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リジューナ・アルカード ④終

「直ぐに私は全財産を商会に買うお金に当てたわ。だけど私は商会の会長にならない。私にはフローレンス様の一番の秘書としての仕事があるから」

「だからオリジンが会長になったのか」

「何十年彼が商会に貢献したと思っているの?」


フローレンス様の仕事を辞めたくなかった私は三つの条件で商会を買い取る事にした。

一つ目は上記の通り。

二つ目は商会の本店をこのヨシワラに移転。オリジンが会長とは言え、私が一応偉いのだから意見とか偶に言わなきゃいけないから当然ね。フローレンス様の問題とか私以外にテキパキと纏められる子がいないとかいろんな理由で国から離れる事が出来ないからね。

そして三つ目は……


「所でピリカルドの姿が見えないけど? 家に待っているの?」

「モニエールは……死んだ・・・

とんでもない言葉に思わず目を見開く。


「そう……病気?」

「事故だ。自分で山を降りようとしてそのまま足を滑らせて……」

……馬鹿な子。女一人で山奥を降りられるなんて無理に決まっているでしょうに。


私の三つ目の願い。

それは元夫とピリカルドを商会から解雇し、二人を街から離れた山奥の村に住まわせる事だった。

商会を此処まで追い込んだ二人を残す訳にはいかない。

元夫達をリコールさせた後、二人それぞれの不正の証拠(の写し)を渡し「騎士団に渡すか指定した場所に移り住むか」どちらかを選べと言って、選択したのは彼等だ。

村は屈強な兵士達がいるから大丈夫だけど、村の周りには野生の狼や恐ろしい魔物が跋扈ばっこしている。盗賊さえ恐れて近づかないその山を出たければ、多額の金を支払って冒険者を数人雇わないと出る事は不可能と言われている場所だ。

足を滑らせたと言っているが、もしかすれば口にするのもおぞましい姿になっていたのかもしれない。


「頼むリジー。もう一度、もう一度やり直してくれ!」

「嫌よ」

私は即答する。


「お願いだ! 俺がこうして此処に来たのは私財を全て売り払ってきたから来たんだ! もう、お金がないんだ!!」

鉄門に縋りついて懇願する元夫の惨めな姿に、私は鼻で笑う。

「ならば働けば良いでしょう? どうせ貴方が選り好みをしているせいで見つからないだけでしょう」

ぐっと押し黙る元夫に何度目かの溜息を吐く。









「あらあら~? 玄関前で何をやっているのかしら~?」

私の腰を抱きかかえるようにフローレンス様がどこからともなくいきなり現れた。


「フローレンス様何故此処に?」

「リジーをゴミの様に捨てた元旦那が現れたと聞いていても居ても立ってもいられなかったのよ。……ねえ貴方」


フローレンス様の美しさに見惚れている元夫を養殖豚を見る様な眼で見た。

「一応お礼を言っておくわ。貴方か彼女を捨てたお陰でこのヨシワラが独立する切っ掛けを作ってくれたわ。彼女のお陰で何十、何百もの店を繁盛させてくれたのよ。それに私の秘書として良く私を助けてくれる。皆貴方に感謝しているわ。『貴方が馬鹿に成ってくれたお陰』とね」

カアッと顔を真っ赤にする元夫に鼻で笑い、私の顎に手を当てて上を向かせた。


フローレンス様は私の唇と自分の唇を合わせた。

ただ合わせただけではない。フローレンス様の舌が私の舌と絡み合い、時には私の舌を吸い甘噛みまでして私の身体は力が抜ける。

フローレンス様は力を抜ける私を抱き止めるとニヤリと不敵に笑う。

「……御覧の通りリジーは身も心も私の物になっているから。選択肢を間違えて全てを失った負け犬はとっとと立ち去りなさい。……これ以上騒ぐならウチの警備隊がアンタをこの国から摘み出すけど?」

苦々しそうに顔を歪めて元夫は「又来る」と言い残して立ち去った。







「……ごめんなさいね」

元夫の姿が見えなくなるとフローレンス様は申し訳なさそうに謝った。

「何故謝るのですかフローレンス様?」

「他人の私がシャリシャリと出ちゃって。何となくリジーが嫌そうだったからつい……」

「いえ、逆に助かりました。他人が何に入らないと多分アレは納得しないと思いましたから」

「もっと言いたい事はあった?」

「……いいえ」


あの男に言いたい事は全部言い終わった。

それ所かあの男が来るまでその存在を忘れていたのだ。この生活が楽し過ぎて。

ヨシワラに来た当初は将来に悲観し、絶望していた。明日をどう生きればいいのか分からなくって、あの時野犬に喰われた方がマシでは……と思った事もあった。

しかし皆と交流していく内に自分の境遇よりも遥かに悲惨な子が何人もいた。


ある子は親に売られて。

ある子は恋人・配偶者に騙されて売られて。

ある子は借金の方に売られて。

ある子は親兄弟殺されて自らは此処に売られて。


いろんな理由があったが、大体は望まぬ理由で此処に来た子が多かった。(犯罪関係は全員逮捕された)

それでもその子達は私は来た時は明るく、私に良く気に掛けてくれた。

皆其々の苦労をお互いに話、一緒に怒ったり泣いたりして自分の事として受け止めてくれた。私も少しずつ元気を取り戻してきた。


何よりフローレンス様の存在が一番大きい。

元々は父親が宰相で、しかも公爵令嬢と言う人生の勝ち組と言っても過言ではない。しかも王太子との結婚も決まっていて幸せの絶頂にいた。

ソレが壊れたのは王太子がフローレンス様との婚約を破棄し、伯爵家の妾腹の令嬢を婚約者に選んだ時からだ。

無論ソレだけなら問題ない。馬鹿をやらかした王太子を排除して王族の誰かと婚約すれば良い。だがフローレンス様はどう言う訳か産まれ住んだ国から遠く離れたこのヨシワラで娼婦に落とされていたのだ。


