第二十五話 世界が人で溢れた日
「面白い話ねー。……どうしよ、レパートリーがほぼ殺人事件」
「やっぱ俺らの周りで人死にすぎじゃね?死神かよ」
結局殺されそうになった詫びは”面白い話”に決定した。とは言え殺され掛けたのだから、人の生き死にに関する話は懲り懲りだと真由ちゃんが主張する。私は特に拘りが無い為、どんな話であってもいい。
「ソウ先輩はリクエストある?」
「え!?ソウですか!?…………ならそうですね。面白くないかもしれないンですケド……気になることがあるンですが、そのー……ナンで実行犯の方は時々、口調が変わるンですか?」
「実行犯の方…」
何故心にダメージを負ったか分からないが、実行犯の方と呼ばれた時から助手の顔に陰りが見える。
『ソウ先輩、ナイス』
『?………???…………??はい、そうです?!ナニゴトでも不肖ソウにお任せください!??!』
支配のラインを通じたテレパシーで感謝を伝える。
嬉しいことをされたらお礼する。大切なことだ。
「うんうん、いいよいいよー。実行犯の口調に関する話はね、わたしが探偵を志すことを誓った話でもあってね。正直あすかちゃんにお願いしたいことにも繋がるからいずれするつもりではいたけど、それでもいいって言うならね」
「私にお願い?別に良いけど」
「ならわたしもそれで」
お願いか。命を掛けろとまで言わない範囲なら幾らでも叶えるよう心掛けているが、一体何のことだろう。
「よし決まりッ。これより始まるは一人の少女が絶望を知り、それでもなお希望を探そうと全国旅する名探偵になるまでの───バッドエンドで終わる物語だ」
「実行犯…」
「ってまだヘコんでる!どうしよ、ツッコミ不在だ。…でもいっか。ツッコまれないなら盛り放題・盛り放題。いっそのこと始めからやるわ。…オッホン。これより始まるは千人の幼女が絶望お尻、それでもなおキーボード探そうと東は蓬莱山、西は東京の家電量販店まで自家用タイムマシンで旅する名探偵になるまでの───ギャッグエンドで終わる物語だ」
「ちがーう!!!俺は実行犯でもツッコミ役でもポンコツ探偵の助手でも手先でも手下でもねーーーー!!!!神だ!!お前も俺の巫女なら真面目にやれーーー!!!」
「…はい」
突如として叫び声を上げ復活する探偵助手。
よかった。一向に始まらない上、語り部が暴走してかなり不安だったのだ。
「では気を取り直して、わたしが生まれたのはとある北海道の極地───」
「違う。九州の熊本だ。それと、お前がボケるたびにテンポが悪くなる。真面目にやれ」
「……はい。熊本の───って具体的な地名言ってもわからないだろうからそこらへん飛ばすわ。とにかくわたしはその土地の名家の長女として生まれた。その名家では怪異祓いを生業としていてね、当然わたしもそうなることを期待されていたんだよ」
だがそうはならなかったのだろう。期待通りに行けば今頃九州の祓い屋当主として活動していたかもしれない。しかし、少女は絶望を知り、全国旅する名探偵になった。
「わたしの家ではね、名を失伝させた邪神の封印も担当していたんだ。……と、言うことで名探偵クーイズ!!」
「あ゛あ゛」
「すみません、すみません。いや、ほら、みんなも黙って聞いているだけじゃツマラないかなーって」
「………………ゆるす」
赦しを得た探偵が上機嫌でルール説明をする。
「最終的にこの封印は解けました。では、邪神(笑)はどうなったでしょう。次のうち、展開として正しいものを選べ」
「おいなんだ邪神(笑)って」
「いち、すでに邪神(笑)は死んでいた」
「無視すんなよ」
「に、邪神(笑)は封印を解除した人物にとり憑き襲ってきたが、通りすがりの神影ちゃんに討たれた」
「聞けよ」
「さん、邪神(笑)は神影ちゃんになり、わたしの愛人に収まった。さぁどれ!」
「愛人じゃねぇだろ」
本当にやるのかこのクイズ。
「はい!!二番だと思います!!」
「いいねぇそうちゃん。乗り気だねぇ。やっと会話してくれて嬉しいよ」
「すみません!!コワかったもので!!」
ハッ!?私のソウ先輩が一瞬で懐柔された!?これは本気で取り組間ないとダメか。
「うーん、わたしは一番かな。神様ってスッゴク強いらしいし」
「なら三番。さっき、神影さんが『俺の巫女』なんて言ってたから、邪神封印の巫女の略だった説」
「ほほう、見事三人に意見が分かれたってとこかな。正解は~……ダカダカダカダカ、ジャン!三番でした~」
「へーそうナンですか。……ギョエーー!!アッちゃんモウ帰りましょう。邪神コワイです」
「ハァ!?お前が邪神とか言うからビビられたじゃねぇか!?せっかく心開いたばっかなのに!?」
「ダイジョブダイジョブ。この邪神(笑)は意外と良いヤツだったから」
「なら安心です。アッちゃん、帰る支度はヤメましょう」
私は支度何てして無いと反論してこのクイズは終えた。結局何だったんだ、このクイズ?
