#9 隘路
▼隘路
その夜は、神楽の云った通り何も起こらなかった。まるで何もかも見通しているかのごとく。そう、これも双子のなせる技なのかもしれないと朔夜は想った。帰宅後、叶に休むように言葉を発した叶は叶で、念のために休ませておいた式神の琴音を下北沢の護衛に解き放っていた。これで少しでも起こりうる異変を察知しようと思っていたようであった。
朔夜は休む訳にはいかず、ネット検索に夜通し掛かって目を見張っていた。そうする事で何かしら眠気を紛らわせていたいのである。かえでの仕事スケジェールの事もあり、溜めていた仕事も少しだけではあるが消化しておいた。そして、賭けの最終日へと夜は明けたのである。
朝からけたたましい携帯の着信音が鳴り響いたのは、叶が起きる直前だった。
朔夜は自分の携帯を取り上げその受話器をとる。それは、二宮和恵からのものであった。
「朝早くにすみません」
「どうかなさったんですか?」
「夢に……天使が現れました。今夜罪を償えと……代償を払うのは当然だと…私はどうすれば良いのでしょう……?」
「今はどちらですか?」
「病院へ向っている所です。あの……天使なんていないっておっしゃいましたよね?でも、あの夢はあまりにも現実味があり過ぎて……佳子の死体を私に投げつけて……」
どうやら混乱しているようである。
「落ち着いて下さい。天使などいるはずありません。あなたを陥れるただの夢です。だから、いつも通り仕事に勤しんで下さい。僕が云う事を信じられませんか?」
「いえ……でも……」
「大丈夫です。あなたは、あなたなりの姿勢でいつも通りしていれば良いのですよ。後は、僕達に任せておいて下さい」
「そこまでして頂くなんて……あなたは一体?」
「ただの、夢占い師ですよ」
受話器を置いた朔夜は、起きて来た叶に、
「夕ーゲットは二宮和恵さんに決まりみたいですよ」
あらかたの内容はさておき、これからの行動を打ち合わせた。
昼から錦織邸の告別式に出る朔夜は、叶とは別行動をとる。叶は、一時秋元総合病院に行き二宮和恵の行勤を見守ることになる。告別式が終わった後、神楽と共に叶と合流。それが、一日のプランであった。
「叶は入院患者として一時戻る事は問題ないでしょう?あと、城戸君にも連絡入れておいて下さい」
「俺の方は全く不自由ないから平気やけど、直紀巻き込むのはどうかと思うで?」
警察が格んでくるとなると、本格的過ぎて叶の範疇を超えてしまうのでは無いかと案じた。しかし朔夜は、
「叶は、怪我人です。物理的な事に関しては、警察に任せておいた方が良いかも知れません。何かが起こってからでは対処が無いのですから……」
つまり、人為的な事を孝えられてからでは遅いと読んだのであろう。
「へいへい分かりました。で、直紀の連絡先は?」
「……すみません。あの段ボールの中から探して下さい……」
ザッと五箱ある段ボールを指差して朔夜は笑った。それを見て、げっそりしてしまう叶。
「いらんもんはとっとと片づけてしまえ!このドアホ!」
額に怒りマークを浮き立たせながら、それでも云われた事をせっせと行う辺り叶は律儀であった。そんな中、朔夜は一箱分は手伝っておいた。告別式までには時間は十分にあるのだから。
告別式は、会館で行われた。流石に、大きな屋敷であっても十分に人数を収容するだけには止まらないからであった。全て取り仕切っていたのは、神楽である。
昨夜より目をはらした神楽がいたたまれなくて、朔夜は目のやり場に困ってしまった。
「あちらがお父さんですか?」
官僚と云った風体の威厳の有る身のこなしが厳格さをかもし出している。一見して陰陽師と関わり合いが有るとは思えない。一体、錦織家はどう云った家系なのか?
