シャーロット・ヴァルロード
大陸に学校を普及されたアンジェであるが、同じ時期に共にヨシワラに売られた少女がいた。
後に三代目『フローレンス』の名を受け継ぐ事になったシャーロット・ヴァルロードである。
シャーロットはスラム生まれで両親はおらず、ほとんど一人で生きていたと言って他なかった。
シャーロットは幼い頃から美しい姿をし、必然的にそう言った輩によく狙われ、襲われた。
だが、儚い見た目とは裏腹に非常に好戦的な性格で、そう言った輩は全員金玉から潰していった。
ある程度成長すると、シャーロットもまた自ら女衒屋の蛇目に志願した。
何故自ら志願したのか、彼女の子供達が理由を聞くと
『スラム時代はタダでヤろうとしたのよタ・ダ・で。何で私が金にもならない事をやるのよ。ヤるんだったら自分から稼いだ方がまだマシよ』
シャーロットは勤勉で規則に厳しい面があった。
例えば、彼女がフローレンスの名になった時、まず最初に住人の健康診断と顧客の名簿、売上など当時から管理していたのをもっと厳重にし、娼婦達にお客との会話を記録するように義務付けた。覚えが悪い子やめんどくさがりな子は特殊な記録機を部屋に隠して提出させた。
娼婦達は疑問に思ったが、皆素直な子が多かったので素直に報告した。
彼女が就任してから何度か他国から不穏な空気がした。しかし、その度にシャーロットは煙のうちに速球に対処した。
そして、狙っていた国が二度とヨシワラを狙う事がなかった。自国で手が回ってしまったからだ。
王族の離婚問題勃発、隠し子の発覚。王太子がソッチ趣味で、しかもヨシワラではない他の国でヨシワラの男娼と勝手に結婚していた事までも表ざたになった。
後者の時はまだ少年と言っても過言でもない年の子で、『こんな幼子の思いを踏みにじるとは、私達ヨシワラの娼婦達を敵に回すと言う事ですね?』と一方的な離婚を申しつけた使者に、自慢の営業スマイルと背後には怒り狂った般若の幻覚が見える程の威圧感を出しているシャーロットとそれはそれは可哀想な位泣きだしている件の男娼の少年(庇護欲を持ちたくなる美少年)。因みに場所は人目が多い場所でだ。
それら全てシャーロットの策略なのか定かではないがその後、少年は離婚する事になるが小国の国家予算と同じと噂される程の慰謝料を貰い、元夫である王太子は周りから大バッシングを受け、その後表舞台に出る事はなかった。
それから他国ではこの様な合言葉がある。
『ヨシワラを、特にフローレンス(この場合はシャーロットの事)には手を出すな!!』
以降、ヨシワラに他国の戦争の余波を受ける事はなかった。
ヨシワラの裏路地。人目につかない暗い場所に二人の男女が向かい合っていた。
二人の様子は客と娼婦、男娼と客の雰囲気ではなく、さりとて恋人同士の様な甘い雰囲気もない。二人はただ情報を交換しているだけだ。
男の方はコレっと言った特徴のない、それこそ人混みに紛れたら分からない位特徴がない。だからこそ、この様な場所は彼には不釣り合いだ。
女の方はまだ少女と言って良い年頃だ。儚気な雰囲気を漂わせているが、身体は思わず生唾を飲み込む程スレンダーで妖艶だ。
しかし、その顔はどこか気だるげで、しかも年齢にはまだ早すぎる煙草を口にくわえている。
「……アマンダからの報告は?」
「奥様の悪口オンリー。コレでもかって位貶していますね。……コレが役に立つのですか?」
「アマンダの今日の客は、シヴァン国の王様よ」
「シヴァン国。あそこは確か王妃様に頭が上がらない恐妻家で有名な所ですよね?」
「そうよ。シヴァン国より大きな国のお姫様だったらしいからね……おまけに性格もかなり酷いとか。まあ、王様もかなりのサディストみたいだからある意味似た者同士ね。アマンダが五本の指に入る程のマゾヒズムだったから出来る所業よ。……後は」