「さて、話を戻そうか。そのときわたしは一人っ子の長女だった。当然次期当主となる男が欲しかった父はさらに子をつくった。あ……しまったー。あのとき夜はお楽しみでしたねとか言っとけばよかった」
「どこに言う必要が?」
「そうして生まれた子がわたしの妹、阿藤美影さ」
「ヘ?神影さんって邪神じゃなかったンですか?」
「うん、うん」
真由ちゃんも大きく首を振って同意する。
「いやほら、邪神(笑)は名を失伝させたって言ったじゃん。これ自体は強すぎる怪異を弱らせるためによくやることだからいいんだけどさ。当時の名前が神様すぎて人間社会に紛れなかったんだ。それで新しく一般人っぽい名前が必要になったから、わたしが付けたんだよ。妹は美しい影で美影だから、神様の影で神影にしようってね。あと名付け親の関係で邪神(笑)を縛ろうかと」
「…コイツもっともらしいこと言ってるが、未練タラタラなだけだぞ。俺を妹って偽るのも───」
「ダメダメダメ。ここでネタバラシはツマラナイと思うな~」
「はぁー。お前の妹がここまでピアス開けてパンクファッションするかよ。もう何も言わねぇけど」
「……」
成程。つまり探偵には妹がいて、その名前が美影。探偵助手はそこからモジって神影と名付けられた。
だがここで一つ疑問が湧く。それは、既に妹がいるのに同じ読みをする名前を付けるか?と言う疑問だ。まるで死んだ家族の名前をペットに付けるかのような行為、本人が許すか?
妹への未練と言う言葉から察するに、探偵の妹は既に死んでいると考えて構わないだろう。だとすると私にやって欲しいこととは何だ?
短絡的に考えると死者蘇生だ。が、そんなことは出来ないし、何より探偵自身も出来ると思っていないだろう。
情報が足りない。素直に聞くとしよう。しかしこの結論を出す間、ずっと彼女は何かを憂うような表情をして固まっていた。その表情だけで、どれ程絶望を知らされる悲劇が起こったのかこちらに思案させられる。
「……ごめん。チョット考えてた。でも大丈夫。最初に言ったでしょ?これは絶望してなお希望を探す最強の名探偵の物語だって。…ところでわたしずっと洗い場に正座して語ってるけど同情して入れてくれたりはー…?」
「ないです」
「さすがにない、です。すみません」
「罰なんだから耐えろとだけ」
「クソ!じゃぁそこの実行犯はなんだ!!どう考えても邪神(笑)はコッチ側でしょ!!」
「道具に罪は無い」
「…道具……………そうだ、俺は道具だ。罪は無い」
「チクショウ!都合のいいときだけ道具に成り下がりやがって」
シンミリとした空気を洗い流すように探偵はボケた。もしかすると最初からこうなることが分かっていたからボケ続けていたのかもしれない。そんな思いが頭を過りつつ、私は続きを聞いた。
「妹はわたしと違って優秀だった。封印されし邪神(笑)の力の一端を降ろす降霊術が得意でね。他の術も一通り使えたかな。わたしの場合、封印の解除だけうまかった。あと占い。人間の意識を媒介とした占術で、的中率五割。ウソを見抜くことだけは七割もあったんだ。凄いでしょ」
「ふーん、確か一般の占い師が二から四割だっけ?」
「そうだけど、直樹くんや智美ちゃんが八、九割だから凄さが薄れちゃうね」
「は、八、九割って。バケモンすぎでしょそれ。あ、でもなおきくんって人、もしかして安倍家の?だとしたらあり得るかも。伝説の安倍晴明が百発百中の占いで、千年後の災いに備えて自らを封じたって逸話あるし。…いやだとすると、さとみちゃんの方が怪物じゃん。それこそ半怪異の魔女か件、千里眼の加護でもないと……」
やっぱ凄かったんだ、あの二人。
ん?待てよ、何故知らないハズの直樹君の苗字が分かったんだ?もしかして有名人だったのか?
