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セイギのミカタのミカタ

作者: 聖show

 (登場人物紹介)


 星野ホシノ アカリ

 主人公。母と3人の弟との生活を助けるため、キラボシー秘密基地にて清掃のアルバイトに励んでいる。かなり困窮しているため、お金に弱い。


 エルテ・ル・ペルエ

 流星戦隊キラボシーと合体ロボをこよなく愛する新進気鋭のエンジニア。初出勤でロボを舐めまわして謹慎処分をくらった変態。イケメンだが変態。


 スーさん(鈴木さん 50代)

 合体ロボ整備部のボス。穏やかな人柄で部下から絶大の信頼を得ている。鈴木姓のため『スーさん』と呼ばれているが、実は入り婿で、旧姓は小鳥遊タカナシさん。


 オヤッサン(でも20代)

 見た目のいかつさから『オヤッサン』と呼ばれているが、周囲の扱いは結構ひどい。プログラミング担当。


 テツ・ノブ・ヤス

 いかにも下っ端っぽい名前の仲良しトリオ。それぞれ、駆動系・コックピット・エネルギー回路を担当している。


 (登場物紹介)


 超星機神 宵の明星

 流星の意志により遣わされた超星パワーの合体ロボット。無駄に目が光るがビームは出ない。



 ―――西暦2×××年

 地球のアースエナジーを手に入れ、全宇宙を支配しようと企む悪の軍団があった。

 彼らは、何故か日本という小さな島国ばかりを執拗に狙い、まるで『日本さえ手に入れれば全宇宙は手に入ったも同じ!』とでも言わんばかりの勢いで進軍を開始した。

 しかも、その攻撃は地味なくせにじわじわ効いてくる内容ばかり。

 日本中のトイレというトイレからウォシュレットをなくしてしまう怪人『ヂ』や、週刊マンガを買い占めてしまう怪人『うわ、今週見逃した! なぁ、誰か買った?』等、決して命には係わらないがかなりいらいらする攻撃を仕掛けてくるのだ。

 日本中にぎすぎすした空気が蔓延し、週刊マンガの定期購読申込みが急増する中、ついに救世主が現れる!


 我らがヒーロー!!流星戦隊キラボシー☆

 地球(というか日本)と宇宙の平和は君たち5人にかかっている!!


「流星パワーチャージ! 来い、超星機神 宵の明星!!」

『スパーシューティングスタートルネーーーーーード!』


 ドガゴォォォォォン!!


「ぎぃやぁぁぁぁぁ!!」


(決めポーズ)


 ―――と、言うのがあって1時間後。


「スーさん!! やばいっす、駆動系は全滅っす! パーツも人手も足りないっす」

「おいおいおーい、ちょっとこれ見てよぉ。コックピットがカレーだらけなんですけどぉ! 黄色ふざけんな!」

「エネルギー回路も何箇所かショートしてます。これは1回全部ばらしてやった方が良いかもしれません」

「……今日はかなり苦戦したようだな。

 よし、休暇中のやつらも全員招集掛けろ。ばらし作業は時間との勝負だ。総出でやるぞ!」

「総出……て、事は。あいつも呼ぶんですか?」

「オヤッサン、あいつのことを頼んだぞ? 前回のようなことは2度と無いよう見張ってろ」

「うぅ……はい」


 ここは、地球(と書いてもう日本でいいんじゃね?)と宇宙の平和を護るスパーヒーロー「流星戦隊 キラボシー」の秘密基地『ブルームーン』

 の、地下にある整備ブース。

 広い空間にこれでもかという存在感で立っているのは、キラボシーの5人が操縦する巨大ロボット「超星機神 宵の明星」

 何を隠そう、ここは宵の明星の整備のために設けられたスペースなのだ!