「此方はヨシワラに関わりはありませんが、センゲイ国の王太子が噂ではペドフィリアと、実しやかに語られています」
「実しやかに、ではなくて確定の噂でしょ? ヨシワラで一番の変装の達人で、隠密の統領のランファ、劉蘭花様は」
ふーっと煙草の煙を吐き出すと、ニヤリと不敵な笑みを作るシャーロット。
その様子にやれやれと頭を振って困った様に頭を左右に振ったランファ。
「まったく、どこから俺の本当の名前を知ったのですか? フローレンス様ですら知らないのに」
「昔、東の大国でとある暗殺一族が王族によって滅ぼされた。その中で長の一人息子が谷底から落ちて、何年か経って死亡と今になって世間に発表されてね。気になって調べたらその息子、変装の達人で長である父親以外本当の顔を知らないそうよ。しかも偶々息子が生まれた時の資料が残ってたの」
「……どこから調べたんですか」
「私もフローレンス様程ではないけど、そこそこの権力者と仲良くしているから。まあ、まだエッチはしていないけど」
「お姫さんはまだ十二歳でしょうが。本当ならこんな仕事まだ早いと俺は思うのですけどね。……ほら、煙草も吸わない」
シャーロットから煙草を取り上げると、ランファはその煙草で吸い始めた。シャーロットはむっとした表情を作るが、直ぐに諦めて片方の頬を膨らませた。先程の大人びた態度よりよっぽど年相応だ。
「仕方ないでしょう。アンジェはあんな性格だからとても国を治めるには無理だし、結果的にフローレンス様のもう一人の養女である私が後継ぎ決定でしょう? だから私がしっかりと表と裏の仕事を学ばなきゃいけないの。まあ、私より優秀な子がいたらその子にあげるけど」
「貴女程優秀な方はいませんよ。能力的に今のフローレンス様よりも上ですよ」
「フローレンス様があまり働かないのも原因の一つだけど。まあ、部下が優秀な人が多いからね、貴方含めて」
「褒めていただき恐縮です」
ニコニコと笑うランファに、何故か気まずそうな顔のシャーロット。
「……一族の仇を討ちたくないの?」
「…………父は、長は野心があり過ぎた。暗殺一族の家系でしたか元は王家と繋がりがある一族でした。その為要らぬ欲をかき結果的に一族を滅ぼした。長の息子として責任は感じますが怨むのは筋違いです」
ランファの言葉が嘘偽りではないと分かったシャーロットは「そう」とそれだけ言うと目を瞑った。
「所で例の国はどうなの?」
シャーロットはやっと本題に入った。ランファも待っていたと言わんばかりにスラスラと言葉を紡ぐ。
「未だフローレンス様を狙って密偵が入りますが、ロード様達の警備隊に捕縛されてます。しかし、数が年々減りつつあります」
「? どう言う事? アイツ等もうフローレンス様を連れ戻す事を諦めているって事?」
「いえ。逃げ出しているんですよ」
「はぁ?」
ぽかんと口をあんぐりと開くシャーロット。
「密偵の任を受け持った兵士達が家族を連れて逃げ出しているのですよ。仲間もその事を黙認しています。因みにヨシワラに来るのは天涯孤独で、捕まっても迷惑掛かる人がいない人だけだそうですよ」
「……そこまで酷かったかしらシャレーンは」
「バターなどの輸入品の価格が大分値上がりし、農作物も最近天候不良で売れる物がない。それなのに税は高いまま。逃げ出さない方が可笑しいですよ」
ランファの報告の内容があんまりな内容で、思わず目頭を押さえるシャーロット。
「貴女様の愛してやまない作品の顛末が、こんな酷い結末になったと知った時のシャーロット様の心中お察しします」
ランファの発言に思わず口をあんぐりと開くが直ぐに口を閉じる。
「……母さんから聞いたの?」
「はい」
「…………信じるの」
「俺の生まれ故郷で門外不出の資料を偶然拝見する事があったのですが、前世の記憶を持つ人間が少なからずいた様です」
「何ですって?」
突然の言葉に思わず言葉を詰まる。
「それは……世界各国の王族だけが知っているの?」
