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(下)

 真っ暗。



 ・・・・・・なんにも見えない。

 痛みでガンガンする頭で目が覚めてきたところで、まず口の中に入ってた土混じりの雪でむせた。


 全く身動きできない・・・と思いきや、あれ?胸から腹のあたりは余裕がある?

 なんでだろ、と疲れた手で暗闇の中を探ってみると、右手に板状の木材と湾曲した金属製の棒に手が触れて、それが橇だとわかった。どうやらこの橇がクッションになってくれて、雪崩から完全に埋まるのを防いでくれたらしい。目が慣れてくると右半身のすぐそばで覆いかぶさるようにひっくり返った橇があるのがわかった。そしてちょうど自分の左側に転がっていたプレゼントの袋が倒れる橇の支えに立ってくれていたっぽい。うーん、まさに不幸中の幸い。

 まずいのは雪崩の衝撃に耐えたせいか、ジェルスーツが首から腰にかけて解けてしまっている点だ。間から冷気が入り込んできて容赦なく体温を奪ってきてるせいで上半身に鳥肌が走ってくる。雪が溶けて衣服に染みてきているし、おまけに太ももから下が雪にすっぽり覆われてしまっているせいで上手く移動ができないし・・・いや、とれたとしてもせいぜい100cm×50cm×30cm程度の空間しかないわけなのだが。

 それよりどの位気絶してたんだろう、と震えはじめた左手の腕時計を見てみたらもう短針が4のところに届くか届かないかのとこでぼんやり緑色に光っている。山のふもとへ差し掛かった際に見たのが2時過ぎだったから・・・どうやらこれに巻き込まれてから一時間半ほど気を失っていたらしい。・・・本来ならばAM4:00には仕事の半分近くを終わらせているのがこの業界の常識ではある。そう、それが普通。そして今の俺は?ナニモ・デキテ・ナーイ。

『何だってトム?まあでもそいつは朝までに巻き返しはできるんだろ?』

『それがねジョーンズ、いま彼は雪崩に巻き込まれて身動きがとれなくなっちゃったんだよ。』

『おーうトム、そいつは困ったね。ところでそれは何て冗談なんだい?』

『まったくさ、HAHAHA。』



 ・・・・・・終わった。

 俺のサンタ人生が終わった。以降2015年のサンタは贈り物を届けることができなかったと言われ続け、そして俺は汚名を着せた張本人として今後ずっと後ろ指をさされていくことになる。ちょっとした気まぐれのせいで一生を棒に振ってしまったね。そういや業界から追放されたサンタは自然消滅するって話が出ていたけどあれって本当なんだろうか。

 そんであれだね。気が付いたら大声で叫んでいたよね。言葉にできない罵詈雑言をさ。周りに誰もいない穴蔵の中だからか、もう世間体とかなんも無いの。独りだってわかってる分遠慮ナシってやつ。とにかく吐けるだけ思いつけるだけの悪態を滅茶苦茶になって叫んでた。このクリスマスって奴と自分自身に向けてね。

 ある程度叫び疲れてスッキリもしたところで、ふと脇腹で震える電話に気が付いた。



「お前いまどこにいるんだ」

 と若干高めのハスキーな声で番号を見なくても相手は佐伯だとわかった。声色からして若干怒っているようだ。まあこいつはN尾と違って真面目なとこあるからな。

 聞いてみると、どうやら佐伯は仕事を早めに切り上げた後、先に出て行った俺を探し回っていたらしい。簡単に状況の説明をすると、電話口の向こうで驚きやらため息やら嘆きの声が洩れてくる。相変わらずわかりやすいな、お前の反応は。いやまあこっちも状況が状況だけど。あと言っておくがこの電話にGPS機能は付いていないぞ。

 少し間が空いて電話を一旦切るぞ、と言われて切られ、しばらくしたらまたかかってきた。

 通話ボタンを押した途端、突拍子もなく佐伯の大声が耳を弾いた。

「お前、出ていった時に制服一式持っていってるよな!?」

 なんだなんだ一体。こっちは眠たいんだ、そんな耳元で怒鳴らなくても良いだろう。一式持っていってるよ、ほらもう済んだろう。あとは電話を切ってもうほっておいてくれ。電池がもったいないんだ。