「スーさん、連絡終わりました。20分以内には全員集合できると……」

「僕は来たよ! いやもうむしろ居たよ!」

「エルテのやつ、謹慎中だってのにどっかに潜んでやがったな? オヤッサン、よろしく頼む」

「うぅ……いやだいやだいやだいやだ」

「あぁ、愛しい愛しい僕の恋人。寂しかったかい? 僕もだよ。さぁ、一緒に逃げよう!」

 宵の明星を恍惚の表情で見上げるのは、新進気鋭の天才イケメンエンジニア! の皮をかぶった変態、エルテ・ル・ペルエ。

 彼は、数日前の初出社の際、宵の明星の足を舐めまわしたことで謹慎処分となっていた。

 天才だろうがイケメンだろうが、変態であるというだけで全てが台無しだ。

「落ち着けド変態。

 もう2度とお前は宵の明星に触らせないからな。おいオヤッサン、こいつを連れていけ」

「離せ! 僕達は愛し合っているんだ! 宵の明星ぅぅぅぅぅぅ!」

「あれで天才的なエンジニアじゃなかったら即刻警察に突き出せるんですけどね」

「後はオヤッサンに任せよう。

 さあ始めるぞ! いつ次の出動があるか分からん、時間との勝負だ」


 さて、一方そのころ『ブルームーン』の1階ロビーには少女の姿があった。

 昨今では珍しいセーラー服にポニーテール。化粧っけは一切なく、派手さはないがぱっちりした瞳が印象的な少女だ。

「おはようございます」

「あぁ、明ちゃん。おはよう」

 少女の名は、星野 明。母親と3人の食べ盛りな弟との生活を助けるため、おしゃれも遊びもしないで清掃アルバイトに明け暮れている。

 星野家のエンゲル係数はここ数年驚異的な伸びを見せている。明が働かなければ、リアル1杯のかけそばになってしまう。切実だ。

「今日の担当は地下なんだけど……明ちゃん地下の掃除は初めてよねぇ? 本当は指導も兼ねて三木さんが入ってくれる予定だったんだけど、来る途中で事故渋滞に巻き込まれちゃったそうなの。

 三木さんが到着次第すぐに応援に行ってもらうから、それまで1人で進めてもらえるかしら?」

「はい、分かりました」

「悪いわねぇ? その代わり、頑張ってくれたら今日のお手当弾むわね?」

「わぁ、助かります。ありがとうございます! それじゃ、頑張んなくちゃ」

「よかったわねぇ、明ちゃん。あ、そうそう! 地下は他と比べて危ないものも多いから、正体の分からないものがあったら触っちゃだめよ?」

「はい、分かりました。行ってきます」

『いってらっしゃい!』


 女子更衣室の扉が閉まると、廊下には白長靴のゴムが床面にすれる独特の音だけが響く。

「ふ……ふふ」

 少女――明は肩を震わせた。

「……よしっ! 給料アップ! 待っててね、お姉ちゃん今日は豚肉買って帰るから!」

 余談だが、食べ盛りのいる星野家では普段のメイン食材は鶏胸肉である。安価でボリュームもあるが、もも肉と違ってぱさぱさになりやすいので、調理にはテクニックが必要である。

「すき焼きかな? 焼き肉かな?」

 星野家のすき焼き・焼き肉は100%豚肉で開催される。切実である。


「いいかエルテ、お前にはここで俺のサポートをしてもらう。間違っても宵の明星に近づくんじゃない。いいな? って、もういない!」

「オヤッサン、変態捕まえましたっす。もういっそのこと、柱に繋いだらどうっすか?」

「……そうだな。気を失っている間に鎖か何か探してくるよ。テツ、しばらく頼めるか?」

「はーいっす!」

 聞くまい。変態が気を失うに至った過程は、決して。


「それで、作業は進んでるか?」

 本当に鎖(重い機材を引き上げるときに使用するもの)でエルテを繋いだ2人は、やれやれと椅子に腰を下ろした。

 パソコンやら図面やら工具やら……弁当の空き容器やら歯ブラシやら下着やらいかがわしい雑誌やらDVDやらが散乱する事務室は、お世辞にもきれいとはいえない。唯一まともな姿を保っているのが椅子の上だ。

「そうっすねぇ……とりあえず、エネルギー回路の修理はパーツもそろってたんでサクサク進んでるんでるみたいっす。けど、駆動系はパーツの到着を待たなくちゃならないんで……」