「いえ。恐らくは俺の生まれ故郷だけしか知らないでしょう。俺の生まれ故郷が『エドジダイ』とやらにそっくりだそうで」
「成程。移り住んでいたわけね。少しでも自分の世界と繋がりのある物が欲しかったのね。気持ちは分からなくはないけど。でも、どうして転生者がここまでいるのかしら」
「恐らくは『ミシュラ様』が原因かと」
「『ミシュラ様』って確かこの国で一番の宗教の神様だっけ?」
「そうでございます」
ミシュラ――
この世界で最大級を誇る宗教の神で、この世界で『親殺し・子殺し』を禁止した神である。
他にも細々として宗教があるが、共通して『親殺し・子殺し』は禁忌としている。
容姿は少年の様な少女の様な姿。しかしながら、その力は万人の名だたる戦神を手を一振りするだけで全滅させる程の力を持つこの世界の最高神である。
なぜミシュラが親殺し、子殺しを禁止にしたか。
それはミシュラの愛子である人間達が親や子に殺された事に他らなない。
ミシュラが愛子を選ぶのは彼(もしくは彼女)の気まぐれで選ばれる。しかし彼女(もしくは彼)は正義と秩序を愛する。もしその愛子が罪を犯せば加護を速やかに取り止めた。
そんな中、特に愛していた人間達がいた。その者達は平穏を愛するミシュラの心を深く理解しており、尚且つ争い事は嫌いだった。
だが、人と言う生き物は業が深き生き物だ。彼等・彼女等の子が親がミシュラの加護を我が物にしようと策略し、間接的に直接的に二人の愛し子を殺めた。
どんなに巧妙な策略でも最高神であるミシュラには子供の悪知恵同然で、直ぐに真相に気がついた。
ミシュラは怒り狂った。怒りのまま愛子を殺した親や子だけではなく、一族諸共殺した。
そして神々を集めて宣言した。
『今から人間達に親や子を殺す事を禁じさせる。これを破る者の一族はこの地に残す事は私が許さぬ!!』
突然の最高神の宣言に戸惑う神々の中に異議を唱えた神がいた。
その者はミシュラの恩師であり、産まれた時から力が弱いせいでミシュラの心配の種だった末の弟の後見人でもある神だった。
『ミシュラ様。殺めた一族の中には血が遠く、顔すら見ていない者が必ずいます。血が近くても善良な者もいます。その者達にお慈悲を与えてはくれないでしょうか』
大分頭が冷えたミシュラも恩師の言葉に納得した。
『ならば血が遠き者、罪が軽い者は命を取る事は止めるが、配偶者や子を持つ事は禁じる。どうしても欲しい者は親や子を殺めた者と同じ名を捨てれば可能性がある様にしよう。意義はある者は居らぬか?』
異議を唱える神はいなかった。
こうしてこの世界で親殺し・子殺しを禁じる様になった。
「ミシュラ神は非常に知識欲が強く、時たまこの世界にはない知識を持つ魂をこの世界に転生させると言います。他の国はミシュラ神の根拠のない噂の一つと捉えている様ですが」
「ふ~ん。でも、それだったらシャレーンの王妃はどうなのかしら?」
「俺の予想では転生者ではありません。ミシュラ様は害になる者をこの世界に呼ぶのは性格上あり得ません」
「と、すれば王妃は最初っからこの世界の住人?……まあ、これ以上の話は不毛ね」
それだけ言うとシャーロットはパンッと一つ手を叩く。これは『この話はもう終わり』と言う合図だ。
ランファもそれを察して話題を変えた。
「センゲイ国の王太子は見目の良い子供が好みで、よくヨシワラにお忍びで来る時農民の子供にちょっかい掛けようとしてロード様率いる警備隊に〆られています」
「……ペド野郎がウチに手を出す前に潰した方が良いわね」
「側室の子である第二王子は兄より優秀ですし、恩を売った方がよろしいかと」
「そうね。頼まれたら考えましょうか」
それからランファの密偵により、他国の秘密情報が次々と裏路地でシャーロットに集まってくる。その情報が次期『フローレンス』として必要な情報が培っていく。
「シャーロット様。そろそろお時間です」
