表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

第2話 魔王、エクセルに敗れる。

 午前九時三〇分。

 オフィスの蛍光灯が冷たく光る。

 魔王――いや、黒田魔雄は机に座り、己の“魔導書”と向き合っていた。


 画面に広がるのは、緑の格子模様。

 その名は――Excel。


「……これは……禁断の“数式魔法陣”か?」


 恐る恐るセルをクリックすると、画面の一角に現れる呪文。

 =SUM(A1:A10)

 見た瞬間、背筋に電流が走った。

 これほどまでに神聖で、理解不能な文字列を、魔界でも見たことがない。


「黒田さーん、何やってるんですか?」


 明るい声が背後から降ってきた。

 ミナミだ。カップに入ったカフェラテを片手に、軽やかに歩いてくる。


「む……ミナミ殿。この“エクセル”という魔導書、何と恐ろしい代物か……。

 我が入力した数字が、勝手に加算されておるのだ!」


「それ、足し算の関数です」


「関数……。つまり“加算の儀式”か。いかなる魔力で作動しておるのだ?」


「……パソコンのCPUです」


「しーぴーゆー? 新手の魔族か?」


「違います! 魔王さん、ほんと基本からダメじゃないですか!」


 ミナミは呆れながらも隣の席に腰を下ろし、ノートパソコンを覗き込む。

 肩が近い。

 魔雄は少し緊張した――かつて千の軍勢を従えた男が、女子社員ひとりに気圧されている。


「まず、このセルに数字を入れてください」

「む……ふむ、では“666”と」

「おい縁起悪い数字入れんな!」


「すまぬ、反射的に……」


「次に、ここをドラッグして……そう、それでSUMを使えば合計が出ます」


「……SUMとは“召喚”の略か?」

「違います。サムは英語で“合計”です!」


「なるほど……つまり英霊の名ではないのだな」


「もうダメだこの人……」


 ミナミは額を押さえた。

 だが魔雄は真剣だった。画面に映るグラフや関数の数式が、まるで魔法陣のように輝いて見える。


「……これほどの知識体系を、人間どもが操っているとは……侮れぬ」

「そうですよ。社会人の魔力はExcelスキルで決まりますからね」

「む、ならば我も極めねばなるまい」


 魔雄の目が赤く光る。

 指先がキーボードを叩くたび、妙に勇ましい音が鳴った。


「=SUM……IF……VLOOK……UP……! むむむ、貴様、なぜ我の意に反して“エラー”と叫ぶのだ!」


「セル参照ミスってます!」


「セル参照……? そのセルとは何者だ!? 裏切り者か!」


「違う、そういう概念なんです!!」


 ミナミは笑いを堪えきれず、つい吹き出した。

 「黒田さん、マジでおもしろい……ほんと天然で異世界人みたい」

 「む、異世界人とは不敬な。……いや、あながち間違いではないが」


 彼の真剣な顔に、ミナミは一瞬だけ見惚れた。

 笑ってるけど、なんか――本気でこの世界を学ぼうとしてる。


 ――魔王なのに。


 ――この人、けっこういい人かも。


 そう思った矢先。


「ミナミ殿、よい考えが浮かんだ」

「え、なんです?」

「このエクセルなる魔導書、全社員に修練を課す。魔界式“表計算訓練”じゃ!」

「やめてください、ブラック企業化します!!」




 昼休み。

 食堂でカレーを食べながら、ミナミは笑っていた。


「黒田さん、次はPowerPointですよ」

「パワーポイント……。その名、力強いな。まるで“魔力の書”のようだ」

「まあ、プレゼン資料ですけどね」

「よかろう。我が次なる敵は“パワポ”とやらだ!」


 黒田魔雄――元魔王。

 いま最も恐れるのは、勇者でも天使でもなく。


 ――「#VALUE!」の呪い であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