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しょうちゃんやりすぎ!~幼少期に結婚の約束をした幼馴染みが筋肉モンスターに成長して求愛してくる話~

作者: 三咲ゆま
掲載日:2026/02/26

バカに全振りした物語を書きました。

恋愛と青春を一気に味わえます。楽しんでいただけたら嬉しいです!

 幼稚園の砂場で結婚の約束をするっていうシチュエーション、どう思う?

 相手はもちろん幼馴染の男の子。

 砂のお城をはさんで向かい合って「ぼくがずっと守るからね!」なんて手を握られちゃった日にはもう、お姫様気分だよね。


 女子の憧れ。

 そうなの。そのはずなの、本来は。

 ただ、私の幼馴染はちょっと度がすぎていて──。


 時刻は朝の7時ちょうど。

 目覚まし時計に起こされてうっすらと目を開けようとしたところで、ベッドが激しく軋みながら縦に震動した。


「さゆちゃん! 朝だよ、起きて!」


 幼馴染の肉之宮翔太(にくのみやしょうた)くんがベッドを揺すっている。

 朝に弱い私を毎日起こしに来てくれる尽くす派の彼だけど、その両腕から発揮されるパワーが尋常じゃない。

 身長270cm、体重180kgの翔太くんは、アメコミに登場するガチムチヒーローすらワンパンでやれるのではないかという圧巻の体躯の持ち主だ。

 優しく揺すってくれているつもりなのだろうけど、推定震度5の揺れに私の脳みそがシェイクされる。


「起きた! 起きたよ翔ちゃん! 学校いこうね!」


 なんとかベッドから抜け出し、翔ちゃんを部屋の外に押し出して制服に着替える。

 もう……彼ったらまた窓ガラスを粉砕して部屋に入ってきちゃったみたい。次やったら法的手段も辞さないって伝えなきゃ。


 学校への道をのんびりと歩きながら、隣に立つ翔ちゃんを見上げた。

 私の身長が150cmだから、翔ちゃんとの身長差は120cm。こわい。ここまで来ると同じヒト科ヒト属だとは思えないよ。


「今日は国語の小テストがあるね。勉強した?」


「ううん。筋トレが忙しくて……」


 はちきれんばかりの上腕二等筋をそっと振り上げてみせながら、翔ちゃんは自信なさげに笑った。


「そんなに鍛えなくてもいいんじゃない? もう十分すぎるほどモンスターだよ」


「だめだよ! さゆちゃんを守るって約束したんだから。ぼく、まだまだ頼りないし……」


 翔ちゃんは、幼稚園の時からずっと気弱で泣き虫だった。

 強くなりたいと体を鍛えはじめたのは、大人になったら結婚しようと誓い合った5歳の夏休みから。


 あの頃は、日々男の子らしい体つきに成長していく翔ちゃんを見てドキドキしていたっけ。

 ほんの少し見上げるくらいの身長差に憧れていた。男の子らしい大きな手にも。

 けれど何も、ここまでやれとは言っていない。やりすぎている。

 私が求めているのは、あくまで常識の範囲内での頼もしさなの……!!


 


 今日は朝から国語の小テストがある。

 ノートをぱらぱらとめくりながら予習しつつ、となりの席の翔ちゃんに視線を送る。

 彼はゴツい見た目の強力そうなハンドグリップを両手に持ち、ギッチギッチと握りこんでいるところだった。

 予習とかしないんだ……と心配をはじめた瞬間、音を立ててハンドグリップが割れた。翔ちゃんの手加減知らずの握力に悲鳴を上げたのね。


 

「テストをはじめるぞー! 今から30分!」


 時計を見ながら先生が合図すれば、周囲は一斉に机に向き合う姿勢をとった。

 私も頑張るぞ!

 よしっ! 昨夜も予習したから完璧! どの問題もスラスラ解けるっ!!

 一心不乱にすべての空欄を埋めた私は、達成感と共に大きく伸びをする。


 ──ん?