どこからか男が現れた。
男はフローレンスの側近で、シャーロット達のお世話役を務めている。シャーロットの情報集めにこの路地裏の人払いをしていたのは彼だ。
「ちょうどお話が終わった所なの。それじゃあランファ、今日は帰るね」
「お気をつけて帰って下さいねお姫さん」
世話係と一緒に家に帰ろうとしたシャーロットだが、何か思い出したようにランファの方へ振り返った。
「ねえランファ! 私が大人になったらランファを私のお婿さんにしてあげるね!」
子供の様な屈託のない笑顔で逆プロポーズされたランファは、思わずズルッとこけそうになったが直ぐに立ち直り、「ハハッ楽しみにしてますよ」と手を振って送り出すことに成功した。
「シャーロット様。先程の発言は本気ですか?」
馬車の中で世話係の男は尋ねた。尋ねられた当の本人はちらりと此方を向いただけで、後は外の景色を眺めていた。
「うん。私が冗談をつかない人間だってニーノさんが一番知っている筈でしょ?」
「そうですが……なぜ急にそんな事を」
「まあ、慣習を壊す為かな」
「慣習?」
一体何の慣習なのかとニーノが疑問を思っているのを察したのか、シャーロットが答え出す。
「初代も二代目も結婚していなかったでしょう? このまま私も結婚しなかったら『フローレンス』の名を継ぐ者は生涯独身が条件と暗黙の了解が出来る可能性が高いじゃあない? それなら私が結婚して子供産んだ方が後々に色んな選択の幅が増えるでしょう?」
十二歳にしてこんな風に物事を考える事のかとニーノは感心する。農村で大切に育てられてアンジェと比べ、シャーロットはスラムで一人生きていかなければならなかったという所がこの子を大人びた子供になってしまったのだろう。
「それにニーノさんが『側室をたくさん持ったら色々面倒くさいのは男も女も変わりない』って言っていたし」
確かに前にシャーロットから『私も側室を持った方が良い?』と聞いたのだ。その時にニーノが答えたのは『それは個人の自由だが、貴女の愛を求めて側室になった男達が争いだす可能性もあるし、もしかしたら貴女の命を狙うかもしれない。狙われなくても確実に子供を殺そうとする側室も出る。
そんな事より一人の男を愛した方がよっぽど安全だし、誰もが幸せに成る』と答えた。
「だからってどうしてランファを選んでしたか?」
「顔がタイプだから」
「……正直な事は良い事です」
「まあ、あの人は子供の戯言だと思っているけど……八年もあれば女が化けられる事を分からしてやる」
子供にはあまりにも不釣り合いな凶悪な笑みを作るシャーロットに、ニーノは『ご愁傷様です……』とランファに心の中で同情したのであった。
シャーロットは二十歳と言うこの世界では少々遅すぎる結婚をした。
しかし初代や二代目が独身のままだったので、彼女もそうではないかと考えられていた。
『決まりは破る為にあるものよ』と上記の内容を質問したアンジェに笑って言ったそうだ。
シャーロットの結婚相手は、ランファと言う東の国から来たシャーロットより十も年上の男だった。職業は『情報屋』と自称していたが、本当はヨシワラの暗部の長だとされている。
噂ではこの男は東の国の王族と血縁者であり、滅亡した暗殺一族の跡取りだった言われているか、定かではない。ただ、この男のお陰でシャーロットの一番の武器である『情報』を集める事が出来たのは間違いない。
二人の間には二男五女に恵まれたが、四代目を継がせる時は男女平等血の繋がり慣習関わらず、厳しい目で我が子や他の子達を見た。
これ以降、男の『フローレンス』となる者もいたが、それが可能になったのはこの時のシャーロットの影響があったのは間違いない。
シャーロット・ヴァルロードは急な病で五十三歳と言う早すぎる死を迎えたが、彼女の夫は彼女の墓に毎日参り、街の噂話やその日の出来事を語りかけていたそうだ。




