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(上)

 もーーあったま来た。

 後ろの方で佐伯が何か叫んでるけど、”橇”のエンジン音で掻き消えててよく聞こえない。

 いいよ。こうなったらやってやる。

 試しにゆっくり発進させると、ガタガタと振動と共に橇後部が発着場の床を擦り付けたのがわかった。荷台に乗せた大きな荷物が揺れる。どうやら積載重量のラインを越えてるらしい。そりゃあそうさ、こんな大きさモノを見たのなんて初めてだ。大長(おおおさ)でも運んだのか怪しいレベルじゃない?と一人ごちつつ、更にハンドルを回す。ダメかと思ったが、3分の1程度でこれならイケる。の前に射出角度を135度から150度に調整し、続けて慎重にゆっくりと2分の1まで回し・・・。

 低いエンジン音が中低音へとシフトし、橇は白い粉の束を吐き出しながら水平より少し頭を上げた状態で床を離れた。そのまま少しずつ前へ加速を始める。どうだやってやったぜ、ざまあみろ。奴らきっと、まさか俺がこれで出発するとは思いもしなかったろう。想像するだけで笑みで口元が歪んでくる。

 目の前にはすっかり日の落ちた真夜中の空が広がっていた。雪雲が既に分厚く重なり、雪自体もこれから本降りになるであろう気配を漂わせている。雰囲気としちゃ最高なんだが、だからこそ今の感傷的な俺には割とキツい…っと今その考えは忘れよう。危ないぞ、うん。これから大事な仕事。集中するんだ、集中‼︎

 ゆっくりと息を吐く。さあ、と自分に言いきかせるようにして呟く。準備は万端。ジェルスーツも起動してる。服よし、橇よし、荷物(見てくれは除いて)よし。

 OK、ともう一度呟きハンドルを更に深く回す。瞬間、ぐん、と圧がかかり、橇は始まったばかりの12月25日の黒い空へと飛び出した。


 いやいや、元々はこんな事するつもりじゃなかったよ?30分前なんかの俺はアルカイック・スマイルを顔に称えていた程度には心穏やかだったし。それどころかむしろデリケートに労わるくらいわけない状態だったさ。

 じゃあ何でこうなってしまったかというと、これは別に昨日前から付き合いのあった別ブロックの気になる子に告白して見事に玉砕したからではないし、その理由が「ずっと一緒にいると疲れそう」だったからわけではない。

 そうだよ、N尾の言う通り告白するのは23日と決めたのは俺なんだし、そこはまあ成人の一員として真摯に受け取ろうとしている。そう、だからこの点は全くもって問題ない。これはその晩ヤケを起こして佐伯達を誘って飲んだら泥酔し、その後自宅の居間で寝ゲロした程度の些末な問題に過ぎない。

 またそれは次の日の朝、二日酔いで痛む頭を抱えつつサンテクリストホールに行ったら告白で失敗したのを野郎どもにどやしつけられたためでもなく、今回は景気付けに2倍運ばなきゃな、とチーフに笑われたためでもない。更にはその様子を付き合いはじめて二年目に突入した同僚の二人が微笑んで見ていたからでもない。

 また大長による挨拶と説明のあと、それぞれの手持ちの橇━━タービンエンジンを搭載し、新幹線とほぼ同等の速度で推進できるように改良された、もうトナカイを必要としない橇━━に向かったところ、ほんとに通常の2倍以上の中身を詰めているのではないかと思われる袋が俺の橇の前に置かれていたためでもない。

 問題だったのは、だ。何でそこまで反応してしまったのかは自分でも不思議なんだが、その袋が業務運搬用のずた袋だったって事なんだ。いや、別にずた袋自体を非難しているわけじゃない。けどこの仕事において見た目に気を付けるのは重要な点の一つなのだ。もしかしたらプレゼントを運ぶ姿を子供達の誰かが見てしまう可能性がないわけではないし、実際に仕事の最中に誰かに見られたといった報告がこれまでに幾つもある。その際、子供達が激しく幻滅する様な格好や行いをしていた場合どうなるだろう?下手すると僕らが夢を壊してしまう事になりかねない。そこは大長の言う通り『夢ほど膨らみやすく、壊れやすいものはない』のだ。夢を生業とする僕らにとって、そうやって夢や期待を易々と壊せるものじゃない。それだけに見た目には極力気を付けなければならないし、これは仕事をするサンタ・クロース達が守る鉄則の一つなのだ。

 またその上で子供達が最も気にするのは何よりも袋だろう。赤い服や橇やトナカイはあくまでサブであり、それよりも子供達に贈られるプレゼントの入っている袋こそが重要なのだ。この袋は期待の象徴でもある。それが真っ白できめの細かい柔らかそうな絹の袋でなく、継ぎはぎだらけの汚れが目立つごわごわしたずた袋だった場合における、子供達の精神的ショックとその後の影響力いったら如何なるものだろう?