 なんだろう隣から視線を感じる。すごく見られてる気がする。

 顔は正面を向けたまま視線だけ隣へうつすと、翔ちゃんが巨大な上半身を大きく乗り出して、私の答案をガン見していた。

 おいコラァァァ!! それはダメでしょ!!!!

 あからさますぎるよ。バカなのかな? 脳みそまで筋肉なのかな?


「コラァ! 肉之宮ァ!! 放課後職員室に来い!!」


 案の定、先生から丸めた教科書ではたかれている。

 愚かすぎて言葉もないよ……純粋でフェアな精神に満ちていた昔の翔ちゃんはもういないのかな?




 その日の授業が終わり、私は一人とぼとぼと帰路についていた。

 翔ちゃんは今頃、職員室で先生からこっぴどく叱られているんだろうな。

 今回はさすがに頭がおかしすぎて私も引いてるところだから、彼の目が覚めるよう先生には頑張ってほしい。

 脳内で先生に手綱を渡したところで、背後から声がかかった。


「姫島さん、今帰り?」


 姫島は私の名字。姫島沙雪(ひめじまさゆき)っていいます。可愛い名前でしょ?


 振り返ると、同じクラスの笹岡くんが笑顔で駆け寄ってきてくれた。

 さわやかで優しくて頭も良くて。王子様みたいにキラキラした人だ。

 去年同じクラスになってから、何かとこちらを気にかけてくれる。

 人気者なのに、パッとしない隅っこ女子の私にも優しいなんて好感度高すぎる。

  

「私部活やってないから帰りだよー。笹岡くんも?」


「うん、俺も! 帰宅部仲間だね」


「仲間仲間! 笹岡くんは普段家で何してるのー?」


 踏み込んだ話題は嫌かなと一瞬頭をよぎったけれど、ええい聞いちゃえ。

 さわやかイケメンの日常が知りたい。

 

「歌ったりギター弾いたりとか。最近は作曲にハマってるよ」


「えー! すごい! 動画サイトに楽曲とか上げてたりする? 笹岡くんならめちゃくちゃバズりそー!」


「投稿してるけどね、まぁ反応はそこそこ」

 

 笑顔で返してくれる笹岡くんが、あまりにも輝いて見える。

 何より並んだ時に目線が近い。たぶん身長差は20センチくらいだ。落ち着くなぁ。

 普通の会話、普通の身長差、普通でいっぱいの時間。

 どうしよう、幸せー! このままじゃ笹岡くんを好きになってしまうよぉ……!


「あのさ、姫島さん……良かったら連絡先聞いてもいいかな?」


 笹岡くんは少し照れたように首筋をさすりながら、ブレザーのポケットからスマホを取り出した。


「もちろん! NINEやってる? ピヨッターは?」


「どっちもやってる!」


 やったー! と笑顔を交わし、私たちはすぐさまNINEとピヨッターで繋がった。

 嬉しい! 笹岡くんともっと仲良くなれるかも!


 胸の高鳴りが最高潮に達したその瞬間。

 はるか後方で、窓ガラスの割れる音がした。

 すさまじい声量で私の名前を叫ぶ声が聞こえる。

 嫌だ、嫌だ、嫌な予感がする──!!




