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城下町のとある酒場

「……聞いたか? ジャックが家族を連れて国外に逃げだせたみたいだぞ」

「ああ。倅が兵士だったからな」

「羨ましいぜ。俺も王宮に働いている子供がいればな」


城下町の片隅にあるとある酒場。

そこに何人かの男達が店の片隅で肩を並べながら小声で話しこんでいた。


「……最近どうだ?」

「駄目だ。取引していた農家は全滅だ。無事な所も探しているが……ないだろうな」

八百屋をやっている男は頭を振る。高級服屋を経営している男は深い溜息を吐く。

「国内の蚕農家も全滅だ。何とか輸入品の絹糸で補っているが、正直来年もこのままだと……」

「輸入品は高いからな。今の税金の事を考えると頭が痛くなるばかりだし。聞いたか? 二丁目のエイヴリッグは娘を身売り出したそうだぞ」

その話を聞いて周りの男達は息を飲んだ。その表情は予想していたかのように動揺はしていなかったが、『ついにか……』と心の中で全員思った。


「アイツの家は小さな商店だからな。最近の重税に耐えきれなくなっただろう」

「おい。女衒屋はキチンと認可書がある所か?」

「農家をしている親戚がいるらしい。その縁で」

「成程……やはり身売りを検討する事も考えなければいけなくなったか」

「悪質な娼館に売られない様に正規の所を調べないと」

「クソッ!!」


鍛冶屋を経営している男はコップを強く置いて、悪態をついた。

「何で自分の子供を売る算段を決めなきゃいけないんだ!!」

「間違えるな。誰だって可愛い我が子を売りたくない。エイヴリッグだって娘が売られる当日は人目も憚らず大泣きしたんだ」

「だが、悪質な女衒に娘を渡せば生きて会う事も、幸せになる事も出来ない」

「分かっている! 分かっているが……」

男達は一様に項垂れる。


分かっている。誰だって手塩にかけて育てた娘を、息子を売りたくはない。だが、口減らしで子供を殺すよりも遥かにマシだ。けして大袈裟ではない。そんな考えが一瞬でも過る程、城下町の住人達は苦しんでいるのだ。

これが農村ならすんなりと身売りに出すだろう。農村は人の手が必要だから子供を沢山産む家は少なくないし、一番苦しい思いをするのは何時だって農民達だ。彼等は明日の食事もままならない生活を子供にさせる位なら、と思い身売りさせる。もしかすれば国王よりも農民達の方が冷酷な判断が出来るだろう。

だがら、城下町に住んでいる彼等は知らなかったのだ。明日の食事もままならない事も、税を取り立てる役人の横暴さも、死んだ方がマシだと真剣に思った事も。


それもこれも王太子が国王に就任してから悪くなったのだ。


「何もかもあの王妃様のせいで……!」

「旦那。それは八つ当たりだ。流石の王妃様も天変地異は操れんだろう」

「しかし今の重税の原因は国王が王妃に貢いでいるから、王妃が悪いと言う意見はある意味正しいかもな」

「いや。重税のほとんどは国王が新しく作った部署に金を入れ込んでいるらしい。その部署が何のために作られたか国王とその部署で働いている人間以外誰も知らないそうだ。そのせいで騎士団長と仲が悪くなっているそうだ」

「そりゃあ、よくわからん部署に金をつぎ込んでいたら怒りたくもなるわ。そんな金があるなら俺達国民達の為に使ってくれよ!」

「そうだそうだ!!」


ゴホンゴホン


突然のマスターの咳払いに男達は慌てて口を噤む。

王家に批判的な人間がいれば直ぐに投獄出来る様に、アッチコッチで密偵が隠れている。ここのマスターも密偵であるが、庶民達の味方側なので余程の発言以外は見逃して貰っている。

