婚約者はどなた?
「ーねえ、もう少し胸が大きくならないかしら?」
そう言ったのは、クレインという十五歳の娘で、自分の胸に触れる。
それを微笑ましく見、着替えを手伝っているメラが優しく言う。
「十分ですわ。あまり大きくてもドレスが窮屈ですし、小さ過ぎてもドレスが映えませんし。クレイン様の体型はちょうどいいのですよ」
「そう? …その、婚約者の人も気に入ってくれると思う?」
気弱そうに言い、上目遣いで見る。
今日、初めて婚約者に会うのだった。
もう幼少の頃に決まっていたのだが、会うのは今日が初めてだった。
ーもしブサイクだったらどうしましょう…?
自分の顔を鏡で見て、自分自身も美人というわけではないのだが、ため息を吐く。
お互いに気に入るだろうかと、心配になってくる。
「ーはい。着替えは完了ですわ」
「ありがとう、メラ」
礼を言うと、メラが胸を張り、自慢そうにする。
20代のメイドで、それこそおねしょをしている時代からの付き合いだった。
クレインのことは、彼女のほうが詳しいかもしれない。
「ーさて、応接室に行きますか」
「うわあ!! 楽しみですわ!! 噂によると、格好良い御方らしいですし」
「そうなの? …私のほうが馬鹿にされたりしないかしら…?」
婚約者はメラと同じくらいの年らしく、まだまだ子どものクレインのことを気に入ってくれるだろうかと思ってしまう。
メラは自分の胸をどんと叩くと、はっきり言ってくる。
「大丈夫ですわ。私のクレイン様は美人で、優しい御方ですもの」
「メラ…。うん、私も自信を持つ」
背筋を伸ばすと、メラに手を取られ、応接室へ行く。すると父親のロバートと母親のトリーがすでに座っていた。
着飾ったクレインを見て、2人とも息をもらす。
「綺麗だな。なあ、トリー?」
「そうですわ。うちの自慢の娘ですもの。早く座って」
「はい、お父様、お母様」
メラの手を放し、椅子が並ぶ真ん中に座る。
すると玄関ホールが騒々しくなる。
「いらっしゃったのかな? 見てくるか」
「あなたったら、おやめになって。一番、気になるのはクレインですもの。ね?」
「は、はい…。大丈夫、大丈夫」
深呼吸すると、顔を引き締める。
ここからが本番なのだ。
「ー失礼いたします」
ティーナ家の執事がドアをノックし、言ってくる。
クレインは喉の調子を確かめると、立ち上がる。
「どうぞ。入ってもらいなさい」
ロバートの声に、執事が応え、ドアが開く。
とくん、とクレインの胸がときめくと、ドアの横に執事が控え、客人が姿を現す。
「え…」
思わず声を出してしまい、クレインは慌てて口を閉じる。
入って来た顔ぶれを見、驚いてしまったのである。
「ー初めまして。ランジ家の者です」
話し出したのは、執事らしき人で、頭を深く下げてくる。
しかしクレインが注目したのは、正装した男性だった。
歳は20代だろうか。
顔が丸顔で、少しぽっちゃりした。
ーその、想像と違うというか…。
ポテポテ歩く姿に、クレインは釘付けとなる。
後からついて来た執事のほうが、よほどかっこいい顔をしている。
しかし選択権はなく、クレインはなるべく良いところを探そうとする。
ーぽっちゃりしているということは、お金があるってことよね。しかも痩せさせれば、良い男になるかもしれない。
そう思うことにし、皆、席につく。
誰が話し始めるのかと思ったら、ロバートが切り出す。
「今日はわざわざティーナ家へお越しくださって、ありがとうございます。こちらが妻のトリー」
「トリーでございます」
「そしてこちらが、娘のクレイン、15歳です」
「よ、よろしくお願いいたします」
頭を下げ、ちらりと正面に座った男性を見る。
すると男性もクレインを見ており、視線が合う。
何か気にしているのだろかと思っていると、ランジ家の執事が声を発する。
「私、ランジ家の執事のガイと申します。そしてこちらがクレイン様の婚約者のサイアンと申します。よろしくお願いいたします」
「よろしく」
朗らかな声は嫌なものではなく、クレインはほっとする。
この御方なら、大丈夫と思うことにすることにした。
ー私だって、すごい美人というわけでもないし。
そう思っていると、ロバートとトリーが立ち上がる。
「お父様? お母様?」
「あとは若い者同士で会話しなさい。よろしくお願いいたします、サイアン様」
「よろしくお願いいたしますわ」
2人は気に入ったのか、それとも自然に任せようというのか、応接室を去っていく。
残された3人は、黙ったままとなる。
動いたのはランジ家の執事ガイだった。
窓辺へ移動すると、サイアンの影となるように立つ。
ーここは私が話したほうが良さそうね。
自分の邸に来てもらったのだから、気を遣うことにした。
「あの、サイアン様、今日を迎えられて光栄ですわ。私、ずっと待っていましたの」