 ここでは本来であれば、また大人の対応として、橇の前にある異様に大きなずた袋を確認し次第不快感を示し、不当性を主張し、しかるべき措置が行われるまでレスポンスを待つのが順当であったろう。でもこの時の俺はあろうことか、このずた袋を一つの挑戦と受け取ってしまった。『お前は一切見つけられることなく、普段よりはるかに多い二倍以上の荷物をこなすことができるか?否。』と言われたように感じてしまい、気が付いた時には中身をリストと照合せずにフックにかけ、橇のエンジンを起動していたってわけ。ああ神様、どうかこの愚かしい私に一つだけ言わせてください。クリスマスなんてくそくらえだ。



 基地から出発したサンタ・クロース達の固まりはそのまま上昇を続け、雲の層を抜けてからそれぞれの目的地へと散開しはじめていた。そして15分後、大空の中には俺一人きりになっていた。足元には雲海が水平線になるまで続き、頭上にはキラキラと小さく輝く星々が広がっている。聞こえるのはジェット橇のエンジン音だけ。星の他に見える光といったら、橇のライトと数キロ先でかすかに点灯する飛行機の信号くらいしかない。下に広がる雲海は星の光を浴び、ぼんやりと青白い光を反射していた。

 ジェルスーツの被覆率(ひふくりつ)を20パーセントほど下げ、速度を緩めてから冷たい空気を顔で受け止めてみる。気持ちいい。夜を怖がるやつもいるが、俺はこの瞬間の夜空が好きだったりする。静かで、落ち着いていて、穏やかな気持ちになれる。海に入って目を瞑った時の感覚に似てはいるが、こっちの方がより開放感がある。

 高度を2100Mに設定し、ちょうど雲すれすれのとこ辺りに調整したところで自動運転に切り替える。

 目を閉じて、鼻から空気をゆっくりと吸い込み、口で吐いてみた。何回か繰り返すと頭の中が透き通るように鮮明になる。うん、悪くない。

 左腕の腕時計を見てみると、時間は0時20分過ぎを指していた。目的地であるT市までの緯度と経度を思い出しつつ星を眺め、使い古しのコンパスを取り出す。寄り道でもしなければ大体半時間ほどで付近に着く予定だ。


 橇の振動で身体ごと震えていたので今迄気付いていなかったが、電話のバイブが反応していたらしい。気付いて取ってみると佐伯の番号が表示されていた。通話ボタンを押してみると、はじめにN尾の笑い声、その後ろには同じく数人の笑ってる声。あいつ、自分の番号だと出ないって知ってるから佐伯から借りたのか。

「おいおい、いい加減笑い疲れたからそろそろ帰って来いって。」とひいひい言いながら出てくるN尾の言葉には妙に人をイラつかせるものがあり、これは一種の才能のようなものだとあきらめてはいるものの我慢をできるわけでもないのが悲しいところでつい言い返してしまう。

 うるさいな。俺はやってやるからな、もう何が起こっても知らんぞ。ていうかお前は何でまだ出発してないんだ。

「いやいや、誰のためだと思ってんだ。こんな親切にしてやってるのも感謝して欲しいくらいのものなんだがな。とにかく一度頭を冷やせって。その持ってるものもようく確認しt」

 ムカついてたし言ってることの意味がわからなかったので切ってやった。ちくしょうあの野郎め。というか着信履歴が気持ち悪いことになっている。43件ってなんだこれ。やだ怖い。

 とりあえずなかったことにして大空に意識を戻し、表面上だけでも平穏を取り戻そう。さあ深呼吸深呼吸。

 ある程度落ち着きを取り戻したあと、事前に大長達から渡されたリストをポケットから取り出しつつ、俺はのんびりと効率良く近道ができるコースはないかと検討に入った。



 時計の針がAM1:00前を指そうとする頃、そろそろ目的地なので橇の角度を下げ、地表の様子を見に降り始めてみた。分厚くなった雲の層を抜けると、目の前は唸りを上げて踊り狂う白い塊でいっぱいになる。辺りは荒れに荒れた吹雪の真っ最中で、橇からのライトが雪で妨げられて先がうまく見えない。高度調整に気を付けていれば地表に激突するおそれはないにしても・・・あの風神さん、ホワイトクリスマスだからって何もそこまで気合は入れなくて大丈夫です。別にそういうパワフルさが求められるイベントとかじゃないで、ハイ。