そんな疑問を抱えた私を余所に、物語は進行して行く。
「よし戻ろう。この件は考えても不毛だしね。それで、どこまで喋ったっけ?」
「妹自慢のついでに自分自慢してきたとこ」
「チッ邪神(笑)め、トゲのある説明どうもありがとう。……えーと、わたしの妹が生まれたのはよかったんだけど、ここから十年後に母が急逝してしまってね。結局跡継ぎになる男子は生まれなかったんだ。焦った父はいとこの中から養子を取ってわたしと妹のどちらかと結婚させることでその問題を解決しよとしたんだ」
「えっ!?義理の兄弟でも結婚できるんですか!?」
「……まぁ血の繋がりで結婚できるか決まるから。元がいとこならできるよ」
但し義理の親とは出来ないよ、とだけ加えて探偵は話を戻した。
「そのときわたしは十三歳で、妹が十歳。いとこの彼が十一歳だったかな。それで、自然と年の近い妹の方とばかり遊ぶようになってね。わたしはてっきり妹と結婚するんだって思ってた。なんなら使用人含めて父もそう思ってたんじゃないかな」
だけど違った。
探偵はこの世の物とは思えない声でそう呟く。
「五年後、本格的に誰を選ぶか決める時期になった。そのときに妹はなんて言ったと思う?『始めて会ったときからの一目惚れでした。わたしから告白したいから手伝って』だよ。笑っちゃうよねー。一目惚れで一緒にいることが多かったのに五年も進展しないんだもん」
「旭さん…」
「でもね、わたしの方がもっと笑えると思う。だって、わたしも一目惚れだったもん。わたしも妹も、ついでに彼も、みんな同じ性格だった。真面目で、責任感が強くて、奥手だった。だからわたしは彼と話すきっかけすら作れず、あげく姉として妹の頼みは聞かなきゃって思って───妹の恋の脇役に徹した」
そう語る探偵の顔は歪に笑っていた。きっと彼女が頼みを聞いた時もそうだったのだろう。自らの思いを隠し、ただ只管に献身した。姉として妹を幸せにしたかったからなのか、女として彼を幸せにしたかったからなのか、どちらにしろ彼女は人の為を思って自らが得る幸せを捨てた。
「そうして舞台をセッティングして見事告白、彼がOK出したタイミングお祝い大団円!!……ならよかったんだけどね。言ったよね、彼も同じ性格だって」
「まさか…」
「そう彼は妹をフッたんだ。わたしに一目惚れしていたからね」
「……」
「いや~まさか脇役かと思ってたら主人公。負けヒロインどころか正妻だったときた。当然喜んださ。舞い上がって笑顔になって、ふと───妹のことを思い出した。その頃のわたしはポーカーフェイスなんてできなかったからね。内心の喜びが顔に出たまま妹を慰めようとして、失敗した」
「…………」
「そんで心壊れた妹は禁忌に手を出した。それが───【力配りおじさん】」
「え…?」
その名を聞くと心臓がドキッとした。真由ちゃんに力を与えると嘯き、感情を暴走させ廃人寸前にまで追い詰めた怨敵。
「ヤツは力を求める人間に近づいて、力を与える代わりに正常な思考を奪い廃人とする大怪異。ふざけた名前でふざけたことをしてくるクソ野郎。……おっと、内なる憎悪が漏れちゃったかな。ともかく、ヤツは妹の『一目惚れに勝る力が欲しい』という願いを歪に叶えたんだ。結果、屋敷は全壊、彼は未だに目を覚まさなくなった。わたしも死にかけてね、意識が朦朧とする中で声が聞こえたんだよ」
「助けてやろうか?巨悪を討ちたいだろ?いいぜ。邪悪と組む勇気があるなら、俺を解き放て」
「それシラフで言うと恥ずかしくない?」
「うっせぇなぁ。せっかく人が再現してやったのによ」
「とにかく封印解除して出て来た邪神(笑)が妹を眠らせてこの話は終わり。わたしも途中から気絶してたし、目が覚めたら政府が妹を連れ去ってもう何処にいるかもわからない。ほら、バッドエンドだったでしょ」
そう言ってこの話は終わった。が、まだこの話が終わっただけだ。一つの話が終わった後も後日談としては無しは続く。絶望を否定し、希望を見つける為に。
「それで?私にお願いしたいことって?」
「あすかちゃんにお願いしたいこと、それは───わたしの妹、阿藤美影の感情が暴走する原因たる因子を取り除いて欲しいことさ」
