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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第一章 オカルティック・ホテル
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特異体質の由来

 突然だが、少しだけ怖くて奇妙な話をしよう。


 あれは忘れもしない。小学校に上がる直前の出来事だ。

 僕はその日、病院の一室で目を覚ました。

 目に入ってきた見慣れぬ天井に戸惑いを覚えて。そういえば昨日ここに放り込まれたんだっけ。なんて呑気に独白したのを覚えている。

 検査入院。

 連れてこられる道すがらに聞き取れたのは、そんな馴染みのない単語だけ。どうして自分がここにいるのか、しっかりと理解してはいなかった。


「起きたか、(しん)


 寝ぼけ眼を擦り、窓から射す朝日の眩しさに顔をしかめていると、聞き慣れた低い男の声がする。

 首だけノロノロと横に動かせば、そこには僕の両親が神妙な面持ちで座っていた。


「……どう、したの?」


 思わずそう問いかける。

 明らかに様子がおかしかった。普段は柔和な笑顔が絶えない筈の両親が、僕の目覚めを確認した途端に、少しだけ身体を震わせて。だが、すぐに何かを取り繕うかのように、泣き腫らした目で安堵のため息をついたからだ。

 そのまま沈黙が続く。今までにない両親の反応に、怒られるのかな。そんな心配が僕に芽生え始めた頃、ようやく父さんが口を開いた。


「身体は平気か? 痛いとこはないか?」

「う、うん。ない」

「お腹空いてるわよね。警察の人は、お昼前に来てもらうように言っておいたから。でも、朝御飯の前に一つだけ、パパもママも、辰に聞きたいことがあるの」

「……聞きたいこと?」


 少しずつ、夕べの出来事が鮮明になっていく。そうだ。幼稚園はお休みで。よく遊ぶ幼馴染みは家族とお出掛け。だから僕は一人で家の近くを走り回っていて……。


「辰、あのな。少し目を離したパパ達が聞くのは、凄く恥ずかしいんだが、教えてくれ。……どこに行っていたんだ?」


 父さんはそんな質問をしてきた。それを聞いた時に浮かんだのは、素朴な疑問だった。どうしてそんな事を聞くのかと。

 それでも特に隠す理由がなかったので、僕はそのまま正直に答えた。

 〝遊園地〟に行ってきた……と。


「……あれは何だろ。豚さんかな。それを追いかけて森に入ったんだ。しばらくしたら看板と門があって……」


 一つ一つ、順々に思い出しながら語っていく。

 見つけた獣は半分黒で、半分白。不思議な色合いをした、鼻が長いずんぐりした体格だった。

 目と目が合った瞬間、まるでこっちにおいでよ。そう言われているような気がして、気がつけば追いかけていたのだ。


「ウッドピアなんとか。そう書いてたんだ。観覧車とか、メリーゴーランドとかいっぱいあったよ。同じくらいの友達も出来たんだ。今度遊ぼうって……」

「ま、待って。待って辰……それは、そのウッドピアって遊園地に、本当に行ってきたの?」


 記憶を手繰り寄せていると、母さんは震える声で僕の言葉を遮りながら問いかける。

 だから僕ははっきりと、遊んできてちゃんと何回も看板を読んだ事を伝えた。

 漢字は分からなかったが、確かにウッドピアと書かれていたし、一緒に遊んだ女の子も覚えている。不思議な程に気が合って、とても楽しかったのだ。あれを忘れるなんてありえない。

 僕がそう言うと、両親は青ざめた顔で見つめ合い、そのまま小声で話し始めた。

 幻覚。誘拐から洗脳。冗談かも。そんな言葉だけが辛うじて聞き取れる。最後の単語には大いに不服を感じ、つい膨れ面を作ってしまったが、二人は気づいてくれなかった。

 内緒話は数分続く。やがて両親は納得しあったように頷き合ってから、また僕の方へ向き直った。とても悲しそうで、痛みを堪えるかのような表情で。

 

「……辰。お前はそこにずっといたのかい?」

「んーん。四時になったから帰りなさいって言われたから」


 アナウンス! と、僕が言えば、父さんは「そうかぁ……」と、半泣き半笑いで頷いて。そのまま身体を微かに震えさせながら、僕を優しく抱き締めた。


「辰、よく聞きなさい。そこでの出来事は、警察の人に話した後、全部忘れなさい。他の誰にも話してはいけないよ。そして……その遊園地には二度と行かないでくれ」


 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。どうして? せっかく友達が出来たのだ。また遊ぶ約束だってしたのに。そう反論した僕の肩を、父さんは痛いくらいに掴んで、必死に首を横に振る。そこには有無を言わせぬ、鬼気迫るような凄みが滲んでいた。


