ある女
ー 駅からちょっと行った、あのビルの前で、待ち合わせ ー
都内某所。ふらふらと夜道を歩く、背の高い20代前半と思える女。
綺麗な黒髪に、色白で丸くふっくらとした顔。紅い口紅をして、派手な化粧。しかし、真面目で賢そうな顔立ち。決して下品ではない。
背筋はシャキッと伸ばして、ヒールの音をうるさいくらいに響かせながら堂々と歩く。それなのに表情はどこか哀しそうな、寂しそうな…
女は、人通りの少ない道へ進んでいく。
つけていたのを気づいたのか、彼女は後ろを振り返って、こちらを思い切り睨むのだ。
…いや、もしかすると睨んだわけではないのかもしれない。誰かに見られたらマズい、そんな顔だったかもしれない。反抗的な眼差しと、相反する弱気な雰囲気。
妙に色っぽい女であった。物凄く美人、というわけではないのかもしれないが、どこか惹かれるものがあった。堂々としているようで弱気な姿勢、哀しさで溢れた表情が、彼女を更に魅力的にさせた。
可哀想だと同情してあげたくなるほど哀しそうなのに、何故。
女は、一人の30代半ばのサラリーマンの待つビルの前へと向かった。
「すみません。」
そう一言謝ると、哀しそうな顔を無理矢理笑顔にして、こう言った。
「本日取引させていただきます、ナオですが…」