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#7 警戒

▼警戒


 その後、朔夜と叶はナースステーション横に設置されている休憩所へと移動した。

 まだ夜明け前の時刻で本当は就寝時刻ではあるがこの事件のせいで寝ている事などできなかった。朔夜は十分な処置を受けて一段落はついていた。そしていつしか、雅樹から受けた鳩尾への打撃も薄らいでいた。

「これ、叶の式神の札……」

 ズボンのポケットに仕舞い込んでいた焼けこげた一枚の紙を叶に手渡した。

「ああ、気付いとった。琴音やろ……大丈夫や。今は深い眠りに就いとる。少しは投に立ったようで良かったわ」

 受け取った叶は、それにフッと息を吹き掛け再生の念を送った。すると、元通りの札に戻る。

「マサキ、かなりの陰陽師やな……俺がその場におったからと云っても歯が立ったかどうかしれんわ……あんま自分を責めるなや……朔夜。自分を大切に出来んもんが、他人を労る事など出来んのやからな……」

 ボソリと零す。そう、叶自身にもどうにかなるその要素はないに等しい。自信がないのである。

「……そうですね。今はこれから先の事を考えましょう。この事件は必ず、今日の朝ニュースにとり上げられます。城戸君が情報操作をしたとしても、マスコミは必ず動きます。そうなると、この事件を知った中島清美は、叶を狙うでしょう」

「ああ、可能性は100%間違い無しや。1%の裏切りを期待するのは無謀やな」

 叶は頭を捻っていた。もう十分中島清美の願いは叶っているはず。しかし、その人物の性格がどうだろうと、裏には雅樹が絡んでいる。

「計算はどこ迄上手く行くでしょうか?」

「さあ、どうやろ……手荒な事はせん。訴える事もせん。上手く行くかは本人次第やわ」

「ところで、僕が気絶していた時間はどのくらいですか?」

「小一時間や」

「一時間くらいなら、こちらは上手くやれます。あとの事は任せますよ」

「ああ、分かっとる。まかせろや」

 そんな会話をしていると、バタバタと急ぐ足音が聴こえてきた。その姿を、薄暗い廊下の中気付いた朔夜は、

「あ、神楽さん……」

「え?」

 自分の名前を呼ばれた事に驚き、こちらを振り返った、一人の女性。それは、まさしく神楽であった。そして、ソワソワとした様子で近づいてくる。

「どうしたんです?そんなに慌てて……何かあったのですか?」

 そんな問いかけに、今にも泣きそうな表情で、

「母の容体が急変したのです。さっき連絡がありまして、それでこちらに……」

「急変?ですが……昨日の昼は調子が良さそうだったのに……」

 その言葉への答えは返ってこなかった。グッと何かを飲み込もうとしているようである。そして気が付いたかのように、

「朔夜さんは……あ、その怪我はどうなさったのです?」

 二の腕から手の平、ボロボロになった体全体。

 あちこち巻き付けられた包帯に気がついたのか、息を飲み込むかのように恐る恐る問いかけてきた。

「あ、これですか?……ちょっと階段から転げ落ちました……」

 どう考えても階段から落ちてできる傷ではない。打ち身でこんな風に怪我する事もない。分かり切った事に嘘をついてみせた。

「それは嘘ですね……」

「……」

「もしかして……弟の雅樹に関係があるのではありませんか……?」

 これ以上、黙っておけないと察した神楽は、突然真意をついた事を問い返してきた。

「!」

 朔夜と叶は絶句した。勘付かれた?しかし何も悟られるような事を云った覚えはない。そうすると……もしかしたら何かを知っているのかもしれない。色々と考えるがその答えは神楽が握っている。

「黙っている所を見受けますと、雅樹なのですね?あの子は今どうしてるのです!?」

 突然…大人しい神楽の見た目に反するかのような詰め掛けるような様子に朔夜は驚いた。こんなに取り乱す彼女を見るなどとは想ってもいなかった。

「落ち着いて下さい……どうなさったのです?神楽さんらしくありませんよ……」

 震える神楽の肩をしっかり受け止める。しかし、その態度は変わらない。急に、朔夜を見上げると、視線を脇にそらし、隣にいる叶を見た。

「そちらにいらっしゃるのは、塚原叶さんですね!あなたも陰陽師なら分かるはずですわ、逆凪の対処法を!云うべきでは無い事は分かってます。でも、雅樹の……あの子の対処法は、身内を人柱にすることなんです!母は……うっ……」