 しかしここまで視界が悪いと橇の運転が思うようにしずらくてまずい。とりあえず山間であるのと、大体の地理とも合っているようなので中心部に着くまではまた上空に戻るか・・・と思った矢先、山の中腹辺りに不自然な光を発見してしまった。同時に、面倒なものを見つけてしまった時に襲われる第六感めいた何かも感じた。


 丸い光は雪に埋もれかかっていた。山側のライトは既に埋まってしまっており、反対の谷側にある片方だけが弱々しく空中の闇を照らし出している。その二つの光を放つワゴン自体は下半分が埋もれてしまっており、長い事その場から移動していない形跡が見て取れた。

 ・・・っていうか、あれ下手するとガソリンが尽きて凍死するか、一酸化炭素中毒で死ぬよな?実際そんな記事とかも見たことあるぞ。頭の中で危険を知らせるサイレンがくるくると回転し始める。見なかったことにするのは簡単さ、無視すればいい。別にこの場面を誰かが見てるわけでもないし、お前が責められることなんて万に一つもないだろう。更に言えばお前は仕事の最中で、しかも今日は悪天候の上、仕事仲間からクソみたいな大きな荷物を抱えさせられている。ここで人助けなんてしようものなら仕事も十分にこなせないノロマだと物笑いの種にされる可能性もある。夜明けが7時前として、配り始めの地点には1時半には到着する予定だ。多く見積もって作業に5時間は欲しい。そうさそうさ、エンジンさえかけていればとりあえず今すぐ助けは必要ではないから、協会経由でレスキューに電話して助けに来てもらえば・・・と思いを巡らせつつワゴン車の周辺をまわるようにして飛んでいると、薄く開いた運転席のドアから車内の光がもれてるのが見えた。ゾッとして注視するとそこから伸びる細い溝があり、その先20メートルもいかない場所に人が倒れている姿を発見した。瞬間、無意識に悪態を口でつきつつ、橇を下へと急旋回させていた。


 急いで橇を柔らかくなった雪の面に降ろそうと近づけると、エンジンの風圧で周囲の新雪が一斉に舞い上がる。構わず予備に持ってたジェルスーツのコアを持って雪の中に飛び込み、かき分けかき分け、漸く倒れた人影の元に辿り着いた。

 身体を起こすと、手には柔らかな部分が触れて女性だとわかったけどそんな事よりもと肩を掴んで揺さぶった。そこで相手は冷たくて身動きできなかったのではなく、号泣していたために伏せていたことがわかった。取り乱して何を喋っているのかわからないが、今のままだと危険なのでとりあえず手にコアを持たせて起動させる。溶けだした透明のジェルがするすると全身の表面に拡がり始め、あっという間に相手の身体をつつみ込んだ。これで体温が奪われる危険はもうない・・・いやー焦った。まじで焦った。ていうかこれ気が付かなかったら次の日の朝刊の二面とかに『クリスマスの不幸、山間にて女性の凍死体』とか出てたのかと想像するだけでぞっとするね。


 とりあえず落ち着かせるために話を聞いてみると、どうも恋人と待ち合わせの約束をするも、反対する厳格な両親によって閉じ込められてしまっていたらしい。

 事の次第は6時間前、挨拶にと彼氏をはじめて両親に紹介したのが発端だった。厳格な両親は緊張する相手の勤め先や収入が気に入らず、何度も横柄な突っ込みをかけた挙句しまいには二人の付き合いに猛反対をはじめ、ついには彼氏を追い立てるようにして帰してしまった。電話で男と駅で待ち合わせるよう約束をするも両親の許しを得られず、私用の携帯電話も取り上げられてしまったために連絡を取れないまま何時間も待たせてしまい・・・しまいに煮えを切らした彼女は無理矢理親の手を振り切って家を飛び出したものの、この悪天候。焦って無理がたたってしまった結果、運転途中で車輪が窪みにはまってしまい、動けなくなったところで余りの悔しさに泣いてしまったという。

