意してきた紙袋を取り出した。

 中身は……カステラだ。


『……あたしに?』

「助けてくれたお礼だよ。実際僕の血をちょっと頂いたとはいえ、結構サービスしてくれただろう?」


 果たしてどんな心境だったのかはわからないけども。まず間違いなく、お店で肩に乗せるなんて小さな積み重ねだけじゃあ足りないような気がしたのだ。

 すると魔子はしばらく僕の顔と紙袋を交互に見比べて。やがて、ニタリと悪魔らしい不気味な笑みを浮かべた。


『ちょっと遅れたクリスマスプレゼントかな?』

「悠からじゃなくて申し訳ないけどね。まぁそんなとこ」

『……殊勝な心がけだね。まぁ、くれるなら貰うけどさ』


 そう言って魔子は爪で紙袋を引き裂き、中身を取り出した。保護用のサランラップも口で器用に剥がし、やがてその大きな口がカステラの一片を頬張った時。ゴム状の尻尾が、確かに左右へ揺れたのを僕は見た。

 すると、不意にチョンチョンと肩を指でつつかれる。深雪さんだった。


「辰ちゃ~ん。私には~?」

「…………あー、えーっと。じゃあ禁酒解除で」

「――っ! やった大好き! 別にいらないプレゼント貰うよりよっぽどいいわ!」


 実は用意してなかったから出てきた誤魔化しだったが、思いの外、彼女にはそれが最適解だったらしい。

 ヒャッホゥ! と、慌ただしく居間へ走る見た目麗しいお姉さん。多分数秒後には、栓抜きと愛用のグラスを抱えてくるのだろう。


『……クリスマスさ。嫌いなんだ』

「……え?」


 僕がつい苦笑いを浮かべていると、すぐそばで、カステラをモゴモゴと咀嚼しながら魔子がそう呟いた。


『悠といた時を、思い出すから。……嫌い。だからさ。キミらについてって手助けしたのだって、一人でいたくなかったから。ほんの気まぐれだよ』

「…………解決したら、そそくさと帰ったのも?」

『ああ、そうともさ。気まぐれだよ気まぐれ。別にクリスマスにいい子でいてプレゼントが欲しかったとかじゃないんだよ。……夢で悠に会えるかな。とか。変な期待した、訳じゃない』


