娘に竜がほしいと言われたお父さん
もう少しで娘の生誕日だ、と彼は暦を見ながら思い出す。
それとなく娘に尋ねると娘は重たげな口を動かしながら応えた。
「竜の家族が、ほし、いです」
彼としては娘の希望はなるべく答えてあげたい、しかし、現実的で一番の問題を言う。おそらくは普遍的で子供にとっては共感を覚えない問題であるだろう。
「マナちゃん、その、竜って高いんだよ?」
世の父親が情けないと思う瞬間だろう。愛する娘の希望を叶えられない理由が自分の非力さを自ら肯定しなければいけないのだから。
娘、マナはぎこちなさの残るこわばったふうに駄々をこねる。
結局その日マナと彼は口を利くことはなかった。
彼は夜の街に繰り出しながら肉屋の店長に尋ねた。
「竜を安く売っていないかなぁ」
店長は常連客の彼に笑いながら事情を聞いてきた。
そして、当たり前のことを言う。
「竜は高いわな、俺ん所でも下ろすのは年に一回あるかないかといったところだろう」
だから、店長は続ける。
「作ればいいじゃねぇか」
彼は店長の言葉に典型を受けたかのように感激した。
「その手があったか」
店長からもも肉とすね肉を購入し帰ろうとしたところを呼び止められた。
「俺もうそろそろこの店辞めるわ」
それは困ると思いつつ、彼は理由を問いただした。
「お上がうるさくてな、それに褒められる仕事でもないし」
「俺は褒めるよ」
「まぁお前さんはそうだろうな」
まぁあんたも気をつけなよ、店長と話すのもこれで最後となった。
彼は竜が住むという山を目指していた。手近な飛竜でもいいのだろうが、せっかくなので大きい竜を狩ろうと思った。
「じゃあ、みんな頼むよ」
そこにあったのは数にして百を超える大規模な人間だった。魔術杖や盾、大剣など担いだ一個の軍隊のような光景だ。
しかし、妙なところがある。普通の軍隊であれば装備しているはずの鎧や兜、それらを一切身にまとっていないのだ。
そして、動きもおかしかった。操り人形のようなぎこちなさと機械的な風景。
山を登り頂に住まうという竜の下へと彼らは進んだ。
「我が眠りを妨げる愚か者は誰ぞ?}
竜は山の一部かと見紛うほど大きくまた荘厳だった。
彼は畏怖など覚えず自分の用件を言う。
「死んで家族になってください」
彼の言葉に竜は眉をひそめた。竜の瞳に映る光景は呻きをあげ、焦点も合わない人間――否、人間だったものの群れだった。
「醜穢で下賎なる屍術師か。殺してやろう、そしてその魂の束縛を開放してやる」
「娘のために動くお父さんの無敵さをご享受します」
そう言って戦端は開かれた。
強大なる竜と百を超す屍兵を操る屍術師。
その結果は深く記さない。
ただ、彼の発言がある。それだけでこの話の結末はわかってしまうのではないだろうか。