 それより僕と結婚しませんかという言葉をなんとか喉元で抑え込みつつ(しかし実際そう言いたくなる程めんこい子だったのだ!)もう彼は待っていないじゃないんですかとイギリス紳士も感心するレベルで穏やかに尋ねるとその女の子は頭を振って、います、彼はいます、と答えた。

「今までも待っててくれました、今日は来るまで待ってるって電話でも言ってくれました、だから絶対にいます。あの人はそういう人なんです」

 なんてこった、結び付きの強さに頭がクラクラしてきた。甘い、激あますぎてこっちの血糖値が急上昇してしまいそう。

 先のことを考える。とりあえず安全は保障できたので、あとはレスキューなり何なりに連絡すれば事は終わる。でもそれだとこの目の前の子はこのまま彼氏をずっとこの寒空の中放っておいてしまうと泣いている・・・・・・・・・・・・・。

 はーい、まてまてまて。例え手助けをするにしても橇に乗せた馬鹿でかい荷物はどうする?あとあの橇は一人用だぞ?この子を乗せるには少なくとも荷物はどこかに降ろさなきゃいけない。んで降ろしたら一度待ち合わせの街中のT駅まで送った後、ここまで往復し、荷物を積み、そこから配達を始める地点まで行かなきゃならない。時間はどれくらいかかる?往復に30~40分はかかるだろうし、配達開始点に着くには10分はかかる。それも移動時間だけでだ。そうすれば確実に2時以降になる。それだと終わる予定時間は7時を超えるぞ?夜明け前に仕事を終えられない、そんな禁忌を犯しかねないリスクを負ってでも手助けをするメリットはどこにあるんだ?

 腕時計は1時20分を指していた。

 もう一度目の前の子を見る。泣きはらし、少し目元の腫れた両目と目が合う。小柄でクリっとした目でやる上目遣いがすごく可愛いくてドキドキする。ていうかこんなサンタの格好をしている怪しいおっさんを目の前にして特に驚くこともなく事情を説明してくれたとこからして案外根性は座っているのかもしれない。いや反対する両親を振り切って出てきた時点で相当なタマの持ち主だろう。うん、そしたらより好みd・・・いやいや、だから、そういう考えはやめよう。ほんとだめ。仕事を中心にして考えるんだ・・・というか、どうして昨日告白に失敗した奴がこんなキューピッドみたいな役をしなければならないんだ?

 なーんて考えてたら告白に断られた時のあの沈黙の、何も見えない谷底のような間と胸をえぐるような痛みがまた襲ってきた。ああくそ、こんちくしょう。何だって俺はこんなに逡巡してるんだ。こんなにラブラブなとこ見せつけられて何を迷っていやがる・・・そうだよ、惨めにも程がある。助けてどうなるってわけでもないだろう、と何度も自分に言い聞かせる。何度も、何度も。そうしたら目の前の泣き顔をした女の子と告白した子の顔が重なってぐるぐる回りだしてきた。おまけに惨めさで身体がどんどん重くなっていく。いかんぞ、これじゃ埒があかない・・・。

 一つの決断を伝えるために、俺はふーっ、とわざとらしく深く息を吐いた。

 なあ兄弟、こんな惨めな気持ちになっちまった俺に、一体なにができるっていうんだい?



 T市付近の山地上空を猛スピードで横切る塊があった。

 ・・・何も言わないでほしい。わかってるから。

 とにかく集中して目の前のコースを駆け抜けることに意識を研ぎ澄ます。いまの橇の時速は330km。1秒で90メートル先にあるビルが目前に迫り、油断すれば壁にぶつかり粉々になる速度だ。十分な高さを取っているのでその心配はないのだが。

 後ろから腰に手を回した女の子はぎゅっと目をつぶったまま動かなかった。むしろこれは有難かった。何しろ空を飛んでいるのだし、ここで変に騒がれても身の危険しか起こらない。しかも少しの風でガタガタ揺れ出すから思いっきり引っ付いていないと簡単に空中へ振り飛ばされかねない。でもこれは何気に至難の技ではあったりする。なにしろ橇は飛行機のように外装が無い分、高さが肌へよりダイレクトに伝わるので、初めて体験する人、特に高いところがだめな人ほどショックは大きいからだ。

 ようやく視界に広がっていた山のつづく景色が切れ始め、小さな町の並びが見え始めてきた。更に進むとT市の3分の1を区切る大きな川にぶつかる。そうしたら駅まではあともう少しだ。