「うるさい黙れ唐変木、いいから聞け。一式揃っているんだな?そしたら右ポケットに金貨があるよな、まずそれを確認しろ。今すぐ。」

 ・・・あるよ。

「そうか・・・今から俺の言う事の通りにするんだ。わかったか?」

 え~。

「『え~』じゃないよバカ。いいか、持っている金貨を袋の中に入れるんだ。これから言う合言葉を言いながらな。わかったな、絶対に間違うなよ。これは大長が言ってたんだからな」

 日本円に換金したらいくらになるんだろうって思うような分厚さの金貨を取り出しながら佐伯からの合言葉を聞き終えた。ついでにちょっとした種明かしもだ。言伝を言い終えると佐伯は何も言わずに切りやがった。あんにゃろう、後で覚えてろよ。あとトーヘンボクは余計だ。袋の口が身体の側になるよう何度か引っ張って回転させ、終わったら再度金貨を左手で持つ。本当にそんなおまじないが効くのか?いや、俺もおかしいなとは思ってたけどさ、だからといって今更何がどうなるっていうんだ。まあ大長が言えって言うんなら仕方ないですよ、それに今のままじゃサンタの職どころか俺の人生そのものに句読点が打たれかねないしね。やるよ、やりますよ。ええい、どうにでもなれ!

 一拍置き、周りに何も聞こえないことを特に意味もなく確かめ、それから口を開いた。はじめに、大長の名前。次に誰もが知ってるあの言葉。


「メリー・クリスマス」


 はじめに袋の中身が薄ぼんやり光ったと思った瞬間、目の前が真白くなった。次に背中と足腰がふわっと温かい蒸気みたいなものに包まれて、優しく持ちあげられて体が浮いた。

「え・・・・っ」


 たった今まで雪崩で埋まった穴蔵にいたはずなのに、今は目の前いっぱいに夜空が広がっていた。

 天に広がっていた雪雲は去りはじめていて、雲間から星たちがオオイヌノフグリみたいに、ちんまく、でも力強く輝いているのが見て取れる。首を曲げて下を向くと、少し離れたところで輝きが固まる場所があり、そこがT市の街だとわかった。

 俺の周りには特に身体を抑えているような道具はなく、どうもこの温かい蒸気のような感触のもの以外は何もない。しかも蒸気は特に見えもしないから、傍目から見れば俺一人があたかも飛行機のビジネスクラスにリラックスして座っている姿勢で空中浮遊してるように見えるわけ。


 ふと視界の端にさっきと同じ光を感じ、見上げてみると自分の背丈の二倍はあるんじゃないかと思うような高さのでっかいトナカイがいた。毛並みが金色に輝いてて、輝きはちらちらと降る止みかけの雪に反射し、まるで大トナカイの周りに金色の雪が降っているように見えた。どうやらこいつが先ほど俺の視界を奪った犯人?いや犯トナカイ?らしい。

 大トナカイは地平の向こうをじっと見つめ、空中に佇んでいた。とてもさっきまで袋の中に入っていたとは思えないような厳かな様子なので、さすがにちょっとこっちも反応しにくい。「は~~い~~ど~~も~~こんにちわ~~~っ↑!!!」みたいな感じで出てきてくれたらその後のインセンティブもスムーズにほほいのほいなんて事も図れたのになんて思うけど、ちょっとこの様子ではあきらめざると得ないです。でもねえ、こうやっておっさん一人と大トナカイ一匹が宙に浮いてるだけって気まずいですよ。もうね、これ体験してみないとわからんと思います。ほんと反応に困るから、マジで。ほんっと、気まずいから。しかも相手輝いてるし。こっちは移動もできないし。

 ・・・なんつって、ぷかぷか浮きながらぼんやり考えていたところに聞き慣れたタービン・エンジンの駆動音が聞こえてきた。



 うわっ!って佐伯が急に叫んだのでびっくりした。なんなんだお前、さてはビビり芸でも手に入れたのか。

「いやお前、頭大丈夫なの?」

 ほっほ~~~~。まさか今このタイミングでそれを言うとはお前も随分とサイヤ人の血を色濃くしたようじゃないか、と近づく奴の乗ってる橇を蹴飛ばそうとしたところで佐伯が手持ちの鏡を見せてきた。

 見れば俺の頭のてっぺん辺りから顎にかけて血がべっとりと付いている。何このスプラッタ感。我こそは血濡れの呪われたサンタ也や!今こそジェイ○ンに代わり、全カップルを血祭りにあげる時ナリィ~!ってやかましいわ。まあ幸い血は乾いていたし特にいまは痛みを感じない。大方雪崩に巻き込まれた時に橇の角とかに頭をぶつけでもしたんだろう。右目が少しぼやけて見えてた原因もこのせいだったっぽいのがわかったし、まあオッケーオッケー。

