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あの日に見た夢

お嬢様を助けたらエルフ奴隷をくれるっていわれたけど遠慮してぬか漬け貰おうとしたらエルフもついて来た件

作者: 塚又右

日本の文化や知識がちょいちょい剣と魔法のファンタジー世界に混ざってしまっている設定です。


※同時刻にあげたバージョン違いの短編があります。そっちのが出来が良い気がします。

 初夏のある日のことだった。

 ビッグシープのモコリヌスに乗って草原を走っていた俺は、夕飯になりそうな獲物を探していた。

 モコリヌスは小さな頃から育てている羊型のモンスターで、普段は二足歩行を好み、なんとなく通じる程度の会話ができる。どうやら自分を人間と勘違いしているらしい。

 今日の獲物は野うさぎ二匹。夕飯には十分な量なのだが、もう一週間もうさぎばっかり食べているので、違う獲物が欲しい。


「モコリヌスは何食べたい?」

ムメ(くま)


 豪快な羊である。草食のはずの彼だが、以前もの欲しそうに俺の食事を見ていた彼に魔物の肉を与えたところ、好んで肉を食べるようになった。

 するとモコリヌスは急激に大きくなり、熊に格闘戦を挑めるまでに成長してしまった。普通のビッグシープは羊毛を取れるだけの大人しいモンスターのはずなのにだ。

 恐ろしい羊である。


「熊かー、大物だな。確か麓の畑が熊に荒らされてるって噂を聞いたな。ちょっと村の近くまで降りてみようか?」

ムメモミミウヌ(くまのためなら)

「村に降りるのは久しぶりだね。買出しもしていこう」

ムン(うん)


 山奥の小屋で暮らしているので、村へはたまに買出しに行く程度だ。ついでに漬け物用の野菜の種を買っていこう。

 などとあれこれ脳内で買い物リストをまとめていると。


「きゃあああああああああああああああ!!」

「なんだ!?」「ムムン!?」


 甲高い悲鳴が聞こえた。俺の指示をまたずにモコリヌスが駆け出す。

 声は村のはずれから聞こえていた。何があったのだろうか。

 矢を切らしていたので、腰に提げた剣の柄を掴み、いつでも戦えるように構える。


 藪を抜け、村のすぐ外に出た。モコリヌスを降り、女の怯える声をたよりに音を殺して接近する。


 そこには短剣を構えた男二人――おそらく盗賊だろう――に腕を掴まれている少女がいた。

 木の陰で立ち止まり、息を潜めて様子を見る。


「おやめなさい。私を誰だと思っているのです!」


 声の主は、金髪のいかにも育ちの良さそうなお嬢様。髪の毛がドリルになっているお嬢様は実在するというのを今知った。

 育ちが良いと叫び声も上品になってしまうのか。お嬢様というのも不便なものなんだな。


 ドリルの少女は装飾の少ないワンピースを着てはいるものの、布地の高級感からいかにも『お忍びでやってきたお嬢様』という雰囲気が出てしまっていた。あの格好で一人村の外をウロウロしていたら盗賊に襲われるのもムリはないだろう。


 盗賊たちは下卑た笑いを浮かべてドリルお嬢様を舐めるように見ている。


「知らねえよ。知らねえけど、お前が金持ちってことはわかったぜ」

「くっ!? どこからどうみてもただの町娘だというのに!」


 いやいや、あんた、私を誰だと思っているのですとか言ってただろ。それってある程度有名で権力のある人間が使う台詞だろうが。変装しているつもりなのだろうが、誰にでも見破られそうな姿なのに気づいていないらしい。


「へへ、かなり金を持ってそうだし、上玉だ。今夜は楽しめそうだな」

「兄貴! 俺、『ひぎい!』とか言わせてえ!」

「ふはは。じゃあ俺は『んほお!』とか言わせちゃうぜ!」


 だらしない(つら)でゲラゲラ笑う二人を、ドリルお嬢様が困惑したように見上げている。意味がよくわかっていないのだろうが、できればその身体で知ってしまう前に止めたいところだ。


