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閑話 予言された怪物


 同刻、旅館から遠く離れた名も知らぬ森にて。


「はは、ははは、ははははははは」


 男が───笑っていたのじゃ。


「遂に、遂に見つけた。間違いない。あいつだ。あいつこそが…!」

「あいつこそが……なんじゃ?」

「!?」


 やっと気付いたのかの?男は背後の岩に座っていたワシを、漸く振り向いて確認したのじゃ。


「ワシじゃよ。ワシワシ。旅館の座敷の(わっぱ)さんじゃ。オヌシにちと、訊きたいことがあっての」

「…日本重要監視対象者リスト。そのナンバートゥエンティートゥー、雪氷(ゆきごほり)(うめ)が何の用だ」

「のじゃ?オヌシのようなジャコ相手にも知れ渡っているとは。ワシは有名人じゃったのかの?」

「当たり前だ。俺のように諜報員をやってる人間からすればしらないはずがない。天明大飢饉の化身、現代の氷河期、生きた永久凍土。…どれもお前の名だ」

「当時ワシは『おうめ』と呼ばれておったのじゃがな。オヌシもそう呼んでよいぞ」

「フッ」


 先刻の狂気的な笑みとは違って、ただ鼻で笑って受け流されたのじゃ。そろそろ緊張も解けたかと思って訊いてみるのじゃ。


「オヌシはなにをそんなに笑っているのじゃ?」

「は?そんなことのために?わざわざここへ」

「のじゃ?ここへ来たのは通り道だったからなのじゃが…」

「…そうか。ならこれも運命か」

「なぁにを一人で納得しておる。早くワシに話さんか」

「いいだろう。ならばこちらからも一つ条件がある」


 こやつ……ワシが質問しとるのに無視ばかり。

 驚愕しておるワシをほっぽって、男は言の葉を紡ぐ。


「ヤツを殺すのを手伝え」

「殺すなどと……最近の若いモンは物騒じゃ」

「お前が殺し損ねた相手でもか?」

「…………それはあのクズのことかの?」

「それ以外に誰がいる?」


 本来依頼などと不相応なことを申す輩には、嗢鉢羅(うばら)地獄を魅せてきたのじゃが。あのクズ相手なら拒まぬのじゃ。再びヤツに地獄を魅せてやるかの。


「それで、いつやれば好いのじゃ?ワシは今からでも問題ないのじゃが」

「ははは。やる気があって嬉しいよ。だが今じゃない。二ヶ月後、来たるべき予言の日に殺して欲しい」

「なんじゃ?その予言とは」

「予言か。残念ながらそれは教えられない。国家機密でな。だがその日が来れば分かるとだけ言っておこう」


 そう言い放って、男は森の闇に溶け込もうとするのじゃ。じゃから、ワシは乗っていた岩から飛び降り男の肩に手を食い込ませたのじゃ。


「ま、待つのじゃ!」

「痛い痛い痛い痛い」

「放して欲しくば今すぐ応えるのじゃ!予言とはなんじゃ!」

「だからいてぇって!お前の握力だと肩が砕け───」


 ゴキッ。

 その音がした時、ワシはすぐに悟ったのじゃ。

 ワシ、やってもうた。






「いいかよく聞け。俺は上の指示に従う。上が漏らすなと言った情報は絶対に漏らさない。例えお前に肩の骨を砕かれたとしてもだ。分かったらさっさとどっか行け。俺はこれから上に報告をしなければならないんだ。もう邪魔をするな」