「それよりも、だ」

 と佐伯が重々しく呟いた理由はわかっていた。わかった上で聞いてみる。

「俺の獲物は他のメンバーが運べなかったんだよね?」

「最新のリストはお前が持っていたからな」

 ですよねー。はい、わかってましたとも。薄々勘づき始めていたのだが、俺が運んでいたのは予定されていたプレゼントじゃなく、大長に届けられる予定の大トナカイだった。んで本来運ぶはずだったプレゼントは全く手を付けられていないと。

 佐伯は続けて本来運ぶべき荷物はその隣にどかされただけであったこと、俺がお手上げしたらすぐに教えるつもりであった事などを伝えてくれた。でもお手上げどころか無理矢理出発してしまったのでその後は大騒ぎだったらしい。大長はあきれかえるし、チーフ達はカンカンに怒り出すし、N尾達は尻拭いはどうするかで大混乱になるし。なるほど?だからあんなに着信があったのか。ともあれN尾が焦ったところを想像するだけで少しは気分が良くなる。

 左手首を見ると時計の針はAM5:05を指していた。冬の日の出が朝7時前とすると、残された時間はもう二時間もないどころか一時間半あるかないかくらいってとこか。まいったね、雪の穴蔵から出れたといってもピンチには変わりないみたい。それはそうと佐伯はご丁寧に俺の分の獲物をわざわざ持ってきてくれたらしい。嬉しいような、悲しいような。



 このトナカイで何とかならないかなあ、と呟く俺に対して佐伯が口を開いた。

「大長から聞いたよ、そいつは重量物を運ぶのには優れてはいるらしい。でも・・・」

 ジェット橇が時速320kmほどに対してこいつの速度は200kmだ、と佐伯は気まずそうに言った。十分な速さはあるだろうが、それでも今のこの状況を打破するには足りない。

「重量を無効化する力は持っているらしい。その外皮から出る金色のやつが質量に作用するんだそうだ。上も色々試してるよな。あと簡単な操作もできはするらしいが」

 んーー。そうかー。と佐伯の言葉を聞き流しつつリストを見直し見直し、頭の中で描いた地区の全体地図と進むコースの算段を立てつつ、一軒につきかかる時間と大トナカイで向かった場合での全体にかかる時間を出すべく頭の中をくるくるさせる。ピコーン、との効果音(嘘)と共に出る数字の死刑宣告。はい無理これ無理まじで無理。少な目に時間見積もっても一軒につき64秒しかないとか何その無理ゲーですよ。ええ、わたしゃエイトマンじゃあないんですよ。なぁ~い~ん~で~す~よ~~。それにこんなペースじゃ100軒超えた辺りで「も~やだ~!おうちにかえる~~!!」ってゴロゴロしだすに決まってますよこれ。

 全てのプレゼントを欲しがる靴下一つ一つに転送装置があればなあ・・・(ポワワワ)なんてサイエンスフィクションな妄想と現実逃避にえへえへ浸り切りはじめたところで佐伯のぽかんとした視線を感じてはっと我に返った。

「なあ、ちょっと考えたんだが・・・」と佐伯が口を開く。

「N尾達の分の橇を推進力に使えはしないのか」

 それをしたってせいぜい400km前後ってとこだろう。N尾達を集めるのに30分はかかってしまう。すると一時間くらいしかなくなったところでこのプレゼントの物量をこなせるとは思えない。

「じゃあもうなんで今すぐ配らないんだよ!」

 苛々した表情で焦る佐伯の気持ちは十分わかるだけになんとか治まるようにしぃーっと人差し指を口に添えて、集中するようにくるくる考えを回転させる。もし俺が配り終えられなかったら多分佐伯やN尾達にも責任が及ぶよな。N尾はいくらでも責任追及されれば良いけど佐伯は割と世話になってるのでできれば避けたい。にしても、もうちょっとで繋がりそうなんだよなあ。トナカイ、N尾たち、進行順序、もうちょっとで・・・・・・・・・・あっ。

 ・・・賭けるか、と口から洩れた言葉を聞いて佐伯が目を凝らして覗き込んできた。試す価値もある。それにあるといったらこれしかない。はず。たぶん。めいびー。きっと。おそらく。

