第7話 会社のバーベキューは地獄の宴!?
週末。
営業部の恒例行事——社内バーベキュー大会。
黒田は会場の河川敷で、炭火の前に立っていた。
照りつける日差し。眩しいほどの笑顔。
そして——異様に軽いテンションの社員たち。
「黒田さーん! 肉焼けました?」
「……いや、まだだ」
隣でエプロン姿のミナミが笑う。
「黒田さん、似合いますね〜! “魔界の料理長”みたいで!」
「む、妙な二つ名をつけるな」
「え?気に入りません? じゃあ、“漆黒の焼き師”で!」
「もっと悪化しておる……」
⸻
◆人間界の“火”は難しい
炭をじっと見つめる黒田。
(人間界の“火”というのは、ずいぶん扱いが繊細だな……)
魔界では、火を呼ぶなど息をするようなものだった。
だがこの世界では、なぜか火起こしひとつにも苦労する。
「黒田さん、着火剤使っていいっすよ」
「ふむ……“薬”の力を借りるのか」
「薬!? まあ、燃える薬って意味では……うん、そうかも?」
黒田はしばし沈黙し、指先を見つめた。
(少しだけなら……バレまい)
——ボッ。
次の瞬間、炭が一瞬で真紅に燃え上がった。
「ひゃっ!? え、早っ! 黒田さん、プロ!?」
「ふ……炎とは、心の持ちようだ」
「なんか名言っぽい! いやでも早すぎる!」
周囲の社員もざわめく。
「黒田さん、火起こしマスターだな!」
「営業も料理も万能か〜!」
黒田は冷や汗を流しながら、笑ってごまかした。
(危ない……あれは完全に“魔炎”だった……)
⸻
◆肉が、秒速で焼ける
炭火が勢いを増す中、ミナミが次々と肉を並べていく。
「はい黒田さん、タンお願いします!」
「む、これをどうすれば」
「焼くんですよ。ひっくり返して、いい感じに焦げ目がついたら……」
黒田は肉に手をかざした。
「我が指先に宿りし炎よ、焼き尽くせ——」
「え、なんか詠唱してません!?」
「いや、独り言だ」
じゅわっ。
一瞬で肉が香ばしく焼き上がった。
ミナミが目を丸くする。
「え、早すぎない!? 焼肉ってこんなスピード感でした!?」
「……肉も努力すれば成長が早いということだ」
「なにその精神論!?」
⸻
◆社員たちの誤解が広がる
気づけば、周囲には人だかりができていた。
「黒田さん、火力の神だ!」
「BBQ係にして正解だな!」
「今度、炊き出しの時もお願いします!」
黒田はどんどん渡される肉を、黙々と焼き続ける。
焼ける速度が尋常ではないため、
ミナミが横で必死に皿を配る。
「黒田さん、待って! まだ受け皿がっ!」
「肉は待たぬ」
「いや、待って!?」
⸻
◆魔王、スイカ割りに挑む
バーベキューが一段落したころ。
恒例の「スイカ割り大会」が始まった。
「黒田さーん、やります?」
「なんだその儀式は」
「棒でスイカを割るんですよ。夏の風物詩!」
「なるほど……戦闘訓練か」
「違います!」
黒田は目隠しをされ、棒を手に取る。
(音で位置を把握すれば良いだけのこと)
だが次の瞬間、魔王としての勘が働いてしまった。
——ドォンッ!!!
黒田の一撃で、スイカが爆散した。
周囲にスイカ汁の雨が降る。
「えぇぇぇぇ!? 黒田さん、破壊力やば!!」
「ち、力加減を誤った……」
「誤ったってレベルじゃないです!」
ミナミは笑い転げながら、スイカの残骸を拾った。
「黒田さん、もうスイカ“割り”じゃなくてスイカ“粉砕”ですよ!」
「粉砕……悪くない響きだ」
「褒めてません!」
⸻
◆ミナミの勘違い
夕方。
片付けが終わり、二人で川辺を歩く。
涼しい風が吹き抜け、夕焼けが水面を染めていた。
「黒田さん、今日すごかったですね!」
「そうか?」
「火起こしも早いし、スイカ粉砕も完璧だし、なんか人間離れしてる!」
「……そ、そうかもしれんな」
「やっぱり、黒田さんって……元・自衛隊とか?」
「……は?」
「戦闘の勘、半端じゃないっすもん」
「……まぁ、似たようなものだ」
黒田は苦笑しながら、川の流れを見つめた。
ミナミの目は、完全に“尊敬”のそれになっている。
(バレてはいない……が、方向性が違う)
⸻
◆夕暮れの誓い
ミナミがふと、少し真面目な声で言った。
「でも、なんか安心しました」
「安心?」
「黒田さんって、どんな時も落ち着いてるし。
今日も、火が強くなっても全然焦らなかったし」
「……慌てても炎は鎮まらんからな」
「それ、また名言出ましたね!」
ミナミが笑いながら振り返る。
その笑顔を見て、黒田は静かに思う。
——この世界の陽の光は、魔界の炎よりも温かい。
そして彼は、小さく呟いた。
「……次は、もっと人間らしく焼こう」
「え? なんか怖いこと言ってません?」
「いや、気のせいだ」