「う~む。困ったのう。教えてくれぬとあっては、上に報告する前に殺すしか…」

「クソッ!!喋ればいいんだろ!鬼畜がッ!!」


 のじゃ。最終的に了承を取れたのじゃから良しとするかの。

 尤も、ワシは雪女であって、鬼でも畜生でもないのじゃがな。


「いいか。これは特例だからな。予言の怪物を殺す手伝いをするお前だから喋ってるだけだからな」

「のじゃ。わかっておる。犬は飼い主によく似るからの。建前がないと動けぬのじゃろ?」

「誰が政府の犬だ!!…はぁ。まず大前提としてこの世界には幾つか、余りにも危険過ぎるが故に存在を隠匿、或いは抹消された怪異がいる」

「のじゃ?ワシは消されておらんぞ」

「お前は精々国の脅威だ。世界の脅威ではない」


 国の脅威のう。そこまで低く見られておったとは。少し傷つくのう。


「のう、その世界の脅威は何があったのじゃ?」

「どうせ聞いても分からんだろ」

「言わぬなら…」

「分かった分かった。まず完全にエネルギー効率1.1の【第一種永久機関】。次に世界の間違った在り方【地球球体説】。未だ閉じない露西亜(ロシア)の異界【地獄門】。見続けた者の心を”進化”させる【未だ降らぬ凶星】。ある実験により生まれた人工悪魔の心臓とその製法【デーモンコア】。…ぱっと思い出せるのはこの辺りだ。これで満足か?」

「うむ。勝てん」


 どの怪異一つ取っても勝てぬのじゃ。


「さて、話を戻すぞ。この怪異どもに並ぶ、否はっきり言って凌駕する怪異【予言の書】がある。こいつは書かれた文章を必ず実現するよう運命を書き換えると言う厄介な性質を持っている」

「運命を書き換える?のう、その怪異だけ強すぎるとは思わんか?」

「それだけ人類がジャイアントキリングしてきたってことだ。だが、今回はお手上げかもしれない。その【予言の書】に書かれた存在ははっきりと『人類を恐怖のどん底に突き落とす』と書かれているからだ」


 それは……マズイのじゃ。恐怖を集めた怪異は強くなる。それは怪異の生まれから考えて当たり前のことなのじゃ。



 生きている限り、人は誰しもが霊力を漏らすのじゃ。それは魂が霊力で構成されている以上仕方のないことじゃ。多くの場合は体表から気として滲むように、或いは口から言霊(ことだま)として吐き出すように、それかお尻から尻子玉(しりこだま)として捻り出すのように。



 そうして漏れ出た霊力にはその人の気持ちが籠ってしまうのじゃ。人の好き嫌い程度は個人差が多く打ち消されるのじゃが、『おそれ』ばかりは上手くいかぬ。同じものを恐れる感情ばかり集まるとそれらは増幅され実体化する。それが怪異じゃ。



 通常この手順を守って生まれた怪異はどれだけ強くても精々町の脅威程度。ワシでさえ、天明の大飢饉という大災害への恐れ、怖れ、畏れ、惧れ、懼れ、虞。それらが無ければ国の脅威としての高見に立つことはできなかったじゃろう。