「いいから今すぐ言え」

 とブチギレ寸前の佐伯にはまず大長に連絡するように頼む。奴が大長から大トナカイの扱いについて細かく確認している間に俺は電話にN尾の番号を打って連絡する。もうこの際なりふりは構っていられない。既に手際良く仕事を終えていたN尾は嫌味を言いつつも、黙って頼み込む俺の様子をしばらくからかった後、そっけなく承諾をしてくれた。ついでにT市付近にいる他の仲間にも連絡することを約束した。電話を切る前にエアエッヂと袋の事を思い出し、必ず忘れないようにと強調しておく。電話を切り、すぐにチーフにも同じ内容で連絡し、大体数えで15人は確実に来ることがわかった。あとは・・・待つのみだ。



 40分後、ワゴン車が埋まっていた山間の頂上近くに月に照らされた広めの丘があった。ちょうど町内会で使う野球のグラウンド程度の広さがあり、そこには俺を含めて30名近くの男女入り乱れるサンタが集まっている。予想外の集まりにわが身の人気を自覚しかねない勢いですねコレ。そして佐伯はというと事前に説明した進行コースと作戦を大トナカイに通訳できる経験者(トナカイの飼育経験があれば大体その教育過程で学習できる)を探している。俺はというと皆が持ってきた橇を大トナカイの前方、左右と周囲に配置中だ。

 前に8、左右にそれぞれ3ずつ、後ろに置く分の橇を前に移してこんなところか。主に引っ張られる形になるので後ろに置くのは好ましくない。あとはこの作戦の意図をトナカイに伝えれるだけの者がいれば・・・と佐伯の方を振り返ると、どうやらあらかた声をかけ終わったらしく、これから立候補を聞くところだ。

 やりたい人はいますか、と佐伯の声に一番に手を挙げた女性を見て一瞬凍り付いてしまった。そういや周囲の人にも呼びかけをするって言っていたけど・・・とN尾の方を睨むと奴め、デ●ーロの物真似をするテル並みの大げさな素振りで両手を上げやがる。ああもう、わざとだったら覚えてろよ。くそ。

 榎本さん、と佐伯が名前を呼んで少し戸惑うようにしながらこっちに連れてくる。後ろからすらっとした中背の、明るい茶のメッシュがかかったセミロング、んで人懐っこそうな表情を浮かべた女性がさっさと付いてくる。この時ばかりは佐伯の気遣いが胸に刺さる。やめて!優しくしないで!!余計に傷ついちゃうから!!と乙女もドン引きなおっさんここで御座い。わざわざ紹介しようとした佐伯に片手をあげ、その必要はないとジェスチャーで伝える。榎本さんはこういうお祭り事?が好きなためか、心無しか目をキラキラさせていた。そういやこういうところが気に入ったんだっけ、確か。よーし、ここは開き直らなきゃ多分おいら死んじゃうぞ?OK、レッツステンバーイ。

 コースの説明をしながら細かい狙いを彼女に伝える。榎本さんは割とそこら辺サバサバと受け取るも、合間にツボに入った部分があるらしくクスクス笑い出す。くっそ、ふぁっく。ふぁっく!!できれば今すぐこの場を逃げ出したいよ、粉ぁーーーーーーーー●ぃーーー―――っ!!!!!!

 ・・・・失礼。気がおかしくなるのを脳内だけに何とか抑え、漸く全部を説明し終えたところで榎本さんは最後までトナカイの近くには一緒にいた方がいいかもと提案してきた。

「方向は一定だけれど、ずっと曲線状にあるし速度を細かく調整する必要があるかも。何かあった時のために」

 確かにこの編成で上手くいった場合、時速は最大でおそらく400、いや450kmは超える。そんなスピードを”橇”で体験するなんてクリスマスが始まって以来だろう。しかも参加するサンタ・クロースは30人を越えているんだ、何かあった時の責任は重い。ええ、至極正論です。ただそれだと俺がおそらく生物的にか社会的にかのいずれかで死んでしまいますので後半辺りまでにとお願いした。勿論気分を害さないよう、できるだけ穏便に。