 ゆっくりと息を吐き、モコリヌスから降りて剣を抜く。わずかに金属がかすれる音が出るが、彼らが気づいた様子はない。


 タイミングを見計らい、駆け出そうとした――瞬間。


「メエエギャワワワワー!!」


 荒ぶったモコリヌスがスプリンターのように駆けていく。俺を置き去りにして。ああ、どうして君はそんなに好戦的なんだ。


 手の空いていた盗賊にモコリヌスがドロップキックをかました。

 慌てて俺も後に続き、お嬢様を捕まえている盗賊に躍りかかる。少女の細腕を掴む毛むくじゃらの腕を斬りおとし、柄で頭を殴る。モコリヌスに気を取られていたおかげでやりやすかった。


「大丈夫だから下がってて」

「わ、わかりましたわ!」


 怯えるドリルお嬢様を下がらせ、背中に庇う。

 倒れこんだ盗賊のひざ裏を踏みつけ、歩けないようにする。モコリヌスのほうを見ると、チョークスリーパーで男を絞め落としたところだった。


 二人の盗賊を素早く縄で縛り、腕を失くした盗賊に治癒魔法をかける。しばらくして腕がくっつき、出血も止まった。


「おーい、モコリヌス。こいつらギルドの牢に入れてもらおう。たぶん賞金が……どこいった?」


 モコリヌスがその場からいなくなっていた。


「あの、羊さんならあちらに……」


 お嬢様の指差すほうを見ると、畑荒らしに来たらしい熊と格闘するモコリヌスがいた。いつのまにそんなことになっていたんだ。連戦とはタフな羊である。

 モコリヌスは立ち上がって威嚇する熊の背後に素早く回り、肩車の体勢に持ち込む。

 そして後ろ脚で熊の首をがっちり捕まえ、全体重をかけてのけぞり、二匹は回転し――。


「まさか! あれは――!!」


 お嬢様が(おのの)く。そして――。

 熊の脳天が地面に直撃した。


「リバースフランケンシュタイナー!?」


 あの技って実践で使えるのか。それとお嬢様、お詳しいんですね。


 あとで聞いた話だが、モコリヌスは決め技をカナディアンバックブリーカーとどちらにするか迷っていたらしい。

 相手が小柄だったとはいえ、熊を持ち上げたりぶん投げたりすることに一切躊躇わないあいつが、俺は恐ろしい。

 技を教えたのは俺だけど。





「この度は本当にありがとうございました。お礼にぜひこの子をお受け取りください。なかなかの働き者ですよ」

「はい?」


 初夏の昼下がり。盗賊に襲われる金髪ドリルのお嬢様を救ったところ、彼女の母からお礼にエルフの少女奴隷を差し出されました。ってどういうことだ。


 ちなみにモコリヌスは熊肉が腐ってしまうといけないからといって先に家に帰った。

 ドリルお嬢様は自分でお礼をしたがっていたが、いろいろあって疲れたのかふらふらしていたので使用人によって部屋へ戻されていった。


 ドリルお嬢様の家は大貴族だったらしく、かぼちゃ型のカーテンみたいなスカートのついたドレス姿の淑女が、俺にそれはもう丁寧に礼を述べてきた。

 ドリル様の母だという彼女は、庶民のおばちゃんに勝るとも劣らない強引さで、メイド服を着たエルフさんを押し付けてくる。おばちゃんには貴賎はないらしい。


「聞けばあなたは一人暮らし。モンスターを飼ってはいても、彼らは家事をしてはくれないでしょう? この子は最近拾ったばかりの子ですが、仕事はきっちりとしこんであります。きっと生活がよりよくなりますよ」


 ぐいぐいと押し付けられてエルフさんが胸元にひっついた状態になる。

 華奢だな、というのが最初に浮かんだ感想だった。エルフさんはちょっと困ったようにしながら、俺の胸に頭を預けてくる。光に溶けてしまいそうな儚い金髪に、新緑のような翠の瞳。すごい美人だ。時おり尖った耳が首筋をくすぐってくるのが、なんというか、すごくゾクゾクする。


 こんな夢みたいに綺麗な人――じゃなくてエルフを奴隷のメイドとしてくれるなんて、とても魅力的な提案ではあるのだが、涙をのんでお断りするしかない。俺にはメイドさんを養える甲斐性はないのだ。


 魅力的な提案なのだが。


 とても魅力的な提案なのだが!


