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第1話 魔王、出勤する。

暗闇。 炎の海。

 千の叫び。

 ――そして静寂。

 魔王は最後の力で呟いた。

「人間どもよ……次に生まれ変わるならば、今度こそ“平穏な世界”で……」

 ――ガタン。

 目を開けると、そこは燃え盛る戦場ではなく、

 満員電車の中だった。

「ぐっ……なんだこの圧力は……!? 魔力の封印か!?」


スーツにネクタイ。手には安物の鞄。

かつて闇を支配した魔王・黒田魔雄くろだ・まおは、今やただのサラリーマンだった。

 午前八時四十五分。 「株式会社アストレア商事」のエントランス。

 黒田は自動ドアを前にして立ち止まった。

 (む……この透明な扉、まるで結界のようだ)

 近づくと、ドアが音もなく開く。

 「……見事な仕掛けだ。魔導でも使われているのか」

 後ろの社員が呆れ顔で通り抜けた。

 「ただのセンサーですよ」

 朝礼。 新入社員の紹介で前に立たされた黒田。

 人事担当が声をかける。

「では、自己紹介をお願いします」

「我が名は黒田魔雄――」「もう少し明るく!」

「……くろだ、まお、です。人間界では“営業”と呼ばれる戦に身を投じる所存」

「え、営業を戦って言わないでください」

 周囲がざわめき、数人が笑いをこらえた。

 「えっと……黒田さん、そういうキャラなんですか?」

 「キャラ……? 我は常に真実を語っている」

 その横にいたのが、教育担当のミナミ結衣だった。 元気で、よく笑う。

 しかし新人教育には手厳しいと評判の先輩だ。

「黒田さん、これから私がいろいろ教えますね」「む、導きの巫女か」

「……なんですかそのテンション。ちょっと中二っぽいですよ?」

「中二……? 階級の名か?」

「違います!」

 ミナミは思わず笑った。 変な人だけど、なんか憎めない。

 ――いや、むしろちょっと面白い。

 午前中、社内ルールの説明が続いた。

「黒田さん、報告・連絡・相談は“ホウレンソウ”って言います」「ふむ、植物の名前か?」

「違います! 略語です!」

「報・連・相……呪文のようだ」

「いや呪文じゃないです!」

 ミナミは笑いすぎて書類を落とした。

「黒田さん、真面目なのに発言が全部ボケになるんですよ」「我は常に本気だ」

「それがまた面白いんです!」

 彼女の笑顔に、黒田は少しだけ口元を緩めた。 笑い。

 この世界の人間は、戦わずして気力を高める術を持つのか――。

 昼休み。

 社員食堂で並んで食事をとる二人。

「黒田さん、何にします?」「この“カレー”と呼ばれる黄金の液体……まるで溶けたマナのようだ」

「マナ? ……あ、また魔界の話?」

「うむ。だが人間界のものも、なかなか美味だ」

 ミナミは笑いながらスプーンを口に運んだ。

「黒田さんって変ですけど、なんか楽しそうですね」「む、我は今……確かに“生きている”と感じている」

「え、それ名言っぽい!」

 定時。

 黒田は机を整え、深く息を吐いた。

「ふむ……“定時”とは、戦の終わりを告げる鐘の音か」「そうです。“お疲れさまでした”って言って帰るんです」

「……お疲れ、さまでした」

 黒田の声は、どこか荘厳で、誰よりも丁寧だった。

 周囲が思わず見とれるほどに。

 ミナミは笑って手を振った。

「じゃあ、また明日ですよ、黒田さん!」「うむ……明日も生き延びよう、ミナミ殿」

「物騒な言い方やめてください!」

 翌朝。 ミナミが黒田のデスクに目をやると、

 一枚のメモが置かれていた。

 > 『戦況報告書 一日目 生存確認:黒田・ミナミ』

 「……だから、そういうのやめてって言ったのに!」

 でもミナミは、口元を押さえて笑ってしまうのだった。


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