 前に配備した橇の射出角度は90度に、左右のは110度にそれぞれ統一し、すべてのエンジンをかけ始める。これで準備は整った。



 待機してた集まりに声をかけると一斉にこっちを振り向いたので割とびびった。普段こういった大多数へ話すことなんてないから新鮮ではあるけど、言葉が頭上を上滑りしていって危ない。一度深呼吸し、気を取り直して作戦と進行コースの説明を始める。

 一通り説明を終えた後のみんなの顔を眺める。キツい反論とかが来ない辺り、割と現実的にも受けられたのかとは思うが、それでも不思議な沈黙が辺りを支配するのには緊張する。

「それで」

 とはじめに沈黙を破ったのはN尾だった。

「見返りは?」

 こっちが答えに窮していると更にあの野郎、にやっと笑いやがって言いやがる。

「ほらさ、どっかで偉い人も言ってたじゃん?『与えよ、さらば与えられん』ってさ」

 ああ、わかってたよこんちくしょう。求めただけじゃそう簡単には動いてくれないって事くらい。でも今回はお前らも原因なんだぜ?ほんとは連帯責任なんだ、なんて言葉に効き目はない。今必要なのは仕事疲れの身体に鞭を入れる、行動に向けて爆発させる精神的な燃料なんだってことくらい知っているさ。でもなんだろうな、すごく嫌な感じだ。目の前の奴らが次俺が出す言葉をにやにやしながら待ち望んでいるのが手に取るようにわかる。ああ神様!その宣言をする前に申し訳ありませんが、どうか一言だけ呟かせてください。クリスマスなんてくそくらえだ!!

 そうして俺はいま参加しているサンタ達全員に仕事後のはじめの一杯を奢る約束をした。瞬間、すっかり雪が落ち着いて澄んだ夜空に熱い歓声が響き渡った。



 AM6:00。T市の上空、1000Mの高さに光る一行が飛んでいた。光の尾を引く橇達の後ろに巨大な金色のトナカイが付いてゆく。前方と左右で引っ張っているいくつもの橇は大トナカイの発する金色の蒸気によって操られ、その微調整をトナカイの首辺りに浮いた榎本さんが耳元で囁いて行っている。軌道は微妙に内側に傾きつつ、渦を巻くようにしてT市担当エリアの中心へと目指している。今のところ作戦通りだ、悪くない。大トナカイの背には俺、そして背後には両足にエアエッヂを装着したサンタ・クロース達がプレゼントを小分けにした袋を抱えつつ宙に浮いている。今のサンタ・クロース達の足元には何にも無いので、普通ここは悲鳴とかを上げる場面なんだろうが、あいつら何故か後ろで肩組んでジョン・●ノンのHappy Christmasを大合唱しはじめてやがる。なにこれ意味わかんないんですけど。

 それじゃあ一番もらうな、と叫んではじめにN尾が空中に飛び出し、クルクルと回りながら街並みへと落下してゆく。N尾の姿はたった2,3秒であっという間に橇から離れ、黒い小さな点となって薄く紫に染まり始めた空に溶け込んだ。続いて一人、また一人とサンタ・クロース達が地図で定めた定点ごとに歓声を上げながら飛び降りてゆく。ちなみに今の進行速度は420km。リニアモーターカーとほぼ同じ速度だ。飛び出した後、風圧によって空中でもみくちゃにされるんじゃないかとも心配したが、そこはプロらしく、エアエッヂで空中に冷気の塊を削るように鋭く吐き出しつつ、軌道に乗って上手くスピードをコントロールしている。

 コースは全部で4周半ほどになる。定点エリアで仕事を終えたサンタは中心に向かい、更にその途中で降ろした次の仕事を持つサンタと合流し、他サンタと合流しながら次の仕事にとりかかる。中心に近くなるほどこなす負担が細分化され、こなせるスピードも加速していく仕組みだ。

 コースも3周目の終わりとなる頃には後部に乗っていたサンタはみんな降り、いるのは榎本さんと俺だけになっていた。しばらく大トナカイの耳に口を付けているように見えた榎本さんがふう、と息をついて顔を離し、

「言われた通りに指示できたから。後は大丈夫だと思う。それじゃ私いくね」

 と言って颯爽と宙に飛び、手を振りながら空へと消えていった。咄嗟にありがとうございましたぁ!なんて返しはしたけど聞こえてないよねーうん。こんなことならもう一回好きですめっちゃ好きです付き合って下さぁい!!って叫んでおけばよかった。いや、まずできないんだろうけど。