「うわっ……姫島さん、うしろ……!」


 笹岡くんが息をのみ、目を丸くして私の背後を指差す。

 うん、薄々分かってるよ。すごい地響きが聞こえるもん。

 うんざりしながら振り返ると、職員室の窓ガラスを破壊し、すさまじいスピードでこちらに向かってくる翔ちゃんの姿が見える。

 やだなぁー。こわいなぁー。


「さゆちゃん、今帰り? 一緒にかえろ!」


 私と笹岡くんの前に立ちはだかった翔ちゃんは、行く手をさえぎる壁のようだった。

 私の青春は、この壁がある限り暗く閉ざされ続けるのか。

 笹岡くんを見れば、眉間に皺を寄せて少し不機嫌そうに翔ちゃんをにらんでいる。

 職員室の方から先生の怒号が聞こえてくるけれど、翔ちゃんは笑顔を崩さない。


「私、カンニングするような悪い人は嫌いです」


 どんなに見た目がモンスターでも、中身が純粋で優しいならと、これまでいろんなことに目をつむってきた。

 けれど、今日の一件はだめだ。アウトすぎる。レッドカードだ。


「あ、あれは……! 一昨日読んだ雑誌にさ、書いてあったんだ。知的なところをチョイ見せして大好きなあの子をときめかせよう! って」


「カンニングは知的とは真逆の行為だよ! 本当に知的な人は、自力で高得点をとるの! 笹岡くんみたいにね!」


 笹岡くんはクラスで一番の点数をとった生徒として、よく先生から誉められている。

 勉強家だけど、決してひけらかさない。そんなところがかっこいいのだ。


「さゆちゃんは、笹岡くんが好きなの……?」


「べつに、翔ちゃんには関係ないでしょ。今日は笹岡くんと帰るから、バイバイ」


 今日ばかりは甘い顔をしない。

 立ち尽くす笹岡くんの肩を叩いて、帰ろうと促す。

 並んで歩きだそうとしたところで、地を抉る轟音とともに、目の前にぶっとい肉壁が出現した。

 翔ちゃんが頭上から右拳を振り下ろし、地面に突き立てたのだ。

 腕太すぎ。屋久杉じゃん。


「なによお。暴力ふるう人も嫌いだから、私」


「暴力じゃないよ。ただ、さゆちゃんと帰るのはいつもぼくだから」


「今日からは別々!」


 私が大股で歩き出すと、笹岡くんは後ろをちらちらと気にしながら、隣を歩いてくれる。

 翔ちゃんは意外に聞き分けよく、それ以上追ってくることはなかった。


 

 帰り道、しばらくは学校の話やSNSで流行りの話題なんかで盛り上がっていたんだけど、途中で笹岡くんが立ち止まり、遠慮がちに口を開いた。


「あのさ、姫島さんって肉之宮くんといつも一緒にいるよね。もしかして付き合ってたりする?」


「ええっ!? ちがうよ! 幼馴染みなんだよね。なんとなく生まれたときから一緒にいる感じ」


「へぇ、そっか。いや、なんかさ……いつも二人でいるから、声かける隙なくて」


「そんな、気にしないで! いつでも声かけてくれたら嬉しいよ!」


 まずいな。

 幼稚園のときに翔ちゃんのお嫁さんになるって約束して以来、それを実現させるべく彼の隣を離れなかった。

 でも一旦俯瞰して見たら、翔ちゃんはクレイジーすぎる。生涯付き合っていける相手だとは思えない。


 私……翔ちゃんから離れないと一生彼氏できないんじゃない?


 急に冷や汗がふきだす。

 焦る気持ちと、わずかばかり翔ちゃんに申し訳ない気持ちが脳裏を駆け巡る。


「これからは、もっと話しかけに行くよ。彼氏じゃないなら遠慮しない」


「えっ、それって……」


「次の日曜さ、アマチュアの歌唱グランプリがあって。俺、エントリーしてるんだ。応援に来てくれない?」

 

「い……いきまァす!!」


 ごめーーーーん翔ちゃん!!!!

 幼馴染みは幼馴染みだから。

 私が今気になるのは、笹岡くんなの。

 だってこんなにもドキドキするんだもん!


  

 

 夜。夕飯とお風呂をすませた私は、スマホを片手にベッドの上でゴロゴロしていた。

 朝翔ちゃんが割った窓ガラスは、昼間に業者が来て取り替えてくれたらしい。

 悪気なく翔ちゃんから部屋の中のものを壊されるのは、これで何度目だろう。

 普通の人だったら一発で縁切りに踏み切る事態なんじゃないかな。

 考えれば考えるほど、翔ちゃんと一緒にいるデメリットばかりが浮かんでくる。


「はあ……笹岡くんにしとくべきなのかなぁ」


 ふと思い立って、短文投稿型SNSピヨッターを開く。

  そういえば笹岡くんのアカウントと繋がったんだった。どんな感じか見てみよう。


 ハンドルネーム「Akito」

 ふむふむなるほど。笹岡くんの下の名前は晶人(あきと)だもんね。本名からとったんだ。

 プロフィールに飛んでみる。

 ええええっ!? フォロワー32万人!?

