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迷い人

作者: 北郷 信羅

 青々と生い茂るブナの木々に囲まれた森の中に、少年はいた。少し前に雨が降ったのか足元はぬかるんでいて、道と思われる比較的雑草の少ない部分は見受けられるものの、少しでもそこを外れれば生い茂る草木に足を取られて即転倒、場所によってはそのまま数メートル滑落してしまうだろう。そんな山の中。

「ここ……どこだろ」

少年は迷っていた。―――いや、「迷っていた」という表現は、このシチュエーションにおいて正しいとは言い難い。なにしろ彼にはそもそも、こんな所に来たという自覚がないのだから。

―――俺、なんでこんな所に……。

少年は思い出そうと目を閉じるが、ここに立つ前の記憶は見事に欠落してしまっていた。

―――どうしよう。

少年はズボンのポケットに手を突っ込んでみる。携帯は―――ない。財布もない。持ち物は何一つない状態だった。

「誰か、いないかな……?」

この場における適当な打開策が思い浮かばないまま、少年はぬかるむ泥道を踏みしめて空も見えない山中を進んだ。―――と、

「……小屋?」

残念ながらそんなしっかりした造りの建物ではなく、雨を凌げる屋根と腰を下ろせる木製のベンチ(と呼ぶには少々粗末なものだが)があるだけの―――東屋だった。

「……休もうかな」

実際のところ、疲労感がないわけではなかったが、非常に軽度のもので別に休まなければならないというほどのものでもなかった。ただ、何の解決策もないという絶望感は少年の精神的疲労を起こすには十分過ぎるもので、止む無く少年はその木造の東屋で腰を下ろして休むことにしたのである。

「うーん、どうしようかな」

「お困りかな? 少年」

独り言に背後から返ってきた言葉に少年は身体をびくりと震わせた。

「ここに来るのは初めてかィ?」

少年のすぐ真後ろに立った男は言った。少年がこの場所に腰を下ろした時、間違いなく周囲には誰もいなかった。……しかし不思議なことに今目の前には確実に1人の男が立って彼を見下ろしていた。

「え……と、」

少年は困惑したまま答えた。

「初めて、です。……というか、なんでこんな所にいるのかも分からないんですけど」

男を二十そこそこの年上と見た少年は敬語を使った。

「そうかァ……分かった」

男は1人で納得したようにひとつ頷いてから言った。

「それじゃあ、ここがどんな所なのか案内しよう」

「え、いや取り敢えず山から下りられれば―――」

言いかけて少年は、言葉を失った。

「―――え」

先ほどまで少年を囲んでいたはずのブナの木々は、ぬかるんだ泥道は、東屋は、消えていた。代わりに彼の周りに広がっていたのは、……美しいゴシック調の教会のようだった。

「ここは学びの館。ここでの暮らしのルールを学ぶ場所だ」

変わったのは環境だけではなかった。目の前で語る男の姿も、明らかに別人に変わっていた。……正確には、若返っていた。今の彼はどう見ても少年よりも若い―――というか幼い子供だった。

「何が……起こった……?」

困惑する少年に対して男の子は

「場所を移動しただけだ。それから俺の姿なんて些末なことは気にすんな。どーにでもなるんだから」

と事も無げに言った。

「じゃあ次―――」

「え、いや待って―――」

少年の制止も聞かずに、男の子は得意げに指を鳴らした。―――が、

―――ガァン。

指を鳴らしたとは思えないような音がした。そう例えるなら、フライパンで硬いものを叩いた時のような、そんな音だ。

「……あれっ」

と呟いて、男の子が首を捻った。少年にとっては幸いなことに、彼らのいる空間は変わらずゴシックな教会のままだ。

「あーくそ、身体がこんなだからかなァ」

男の子はまた呟いてもう一度指を鳴らすが、今度はグラスを金属で軽く打ったような高い音が響いただけでやはり周囲の環境に変化はない。

 有り得ない音を指で奏でながら悪戦苦闘する男の子を見ているうちに、少年はようやく少し落ち着きを取り戻した。

「―――やり方が悪いんじゃない? 指パッチンは、こう―――」

と説明しながら少年は指を鳴らした。


 「―――ヒロトッ!?」

気付くと少年は、病室のベッドに身体を横たえていた。

「ヒロト大丈夫なのっ!?」

彼に寄り添う母親が、ややヒステリックな声で彼に問いかけた。

「あ……うん、」

少年はほっと息を吐いて言った。

「ちょっと―――迷子になってたみたい」


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