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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
羊達が黙る刻
101/140

羊達が黙る刻 序

 それは、大学生になって二度目のクリスマスが近づいてきた頃。十二月中旬頃の出来事だった。

 本格的に冬の寒さが到来し始めたのを嘆きつつ。適度に暖房の効いた大学の食堂にて、僕は冬休み前の課題をこなしていた。

 大学二回生の後半ともなれば余程ひねくれた課題でもない限り、適切な潰し方は心得ている。この分だと夕方……十五時には終わるだろうか。

 夕方はちょっとした待ち合わせをしていたので、これならば彼女に平謝りしなくて済みそうだ。

 なんて事を思っていた矢先。不意にスマートフォンから、お気に入りの洋楽が流れ出す。

 それだけで、僕は電話の相手を思い浮かべ、無意識に顔を綻ばせた。この曲を設定しているのは、一人しかいなかった。


「もしもし? どうしたんだい?」

『…………私、メリーさん。今、授業が休講になったの。だから貴方に会いに行くわ』


 通話ボタンを押すと、こちらをからかうような嘲笑の後に、スピーカーから慣れ親しんだ声と口上が聞こえてきた。

 予想通り相手はメリーだった。

 

「……意気込んだ所に水を差すようで申し訳ないけど、場所わかる?」

『ナメないで欲しいわね。こっちは都市伝説よ? 貴方の一人や二人くらい見つけてみせるわ』

「へぇ。じゃあ、やってみなよ」

 

 自信ありげな彼女の声に、僕も興が乗る。君はバッタもんだろうに。という身も蓋もない言葉は飲み込んだ。

 電話口越しに、微かな喧騒が聞こえる。メリーもまた、大学内にいるのだろう。


「さて、私の持ちうる情報を整理するわ。まず貴方は、今日はもう授業がない」

「まぁ、お互いの時間割は把握してるから、そこはわかるか」

「その通り。普段なら帰る。アルバイト。大学でダラダラしてるかの三択だけど、ここで昨夜、貴方は不覚にも私に情報を漏らしているわ」

「……情報?」

「ええ。四限後に買い物の約束、覚えてる?」

「忘れる訳がないね」


 その為に僕は今、こうしてせっせと課題を潰していたのだから。そこまで考えて、僕は彼女が言わんとしている事を把握した。


「あー、そういえば僕が言ったんだっけ?」

「ええ。デートの約束の時、君の授業が終わるまで、僕は大学でレポートやってるよ……とね」


 不覚。なんて、一瞬思ってしまった。それでも苦し紛れに「場所までは言ってない」と切り返すが、残念ながら彼女の余裕綽々な態度は揺るがなかった。


「あら、貴方は課題を大学でやる時は、決まって自前のパソコンを持ち込んで、お気に入りの場所で作業するじゃない。そうなれば、場所は絞り込めるわ」


 状況の効果だろうか。少しだけ寒気がしたのは気のせいではないだろう。

 僕が思わず唾を飲めば、メリーは楽しげに、猫が喉を鳴らすような声を漏らした。


「大学のラウンジカフェ……。四号館一階のフリーホール。……大学食堂――、二階の窓側カウンター席」

「……っ」

「……食堂ね」


 女の勘って凄い。思わず天井を扇いだ。

 正否は? と、問う彼女に、自分の目で確かめるといい。なんて負け惜しみを述べ、僕はその時を待つ。


 数分後、不意に僕の目の前が、柔らかくて暖かいもので暗黒に染め上げられた。

 歓喜に震えた息遣いが耳をくすぐり、甘いハチミツみたいな香りと共に囁くような女の声が、僕を包み込む。


「私、メリーさん。今、貴方の後ろにいるの」

「そこでだぁれだ? と来ないのが君らしい」


 降参するように、目隠ししてきた手に触れれば、僕の視界が取り戻された。

 そのまま後ろを振り返る。そこには、道を歩けば十人のうち十人は振り返るんじゃないか。そんな印象を受ける美人さんが立っていた。

 肩ほどまでの緩めにウェーブがかかった亜麻色の髪と綺麗な青紫の瞳。何処と無く浮世離れした容姿を「お人形さんみたい」と、評する声を聞いたことがあるが、実に適切な喩えだと僕は思う。ビスクドールのような白い肌も、そんなイメージに一役買っているのだろう。