 なに、どういうこと!? すごすぎない!?

 仰天しながらプロフィール本文を読んでみる。


「MeTubeで活動するミュージシャンAkitoです」


 ミュージシャンかぁ、かっこいいなぁ。

 ドキドキしながらスクロールすると「新曲公開しました」という投稿がトップに固定されているのを見つけた。

 コメントが623件もついてる! ちょっと読んでみよう!


「教祖Akitoの創る世界観は、この薄汚れた世界に一石を投じる起爆剤に他ならない」

「†愚賢者の忌服† 即DLしました! 教祖、これからも俺達罪人を導いてください!」

「あいかわらず狂いすぎてて草wwwww」


 んんん……????

 コメント内容が独特すぎて首を傾げてしまう。

 教祖って何? 崇め奉られてる感じ?


 恐る恐る、私は彼のMeTubeアカウントへと飛んだ。

 



「ヴォアァァァァァァ!!!! グァルザクゼイサム!!!! バグザムレイダツ!!!! ヴァッ!! ヴァッ!! ギェアァァァァァァァ!!!!!」


 笹岡くんのMeTubeアカウントに飛んだ私は、とりあえず新曲「†愚賢者の忌服†」を聴いてみた。

 そこには金髪のウィッグをつけて、顔面白塗りの悪魔のようなメイクで3分40秒間叫び散らしている狂人が映っていた。

 喉の奥から絞り出すようなデスボイスで、始終何を言ってるか分からない歌詞を叩きつけてくる。

 そもそもこれは、歌なの?

 頭がおかしくなりそうだった。音楽の暴力と言っていい、尖りすぎた感性に魂を抜かれるかと思ったほどだ。


 これ本当に笹岡くんかな?

 全く面影がないよ。普段は爽やかな声なのに!

 もしかして私、からかわれてる? 冗談で変わったアーティストのアカウントを教えてくれてたり……。

 明日、笹岡くんに直接聞いてみよう。


 あまりの衝撃に、私はスマホを置いて目をつむった。

 今日はもう寝よう。悪夢を見そうだけど。




 朝、家を出ると玄関先に翔ちゃんが立っていた。


「さゆちゃん、おはよ」


 何事もなかったかのように笑顔を見せる彼に少しだけ苛立ちを覚えながら、私はムッとした表情で通学路を進む。


「昨日のこと、怒ってるよね……ごめん。もう二度とカンニングなんかしない」


「カンニングも、物を壊すのも、暴力的な行動も、私が人と喋ってるのを邪魔するのも、全部やめてね」


「やめるよ……さゆちゃんに嫌われたくないから」


 肩を落として泣きそうな表情の翔ちゃんを見て、ちくりと胸が痛む。

 かわいそう、かも。いつもみたいに何でも許してあげるべきなのかな……。


「さゆちゃんは、知的な男子が好き?」


「うん、そうだね。頭のいい人ってかっこいいと思う」


「分かった。ぼく、努力するね!」


 そう言って翔ちゃんがスクールバッグから取り出したのは、分厚い本だ。表紙に「相対論的量子力学」と書いてある。

 明らかに翔ちゃんが読むレベルの本じゃない。

 内容を理解できないくせに、ページを眺めているだけで知識や教養を得たような気になっている一番カッコ悪いタイプだ。


「進路もハーバード大学に変更しようと思って」


 にこやかに無茶を言う翔ちゃんを見て、さすがにカチンときた私は、はるか頭上にある彼の顔面を睨む。

 

「あのねぇ、翔ちゃんは昔から極端すぎるの! 筋肉なんていらないし、頭だってそこそこでいいんだよ! 私は昔の……幼稚園の頃の優しくて純粋な翔ちゃんが好きだったよ!」