 神楽の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちそのまま泣き崩れた。

「!」

 ひょんなことから、雅樹の全貌を知らされ、朔夜も叶も一言も言葉が出なかった。そして、暫くそのまま神楽が泣き止む迄待っていたのである。


「とり乱して申し訳ありません……わたくし、母の所に参ります。本当に申し訳ありませんでした」

 泣き止んだ神楽が発した言葉はそれであった。そして、急ぐようにその場を後にしようとした神楽の二の腕を朔夜は取った。

「もしかしてあなたは、この事を知っていたのではありませんか?いえ、僕達がどうこうと云うのではなく、これまでの事件の裏に隠されている何かを感じ取っていたのでは?双児には色んな不思議なカがあると聞かされます。雅樹君に陰陽師の血が流れているなら、神楽さん、あなたにも……」

 その質問に、神楽は一瞬寂しそうに笑った。そして一回縦に首を振り、そっと朔夜から離れ、

「母は、もうこれ以上もたないでしょう。次は私の番です……汚れ切った血筋は何も生みませんね……それが錦織家の最期になろうとももうどうでも良いんです……」

 何かを断ち切るかのように勢い良く、振り返りそして、暗闇の中去って行った。あの、和やかに家族の話をした時間が色褪せていく。そして朔夜と叶はそれを黙って見送るしか出来なかった。


 朝は、雨雲を携えた嫌な天気だった。それは今朝方個室で亡くなった、神楽の母を悼むような、そんな一日の始まりだった。

 直紀が気を遣い配置した警備を断り、今日一日は決して点滴等の処置を行わないと云う決まりでその場を切り上げた。

 叶は、既に朝食をとるために病室で横になっていた。その横には、朔夜が付き添っている。二人とも神楽の件から何も語らず静かに考え事をしていた。

 大体の真相は掴めてきたような気がする。実は錦織家は代々陰陽師の家系で、そして、雅樹、神楽にもそのカが宿っている。しかも、二人の間にははかりしれない溝がある。それを、今回の事件で母を殺してしまう程の逆凪を浴びせてしまったことで、次は神楽にお鉢が回る事になる。血が死を招くそんな家系だとは……やり切れない思いが朔夜の中で渦巻いていた。叶は?叶の術の逆凪対策は?ふと、叶の顔を見た。

「叶は違いますよね?」

 ボソリと呟く。

「何がや?」

 惚けているのか?それとも、木当に分かっていないのか分からないが、それだけ云うと叶は黙り込んだ。しかし底しれない怒りが伝わってくる。だからその先は何も云えなかった。そんな時、

「塚原さん、朝食の時間ですよ〜廊下に取りに来て下さいね〜」

 四人部屋の一角を仕切っているカーテンをくぐると、一人の看護師が入って来た。

「ああ、分かったわ〜今日は、点滴や検査無しなんよな?」

「ええ、その予定になってますよ。昨日は大変だったそうですね。朝食とって昼まで寝ていても結構ですよ〜」

いつも世話をしてくれるその看護師は丁寧に答えてくれる。

「ほな、朝食食べるか」

 叶は、静かにベッドから起き上がり自由な足で廊下迄歩いて行くとお膳をとって来た。

「朔夜、お前も食堂で飯食って来いや。ろくなもん食っとらんやろ?ここの飯は栄養だけは抜群やしオレだけ食うのも気が引けるわ……」

 その言葉を受け、朔夜は一階の食堂へと足を運んだ。しかし、一階の食堂の時間は面会時間を見越しての開店だったので、朔夜は仕方なく売店でパンを買う事にした。それを持って、叶の病室で食べる事にしようとゆっくりと歩を戻した。


「塚原さん、やはり点滴をする事になりましたよ」

 朝食を食べ終え、お膳をかたしに行った先で、通りすがりの看護師が静かに声を掛けてきた。

「え?そうなん?」

 その看護師の顔に見覚えがなかった。そこで確認の為に名札を見た。名札には、二宮和恵とある。叶は、訝し気にその看護師を見た。そしてにっこりといつもの営業スマイルで、しらじらしく、