「それだけ?」
「それだけって、あすかちゃんは簡単そうに言うし、実際簡単に取り除いてしまうけど。これはわたしが十五年旅しても見つからなかった解決策なんだ。それだけで十分」
希望。前世で散々人を苦しめて来た私には余りに不釣り合いなものだろう。それでも、嘗て自分では無く相手の為に自らを犠牲にした彼女の為になるなら、私は何だってしてあげたい。
「なら任せてよ。きっと貴方は善い人だ。どんなに辛くとも自己犠牲の精神を全うした旭さんのことを、私は尊敬します」
「いやその精神のせいで地獄になったんだけど」
「……」
「あのとき妹との関係がどうとか彼の幸せがどうとか考えずに『すまん。わたしも一目惚れだから』っつってちゃんと恋愛戦争しておけばよかったって何度考えたことか。…まぁ自己犠牲は美しいけど、美しいだけで現状が良くなるとは限らないから、なんでもかんでも自己犠牲に頼るのはやめようってことで」
「……」
ぐうの音も出ない程の正論だった。確かに私は自己犠牲を重く見ている節があったかもしれない。適切に状況を見極めて、不要な自己犠牲は避けたいものだ。
「で、肝心のあすかちゃんへのアドバイスだけどー……まず具体的になりたいと思える人の人物像ってある?」
「…………自分の利益よりも他人の利益を優先する人」
「なるほどね~そりゃ”いいひと”だ。でもなんでもかんでも他人のこと優先してもお互い不幸にしかならないときってあるよね?」
「好きな人が同じ時とか?」
「ゴフッ。いきなり人のトラウマ抉ってくるじゃん。まずその心無い言葉やめようか」
「?」
「無自覚かよ!…まぁいいや。もっとヤバイとこあるし」
ヤバイとこ?
「そうヤバイとこってのはズバリ!表面上しか変わっていないことだよ!!」
そう言って、創作で名探偵が容疑者を犯人だと明言するように指さすアレをやろうと立ち上がり、そして今まで正座だったことの皺寄せが足に来て座り込むダサ探偵。
その迷探偵の手によって私の欠点が明確に露見した。…したのか?
「表面上って……でもあの時確かに──」
「人のために行動した。……でしょ?」
「……」
「そりゃね、たしかに行動は人のためになっていたよ。そうちゃんを拾ったときとか、悪の女ロリに殺されかけても生き汚い足掻き方をしなかったときとか、他人が幸せになることを考えただろう?」
当然だ。私は人を思い遣れるようになりたい。その過程で人を気遣うことをしなかったら、一生出来るハズが無い。
「そう、そこなんだよ」
旭さんはいつもより重々しく、そして丁寧に断言した。
「あすかちゃんは、人のためを思って行動する自分のために行動する。結局は自分大好きなのさ」
『結局は自分大好き』その言葉が聞こえた瞬間、今までに無い位胸が痛くなった。まるで胸を矢で射抜かれたようだ。気付かないようにしていたことが、傷口から溢れ出る。
「勿論それ自体は悪いことじゃないよ。自分を愛せないと誰も愛せない。愛されてないと愛し方がわからない。きっとあすかちゃんが夢を叶えたときに役立つよ」
二本目の矢は頭に当たった。本当は今直ぐ声の届かない場所へ駆け出したいハズなのに、身体が的に括り付けられたみたいに動かない。
「問題なのは自分だけ愛していることだよ。他の人を人として見れてない。だからどれだけ関わっても変わらない。ずっと人と関わってないから」
三本目の矢は喉を射抜いた。全てが図星───的のど真ん中だった。浅くなった呼吸は最早キチンと機能しているかも怪しい。
「じゃぁ……どうしろって言うの」
辛うじて言葉が出た。もっと言い訳がましく叫びたかったが、それしか絞り出せなかった。
「あすかちゃん……ひとりひとりの人間を人として見て、ちゃんと共感して、自分のためじゃなくその人のために助けてあげる」
「…は?それが出来たらこうなってないよ」
「そうだね。だからできるようになることで変われる」
「ッ!…そんなの夢物語だ」
「いやいやできるって。だってあすかちゃん、一回やったことあるじゃん」
やったことがある?
