序章
人間はどうすれば生きていけるのだろうか。
極端な話をすると、呼吸、食事、睡眠という行為さえやってのければ人間は生きていける。
だが、世間で生きていくことは考える以上に大変なことだ。常に人の目がついて回る。周りの人に見捨てられたら、生きていくことさえ難しい。上記の三つの行為ができなくなるからではない。上記の三つが満足にできていたとしても、周りの人間に嫌われてしまえば、一気に肩身が狭くなって、苦しくなって、すぐに死ぬことを考えるからだ。特に彼女の様な年頃の人間は。
では、逆に人間はどうすれば死ねるのだろうか。
社会的に死ぬことを考えると、戸籍だとかそういった話になってしまう。しかし、ただ戸籍が消えただけで人は死ねない。
そう、この場合は「どうすれば生きていけるか」で挙げた「極端な話」をしなければならないのであ る。
心臓が止まったり、首が飛んだり、腹を捥がれたり、血液が不足したり、酸素が足りなくなったり、飢えたり、そういったことで人間は死ぬのだ。
そう考えれば、簡単だ。なんて簡単な話なんだろう。死ぬ手段なんか幾らでもあるじゃないか。
首を吊る、手首を斬る、水に沈む、高いところから飛び降りる、道路に飛び出す…。
人間はその決断さえできれば、いつでもその命を投げ出すことができるのだ。
だからこそ彼女は自宅である十五階建てのマンションから飛び降りたのだ。
屋上から、である。
途中の階から飛び降りるような軟な真似はしない。
完膚なきまでに自らを殺すために。
完膚なきまでに自らをこの世から抹消するために。
彼女は自らの意志でマンションの屋上から飛び降りたのだ。
だからこそ、彼女の自宅マンションの駐車場は真っ赤な液体に染まっていて、液体の中央には彼女が横たわっていた。
誰の目から見ても、彼女が死んでいることは明らかだった。
だが――――――、
無惨な死体と化したはずの少女がゆっくりと上体を起こす。
そして、血まみれになった地面を見て、消え入るような声で呟いた。
「―――――――――また死ねなかった…。」