「ええ。そうです……雅樹に似ていますでしょう?私もお父様似なんですわ……」
それを決く思わないとでも言いたげに神楽は笑った。
「それでは、後程……」
神楽は忙しそうに次から次にやってくる弔問者の相手をしていた。気の毒にと想う。しかし、これだけが彼女の重荷にはならない。そうこれから先はもっと険しい試練が待ち受けていたのであるのだから……
告別式が終わり、火葬場へ。時間は刻々と夜へと流れて行く。今日は、携帯を肌身離さず持っている。いつ事が起こっても良いように……しかし、全てが事無く夕方の終わりを告げて行った。
その頃叶は、病院の中をくまなく探していた。先程、自ら短い時間だしと一度トイレに入って身を隠してしまった後、見張っていたはずの二宮和恵の姿が無くなったからである。
「変やなぁ〜」
五階まで、看護婦が歩ける範囲をくまなく捜したはずなのに……最後には拉致があかず、ナースステーションで二宮和恵の情報を聞こうと歩いて行った。
そこでいつも看護してくれる、担当の看護師に出会い、気軽に声を掛けた。
「なあ〜二官和恵さんおらへんの?ちょっと用事が有るんやけど〜?」
その看護師は、
「なあ〜に?お気に入りの看護師の後追っかけてるの〜?」
叶の女好きを見越して冗談まじりに返して来た。
「ひどいなあ〜そんなに女の子に不自由しとりまへん」
苦笑いの叶に、
「ちょっと待ってね。呼び出しかけてみるわ」
病院内アナウンスで呼び出しをかける。しかし、暫くしてもその場に待てども二宮和恵の姿は現れなかった。
「変ね〜今日はまだ勤務時間のハズなのに……」
と、掌をロ元に持っていって考え事をしている。そんな時、
「二宮さんなら先程見なれない男性の方と話しをしてたわよ……で、ちょっと出てくるからって病院から外に出て行ったわ……」
奥に控えていたエクボが可愛らしい看護師が思い出すかのように答えた。
叶は、しまったと頭を叩かたかのような衝撃を受けた。
「その男、黒髪で細身の女顔みたいな奴とちゃうか?」
「ええ、そうよ」
朔夜の静かに怒る顔が見えて来そうで恐い。
「あ、悪いんやけど、二宮はんの持ち物何でもええんやけど貸してもらえんやろか?」
そんな叶の急いでる物云いに、
「これで良いかしら?」
近くに有る、二宮と名前が入ったボールペンを渡す。
「おおきに!悪いんやけど、これ借りるな〜それと今夜も外泊するから!よろしゅう〜」
「ちょっと!塚原さん!」
呼び止められる声も置き去りに叶は病院の外へと駆け出していった。
物にはそれを使っているその人の愛情などが込められている。いわゆる、付喪神。それを利用する事で、術を掛ける事も可能である。取り敢えず、今、二宮和恵がいる場所だけでも把握しなければならない。
「戻儀!」
走りながら自らの式神の琴音を呼び戻す。肩に止まった一羽の鳩は叶に差し出されたそのボールペンを飲み込むと、再び飛び去った。二宮和恵を捜す為に……
病院の外には、昼に直紀に連絡して警備にあたってもらった警察官が配備されていた。
「ここから、若い男と看護師が出て行ったやろ?どっちへ行った!」
不躾に問われ、その警察官は不快な表情で叶を見た。
「いや、看護師は出て来ないが、若い男なら何人も出て来たが?」
やられた……目くらましや!しかも堂々と行われとる。なんて奴や……チッ。と舌打ちする叶。
「俺は、城戸直紀の友人や。捜査に協力してもらうように、話はつけとる!」
城戸と云う名前にハッと気が付いたのか、敬礼し、引き締まった顔に戻った。
「その男たちの中に、顔立ちが女みたいで、身長がこんくらいの奴おらなんだか?」
その言葉に、脇に控えていた一人の警察官が、
「それなら、そこのターミナルでタクシーに乗りましたが……あんな綺麗な男もこの世にいるんだなどと想ったもので記憶に有ります」
「どっちに向ったんや?」
「はっ!この道ぞいを西に!」
「分かった。サンキューな!直紀にもう警備は必要無いと塚原が云ってたと言っといててや!」
特別配置されていた警察官はその言葉で直紀に連絡をいれはじめる。叶は、その様子も見ずに慌ててタクシーを捕まえた。そして、琴音からの情報も踏まえて今、叶は走り始めた。夕日に照らされた街の中を。
「どういうことなんです?」
叶からの電話に朔夜は驚きを隠せなかった。詳しくは、タクシーの中なので云えないが、二宮和恵が雅樹に連れ去られた事を聞かされた。
「分かりました。こちらももう終わりですから、これから神楽さんを連れて向います。今はまだ正確な場所は分からないんですね?」
受話器の向こうで叶が状況を話す。
「下北沢付近に向っている?……なるほど。それでは、急いでそちらに向います」
携帯を切り、朔夜は急いで神楽のもとへと駆け出した。
「神楽さん?少しよろしいでしょうか?困った事になりました……」
人の目に触れない所で、朔夜は神楽甲に事の次第を伝える。
「分かりましたわ。このままの格好で申し訳ないのですが、わたくし、今すぐ用意して参ります」
黒い着物の喪服を纏った神楽は必要な物を持ち、着いたばかりの錦織邸を朔夜と出たのである。それは、陽が暮れたそんな時刻であった。