 大学の友人にして。所属するサークルの相棒でもあり。そして、愛しき恋人でもある女性。メリーである。


「どうかしら? 本物っぽかった?」

「なかなかにゾクッとしたよ。僕の行き先、全部把握されてるんじゃないかって錯覚しそうだ」

「流石にそこまではしないわよぅ……多分」

「……え?」

「冗談よ」

「……本当に?」

「……場合によるわ」


 僕も人のことは言えないが、ご覧の通り少しだけズレてる女性でもある。だが、それも仕方ないかもしれない。

 何故かというと彼女の正体は、かの有名な都市伝説の人形少女だから。つまり、存在自体が日常からズレているのだ。…………ただし、偽物だけど。


 ただし、偽物だけど。


 大事な事なので念のため。脱力したなら上々だ。

 色々複雑な理由はある。けれども、結局はオカルト好きが高じて、自ら『都市伝説のメリーさん』を語っているだけ。そんなバッタもんなのだ。

 本名だってメリーとは欠片も関係ない上に無駄に長く、日本姓まで入る凄まじく壮大なものだったりするのだが、これは今語る必要はないだろう。彼女は決して誰にも本名は名乗らない。だから僕もこれ以上は閉口する。

 総じてそれを前提に付き合うくらいには、僕らは微妙にズレている。痛々しいとすら思われるかも。

 だが、それもまた仕方がないことだ。何故ならば……。僕らは時折、望む望まないに拘わらず、非日常を歩む事が多いからだ。


『渡リ烏倶楽部』


 それは、幽霊やその他、この世に存在するありとあらゆる怪異や謎。超常現象。都市伝説に触れて回るオカルト研究サークル。

 それは、霊感なんてものを持ち合わせた大学生二人が立ち上げた、完全なる趣味で成り立っているもの。二人しかいないなら、サークルというよりコンビ名にした方がいいのでは? 何て思った時期もあったが、細かいことは気にしないことにする。

 大学に届け出なんて出してない、完全な身内の集いなのだ。その辺は自由気儘でいい筈だ。


「レポート、あとどれくらい?」

「急ぎじゃないから、このまま出かけちゃってもいいよ?」


 元よりメリーが授業を受けている間に、適当に進めておこうと思っていたものだ。するとメリーは、「あら、そうなの?」と素っ気なく返しながら、僕の隣にちょこんと陣取った。


「出かけないの?」

「〝先延ばしは、時間の泥棒よ〟授業一コマ分で終わる量なんでしょう? なら、さっさと潰しちゃいなさいな」


 待っててあげるから。そう言ってメリーは僕の頬に指を這わせた。


「エドワード・ヤングかな。……本音は?」

「先送りにしたら、多分貴方、帰ってから仕上げる気でしょう?」

「まぁ、そのつもり」

「せっかくのデートなのに、その後でパソコンに向かっちゃうなんて寂しいじゃない。どうせ時間を盗むなら、この後はずっと私を捕まえてて?」


 ね? と、囁きながら、メリーは甘えるように笑う。唇に白い指先が触れて、誘惑するように縁をなぞられた時、僕の中で目眩にも似た衝撃が走った。


「君、僕に火を付けるの上手いよね。――四十分で終わらせる」

「あら、お互い様よ? 私だっていつも火傷しそうになってるもの。――期待してるわ」


 メリーの顔が近づいてきて、頬に柔らかな感触が押し当てられる。火どころかニトロまで投入された。なんてアホな喩えが出てくる辺り、僕も大概に参っているらしい。……恋人なんて出来たのは初めてだから、もうどうしようもないと割りきることにした。

 そこからしばらくは、キーボードを叩く音がその場に響く。約束した四十分は余裕。この分だと、もう少し早く終われそうだ。


「夕御飯、どうする?」


 外で食べるか。部屋で作るか。その意味合いで問いかければ、隣にいたメリーはぼんやりと窓から景色を眺めながら、「そうねぇ……」と、頬杖をつき。


「……そういえば、もうすぐクリスマスね」


 まるで明日の天気でも確認するような口調でそう呟いた。

 クリスマス。その単語に、思わず僕の手が止まる。

 理由は二つ。一つは今更ながらだが、恋人として迎える初めてのクリスマスに不思議なくすぐったさを感じたから。

 もう一つは……。去年。まだメリーとの間に恋人というカテゴリーが追加される前に体験した、恐怖のクリスマスを思い出したからだ。


「……その前振りは、まさか焼き肉へのお誘いかな?」

「え? ……待って違うわよ。やめて、縁起悪いわ。私、今年のクリスマスは凄く楽しみにしてるのよ?」


 行くならまた別の機会がいいわ。と言いながらも、彼女自身思うところがあったのだろう。ブルリと身震いしながら、メリーは自分の肩を抱いた。


「……雪は、降ってなかったわよね」

「ああ。そして、丁度今日みたいに、風が冷たい日だった……」


 忘れたくても忘れられない。それほどにインパクトのある事件だった。故に思い浮かべてしまったが最後。僕らは、殆ど条件反射のように、その出来事を回想してしまう。

 ありとあらゆる怪奇に遭遇してきた僕らだったけど、あれはそのなかでも異質だったと言えるだろう。

 何せ僕らには、最後の最後まで、あれの正体が分からなかったのだから。


 これは、ニアミスの物語であり、逃走劇。

 何気ない日常のすぐ傍で、隣人として息を潜めていた怪物から、僕らが命からがら逃げのびてきたお話だ。

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