『私の何がいけなかったのかしら……』


ある日ベッドの中でフローレンス様が寂しそうに話していた。

あまりにも酷い仕打ちだ。そもそも破棄された理由は王太子が傾募している令嬢が酷い虐めを受けしかも殺されそうになった。その犯人がフローレンス様だと言うのだ。


フローレンス様は豪胆な様で本当は脆く傷つき易い人だ。

そもそもフローレンス様は件の令嬢を愛妾(シャレーンの王族は側室は認められない)にする事を勧めた。ソレを断ったのは王太子だ。何故フローレンス様の提案を断ったのか今でも分からない。


その話を聞いてこの世には私よりも不幸な人物が幾らでもいる。自分が世界一不幸な人間だと思うのは止めよう。

そしてフローレンス様が幸せに成るのをこの目で見るまで死ねない。そう誓った。





「フローレンス様がいなければ、きっとあのままあの男は居座るつもりだった筈です。けしてフローレンス様の責任を感じる事はありません」

「そう。それなら良いわ」

やっと明るさを取り戻したフローレンス様。私はフローレンス様の腕にそっと寄りかかった。


「ん~? どうしたのリジー?」

「……今日は甘えたい気分なのです」

「…………そっか。それなら今日は私頑張っちゃう❤」

いやらしく笑うフローレンス様に思わず心臓がドキリと高鳴った。












リジューナ・アルカートはフローレンスより五つ年上の女性だった。

 

元々はとある街にある商会、アルイオ商会の会長の妻であり、秘書として夫を支えながらも経理の仕事を手伝っていたそうだ。

『アルイオ商会』は『アルカ―ト商会』と『ヴァルイオ商会』が合併して生まれた商会だ。合併した理由はリジューナとズエル・ヴァルイオが結婚したからだ。


ズエル・ヴァルイオ『生真面目で神経質、でも責任感の強い青年だった』、『商会の会長としての手腕もある人間だったのに……』と彼を話す人達は無念そうに話すのである。


と言うのもズエルは何とモニエール・ピリカルドと言う女性と不倫し、当時の妻だったリジューナを自身達が犯していた『横領』の罪を着せ、獣が多くいる山奥に放り捨てたからだ。

後にリジューナは女衒屋の男に助けられるが、その事を知らないズエル達はその足でモニエールとの婚姻届を出し、リジューナの仕事を全てモニエールに引き継がせた。


だが、従業員達はそこまで愚かではない。

リジューナが横領の調査をしていた事を知っていた者は、直ぐに騎士団や警備隊達に調査を依頼したが、ズエルが金で握らせ、モニエールは色仕掛けで上層部を黙らせ全ての依頼を断らせた。


これには従業員だけではなく、支店長クラスも怒り狂った。

特にアルカート商会からいた従業員達は古参の従業員以外全て辞めてしまったのだ。ヴァルイオ商会も先代の存命の時から見ていたズエルの変貌に失望して辞めた者が多くいた。

有能な従業員が辞めた後のアルイオ商会は悲惨な状態だった。



リジューナは女衒屋に救われた後、身柄をヨシワラのフローレンスがいた娼館に預けられる。

リジューナは娼婦の仕事をせず、経理や新しく開いた事業の営業の管理を任せられる様になった。その手腕を女将、初代フローレンに買われフローレンスの秘書となる。又、フローレンスの愛人となり公私共にフローレンスを支える様になる。


フローレンスの影となり、フローレンスがうまく仕事を運べるように上手く部下達を動かし、フローレンスにアドバイスを送る。初代亡き後、ヨシワラを国として正常に運営出来たのはリジューナのお陰だと言う研究者も多い。

その後ズエル達を退陣させとある山奥にある小さな村に移住させる。商会は信用しているオリジン・ハワードに会長職を譲った。しかしオリジン達古参の強い要望で名誉会長となり、商会の経営にも手を出す様になる。彼女が商会の経営に口を出す様になったお陰で、ズエルが勧めていた『ジュロール商会』との合併を白紙となり(吸収同然の契約内容だった)、地に落ちたも同然のアルイオ商会の信用も数年後回復する事に成功する。



その後、モニエールについては別の章で話すので省略させて貰うが、ズエルの方はモニエール亡き後リジューナと再婚を迫るがソレをリジューナが拒否、追い払われる。フローレンスの手によって、ズエルはヨシワラを強制退去・入国禁止となる。この件はリジューナの耳に入れない様に配慮していた為、この事を知る事が出来たのはシャーロットが『フローレンス』の名を受け継いだ後、偶然ズエルの件が書かれた書類を発見したからだ。

強制退去されたズエルは何とかヨシワラに入る方法を探すが、山奥の村に出る時護衛として雇った冒険者と金銭でのトラブルを起こし、その後行方不明となる。



リジューナの正式な死亡年は不明だが、フローレンスよりも後に亡くなった事は確定である。

独身で商会の後を継ぐ子供を作らなかった為、ズエルの姉妹と結婚したリジューナの従兄弟の子を養子として迎える。

彼はリジューナを取材してきた作家にこう話す。


『あの方はフローレンス様に人生の全てを捧げた。死に顔を見る事が出来たがそれはそれは穏やかな死に顔だったよ』



波乱万丈な人生を送っていたが、それでも彼女の人生は幸せだった事は間違いない。


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