 ……くっそー。


「すみません。一人でなら食べていけるくらいの稼ぎしかないので……」

「あらあらまあまあ。そうなんですか? それじゃあお礼はお金にいたしましょうか?」

「いえ、盗賊退治の賞金は出ましたから、それで十分です」


 ドリル母が両手を口に当てて「まあ。遠慮深い方なのね」とか言ってる隙に、エルフメイドをそっと離す。

 彼女は何故か名残惜しげに俺の顔を見て、すぐにニュートラルな表情になった。


「ちなみに賞金では何を買うの? よければそれをこちらで用意させていただきたいわ」

「いえ、大したものじゃありませんので。野菜を買いだめして、漬け物を作るつもりなので……」

「あら、漬け物? なに漬けなのかしら?」


 ドリル母が予想外に興味深々な反応を示す。身を乗り出して瞳をきらきら輝かせる。

 え、なんなのこの食いつきよう。


「粕漬けです。大根を漬けたのが好きで」

「あら! いいわね~。私も昔からぬか漬けをしていてね。祖母の代から受け継いだぬか床があるのよ~。毎日自分で混ぜてるんだから!」


 いかにも淑女な貴族のご婦人がぬか床を掻きまわす姿を想像する。

 とてもシュールな光景だった。けれど、漬け物好きな俺としては好ましくもある。


「ぬか漬けも美味しいですよね。私も前に何度か挑戦したのですが、ぬか床がうまくできなくて……」


 貴族の奥様と漬け物談義で盛り上がる。お礼を受け取る気はなかったのだが、結局話の流れでぬか床をおすそわけしてもらうことになった。


 奥様が自らぬか床を取りに行ってくると部屋を出たので、部屋には俺とエルフ少女の二人きりだ。話し相手がいなくなった俺は、しばしぬか漬けに思いを馳せる。


 臨時収入もあったことだし、野菜を買って帰ろう。なんの野菜を漬けようか。キャベツと大根と、なすもいいな。などと考えていると。


「私より、ぬか床が欲しいんですね……」


 静かで底冷えのする声が聞こえてきた。見れば、エルフの少女が絶対零度の瞳で俺を見ている。美人は怒ると顔が怖いというのは本当だったらしい。


 え、どういうこと? 俺に貰われたかったの? ここの屋敷で暮らすよりずっと狭いし、モコリヌスとたまにおかずの取り合いになるような、騒がしくて貧しい家なのに。

 いやいや、むしろその程度の男に断られたことにカチンと来たのかも知れない。

 エルフは気高い種族だ。半年前にあった集落同士の抗争で負け、奴隷になったエルフのひとりなのだろうが、まだ人間を見下す心が残っているのかもしれない。敗北しても牙は折れていなかったということか。うーむ。


 つまり、「もう、ばか! ぬか床なんかより私が欲しいって言って欲しかったのに!」という可愛い嫉妬(?)ではなく、「この高貴なる私よりもぬか床を求めるとは!!」とお怒りになられていたということか。


 どちらにしても比較対象がぬか床なのがしまらない。


 しかし、ぬか床は欲しいのだ。漬け物は大好きだし、エルフの少女を養うと冬の蓄えができないし、人間は俺一人だから家事はちょっとくらい手を抜いても誰も怒らな……いや、モコリヌスに文句言われるけども。

 それに、せっかく貴族の奥さまが自ら用意してくれるというのに、「やっぱりおなごが欲しいでごわす」なんて言ったら打ち首にされるのではなかろうか。


「無視ですか。そんなにぬか床がいいんですか。確かにぬか漬けは美味しいです。美味しいですけど……。っ!」


 なにか誤解したらしいエルフさんが怒っていたが、人が近づいてくる気配に気づいて乗り出していた身を引っ込めた。


「お待たせしました~」


 やってきたのは奥様だった。俺の向かいにあるふかふかソファに腰掛け、持って来た小さなツボをテーブルに置く。


「私、思ったんですけど」


 奥様が笑みを深くする。


「ぬか漬けの話はいつも他の貴族の奥様に笑われてばかりだったんです。だから今日あなたと漬けものの話ができたのがとても嬉しくって。だから、このぬか床もいっぱい活用して欲しいのです」

「はい、それはもう」

「まあ聞いてください。従姉の娘の一人がこの村の商家に嫁いだので、野菜を手配してもらっているのですが、余りものなども引き受けていたら使いきれないこともあるのです。それを貴方の家にときどき送らせていただきたいのです」