「変やなあ〜無いって聞いてたんやけど?」

「何やら問題があったようですけど、主治医の判断です。また後で病室の方に参ります」

 少し暗い感じのその看護師は、それだけ言うとスタスタとナースステーションへと向って行った。

「ビンゴやな……」

 叶はその後ろ姿を見送りながら病室へと歩いて行った。


 その看護師は、その後直ぐに叶の病室に来た。まだ朝早いので、どこの病床もカーテンを引いていた。プライバシーを守る為の物でもあるし、一人になりたい者にはうってつけである。

 二宮和恵はそのカーテン越しに、

「点滴をします。入りますね」

 一言添えて、入って来た。

 カラカラと、点滴用の器具を設置しながら、テキパキと行動している。歳はまだ若い。しかし、滲み出しているオーラは暗く濁った青色をしていた。

「その点滴の薬品何てのや?」

 叶は、興味深げに問いかけた。

「ビタミン剤ですよ」

 簡潔に答える。しかし、テキパキしたその行動の先に、いざ針を叶の左腕の静脈に打とうとする際、一瞬であるが戸惑いが見られた。

「無理な事はせん方がええで……天使は全てを知っているだろ?二宮はん!」

 打たれる針を避け、左手で二宮和恵の腕を叶は取り上げた。

「……何をするんですか!」

 二宮和恵は震えながら腕を振り払い突然声をあげる。それをきっかけに、

「縛!沈在!」

 呪文を唱え、叶は二宮和恵の顔前に左指で印を結んだ。

「朔夜、出番やで!」

 その一声で隣でパンをかじっていたハズの朔夜はスッとカーテンの隙間から現れた。そして動けなくなった二宮和恵の目の前に手の平を持って行くと念を送った。お得意の催眠術である。二宮和恵は、ゆっくりと目蓋を閉じ、叶のベッドに倒れ込んだ。その身体を朔夜は静かに抱きかかえる。そして叶がベッドから這い出たのを確認すると、そのベットに横たえる。

「それでは行って来ますね。後は宜しくお願いしますよ!叶!」

「ええで……」

 その眠りを追うかのように朔夜はベッドの片隅に上半身を頂けた。四方には結界の札を張り付けられている。安心しきって朔夜は二官和恵の夢の中へと旅立ったのである。


「助けて、誰よ!私を追わないで!」

 真っ暗な暗闇をひたすら駆けずり回る二宮和恵。

 パンプスを履いた足音が、カンカンと木霊する。

 朔夜はその有り様を暗闇で浮かび上がるその影を空中でとらえていた。

 追い掛けている相手は探偵のようにつかず離れず走っていた。

『異性間の問題のようですね……』

 特に多いのにこの類いがある。二人の問題は、この辺りにあるらしい事が判明した。

『きっと、沼淵佳子との間の三角関係が原因なのでは無いだろうか?追いかけられるのは、仕事上と云う事もあるのですが、相手は探偵……やはり妥当でしょう……』

 目をこらし、その状況をインプットした。そしてこの状況を変える為に、

『神聖覧強!夢売買致します!』

 朔夜は辺りのこの状況をなぎ払う為の夢交換を行う事にした。一時間の睡眠の代償を克服するには早い内がいい。

 辺りは一気に白い空間を作り上げた。そして、追いかける人物の影が一気に明らかになった。その人物は、黒いコートを身に纏い、顔全体を深い帽子で隠している。

 その人物が誰なのかを突き止める為に、朔夜は、

『散!』

 その人物の着ているコートと帽子を取り上げたのである。

『沼淵佳子!』

 朔夜は驚いた。死んだはずの人物がこの夢の中で追い掛けまわしているのであるのだから……

「嫌よ、来ないで!」

 後ろを振り向いた瞬間、それが、自分が殺そうと目論んでいた人物だと知り、よりいっそう走る事を止めようとはしない二宮和恵……

『面倒な事になりましたね……どうしましょう』

 朔夜は考えに考えた。こうなると厄介である。

 天使の啓示を信じている二宮和恵に関しては、夢を好転させる事を考えるより、逆に、突き落とされる自分を考える方がいいのかもしれないとそう考えた。

『場所を移しましまう……神聖覧強!夢売買致します!』

 そして、断崖絶壁の構図を重きに置いた。

 追いかけられる先、そこは荒れ狂う海への絶壁。ジリジリと追い詰められ、二宮和恵の置くべき足下はもうない。

「悪かったわよ!あなたを殺してあの人を手に入れる事ができるなら、私は何だって出来るわ!でもね、佳子あなたが悪いのよ!人気が有るからって、何でも手に入らない物が無いって思っているあなたが!」