「どのパーツが足りないんだね? 関節駆動部? クッション部? それとも腰周りに何か支障が出たのかい?」

「もう復活したのか……チッ! もう2・3発撃ち込んでおけば良かったっす」

「ははは! 愛の前に暴力は無意味だ!」

「わぁ! 見てくれよテツ、こんなに鳥肌立っちまった」

「ちょっとぉ? 何遊んでるんだよぉ」

 復活した変態とオヤッサンとテツが振り返ると、不機嫌そうなノブが事務所の入り口に立っていた。

「遊んでいたわけじゃないんだが……まあ、そう見えるだろうな」

「掃除は終わったんすか?」

「……掃除?」

「あぁ、エルテは知らなかったか。

 黄色がまたコックピットでカレーを食べたみたいでな。で、今回は結構苦戦して大立ち回りした結果、それを中にぶちまけちまったんだ」

「もう最悪だよぉ! 天井までまんべんなくとび散ってて、どこから手を付けたら良いかって感じぃ。

 つーかさ? 俺たちは整備のプロであって掃除のプロじゃないわけよぉ。でしょ? だから、カレーの後始末はもうプロの手をお借りしようと思って」

「掃除のプロっすか?」

「そ! そろそろ時間だと思うんだけどぉ……」

 コンコン

「失礼します。お掃除に参りました」

「おぉ! 噂をすれば! 入ってくださぁい」


 ――時間は少し戻る。

 初めて入った地下エリアは、しかしそんなに他の階と大きな違いはないように、明には感じられた。

 エレベーターを降りて正面に真っ直ぐ廊下が伸びていて、その廊下から左右にいろいろな部屋が区切られているという、実に単純な造りをしている。

 テロ組織にでも襲われたらひとたまりもないだろう。

「地下って窓がないのね。

 やった! ちょっと楽!」

 明は弾むような足取りでエリアの中を見て回る。

 手前から、更衣室・シャワールーム・トイレがあり、向かい合う位置に給湯室・仮眠室・喫煙所が設けられていた。

「よし、はじめよう!」

 まずは必要な道具の準備から始めるのが明流である。

 部屋によって使う洗剤も掃除方法も異なるので、それぞれに合った道具を用意しなければならない。

 しかし、それをいちいちやっていては時間がかかる。そこで、初めに全ての道具をそれぞれの場所に用意するのだ。ちなみに、使い終わった道具の片付けも同じ方法で一気に行う。効率的である。

 さらに、浸け置き洗いと上から下への掃除法を――以下非常に長くなりますので省略させていただきます――


 ――1時間後――


「こんなもんかな?」

 明がすがすがしい表情で見回す地下エリアは、見事にきれいになっていた。

「しかし……どうしよう? これ以上は入っていいのかどうかも分からないし……」

 明の目の前には、大きな鉄製の扉。ちょうど、廊下の突き当たりに位置するそれは、しかし『関係者以外立ち入り禁止』と掲げられている。

「やっぱり入ったら怒られるよね? でも……」

 明を悩ませているのは、過去に耳にした先輩方の愚痴の数々だった。

 それによると、この地下エリアは他のどこよりも汚……掃除のしがいがある。とのこと。

 しかし、明が今しがた掃除を終えたエリアはさほど汚れていなかった。

 と言う事はつまり……

「やっぱり、この先にまだ掃除すべき場所があるってことよね?」

 しばし迷って、明はドアノブに手を掛けた。

 もしも掃除の必要がなかったとしたらきちんと謝って早急に退室すればいい。でも、掃除の必要があるのに入らなかったらお給料に影響が出てしまう。それは困る。切実なのだ。

「……すいません。失礼します」

 恐る恐る入った先には又廊下。しかし、今度はその距離が短く、さらに扉も左手に1つしかなかった。

「あ! お掃除ボックス……良かった。やっぱりここも掃除するんだ」

 秘密基地専用の掃除道具入れは、その場所が掃除すべきエリアであることを示す。

「わぁ……掃除道具がいっぱい。それじゃあ、噂になってた汚部屋ってここのことかぁ」

 とりあえず、ごみ袋だけを持って明は扉の前に立った。中からはかすかに人の話し声がする。ノックして声を掛けてから入室すべきだろう。

 コンコン

「失礼します。お掃除に参りました」


「おばちゃん待ってたよぉ! 今日はこの部屋の掃除の前にお願いしたいことが――

 あれ? おばちゃんじゃないねぇ? 新人さん?」

「あ……はい。

 先月からこちらでお世話になっています。星野と言います。よろしくお願いします」

 扉を開けて入ってきたのは、まだ少女と呼べる年齢の女の子だった。いわゆる『掃除のおばさんルック』が、コスプレに見えるくらいの違和感がある。

「こんな若い子が入ったんだぁ。君いくつ?」

「えっと……再来月で17歳になります。あの」

「17!? じゃあ、もしかして高校生?」

「はい。あのそれで」

「若いっすね……なんか、一気におっさんになった気分っす」

 思いがけない女子高生の登場に、女の子成分0%の職場で働いている社会人たちは大いに盛り上がってしまった。

 気持ちは分かるが仕事は良いのか?