 エリアの中心である郊外の公園に着いた時にはAM6:15になっていた。時間にして残りはあと30分くらいしかないけど、作戦が上手くいったおかげで大分中身を減らすことができた。あとはこの目の前のマンションだけだ。

 その遮光カーテンからは部屋の中の様子を見ることはできなかった。まあ大抵の場合、特に子供を持っている家庭は厳重にできてるもんだろうし、それができてる親は子どもの事を考えれている証拠だ。といっても、こちとら下手すれば不法侵入でたやすくお縄になってしまう。そう考えるとこの職も中々にヤクザだよな~と思いつつ窓ガラスの格子をすり抜ける。中はすっかり暗いが、奥にあるドアからコトコトと何かを煮込んでいる音が微かに聞こえてくる。音を立てないよう慎重に床を移動し、寝ている双子のいるベッドに向かう。こういう時は起こさないよう細心の注意を払うし、集中するせいか自然に息が止まってしまう。自分の心臓の鼓動を感じ取りつつ、そのまま枕元に置かれている二つの靴下に最後のプレゼント——小さいアクセサリーと動物のおもちゃ——をそっと入れ、同じく音を消して戻す。少し離れて小さく息をつき、居間にいるであろう親が気付いていないか確認し、部屋の外に出た。

 ちょうど外の橇に乗り込んだところで上から佐伯の乗った橇が見えてきた。何がそんなにおかしいのかわからないが口に笑みを浮かべている。なんだなんだ、気持ち悪いな。

 それで最後か、と尋ねる佐伯の嬉しそうな顔を見るとなんだか段々と腹立たしく思えてきた。急に顔を合わせたくなくなってくる。

「早く来いよ、みんなが待ってる」

 と顔をそむけたままでも構わず佐伯は言い、先へと橇を進めだした。



 すでに公園に集まっている面々は俺たちの姿を認めるとささやかな歓声を上げた。勿論その中には榎本さんの姿もある。一人は手を振り、もう一人は小さくねぎらいの言葉をかける、数人は目立たない様に口だけのジェスチャーで酒、酒、の連呼を放ちだす。N尾はむかつく笑いを口元に浮かべ、チーフは含み笑いをしながら大長への無事を通達している・・・なんだかなー。

 いやこういうのってさ、本来ハリウッド的な喝采でもって「one for all!!all for one!!皆ありがとう!いぇーい!!」なんつって劇のクライマックスでも迎えそうなものなんだけどなあ。なんだかさ、いま急に眉間をくすぐられるような感じで泣きたくなってきたんだよ。これどうしてかなあ?なあ、どうしてだと思う?終わった後、こいつらに一杯奢らなきゃならないのが癪だと思っているにも関わらずだよ?何で今のタイミングでこんなに悲しくならなきゃいけないんだ?

 そんでさ、この時唐突に、突拍子もなく、初めて俺は気が付いちまった。なんだかんだでやっぱり俺はクリスマスを恋人と過ごしたかったのだ。俺は今日という日に親しく結ばれているカップルが羨ましかったんだ。ささやかな会話と、無邪気な秘密でも共有するようにクスクスと笑い合ったり、親しげな視線を交わしたり、相手の体温を感じながら暖を取り合う、そうした事を俺はしたかったのだ。ちくしょう、くそ。くそ。それじゃまるでこいつらが要らないみたいな言い方じゃないか。ふざけるな。俺は絶対に言わんぞ。そんな事口が裂けても言うもんか。わざわざこうやって助けてくれたこんな気の良い奴等にそんな仕打ちなんてさせてやるものか。バカを言うんじゃない。ああ、でも泣きそうだ。大声を上げて泣きたくてたまらない。こんちくしょう。ああもう、なんだってこんなに、くそ。


 我慢できず咽び泣きはじめてしまった良い年こいたおっさんを連れて佐伯達は基地へと戻り、そのまま中のバーで盛大に乾杯をした。そこで俺がまたもや思いっきり泥酔してしまったのは言うまでもない。

 今回ので手に入れたものと言えば橇の始末書用の用紙と請求書、あとあいつらに奢った分のバーのレシートだ。給料はゼロどころか、橇代のローンのおまけ付き。おかげでこっちは年末年始も休む暇なく仕事を探しに行かなくちゃならない。自宅の部屋で求人案内を広げながらしみじみと思ったね。なあ神様、やっぱりそうだし、最後に改めて言わせてもらうよ。クリスマスなんてくそくらえだ。

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