#6 不快
▼不快
先程から、バタバタとけたたましい物音が耳障りでならない。不愉快な現状を腕を持ち上げ眩しい光をこらしてみるように、掌で目を覆うようにしてた時に気が付いた。おびただしい迄の血液。それが掌にびっしりと塗り込められていた。そしてそれが意識を取り戻した朔夜の現状であった。
「……どこでしょう?ここは……」
「朔夜!」
遠くで慣れ親しんだ声が聴こえてくる。朔夜の周りでパタパタと看護師達がガーゼやら包帯やらを取り出し手当てしている。
その中で身を捻らせ、朔夜は声の方を向いた。
「大丈夫なんか?お前……」
「叶?ここはどこなんですか?」
「見たら分かるやろ。病院や病院!」
「何故僕が病院に?」
確か、沼淵佳子と一緒にいて雅樹と出くわし……
「沼淵桂子さんは?」
朔夜はゆっくりと考えながら、そして叫んだ。血の気が引いて行くのが分かる。最後の断末魔。
それが今、確かに朔夜の耳に蘇った。
「すみませんね……事情聴取とらせて頂いて結構ですか?都住朔夜さん」
朔夜の意識が回復したのをきっかけにしたのか、壁に寄り添っていた一人の眼鏡を掛けたエリートサラリーマンのような風体の男が話し掛けて来た。
「どなたですか?」
見た事もない……いや、でも何処かで会っているような……
「君たち、席外してもらえまいか?」
その男は、朔夜を取り囲んでいた他の者達をドアの外に出るようにと促す。ついでに、もう意識も回復したのだからと、医師達も遠ざけた。それを確認したところでその男は眼鏡を外し、はにかみながら徽笑んだのである。
「久し振りだな。都住」
その笑い方でハッと気がついたのである。
「あ……もしかして、城戸直紀君……」
あまりにも惚けた顔に、叶が、
「そうそう。思い出したか?高校で同じクラスやった直紀や。今は、広域捜査官の警部やと」
直紀の肩を気軽に叩きながら付け加えるように朔夜に云う。
「その年齢で警部……エリート街道まっしぐらなんですね……」
と、のんきに話していたいが、直紀は事の次第を率直に朔夜に問いただした。
「沼淵佳子とはどう云う関係だったんだ?まあ、お前に限って殺しをやるとは思えない。それにあれは、人問技とは思えないが……」
その言葉で、朔夜は想い出したくもない光景が頭を過った。しかし、これを警察に話したところで信じてはもらえないであろう。いや、直紀なら判るかも知れないが、だからそうだと云ってその他の警察官が納得するはずなどない。朔夜は黙って叶を見た。
「俺らの事理解しとる直紀には正直に話しといた方がええんとちゃうか?」
叶は、溜め息をつきながらただそれだけロにした。
「判りました」
そこで、直紀に全てを話して聴かせた。
賭けの事。ホームページの事。沼淵佳子の事。そして、この病院でこれから叶に降り掛かるかも知れない事。全てを……
こうして全てを聞き終え、静まり返った直紀が発した一言は、
「阿呆」
まずは、その一言だった。
「まあここに、あの腐れ縁の塚原と一緒にいるんだからそれくらい分かりそうなものかも知れんが……もっと頭を使え。実践の戦力ならいくらでも俺が貸すだろうが……と云っても、相手が陰陽師とあっては、俺達がどうこう出来る訳ではないが、これから先の刑法に立証ができるかも知れないだろうが!そこ迄云わなければお前達は判らないのか!」
つまり、昔なじみに一言も相談されなかったと云う事で腹を立てているのかも知れない訳で……長々と直紀の説教は続いたのである。
「で、ホシは錦織雅樹なんだな?」
結論的にはそうである。刑法的にどうこういう前に、直紀はロ走った。
「経歴等こちちで探ってみる。後、叶には万全の警護を付けるから心配するな。取り敢えず、上層部と部下には俺から上手く云っておくから心配するな」
との、最後の言葉を後にしようと直紀はドアを開けて閉める時、
「都住?毎年送ってる年賀状。それに連絡先書いてるから……見とけな!」
それだけ云ってブツブツと出て行ったのである。
「やられたなあ〜一本とられたわ。朔夜?」
「毎年来る年賀状、山積みの段ボールの中で眠ってますからね……探すの一苦労ですよ」
一息入れると、本題に移った。
云いたい事だけ云って去って行った直紀には悪いが、朔夜は叶からここに来る迄の経緯を聞き出さなければならなかった。
叶が知っている限りの事から察するに、絶叫の声に気がついた沼淵佳子の両親が、警察を呼び救急病院に連絡をしたらしい。そして、朔夜が渡した名刺で朔夜の身元は判明できたらしいが、沼淵佳子の頭はまるで脳内に植物の種でも仕掛けられたかのように発育し全てを吹き飛ばした。即死状態で酷い死体となって転がっていたそうだ。
叶に連絡が行ったのは、連絡先の名刺に叶の名前も入っていたからである。しかし、この病院を突き止めるのは、難解だったはずだ。ただ、運良く叶の携帯の電源が入っていた事が救いだったのである。
「そうですか……沼淵佳子さんは亡くなったんですね……」
「……」
今回の件で、一番傷ついているのが誰かを悟っている叶は、何も云えなかった。朔夜の父が亡くなった時の憤りが今まさにここに復活しているのではなかろうかとさえ想った。
そして、雅樹は本気でこのゲームを行っている。それも手加減なしに、なり振り等気にせずに……
「神楽さんには申し訳ないですが、こうなった以上、こちらもなり振り等構ってはいられませんね……撲はこれ程の怒りを覚えた事はありませんよ」
ロに出してそれを云う、叶はこんな朔夜を目にした事はない。その怒りがいつもにも増して、朔夜の真っ赤なオーラを浮き立たせていたのである。