「ですがそんなにしていただくわけには……」

「いえ、どうせ処分するしかないものですから。あ、品質は良いのですよ? ただ、量が多いもので。もったいないので是非受け取ってください。それと、大量の野菜を漬け物にするのは大変ですから、やはりこの子も連れて行ってください」


 側に立つエルフ少女の背中をバシバシ叩くパワフル淑女。


「食材は差し上げるのですから、メイドの一人くらい養えますわ」


 エルフの少女をにやりと見やってまたバシバシ。やめてあげてください。彼女、奥様の平手で弾んでいます。銃で撃たれた人みたいになっています。


 この人、もしかしてさっきのメイドさんの言葉を聞いていたのではなかろうか。そして勘違いをしているのではなかろうか。

 奥様、誤解なんですよ。そのエルフ様は高貴なお方なのです。今はメイドさんですが。そして超絶美人のエルフ様よりもぬか床を選んだ不届きな俺をたいそう怒っていらっしゃるのですよ。

 心の中で反論しつつ、あんまり楽しそうにおすすめしてくるものだから言えなかった。それに早く了承しないとメイドさんがムチウチになっちゃいそうだったし。


「それではこの子をお連れください。――ぬか係として!」



 こうして俺はぬか床と、ぬか係を手に入れた。





 その後、美人でエルフでメイドで奴隷でぬか係な彼女は、俺をなにくれとなく世話してくれるようになった。

 掃除も料理も完璧で、ぬか床も毎日きっちり混ぜて管理してくれる。今では俺の大事な家族だ。


 けれど彼女は今でも出会った日の俺の態度を根に持っている。思い切り恨んでいる。


 おかげで俺は、おいしい漬け物が出来上がるたび、「はい。私よりも欲しかったお漬け物ですよ」とか「私よりも大好きなお漬け物ですよ」とか言われてチクチク苛められる日々を送っているのだ。


 ほら、今日も彼女が俺に漬け物を差し出す。フォークで漬け物を掴み、落とさないように片手を添えて、俺の口元に持ってくる。

 や、やめてください。モコリヌスが見ていますよ。


「ご主人様、漬物がいい感じにできましたよ。私よりも欲しがっていらっしゃった漬物です」

「う……。そ、そう。なにを漬けたの?」

「ズッキーニです。さあ、どうぞお試しになってください。ご主人様は私よりもこれがお好きなのでしょう」

「……ありがとう。うん、おいしい! ズッキーニおいしいよ」

「そうですか。私を貰った時より嬉しそうでなによりです」

「あの……。俺が悪かったから、その、ちくちく言うの、もうやめてくれないかなあ?」

「なんのことでしょう?」

「……えと、だから」

「なんのことでしょう?」

「…………そのね」

「なんのことでしょう?」

「………………なんでもないです」


 今日もエルフなメイド様はぬか漬けと張り合うのだった。


登場人物


俺:十代後半の少年。実は異世界へとやってきた元勇者というまったく本編では使われていない設定がある。漬け物が三度の飯とセットで出ていないと耐えられない漬け物好き。首が弱い。

エルフ:本編には出なかったが名前はアナスタシア。自分が美人だと自覚している。俺より少し上の年齢。匂いフェチ。

モコリヌス:ビッグシープというモンスター。ようするに大きな羊なのだが、人間のように立つしなんとなく通じる程度の会話もできる。戦闘になるとどうしても荒ぶる。プロレス好き。ガングロ。

お嬢様:本編にはでなかったがマーガレット=ポコリヌスという名前。ちょっと偉そうだけど無意識の態度。根は優しい。貧乳。

奥様:お嬢様の母親。特に深い意味もなくエルフを少年に差し出そうとした。漬け物を作るのが趣味。貴族の中では変わり者。

盗賊(親分):お金が欲しい。もじゃもじゃ。ひぎい派。

盗賊(子分):お金が欲しい。もじゃもじゃ。んほお派。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] エルフさんが頑張れば頑張るほど、漬物が美味しくなってしまうのが不憫です(苦笑)
[良い点] ほっこりした [一言] なんか三題噺「プロレス、漬物、エルフ」と無理やり関連付けた短編のようですけどキャラが微笑ましいのでポイント入れました
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