「それでもだ! いい子だから、その子のことも忘れなさい! 他の所にパパとママが連れていくから……! いい子だから!」

「お願い、辰……! わかって! 言うこと聞いて……!」

「……っ」


 どうしてそんなことを言うのだろう? 五時までにお家に帰ったのに。悪いことだってしてないのに。とっても楽しかったのに。

 当然納得なんか出来なかった。けど、あまりにも必死な両親の訴えに、僕は不満を胸に仕舞い込み、ただ頷くしかなかったのである。

 二人を悲しませた。それだけはなんとなくわかったからだ。


「ちょっと遠出でもしましょう? ディズニーランドとかどう?」


 母さんの提案に父さんが手を叩いて賛成するのを、僕は黙って見つめていた。次に浮かんできた疑問に、首を傾げながら。

 二人とも心配してくれて、今は心底喜んでいるのが分かる。だけれども。

 そこへ僅かに別の感情が見え隠れしているのは何故なのか。それが最後まで分からなかった。

 どうしてそんな目で、僕を見るのだろう。まるでそう、幽霊でも見るみたいに……。

 そこで不意に、一緒に遊んだ女の子を思い出した。


『また一緒に遊びましょう? 君に見せたいものが沢山あるの! 普通の人なら絶対にいけない、素敵な場所よ?』


 ごめんね。もう、会えないんだ。

 邪気のない笑顔で。宝石のように綺麗な瞳を輝かせながらそう言ったあの子に、僕は心の奥でこっそり謝罪する。今はそれしか出来なかった。

 その数時間後、警察が到着する。僕は両親から特例として話をする許しを得ていたので、そこでもう一度、体験した事を包み隠さず告白し……。


 今度こそ、遠慮などない畏怖の視線を向けられる事となった。


 子どもが一人で遊園地に行き、両親をヒヤヒヤさせてしまう。そんな傍迷惑なエピソードの筈だったのだ。

 しかし、実際にはそうはいかなかった。

 人生初の取り調べ。それによって、不気味な事実が引きずり出され、僕は両親が震え上がった理由を垣間見ることとなる。


 真相はこうだ。当時僕は遊園地に行き、日帰りで帰って来た。そう思っていた。

 だが、その前提が間違っていたのである。そもそも警察が動いていて、検査入院までさせられて。挙げ句に両親が精神的な疲弊を有していた時点で、何もかもがおかしかった。

 実際には……。僕は三日ほど行方不明になっており。懸命に捜索されていたのである。

 探せども探せども見つからず、目撃証言も皆無。誰もが絶望していたその矢先――。家からはるか遠く。廃線になった駅のすぐ傍にある林にて、僕はその近辺に住むお爺さんに保護された。

 察する事は出来るだろうが、当然そんな交通の便が悪い場所に、今は遊園地などある筈もない。そもそも僕の家の近くにすら、そんな施設は存在しないのだ。

 つまり僕が語った話は、現実では到底あり得ない事だったのである。それこそ錯乱したか、幻覚でも見ない限りは。


 だからだろうか。この事件は僕ら家族と警察の間で、『何も起きなかった』という形で封印された。

 子どもが見た馬鹿げた夢。そうとでも考えなければ、恐ろしかったのだろう。

 何故なら僕が保護された廃駅の名は……。


『ウッドピア柏浜駅』


 何年も前に閉鎖され、今は廃墟と化している遊園地の最寄り駅だったのだ。


 ※


 以上が僕の体験した怪談である。

 尚、大きくなってから行ってみたウッドピアは、バリケードが張られ、立ち入り禁止区域となっていた。

 入れば警察に通報します。そんな看板が立てられたまま、今も草むして崩れかけた正門を構え、細々とそこにある。

 Googleマップを使うと観覧車やメリーゴーランド、小規模な動物園跡地らしきものが映るらしい。もっとも、入って確かめる術は無いし、あれ以来近づいても何も起きなかったのだけれど。

 あの時僕に何が起きていたのかは、今も分からない。だが、たった一つ確かなものは、僕が見たものは決して夢ではなかった。そう断言出来る事だろうか。

 根拠はある。思えばあれは切っ掛けであり、始まりに過ぎなかったのだ。

 どういうわけか、この事件を境に僕の身体は明らかに変質してしまった。


 カミングアウトさせてもらうと、僕こと滝沢(たきさわ)(しん)は……幽霊が視える。

 荒唐無稽な話に聞こえるだろうか。だが実際に、この事件以降から僕の所謂(いわゆる)霊媒体質は発現した。


 お葬式では、御本人が視えて。

 墓場ではよく幽霊とすれ違い。

 事故現場では恨みや未練を残した、悪霊を目撃する。

 世間でいう妖怪と思われるものにも会った事もあるし、極めつけはかの有名な口裂け女に追い回された事まである。


 僕だけが視れて、触れられる非日常。

 語ることはなく。

 共有することなど出来ず。

 誰もが僕の覗いている、もう一つの世界についてこれなかった。

 その調子で十八年。僕はそういったオカルト的存在と度々接触しながら、今日まで生きている。 

 幼い頃より持ち合わせていた多大な好奇心と。他にも抱えた色々な諸事情を背に、僕は今日も一人で()く。

 今までも、そしてこれからも、そうなのだと思っていた。


 運命が変わったのは高校生として最後の二月。

 お受験戦争へ出兵した僕は、そこでまたしても奇妙な出来事に巻き込まれ……。やや大袈裟に言うならば、後々の人生に大きく関わる重大な邂逅を果たすことになる。


 ――これから語るは前日譚。真冬の都会にて起きた、夢物語だ。

 あえて名前を付けるならば……『渋谷の幽霊ホテル騒動』

 宜しければお付き合い頂ければと思う。

 

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