 ジリジリと、追い詰める沼淵佳子。

「でもね、後悔しないなんて思っては無いわ。唯一の親友ですものね……あなたと一緒にいる時間は楽しかったわ……これは本当よ……」

 カラリと、岸壁にある岩が崩れ落ちた。

「何か云ってよ!」

 二宮和恵は叫んでいた。息せき切った声はカラカラに乾いた喉から発せられ、かな切り声であった。それをきっかけに、

「あなたが死ぬ所を見たらスッキリするわ。私を納得させて……これは夢の中。そこから落ちたとしても、死ぬ事は無いわ。私の事を思っていてくれると云うのなら実行してみせてよ!」

 荒れ狂う海の岸壁は現実味を帯び、下を見下ろした二宮和恵はガクガクと膝が震えている。夢だとしても、怖くて飛び降りるなんて出来はしない。

「どうするの?それとも全部嘘なの?怖いなら手伝ってあげる……」

 沼淵佳子は、トンッと二宮の肩を押そうとする。足場が今にも崩れそうだ。

「本当に夢なのね?信じていいのね?それで許してもらえるのね?」

 二宮和恵は困惑していた。しかし、それを紛らわすように沼淵佳子はニッコリと徽笑んだ。

「さようなら……佳子……」

 海の方を振り向くと二宮和恵はトンッと空中へ身を投げた。そして断崖の果てへと消えてしまったのである。


『全て片が尽きましたね……僕も限界です……』

 そして、この夢は静かに幕を下ろしたのである。


 目を醒ました朔夜を、叶は静かに見守った。そして、微笑んだ。

「見てみい……」

 ベッドの上に横たわっている二宮和恵の頬には静かに一筋の涙が伝わっていた。しかし、その表情は心無しか晴れやかである。そして両目蓋はゆっくりと開かれたのである。

「どうですか?ご気分は……」

「ここは?」

「現実の世界ですよ。あなたの心に潜んでいる暗い影はもう取り払いました。もう悩む事は無いんですよ」

 全てがこれで終わったのだと告げる。

「あなたは?」

「僕は、こういう者です」

 名刺を差し出す。

「昨夜、あなたとチャットを交わした相手でもあります。こういう風にあなたをおびき出した事はお詫びします。あなたに依頼した塚原叶は僕の相棒です……」

「!では、あなたが桂子を……」

 現実では、沼淵佳子は死んでいる。だからこそ二宮和恵は事に及んだのだ。

「いえ、この事件を阻止する為に僕はあなたとの取り引きに応じた。しかし、それを阻む者の手で沼淵佳子さんは殺された……全て僕の責任です……だから貴女が心を痛める必要は無いのですよ」

 秘めた思いを心に止め、朔夜は一通りの事情を話す。そこに天使なんて物は存在しないと否定を込めて……

「私はこれからどうすれば良いのでしょう?犯行に及ぶ一因を作った私は……欲望のまま自分を見失い、ただ見えない何かに心を委ねこの神聖な場所で人を殺そうとした私は……」

 全てを聞き終え咳くように二宮和恵は朔夜に問うことしか出来ず、涙を浮かべた。一時の気の迷いだった事を悔いていたのである。

「安心して下さいあなたを訴えるような事はしません。良いですか?これは僕達だけの秘密です。それにあなたは迷っていた。そうで無ければ、針を刺す事を躊躇いはしない……ただし、これで全てが終わったとは考えられないのも事実……」

 朔夜は恐れていた。賭けの日数からしてまだ一日ある。雅樹のシナリオはどこまで書き進められているのか?この占夢を考慮に入れているとしてたらまだまだ油断はならない。

「もし、あなたの身に何かが……見えない何かが起こったなら、名刺にある僕の方迄連絡を下さい。これ以上の犠牲は阻止したい……」

 朔夜はしっかり二宮和恵の目を見詰めた。それを受け止めて二宮和恵は領く。

「ありがとうございました」

 ベッドから起き上がった二宮和恵は、犯さずに済んだ事を肝に命じたかのようにシッカリと地に足をつける。そして、朔夜の申し出通り、何ごとも起こらなかったかのようにその部屋に持ち込んだ点滴の器具を携え病窒を後にしたのである。


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