それはつまり───私が人を人として見て、共感して、助けたいと思ったから助けたと。有り得ない。
「そんな訳無い。私のクズさは誰よりも知ってる」
「でもあすかちゃんの優しさはわたしの方が知ってるよ。なんてったって、この名探偵の直観にビンビンきてるもんね。ほら、まゆちゃんを【力配りおじさん】の呪縛から解き放ったとき」
「え!?わたしを救ったときですか!?」
「そうだよ~。話に出て来ると思わなくてビックリしたかな?」
「…ならソウのときは違ったンですね」
「え!?いやきっと旭さんが適当に言っただけだから!!ちゃんとソウ先輩のときももし自分だったらって考えてたから!!」
「お!認めたね」
「違うよ!」
「違うンですか!?」
「違わないよ!!」
旭さんがニヤニヤとこちらを見ている。ソウ先輩の所為で毒気が抜かれ、怒る気にもなれない。
若しや、二人の前で何てことを言うんだと思ったが、あれを認めさせる為に?
「ならきっとできてたんだよ。お姉さんの占い精度は体感五割だからね。あの一回しかわからなかったのさ」
「……百歩譲ってそうだったとして、他の人にも同じように出来るの?」
「フフッ。知ってるかい?共感には二種類あるんだよ。認知的共感と情動的共感と言ってね。認知的共感は相手がどう思っているかを理解する力。情動的共感は相手の感情を体感する力。あすかちゃんは認知的共感の方を鍛えてもらいます!」
成程、それは一理ある。相手が今どんな感情を抱いているか程度は分かる。
「具体的には…?」
「うーん。うーんとね。……えへへ。わたしってほら、探偵だから。道徳の先生じゃないから」
「つまり知らない?」
「うん。だけどいくつか知ってるよ。高度な文学小説を読むと共感が鍛えられるらしい」
「本を、読めと…」
「あとロールプレイングもだって。相手の立場になって考えなきゃだからかな?知らんけど」
本を読むことは……まぁそこまで苦じゃ無いけど。ロールプレイングって……何をすればいいんだろう。職業体験でいいかな?