 足元から照らしてくる街の灯を眺めながら高度を上げる。さすが日が日だけあって街は眠ってはいない。こんな真夜中であってもカップルが何組も寄り添うように通りを歩き、通りの店も照明を絶やさず華やかな様相を示している。駅から少し離れて降ろす必要があるかもしれない・・・と思っていたところで、駅と立体歩道で繋がっている背の高いビルを発見した。素早くその裏手に滑り込み、路面に着地する。

 忘れそうだったので降りた女の子にすぐ左手の甲にあるぽっちを2回押させると、それまで彼女の全身を均等に覆っていた薄い膜が手に集まり、手のひらサイズ程度の小さな立方体にまとまった。これで備品は無事回収できた、とジェルスーツのコアを渡してもらう。女の子は何か言おうと戸惑っているようだったが、こっちは黙って橇のエンジンを振るい、軽く手を振って空へ飛びだした。・・・っていうかせめて名前くらいは聞いとけよ俺。


 空中50Mの高さにまで上がり、射出角度をほぼ真横に変えて一気に加速しだす。胸の内では、自分への憎悪でいっぱいになっていた。

 ・・・あああーーーーほんとさぁーーーーー!!!なにやってんのかなあーーーーーー!!??いみわかんないよねーーーー!!!!!!ばかでしょ、ねえばかなんでしょーーー!!!!もうさーーーーーー!!!あーもうほんとめんどくさい。何?何なのこれ?これってデメリットしかないじゃん?!ただのお人よしじゃん?何やってんの?もうさあ、ほんとさああ!!!!


 ・・・とーちゃんかーちゃん、ごめん、俺ヘタレでした。あんなに泣いてる女の子を口説き落とすとかそんな芸当俺には無理でした。普通に助けちゃいました。だってさー無理だよあんなの。あんな辛そうなの見て何とかしてやりたいとか思わないの無理だよ、ムリムリ。『ムリリング THE MOVIE~その夕日の向こうには多分偉人しか行けない~』が限界だよ。むしろもう平凡な生活を営む村人Aで良いやって考えちゃったよ。「ここは始まりの村じゃよ」とだけかしこまって言ってるのも案外心地いいとは思わない?

 なんて思いつつタービン・エンジンを全開にし、荷物を置いてきた場所に向かって夜空を超特急で突っ切る。空中に浮かぶ雪がビシビシ音をたててジェルスーツに突撃してきてるけど全然大丈夫、ヘーキヘーキ。これが無ければとてもまともに運転なんて出来ないんだろうけど、ここ辺さすが安心・安全のサ協印。



 出発した山の中腹には行きの3分の2程度の時間(大体13分程だろう)で戻る事ができた。さあ早く荷物を回収して出発しよう・・・と思うも、目の前にはやはりというか、信じたくない光景が拡がっていた。

 白に染まっている。目印にするつもりだった車も、荷物も、なだらかな凸凹の山となって均等に積もった雪に埋もれてしまっていた。唯一付近に並んだ林と聳える谷が先ほど来た場所であると示している。ふぁっく、と悪態をつきながら記憶を頼りに橇を近づける。

 耳を澄まし、橇の他に駆動する別のエンジン音から車の位置はわかった。その真上へと移動し、ある程度掘り起すと、ワゴン車の屋根が見えてきた。そのまま掘り進めて、フロントの向きから先ほど荷物を置いた場所を特定する。荷物は車の前部分辺りに置いていたのですぐに見つけることができた。

 だがまず荷物に積もった雪を取り除けないと乗せることができない。少し時間がかかりそうではあった。

 汗だくになりながら1メートルほど掘り進めると、荷物を取り出せる程度には穴を作る事ができた。そのまま橇から出したフックに荷物を引っかけ一度引っ張り上げようとした時、足が小さな揺れを感知した。



 小さな地震のように思えたそれは、次第に大きな揺れと何か呻くような音をあげて迫ってきた。といっても、嫌な予感がして振り返った時にはもう遅かったんだけど。

 はじめ山の頂上から巨大な白い芋虫の群れがもの凄いスピードで迫ってきてるように見えた。次にそれが雪崩だと認識できた。ああ、そういや雪崩ってわずかな空気の揺れだけでも起きるんだったっけ、とエンジンに震える橇を横目に見つつ案外冷静に思った。

 咄嗟に橇のハンドルを掴みにいこうと荷台によじ登り、そのまま運転席へとジャンプし、これ以上なく上手に着地することができた。俺やるじゃん。

 ただその時にはすでに世界は音で埋まっていた。


(つづく)

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