 自嘲するような声色でカステラを食べ続ける魔子。僕はそれを黙って見つめていた。


「……悪魔って、寝るの?」

『…………チッ』


 あからさまに悔しげな顔。それを確認した僕は少しだけ勝利の余韻に身を浸らせた。悪魔の策略をかわせるようになった辺り、僕もまだ捨てたもんじゃないらしい。

 それと同時に少しだけ安心する。こうやって、僕の同情を買って更に貢がせようとする辺り、魔子はやっぱり魔子だった。

 試練を与え、それを突破してみせる。悪魔と人間は、こうでなければいけないのかもしれない


「魔子」


 何はともあれ、これでようやく、僕らの貸し借りはイーブンになったといえるだろう。故に、今はこうして素直な言葉を彼女に贈れるのだ。


「……ありがとね」


 僕の言葉に、魔子はフン。とそっぽを向く。

 用意してきた供物(カステラ)は悪魔の舌にも合ったらしく、残らず綺麗に平らげられていた。我ながら改心の出来だったので結構嬉しかったのは、僕だけの秘密である。


『……ああ、そうだ。聞こうと思ってたんだ』


 そろそろ帰ろうか。そう思って立ち上がった矢先で、魔子に呼び止められる。

 顔を向けると、彼女はククク……と、いささか下品な顔で笑い。


『――お味はどうだった?』


 そう問うた。

 最後の最後まで悪魔らしい質問に、僕は思わずため息をつく。

 説明してやる義理なんかない。けど、魔子は言うまで通さんとばかりに僕の前に後足立ちで立ち塞がる。

 これが犬か猫だったならば、いわゆるインスタ映えする写真というやつになったのだろうか。なんて馬鹿馬鹿しいことを考える。


「さぁね。ただ――」


 味なんかわかるもんか。お互いに初めてで。いっぱいいっぱいだったのだ。上手い下手なんて分からないけど、少なくとも前者でなかったのは確かだろう。

 それでも……。僕はクリスマスの夜を思い出す。


 ちょっとだけ罪悪感やらを覚えた僕にメリーは甘えるように身を寄せてこう言ったのだ。


「……これから先も、貴方とこうして時間を重ねていける。ちょっと、怖いわね」

「怖い? どうして?」

「だって、これ以上貴方にメロメロにされたら、別の意味で狂っちゃいそうだもの」

「……痛くなかったの?」

「それなりに。けど……不思議ね。期待とかそっちの方が大きくて……今は平気なの。正直、背中刺された時の方がよっぽど痛かったわ」

「お、おぅ……」


 そりゃそうだと顔をひきつらせる僕に、メリーはそのまま額をこちらに押し付けてくる。猫が喉を鳴らすような恥ずかしげな呻きが漏れると共に、汗で湿ったお互いの肌が吸い付き合い、クラクラするような甘くも酸っぱい香りが鼻腔を満たした。

 予感がした。彼女は僕が自分を狂わせるとよく言うが、逆である。この後に待ち受けるのは、僕を完膚なきまでに叩き伏せる殺し文句のオンパレード。狂わされているのは、僕の方なのだ。


「もしかして、少し焦ってる? いえ、罪悪感……かしら?」

「うっ……」


 図星をつかれて固まる僕を咎めるように、メリーが僕の肩に軽く歯を立てる。それすらも、痺れるようなスパイスになると知らずに。


「いいじゃない。傍に、いてくれるんでしょう? 時間もたっぷりあるわ。私をもっともっと貴方色に染め上げる時間が……ね?」


 私も、染めちゃうんだから……。その囁きを最後に、甘い唇が降りてくる。

 心が、熱した飴細工のようにぐじゅぐじゅに溶かされていくのを感じていた。その時、僕の頭を占めていたのは……。



「〝時よ止まれ〟なんて、生まれて初めて思ったよ」


 クサイ台詞なのはわかっている。けど、そんな僕の返答に、魔子は歯を剥き出しにして、満足気に笑っていた。


『そいつは、悪魔に言うのは致命的だ。君だけのサキュバス相手なら尚更ね。五体引き裂かれてもいいのかい?』

「生憎、五体どころか全身がんじがらめだよ。多分一生抜け出せないだろうさ」


 望むとこだけど。とは、もはや口にすまい。

 メフィストフェレスの誘惑は簡単にはねのけられても、メリーの誘惑にはもう抗える気がしないのだ。



 ※


 こうして、サキュバス的な何かが原因の騒動は幕を下ろした。

 振り返れば僕は何も悪くないのにこうして巻き込まれている事になったのだが……。それに関してはとやかく言うまい。

 ただ、この事件にはちょっとした続きがある。寧ろ、色んな意味で僕が震えあがったのは、何もかもが終わった後だった。


 それは、年末の特番に。僕とメリーが肩を並べて炬燵に入り、テレビの前でぬくぬくと羽を伸ばしている時にやってきた。

 新人のアイドルが二人、カウントダウンも間近なステージで、歌って踊って笑顔を振り撒いていた。

 一人は煌めく金髪をフワリと揺らした、見覚えのありすぎる幼い少女。

 そして、もう一人は……。


「あばばばば……ピェ、ピョ……キエェエエェイ! あぁん! もう……もう来ちゃう。もう来ちゃうぅ! らめぇ! し、新年にィ……干支が次のに、なっ、ひゃうぅ……! んあっ!」


 笑顔を訂正。お茶の間にアへ顔を届ける、これまた見覚えがありすぎる女の子がいた。……というか、ミクちゃんだった。

 何してんの君。という声は、当然ながら届かなかった。


 こうして……。

 無駄に色気のある仕草と歌声で老若男女を魅力した自称・人外幼女アイドルと。

 ありとあらゆる歌手が乗り移ったかのようなパフォーマンスを見せる、アへ顔ダブルピースが十八番のイタコアイドル。

 このハチャメチャなコンビが爆誕した夜は、後に伝説として語り継がれる事になるのだが……それはまた別のお話である。

 

 

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