 嘘偽りない私の本音だ。

 翔ちゃんはどんどん、私に好かれようとめちゃくちゃな行動をとるモンスターと化している。

 このままじゃいけない。普通に戻ってほしい。


「ぼく、さゆちゃんを守りたいし、さゆちゃんを養っていけるくらい頭もよくなりたいんだよ。弱いままじゃだめだと思うんだ」


「無理しなくていい、普通でいいんだよ。私、普通に生きていきたいの」


「普通……でも……」


「翔ちゃんが昔みたいに戻るまで、少し距離を置かせて。私のせいでおかしくなっていくのを見てられない」


 そう言って私は駆け出した。

 距離を置いてみて考えよう。

 翔ちゃんと笹岡くん、私はどちらを好きでいたらいいのかを。



 

 その日は移動教室が多かったり、女子の友達と学食の新メニューを食べに行ったりしてなかなか忙しかった。

 笹岡くんに話しかけるタイミングがなかったけど、放課後になってようやく私たちは合流できた。

 一緒に帰ろうと、笹岡くんから連絡が来たのだ。


 校門から繋がる銀杏並木の下を並んで歩きながら、自然とSNSの話題になった。


「あのさ、Akitoさんって本当に笹岡くん? 歌声聞いたんだけど、いつもと雰囲気違うなって」


「俺だよ。歌、聴いてくれたんだね! 歌ってる時が一番素を出せる気がして、やめられないんだ」


「素……なんだね……」


 あの地獄の底から這い出た魍魎みたいな声が、脳内を駆け巡る。

 あれが本来の笹岡くんだとしたら、どれだけ負の感情に支配されているんだろう。

 闇堕ちしてない人間が作る楽曲とはとても思えないので、笑顔がひきつっていくのを感じる。


「すごく、自分の世界を持ってるよね……なかなか真似できない世界観だと思った」


「そう? ありがとう! 人と人との絆の尊さとか、青春の輝きとかを表現したくてさ!」


「えっ」


 聞き間違いですか? ギャグですか?

 テーマが作品に合ってなさすぎる。

 そんなキラキラした要素は全く感じられなかったよ……私の感性がおかしいの?

 笹岡くんの笑顔はやっぱり今日もまぶしくて、爽やかで。かっこいいなって思う。

 でも。でもさ……この人がAkitoなんだよ──。


  

 

 悶々としながら、私は睡眠不足で日曜日をむかえた。

 今日は、笹岡くんが出場する歌唱グランプリの日だ。

 昨夜遅くまでMetubeでAkitoの楽曲を聴き漁っていた私は、だいぶデスボイスへの耐性がついたと思う。

 ただ今日開催されるアマチュア歌唱グランプリは、ジャンル不問となっている。

 間違いなく出場者の大半は聴きやすい流行歌で勝負してくるだろう。

 笹岡くんが浮くことは容易に想像がつく。

 ……まだ始まってもいないのに、なんだかいたたまれなさがあるなぁ。


 何とも言えない気持ちをかかえながらも、私は全力でおめかしして、笹岡くんが待つゆめまちアリーナへと向うのだった。

 



 ゆめまちアリーナは、海沿いに立つ先進的でオシャレなデザインの建物だ。

 夜景もきれいなので、アリーナ沿いのゆめまちロードは、理想のデートコースとしてカップルにも人気のスポットだったりする。

 開場時間1時間前だけど、人が多いなぁ。

 待ち合わせ場所の大時計に近づいてきょろきょろしていると、向かいから爽やかに名前を呼ばれた。


「姫島さん! 来てくれてありがとう!」


 駆け寄ってくる笹岡くんは、いつもよりなんだか大人びて見える。

 私服だからかなぁ。コーデは青基調で、知的なお兄さんのイメージ。かっこいいー!