マスターに注意されて男達は声を小さくした。


「所で、コレは他の国の知り合いからの話だが…………この国が最近悪い事ばかり起きるのは、ミシュラ様の御怒りを買ったからだと噂されているんだ」

「ミシュラ様に? ミシュラ様は温厚な方だぞ? よっぽどの事がない限り怒らない筈じゃあ……」

「あるだろ。唯一ミシュラ様が逆鱗に触れる事が」

「馬鹿な!? そうれじゃあ国王が実の父をっ」

「ゲホンゴホン!!!!」


マスターが男達の近くでかなり大きめな咳払いをした。

「これ以上の発言は庇いきれませんぜ旦那方」

「す、すまない」

「つい……」

男達は慌てて口を噤み始めた。しかしマスターはその場を離れずにどこか遠くを見ていた。

「ここからは独り言ですぜ」

そう言い残すとぽつりぽつりと語り出した。


「王宮内でも陛下に対する不満の声が所々で出ている。それと同時に若い連中がこの国を何とかしようと動いているのですが、彼等にある植物についての情報が入ったのです」

「植物?」

「しっ!」

マスターの独り言だからけして質問をしてはならない。慌てて口を閉じてマスターの言葉を待つ。


「その植物は遠い島国の山奥にしか生える事が出来ない珍しい植物でした。そのせいかあんまりこの国の人間にはあんまり知られていないんですが、その植物は多量に食せば『心不全』を起こす猛毒の植物でした」

「心不全……おい、まさか!!」

「若い連中はある仮説を立てた。『先代国王夫婦・宰相夫婦は実の息子達・・・・・に殺された』とな」

「宰相様までもが!?」

「何故!?」

「詳しい理由は分からないが、どうやら息子と宰相夫婦は何かしらの原因で険悪状態だった様だった。娘の事件で修復不可避の状態になり、廃嫡する手続きをしていた」

宰相家族の話は初めて聞いた。何せ宰相は国王の影として徹し自分はけして目立とうとはしなかった。だからあんまり庶民達から話題に成らなかったのだ。

「彼等は表だってその話をする事はなかったのですが……結束する人数が増えたと答えておきましょう」


信じられない話に無様に口を開いていた。

「だから、旦那達はそう簡単に身売りを考える必要はありませんぜ。最悪、しばらくの間国を出て行けばいい。そうだ、長期旅行ならきっと申請も通る筈でしょう」

「……すまないな」

「いえ。ワシも元は平民でしたから」

それだけ言うとマスターは奥へと消えて行った。 










この時代の城下町で暮らしていた庶民達は苦しい生活を送っていた。

度重なる災害や重税のせいで少しずつ城下町の活気が暗くなり、果てには身売りをし出す家も出始めたのだ。他の資料によればこの時に下級貴族の方でも子供を身売りする家もいたとされている。


なぜ金持ちの商人や貴族に嫁がせなかったから言うと、そう言った所はもう何十人もの美しい令嬢を抱えていてもうこれ以上貰えなくなったからだ。王族の後宮と変わらない程に。

後に国の経済が悪化すると、金持ち達は娘の世話やその家の援助が出来なくなって、ほとんどの令嬢達は実家に帰された。


この時からある噂が庶民だけではなく、貴族の間にも流れた。


『この国の情勢が悪いのは今の国王と宰相が自分の両親を殺したからだ』


他の国は平和そのものなのに、どうして自分の国だけが此処まで酷い目に合うのか。そう思えればこんな噂も出回るのも仕方ないだろう。

元々は貴族の一部の間で実しやかに語られていたのだが、どうやら王宮に働いている関係者の誰かが庶民の知り合いに話したせいで広まってしまったと言う説が有力視されている。


しかしほとんどの人間は、それこそ他国の人間でさえ荒唐無稽な噂話の一つとして捉えていた。

何せ『親殺し・子殺し』はけして犯してはいけない禁忌。それこそ寝る前の子供に読ませる絵本代わりにミシュラの愛子に起きた悲劇を、その禁忌を破った愚か者の末路を語っていたのだ。

そんな話を幼い頃から聞き、大人になった子供達は誰も禁忌を破ろうとはしなかったし、自然と自分の子供にも語り出す様になった。

そう言う事だから、この時まで誰もこの噂を信じなかった。


この噂が真実だと判明した『神官長・副神官長親子の自害事件』が起きるまでは。


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