「まぁ元々アドバイスをするって話だからこんぐらいでいいよね。ねー、あすたん」
「…そうだね。アドバイス中に色々キツイこと言われた気がするけど」
「それはまぁ仕方がなかったってことで」
「いいよ、許す。これで私達との間に蟠り無し」
「イヤッホー。これであすたんの胸もみ放題だぜ!ほら神影っちも───って寝てるし!!」
「…ん?ああ終わったか。じゃもう行くぞ。俺の力でここを封鎖してたが、もう怪異が引き寄せられた」
助手の指差す方を見ると、脱衣所へ向かう扉に立っている人が見えた。
それは何故かスーツ姿をして立っているおじさんだった。スラリとした体形に対して足が長く、顔の上半分が扉の上枠に隠れて見えない。
「ひっ、なにあれ?」
「あれは……ってあれ?真由ちゃんって怪異見えてなかったよね?どうして?」
「ああ、それはあのクソ怪異のせいだね。強い霊力を持った場か怪異と触れ合うことで、一般人も怪異が見えるようになる可能性がある。特に【力配りおじさん】は腐っても強力な怪異さ。一発で目覚めてもおかしくないよ」
「じゃぁあの怪異は?」
「あれ?あれは【足長様】。顔を見たら気絶する怪異だよ。いつのまにか扉の前に立ってるんだ。ああやって顔半分見えなくなる背丈でね。しばらくしたら顔を見せにくるんじゃないかな?あとは……あ、一応言っておくけど、あいつは精神系の怪異だから物理攻撃は効かないよ」
「精神系…?」
一般に、怪異に関する情報は開示されていない。対処法を知らなければ危険だとか、近づいてはならないものだとか。そんな基本的な情報しか出回っていない。これは怪異が人々からの認知や恐怖で力を増す特性を持っている為だと【常識】が教えてくれた。
「ふふん、精神系ってのはねー、祓い屋連中が使う分類だよ。それぞれ特徴があって、現象系と生物系と精神系にわけられるんだ。現象系は特定の条件を満たすと起こる現象に徹した怪異、【ゾンビ】や【終電列車】とかが有名だね。生物系はちゃんと肉体を持って生まれた怪異で、一部生殖可。さらに自然発生した段階で人々のウワサの影響を受けなくなる」
「噂の影響を…」
「そうそう。普通は生まれたあとでも影響を受けるんだけどねー。影響受けないから弱点追加もできない。ただその分人々の恐怖パワーで力を増すとかの強化もないからどっこいどっこいだね」
「じゃぁ残りの精神系は…?」
「人々の心のスキマに潜む怪異だよ。その人にしか見えないとか物理攻撃が効かないとかの特徴があるかな。あとウワサの影響をモロに受ける」
他にもそれぞれの特徴を合わせた複合型の存在について語ってくれた。しかしこれは大雑把な分類であり、祓い屋の中でも別の分類を使うこともあるのでそこまで役に立たない。
と、この時間の意義を否定することも言って来た辺りで、旭さんは温泉に浸かった。
「ふぅ~、あったまる~」
「いいって言って無いけど」
「え~さっきチャラになったじゃ~ん」
「おいもう時間がヤバイっつったろ!」
「あと五分だけ~」
「その五分でヤバイ怪異来たら困るだろ!ほら、さっさと行くよ」
「あー…まってまって引きずらないで~!」
旭さんの腕を持って引き摺る探偵助手。温泉から出る頃には自分で歩き始め、脱衣所に向かう途中で二人とも振り返った。
「それじゃ、ここでお別れだね。わたしたちは妹の美影を探すために、そのー、チョーっとね、ヤラカシタ過去があってね。そのせいで指名手配されてるから、日本政府に見つかるわけにはいかないんだ」
「何をしてんの!?」
「だからこの旅館の名簿を改ざんしようと思っていてね。よかったらあの出っ歯の亀太郎をその枠に入れておこうか?その方が帰す必要がなくて楽でしょ?」
「…じゃぁお願い。名簿自体は死体を漁れば出て来るハズだから」
だよねー、あの人重要な書類とか肌身離さず持ってるタイプだもん。と、旭さんは応えて───
「あすかちゃん、まゆちゃん、そうちゃん。どうかお元気で」
「はい、お二人ともお元気で」
「サヨナラー!!今度はソウのこと殺そうとしないでくださいねー!!」
「妹さんを見つけたら何時でも言ってねー!」
「…ほら神影ちゃんも」
「ちっ、じゃあなガキドモ!もう怪異に関わんじゃねぇぞ!!」
そう言って、二人は足元の影に吸い込まれて───消えた。
「……いっちゃったね」
真由ちゃんがそう言った。
「そうですね。妹を探しにいってるンでしょうか?」
と、ソウ先輩。
「見つかるといいね」
言葉として、確かに私はこう言った。もしかしたら、この言葉は旭さんを心配する自分を演じただけかもしれない。けれども、これが旭さんのことを本心から幸せになって欲しいと思って言った言葉だと、私は信じたい。
「それはそれとして、今脱衣所に顔見たら気絶する怪異が出張ってるけど私達出れる?」
「やめて愛寿夏ちゃん現実に戻さないで」
「あわわわ…」
尚、敵前作戦会議している内に痺れを切らした【足長様】が顔を見せようとして来た。なので電脳空間に匿った一般人達を解放するよう液晶門霊に伝えて私は気絶した。
幼く見えるトラウマ持ちの陽気なお姉さん(33)
いいよね。