 ならば() () () () () () () () ()を集めたら。

 質も量も理論値を取ったときに生まれる怪異は───きっと世界すらも滅ぼせるのじゃ。


「人類、滅んだのじゃ」

「絶望するのはまだ早い。人間はいつだって生き延びてきた。今回だって作戦はある」

「頭も力も弱いジャコの種族に期待などせん」

「ヒドイ言われ様だな。しかしその種族から生まれ、そして狩られる運命にあるのが怪異だ」

「運命のう…」

「作戦は三つある。その内一方でも成功すればこちらの勝ちだ」


 三つ。ジャコにしてはよくそれだけの数を考えたと言ってやりたいのう。ただし質が伴ってないと意味が無いとわかっていないのは想定の範囲じゃがな。


「一つ目。これは応急処置に近いが、ヤツが人類を恐怖させた瞬間に殺す」

「…やはり質が伴ってないのじゃ。これだからジャコは…」

「何を勘違いしている?恐怖で強くなった怪異を相手に勝てないのは分かっているんだ。当然恐怖で力を得ないよう対策している」

「は?なら先に言うのじゃ。報連相のないジャコは嫌いじゃ」

「悪かったな。この対策も万全じゃない。ただ予言された特徴が当てはまる怪異の内、恐怖で力を増さない怪異だけ残して抹殺しただけだからな」


 恐怖で力を増さない怪異じゃと?…ワシのように肉体がある型じゃな。相当珍しいのじゃが……頑張ったのじゃな。褒めて遣わす。


「因みに、その予言された特徴はなんじゃ?」

「…人類を恐怖させる方は白い肌、赤い目、紫の王冠、七つの頭、十の角を持つとされる」

「意味がわからんのじゃ」

「もう一匹は赤い肌、白い目、黄色の王冠、十の角、七つの頭を持つとされる」

「同じぐらい意味がわからんのじゃ!?」


 しかし怪異の特徴として考えれば普通じゃな。


「二つ目は殺した後に祭り上げて恐怖させる。そして人類が恐怖した瞬間、記憶からを消す」

「なるほどのう。既に死んだ身であれば恐怖を受けて強くなることはない。すぐに記憶から消せば新たにその恐怖から怪異が生まれることもない。ジャコにしては考えたものじゃ。しかしオヌシ、一つ目の作戦で都合のいい怪異のみ残したのならば、この作戦は必要ないと思うがの?」

「一つ目が上手くいけば、な。そもそもの【予言の書】は解釈による”揺れ”がある。今残された怪異は候補でしかない。当然生物系以外の怪異が選ばれることもある」

「難しいのう…」


 そう言えば、予言が関わる怪異には解釈があったのじゃな。聞いたところによると、こんな例もあるのじゃ。

 十年前、赤い服を着た男性が街中で無差別通り魔殺人を起こすと予言されたことがあったのじゃ。

 予言された日、警察は赤い服を着た男性を注意深く見ておったそうじゃ。

 しかし、予言された犯人は白い服を着て犯行に及んだのじゃ。

 そして、逮捕されたときには白い服が被害者の血で染まり、赤い服になっていたという話じゃ。

 だから予言の関わる怪異は厄介でのう。


「三つ目。これが最善だが最も困難な作戦だ。それは【予言の書】を見つけること。【予言の書】さえあれば新たに都合のいい予言を書き込める。例えば『怪物が現れた。が、正義の心に目覚めて人類の守護者になりました』とかな」

「それは都合がよすぎるのじゃ」


 …のじゃ?よく考えると奇妙じゃ。【予言の書】を持ってないなら、どうやって予言を知ったのじゃ。


「のう、手元に【予言の書】がないならばどうやって予言を知ったのじゃ?」

「……これも国家機密だが、それを言わなければ信じてもらえそうにないな」

「のじゃのじゃ」

「具体的な場所と所有国家は秘密だが、ヨーロッパの中には【ほぼ無限の(さる)大図書館】という図書館の怪異がいる。そこには今まで怪異とホモ・サピエンスが書き上げた全ての紙本・PDF・壁画などの写しが納本されている」

「…()しや(わか)かりし頃のワシのポエムもそこに…!!」

「え、ポエ───…話を続けよう」


 いい判断じゃな。もしその言葉を続けておったら嗢鉢羅(うばら)地獄では済まなかったのじゃ。


「その写しの調査中、偶然書籍関連の怪異が記された怪異【書籍関連怪異大図鑑】によってその存在がを知り、その五年後に【予言の書】の写しが見つかった。これが約八十年前の出来事だ」

「なるほどのう。ワシも見れんのか、その写しとやらを?」

「……上と相談させてくれ。口頭でよければ全文暗唱出来るが」

「なら頼むのじゃ」


 どうやら、このジャコはワシが思っておったより優秀な人間だったようじゃ。国家機密をポロポロ漏らすがの。


「『千年後、天から大王がやって来る。その大王は白い肌に赤い瞳、紫の王冠、七つの頭と十の角を持ち、人類を恐怖のどん底に突き落とす。それは東の国にて、赤い肌に白い瞳、黄色の王冠、十の角と七つの頭を持つアングーモアの大王を蘇らせる。この世全てを支配下に置く為に』……これが全文の日本語訳だ」

「……もとは何語じゃったのかのう?」

「古フランス語だと専門家は結論を出した。それと他に書かれた内容や誤字脱字から察するに、子供が考えた架空の設定集だとする説が有力だ。ただし当時古フランス語は支配階級の言語だったことを考慮すると、これを書いた子は───」