 

「笹岡くん、今日は頑張ってね! 応援してるからね!」


「姫島さんがいてくれたら、優勝できるかも」


 照れたように首筋をさするのは、彼の癖なのか。そんな仕草にぎゅんぎゅんときめいてしまう。

 笹岡くんの表現が多くの人に届けばいいな。夢を叶えてほしい。


「優勝して。笹岡くんなら大丈夫だから!」


「うん! 見てて!」


 笑顔で頷き合う。心が通い合った気がした。

 今日の結果がどうなっても、笹岡くんの健闘を称えよう。

 そして、私の揺れ動く気持ちにも決着をつけるんだ──。




「38番、山田太郎さん、ありがとうございました! それでは、39番脇田役美さんどうぞ!」


 エントリーされた40人のうち、あっという間に39人目まで来た。

 いやぁさすが、こんな大会に出ようと思う人は皆さんめちゃくちゃ上手いなぁ。

 音楽のことは詳しくないけど、聴いていて胸に沁みたり、涙が出そうになる圧巻の歌唱にもちらほら出会えた。レベルの高い大会だと思う。

 確か優勝者は有名レーベルとの契約交渉権を獲得するんだったっけ。プロへの登竜門じゃん。上手い人しか出てこないわけだ。


 やがて、エントリーナンバー40番笹岡くんの出番がやってくる。

 祈るように両手を合わせ、拝む。

 お願いします! 笹岡くんに力を!!


 ステージに登場した笹岡くんは、白塗り悪魔メイクのAkitoスタイルで、ギターをぶら下げていた。

 会場がざわめく。異質なオーラが空間を支配していく。

 笹岡く……いや、Akitoがマイクの前に立ったタイミングで、私は声を張り上げる。


「Akitoーーーー!!!! いっけぇぇーーーー!!!!」


 ここまで来たからには、ぶちかましてほしい。

 Akitoの表現は、音楽ジャンルとしてもハッキリと存在し、確かな需要がある。

 SNSや動画サイトでの彼の評価を見て、響く人には大きく響く偉大な作品を生み出しているのだと知った。

 届け、このパッション!!

 そんなエールが伝わったのか、Akitoは拳を振り上げ、その勢いのまま歌い出す。


「ヴァァァァァァァァァ!!!! ライッ!! ライッ!! ライッ!! ライッ!!」


 はじまった。地獄の宴が!!

 シャウトに次ぐシャウト。聴いた者を奈落へ引きずり込むかのような悪魔のうめき。

 爆音で叫び続けるその姿は、狂人そのものだ。

 オーディエンスは唖然として声も出ないようで、ふらふらと会場を出ていく人の姿も散見される。

 このひと、ネットで狂信者をたくさん獲得して、教祖って呼ばれてるんですよ。

 可能性の塊です。どうか審査員にもこの勢いとパワーが伝わりますように!!


 一瞬のように感じた3分40秒。

 歌唱を終えたAkitoは一礼し、ステージを去っていく。

 会場全体が痺れたように動きを止める中、私だけが立ち上がって拍手を送った。

 つられて皆が立ち上がることを期待していたけれど、誰も立ち上がらなかった。くそう。


 