「……はぁ。どうしよう」

 明は困っていた。

 室内のごみはあらかた分別してそれぞれごみ袋に収め、拭き掃除はき掃除共に終えたのだが……室内にいた、恐らく職員と思われる3人の男性は、未だ楽しげにおしゃべりを続けている。

「お願いしたいことがあるって言ってたけど、それはいいのかな?」

 仕事の速い明にかかれば、どんな汚部屋も30分足らずで片付いてしまう。

 目を向けると、男性職員たちは未だに楽しげに話をしていた。仕事の話でないという事は明にも分かっていたが(何故かそれぞれ高校生の時のあだ名について話している)、あんまりにも楽しそうに話しているので声を掛けづらい。

 「……」

(だからと言って、あの人に聞くのも無理だし)

 室内には、明に話し掛けてくれた職員の他にもう1人男性がいた。

 室内の大きな柱に鎖で縛りつけられた、きれいな男性だ。

(この部屋に入ってからずぅぅぅぅぅぅっと見てくるんだけど、あれはやっぱり助けてくれってこと……よね?)

 国籍は不明だが、赤茶の髪に翡翠のようなきれいな瞳。

 一体何があってあんな状態になったのかは想像もつかないが、しかし確実に1つ言える事がある。

(……どんなに見つめられても、あの鎖は解いちゃいけない気がする。何故だかすごくそんな気がする)

 その判断はきっと正しい。いろいろな意味で。


「おまえたち一体何をやってるんだ!」

「ひゃっ!」

『うわぁ!? スーさん、すいませんっ!』

 古紙まで紐でくくって、いよいよ掃除終了というタイミング。室内に巨大な雷が落ちた。

「いつまで経っても帰ってこないと思ったら……油を売ってた分だけ3倍速で進めろ! 整備終了予定は1時間後だ!」

『はい! 了解しました!』

 普段温厚な人間を怒らせると、そうでない人に怒られる5倍(当社比)恐ろしい。

「ノブ! コックピットの掃除はお願いしたのか!?」

「あ……忘れてたぁ! すいません星野さん、残業で申し訳ないんですがもう1か所掃除をお願いします。こちらから連絡して、特別手当としてお支払いするのでぇ」

 後に星野 明は語る。

「はい! 喜んでやらせていただきます」

 この時、がっついて牛肉に想いを馳せたりしなかったら、こんな事にはならなかった。と。

「じゃあ、すいませんが掃除道具持ってついてきて下さい」

 しかし、悲しいかな……きっと彼女は何度やりなおしたとしても、同じ選択をしてしまうだろう。

 なにせ彼女は、お金にとことん弱い。

「はい!」

「……」

 良いお返事をして部屋を出る明を、男はじっと見つめていた。


「カレー、ですか?」

「そぉ、何考えてるんだか知らないけど、いっつもカレー食っててさぁ。

 いつか派手にひっくり返すんじゃないかとは思ってたんだけど、案の定。綺麗になるかな?」

「はい、綺麗にすることはもちろんできます。

 でもあの……あの中に、入るんですか?」

 現在明の眼前に広がっているのは、想像もしていなかった情景だった。

(私、ここがキラボシーの秘密基地だってことすっかり忘れてた……)

 ニュースでしか見る事のなかった巨大ロボットが悠然と立つその前に、自分がいる。

(すごい……こんなに大きいんだ)

 周囲には、作業服を着た男性が何人も作業をしている。

 縦横無尽に走る謎のコード、飛び散る火花、用途不明の機械類。

(て言うか……)

「宵の明星って、人間が整備するものなんですね。知らなかったです」

「驚いた? 結構知らない奴多いんだけどぉ、この宵の明星もそれにキラボシーの使ってる武器類もぉ、俺たちが整備してるんだぁ」

 どことなく誇らしそうに答えた作業員(確かノブと呼ばれていた)だが、ちょっと待った。その手につかんでいるのはまさか……

「えっと、まさかとは思うんですけど……そのいかにも危険そうな『取っ手付き棒』であの高さまで上がるなんて言いませんよね?」

 ノブがコックピットから引き下ろしたのは、まさに『取っ手がところどころについただけの棒』と表現するのがぴったりの品だった。

「申し訳ない、そのまさかなんです」

「え?」

 宵の明星は巨大合体ロボットである。

 キラボシーの5人がそれぞれ操縦する中型ロボットと、流星の意志を宿す核とが合体してなるものだ。

 そして、コックピットがあるのは――宵の明星の胸部分。地上からの高さは、約10メートル。

 足場の組まれた現在地からは3メートルほどだが、高さの恐怖はしっかり10メートルだ。

「お、落ちたりしないですか?」

「手を放さなければ大丈夫」

 …………それは、大丈夫なのだろうか?