「皆まで言うな。かわいそうじゃろ、昔の偉い子が」


 その子もまさか怪異の本だとは思わなかったじゃろうに。


「それで、何故ワシはあのクズを殺さねばならんのじゃ?オヌシの作戦では予言された怪異を殺すことはあっても……まさか!?」

「そうそのまさかだよ。ヤツこそが恐怖の大王だ。間違いない」


 男は興奮を抑えられないようで、これまで打って変わって声に明確な抑揚がついたのじゃ。

 …………でも、のう。


「腐ってもヤツは人間じゃぞ。それもわからぬとは、若しやオヌシの脳が腐ったのじゃ?」

「そこは重要じゃない。人間が怪異になることぐらいよくある。重要なのは、運命がヤツにとって都合のいい方にばかり進むことだ。お前も見て分かるだろ?」

「……」


 たしかにワシはあのクズに対して悪運が強いと思ったことがあるのじゃ。

 特に強く感じられたのはあの霧の怨霊との闘いじゃ。ヤツは十人以上の警官から一斉に発砲されていたのじゃ。じゃが数え切れんほどの弾丸を受けたのに、頭に対しては一発も当たらなかったのじゃ。厳しい訓練を受けたはずの警官たちが、あの至近距離で、じゃぞ。


「どうやら心当たりがあるようだな。やはりヤツこそが恐怖の───」

「じゃがヤツの目の色は淡青色、赤くないのじゃ。それに頭が七つとか角が十本、あげく似合わない王冠なぞ……特徴が違い過ぎるのじゃ」

「知らん。最終的に予言通りになる。きっと充血でもすんだろ。王冠も拾うだろ。頭と角は……なんだ?」


 ヤツを恐怖の大王とするには特徴が違い過ぎるのじゃ。幾ら予言には解釈があるとは言え、白い服が返り血を浴びて赤くなるのとはわけが違うのじゃ。


「頭と角……分からん。だがヤツは特権階級だ。自己改造くらい幾らでもありえる。……流石に望んで気色悪い姿になりたがるとは思えなくても、な」

「?」


 小声でちと聞き取れなかったのう。聞き返してやってもよいが、小声で言った意図を汲んで訊かずに置いてやろう。ワシに感謝すると良いのじゃ。


「頭と角は一先ず置いといて、取り敢えずの説明は終わりだ。予言された日だが、ミシェル・ノートルダムによれば今年の七月中だと分かっている。…そう言えばお前は怪異だが、暦がわかるのか?」

「のじゃ?当たり前のことを訊くでない。無論知っておる。千八百……六十ニ年かの?」

「1999年だ。ついでに今日は五月四日だ。」

「…知っておったのじゃよ。オヌシを試しただけじゃ。ジャコにしてはやりおるの。褒めて遣わす」

「…………他にも何か困ったことがあったらここに連絡しろ」


 そう言うと、男は肩が砕かれてない方の手で名刺を取り出したのじゃ。そして名詞を持ったままその手でペンを抜いて書き加え、渡してきたのじゃ。


田所浩一(たどころこういち)?」

「それは今の偽名だ。本名を隣に書いた。それとプライベートの連絡先もな」

「ほ~。ワシ携帯持っとらんのじゃが───」

「分かった住所も書く」

「助かるの~」


 住所も書かれた名刺を改めて見るのじゃ。ほぅ、コヤツの本名は健一(けんいち)か。


「まずは力を取り戻せ。でないと話にならん」

「わかっておる。共に世界を救おうでないか」


 皮肉のような言葉を紡いでワシラはその場を離れる。ワシが世界を救う?何の冗談じゃ。ワシは人々に恐怖を植え付け、魂を啜る怪異の一種じゃ。

 じゃから、幸子(さちこ)のときと同じく誰かの役に立てるとき、少し頑張ろうと思えるワシが憎い。




幸子は女将の名前です。

男の方は例の消し忘れた警官です。

そうあれは意図した伏線だったのだ!!ってことにしてください。

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