「これより、当日参加の方々に歌っていただきます。参加者の皆さま、こちらへ」


 ステージの中央に立つ司会者が、舞台袖に視線を送り、手を広げる。

 へぇー。当日でもエントリーできるんだ。

 笹岡くんはもう歌ったし、ちょっとお手洗いに行ってこようかな。

 そう思って立ち上がったその時、会場が大きくざわめき始める。


「ええっ!? あの人デカっ!!」

「何、ボディビルダー? 歌うたえんの?」


 何事だろうとステージへと視線をうつせば……いた。

 ここにいてはならないはずのあの子が。

 いつもの気弱な微笑みを浮かべながら、無駄に筋肉の目立つポーズを見せつけながら立っている。


「翔ちゃぁぁぁぁぁん!!!! なんでいるのぉぉぉぉ!!??」




 突如ステージ上に現れた翔ちゃんは、ビジュアルの破壊力だけでその場の話題を独占していた。

 オーディエンスは、他の出場者そっちのけで「あの筋肉の歌が聴きたい」と切望しエールを送る。

 なんでこうなったのか全く読めないけど、見届けなきゃいけない気がする──。

 私はふたたび席につき、神妙な面持ちでステージを注視する。



 7人が歌って、全員がパッとしないレベルだった。特別上手い人も、目立つ人もいない。

 事前に気合いをいれて申し込み、練習を重ねてきたプロ志望の面々とは、やはり明確な実力差がある。

 ここからはもう見なくていいかと、席を立つ人は多い。


 けれど、次はようやく翔ちゃんの番だ。

 何を歌うんだろう。何を考えてるんだろう……。


 司会者に呼ばれてステージ中央に立つ翔ちゃんは、学校の制服を着ている。

 周囲はやっとコイツの出番が来たと沸き立ち、歌う前から熱気に満ちていた。


「ぼくの好きな子が、今日ここに来ています。ぼくには何の取り柄もなくて、何をやってもだめです。ただ、歌は……歌うことだけは、ここ数年本気を出したことがありません。自分の力が怖いからです。力がありすぎることを、知っているからです」


 他の参加者は一切しなかった自己紹介を、滔々と語る翔ちゃん。

 ただ、その場にいる誰もが彼の言葉に聞き入っていた。真に迫るものがあったからだ。


 そういえば翔ちゃんは、秘密にしててもいつも私の居場所を知っていたっけ。

 今日も朝から、後をつけられていたのかも。

 

「さゆちゃんのために歌います……夢が丘高校校歌!!」


 えっ、選曲校歌?

 もっと他にあるでしょと、頬がひきつった。

 けれどそのあと、思い切り息を吸い込んで上半身がパンパンに膨張した翔ちゃんが出した歌声に、会場全体が揺れた。


「ふりそそぐあさのぉぉぉぉぉ!!!! ひかりぃぃぃぃ!!!!」


 すさまじい圧と衝撃が会場全体を貫き、窓ガラスが割れる。

 ガタガタと椅子が縦揺れし、鼓膜が逝きそうになる。私も周囲も、すぐさま耳をふさいだ。

 ビリビリと声は割れ、司会者は卒倒し、泡を吹いている。座ったまま白目を剥きぐったりと力尽きたオーディエンスが続出する異様な事態だ。

 声量がえげつない。もはや人が出せるボリュームを越えており、兵器の域に達している。

 そっか。翔ちゃんは自分の声量が規格外なことに気づいていたんだね。だから今まで小声でしか言葉を発しなかったんだ。

 やっぱりさ、やりすぎなんだよ、君……。

 私は一筋の涙を流しながら、そこで意識を失った。



 目覚めたら、自室のベッドの上だった。

 視界に入るのは、翔ちゃんと笹岡くんの心配そうな顔。


「あれ……二人とも、そばにいてくれたの? 歌唱グランプリは? どうなった?」


「ぼくたちは入賞できなかった。でもね、また1から頑張るよ!」


「そう! 俺、肉乃宮くんの歌に惚れてさ! どうしても二人で音楽やりたいって誘ったんだ!」


「えっっっ」


 何か意気投合してるーー!!

 確かにどこか波長は合ってる気がするけどさ!

 組むの!? それぞれ単体でも凶悪なのに!? 

 

「それじゃ、俺たちそろそろ行くよ! 今日から忙しくなるぞぉ! 音楽に青春かけような!」


「うん! じゃあね、さゆちゃん。ぼく、はじめてやりたいことが見つかった! 見てて!」


 二人ははじけるような笑顔で互いの背中を叩き合い、熱く談笑しながら部屋を出ていった。

 

 こんなのってある!?

 なによお! 私を取り合う展開じゃなかったのー!?

 ぽつりと一人取り残され、大きく崩れ落ちた私は、頬をつたう涙をぬぐいながら、置いてけぼりにされた悔しさに押し潰されていた。

 


 それから1ヶ月が経ち、私はボイストレーニングに通いはじめた。

 ここからよ。見てなさいよ、翔ちゃん、笹岡くん!

 あのあと二人はユニットを組み、Metubeに尖りすぎた歌唱動画を次々とアップしている。めちゃくちゃ楽しそうだ。

 青春という光を手にした二人が、心底羨ましかった。

 だから私も動く。仲間にいれてもらうために。

  

 私が音楽の道で二人を認めさせるまで、まだまだ物語は終わらない。

 私が人間を超越する日こそが、この物語の真のエンディングだ。

 


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