「そうなのかい? それは嬉しいな」
サイアンがにこりと笑うと、太陽が日差しを強くするように安心できる。
ーこの人なら…。
少しずつ考えを変えていくと、クレインに話しかける。
「好きな食べ物は何ですか?」
「そうだな…。肉かな。君ークレインは?」
「私は、そうですわね…。くるみパンが好きですわ」
「くるみパン!! いいね。合いそうだ」
ははとサイアンが笑うので、クレインもほほと笑い、和やかになっていく。
「あの、趣味は…?」
「散歩かな。今は冬で寒いけれど、色んな景色を見て楽しんだんだり、リラックスしたりするんだ」
「散歩、ですか。…でしたら、あとで我が家の庭園へ行きましょう。クリスマスローズなどの花が咲いていますのよ」
「それは楽しみだ。よろしく」
サイアンが手を差し出したので、クレインは失礼のないように、両手で受け止める。
肉付きの良さが肌から伝わってきて、まるで猫の肉球を構っているようだった。
ーそうだわ。ちょっとぽっちゃりした猫と思えばいいんですわ。
クレインは自分を納得させようとしていると、サイアンが質問してくる。
「クレインの趣味は?」
「私の趣味は…その、本を読んだり、料理を作ることでしょうか。私の料理、自信があるんですのよ」
「そうなのかい? 楽しみだな」
「あの、今日の私、どう見えますか?」
ずばりと聞くと、サイアンがにこりと笑ってくる。
「ー合格。合格だ!! ね、サイアン?」
「…は? サイアン?」
執事を振り向き、言ったので、クレインは混乱する。
執事のガイはくくと笑うと、光の翼を持ったように見える光景から離れ、クレインの側にやって来る。
「あの…?」
「ごめん、ごめん。悪気はないんだけど、まさか受け入れようとするとは思わなくて。なあ、ガイ?」
「もうサイアン様も人が悪い。私、立ちますから、座ってください」
「は? は? は?」
意味が分からず、2人を見比べると、サイアンと呼ばれた男性が、クレインの正面に座る。
すると雰囲気が冷静なものとなり、ガイと呼ばれた男性が窓辺へ立つ。
「…どういうことですの?」
少し怒りを込めて言うと、サイアンは美しい見目で笑顔を作り、言ってくる。
「ちょっと試させてもらったんだ。君がどう出てくるか、ね」
「…。し、失礼ですわ!!」
クレインが叫び、立ち上がると、サイアンはゆったりと椅子に座ったままだった。その姿は王者のようで、冬の光が彼に集まってくるようだった。
ー神様みたい…。
ふと思ったのだが、クレインは怒りを忘れず、向き合う。
「どういうことですの?」
「私も婚約者に会うのが心配でね。ガイと交代したというわけだ。なあ、ガイ?」
「はい。私を見てもこの娘は笑いませんでしたし、むしろ好意を感じました」
「そうか。それは良かった」
「何が良かったんですの!!」
思わず大声を出してしまい、慌てて口を閉じたが、2人きりにするために、他の人間は近づかないようにしてあるのか、誰も来なかった。
サイアンはクレインの側にやって来ると、手を取ってくる。
クレインは反射的に放そうとしたのだが、力が込められているので、無理だった。
「ーよろしく、私の婚約者」
「嫌なのかい? 私にしておきなよ。悪いようにはしないから」
「…も、もう!! どうなっていますの!!」
叩きたいが、手が封じられており、逆に指にキスをされる。
クレインの身体がびくりと反応すると、サイアンが口笛を吹く。
「ますます気に入った。女も強くなくてはならないからね」
「私は、その、まだ納得していないのですけれど…?」
「じゃあ今すぐ納得しよう。今すぐ」
顔を近づけられて、耳を齧られると、もう駄目だった。
「ひ、卑怯ですわ…!!」
「どこが? 生きていくには、真正直じゃ駄目なんだよ」
「う…。それは、その…」
「ー私のことが嫌いかい?」
優しく聞かれ、クレインは首を横に振る。
「分かりませんわ。分かりません!! 全然」
「そうか。じゃあ、これからゆっくり恋を育んでいこう」
「恋を育む? あの…!! きゃあ!!」
急に抱きつかれて、クレインの身体が硬直する。
サイアンは遊んでいるようで、面白いおもちゃを見つけた少年のようだった。
「ーよろしく、クレイン」
「あ、あの、その…!!」
「ははは。今日は天気も良いし、庭園に誘ってもらおうかな」
「…意地悪ですわ」
精一杯、睨んだのだが、無理なようだった。
ー大人の余裕がありますわ…。
クレインは負けを認め、サイアンのされるままとする。
サイアンは気づいたのか、どうか知らないが、髪や頬に触れてくる。
その手つきは、優しいものだった。
「ー私を婚約者と認めてくれるかな?」
「知りませんわ!!」
ふんと鼻息を荒くすると、サイアンは可笑しそうにする。
もうと思いつつ、クレインは彼の魅了に惹きつけられているのだった。