 結論から言えば、明は落ちることなくコックピットへたどり着き、無事掃除を終える事が出来た。

「よし……こんなものかな?」

「君凄いねぇ! 見違えるほど綺麗になったよぉ」

 しかし問題は、上がるより降りる事の方なのだ。

「御苦労さま。掃除用具はこっちで片づけておくから、星野さんは何も持たないで降りて。

 危ないから」

「うぅ……はい。それでは、お言葉に甘えさせていただきます。

 お疲れさまでした」

「お疲れぇ。くれぐれも気をつけてね」

(高い……)

 コックピットからの眺めは、それはそれは凶悪なものだった。

「よし! 行こう」

 明は高所恐怖症というわけではないが、流石に梯子の形状があまりにお粗末な造りなため心もとない気分になる。さっさと降りてしまおう。

「よっと……」

 さて、ここで状況を整理しよう。

 不安定な梯子を降りるのは、カレーまみれのコックピットを掃除して少し滑りやすくなってしまったゴム長靴を履いた星野 明。

 と、くれば当然。


 音にすれば、つるんッ! てな感じで、明は足を滑らせた。

「っ!!?」

 その瞬間、明が考えたのは労災のことだった。果たしてアルバイトにも出るだろうか?


「……あれ?」

 少なくとも3メートルは落ちるはずだった体は、しかし痛みも無くすぐに何かの上に落ちた。

『え?』

 疑問の声は、明の発したものではない。作業も終盤に入っていた整備士たちのものだ。

 明の体は――――未だ整備途中の、宵の明星の掌の中におさまっていた。

「馬鹿な……まだ動けないはずなのに」

 スーさんのつぶやきは、10メートル上にいる明には届かない。


『大丈夫ですか?』

 目の前には、規格外に大きな顔。

 ……多分。緑色の石が嵌った目と、凛々しい口元(?)、通った……鼻筋?

 ニュースによると、この緑の目は光るらしい。

『あの、怪我はないですか?』

「あ! はい。あ、ありがとうございました。助かりました」

(あれ? これは誰がしゃべっているんだ?)

 声は、明を受け止めた手の持ち主「宵の明星」から聞こえるようだ。

(さっきの……ノブさん?)

 それにしては話し方が違いすぎる。彼はもっと、間延びしたような話し方だった。

『それは良かった。

 ところで、あなたにとても大切なお話があるのですが……聞いていただけますか?』

「は? はぁ……はい」

(え? 何? これはどういうこと? 宵の明星って、自分でしゃべるものなの?)

 そんなことはない。

 宵の明星は合体ロボットだ。自分の意志で動くことも、しゃべることも出来はしない。

 本来なら。

『私はあなたに一目惚れしました。

 どうか、結婚を前提にお付き合いして頂けませんか?』

 まして、

「……な、は?」

 一目惚れにプロポーズなど出来はしないのだ。

 本来なら。

『あなたが大好きです』

「…………」

『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』


 地球を守る正義のヒーロー、流星戦隊キラボシーの秘密基地。

 その地下に設けられた整備スペースに響き渡る整備士たちの驚愕の声。

 鎖を解いて飛び出した青年は、ある一点を見つめて苦々しく舌打ちする。

 愛の告白を受けた少女は未だ状況が理解できず、目を丸くするばかり。

 そして、己の意志を持った正義の巨大合体ロボットは、実に幸福そうにほほ笑んだ……ように見えた。


 未来の世界の正義の味方。

 その正義の巨大合体ロボットが恋に落ちてはいけないなんて、一体誰に言えるだろう。


 こののち、嫉妬に狂った変態イケメンが暴走したり、合体ロボットがデートを理由に出動拒否をしたり、明の出生の秘密が明らかになったりするのだが……それはまた、別の話。

 


 





息抜き投稿。続くかどうかは、怪人のアイデアが出るかどうかにかかっています。

くだらない怪人の案がありましたらぜひご一報ください。

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