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第二十四話 土下座の有用性


「やあやああすかちゃん。ずいぶん遅かったじゃないか。おかげでみんなと温泉に浸かりながらジックリと推理することができたよ」


 女湯に戻って来た私を出迎えたのは、風呂場特有の熱気と湿気、そして姦しい自称名探偵の甲高い声だった。


「推理?一体何の?」

「そうだね。役者は揃った。ならわたしは推理を公表せざるを得ないね」


 質問の内容の一切を無視した返答を聞きつつ、私は真由ちゃんの左隣に座りながら探偵と壁際の探偵助手に向かい合う。すると真由ちゃんを挟んで探偵達と距離を置いていたソウ先輩が回り込み、私の左後ろの辺りに座り込む。



 長いこと風呂場の外に居た私の身体は疾っくに湯冷めをしていてた様で、湯面に足先が触れた際、痛みすら覚えるような熱が伝わり少し驚いた。

 だがこの後の推理を聴いている間に、私は何時の間にかこの痛みも驚きも忘れ、より大きな痛みと驚きに染め上げられることとなる。


「わたしの推理がなんなのか言う前に、まずは現状確認しよう。えっとね~、まゆちゃんから聴いたんだけど~、あすかちゃんって~、人に優しくなれる性格になりたいとか思ってる?」

「ッ!…………そうだけど」


 行き成り確信を突かれた所為で思わず言葉に詰まってしまったが、よく考えたら他の人に言わないでくれと頼まなかった私が悪いと思い返事をする。


「そっか~。じゃぁなんでいじめっ子たちをボコボコにしたの?暴力は悪いことじゃん」

「それは……一度痛い目を見ないとイジメを止めないかもと思って」

「なるほどなるほど。一人続けてるらしいし説得力あるね。じゃぁその人を操る力であの男湯のヒトを操り続けているのはなんで?あの人にだって大切な人生があるよね」

「…あの人は私を誘拐して監禁しようとした。私の人生を奪い去ろうとした人だから奪われて当然とまでは思わないけど、それでもある程度は私の手駒として動いてくれてもいいハズだよ」

「……うーん、審議ありってトコかな。警察に突き出して刑務作業をすることよりハードだけど、本人が納得してたらあり……かな」

「?」


 この奇妙な問答の中、探偵の意図を探ろうと思考を巡らす。先程から訊かれているのは私の行いについてが主となっている。『審議あり』と言う台詞から察するに採点と言った所か。思考の、いや正確に言えば性格の採点。今までの行いが善行かどうか、質問とその回答から判断しているのだろう。だがそれをやって何になるのか。その疑問を胸に抱え、正直に答えていった。


「長かったね。これで最後だよ。あすかちゃんはこれからどう生きていく?」


 一瞬質問の意味がよく分からなかった。『これからどうする?』と問われたら帰ると即答することが出来ただろうが、『これからどう生きていく?』と問われれば少し困惑する。漠然とした人生の目標でも答えれば良いのか、それとも就職先等の進路について語れば良いのか。


「あーこれはちょっと言い方が悪かったかな。生きる目標を実現するため、具体的に何をするつもりなのか答えてくれればいいよ」

「まず死にたく無いから適当な怪異を襲って寿命を奪う心算だよ。それで十分なリソースを蓄えたら怪異解放連合を襲う。奴等は全ての怪異を人間の手から解き放とうとする迷惑な集団で、もしそんなことが成し遂げられたらまず真っ先に私が狙われる。だから警察とかに任せっきりにしたく無いの。自分の手でキッチリ止めを刺して安心したい。それが終わったら…………何処か安全な場所で人と関わりを持つ仕事に就きたい」

「…………なるほど。素敵な夢だね。応援するよ」


 そう言って探偵は、質問コーナーを締め括った。


「あの、終わったならどうして愛寿夏ちゃんに質問したのか、聞いてもいいですか?」

「ん?ああそうだね。でもその前に一つ、君たちにウソをついていたことを謝らせてくれ。一つ目にこれは事件の推理じゃないこと。二つ目にウソが一つじゃないこと。三つ目に───」

「いや、めちゃめちゃウソついているじゃないですか~」


 言葉の途中だったが思わず言ってしまったのだろう。真由ちゃんが突っ込んだ。

 だが次に言われる言葉を考えれば、これはいい緩衝材になったと思う。


「───三つ目は、裸の付き合いに誘ったのはあすかちゃんを殺すためだったんだよ」

「……え?」


 ポツリと漏らされた声。真由ちゃんが言ったのだが、それは私の頭に浮かんだ言葉と一緒だった。

 困惑………………後に理解。

 だからこそ、私はこう返した。


「何点?」


 それに対して探偵は


「うーん、三十五点」


 と、辛口で採点してくれた。


「三十五点満点で?」

「いやいや百点満点で。しかもその内五点はグラブジャムンより甘く見積もった成績。残りは意欲・境遇に感銘した先生からのプレゼント」

「えっ、まっ待ってください!どうして愛寿夏ちゃんが殺されなきゃならないんですか!?いくら旭さんだからって許しませんよ!!」

「……ありがとう真由ちゃん。でもその段階は過ぎ去ってると思う。だよね?」


 と、質問に注意が逸れている隙に私の───もっと言えば真由ちゃんよりの後ろに立っていた探偵助手に対して訊いてみた。


()に問うても心無し。今の()は奴めに従い力を振るうのみ」

「ギャッ!!」


 助手の方から帰って来た返答はかなり物々しかった。口調が普段と違うが、戦う時に必ずこうなる訳でも無い。何か明確な基準でもあるのか?本気を出すとかの。

 それと、ソウ先輩は怖いからってしがみ付くことを止めて欲しい。後ろに隠れるは未だしも、ここまで来ると小動物感より鬱陶しさが勝つ。


「あ、古文モードのままだ。おーい神影(みかげ)っちー、やっぱ殺さないよー」

「承知した。……ふぅ。本当にいいのか?今ならサクッとヤレるぞ」

「やらないって。ボーダー三十点の赤点ラインは越してるんだから」


 そのボーダーの話が本当だとしたら私はお情けで生かされていることになるな。まぁいいや。折角のお情けだし、吃驚させられた分だけシッカリと煽り返させてもらおう。


「フッ、人に言われてたことだけやる飼い犬風情が……飼い主の命令も聴け無いのか?ほれほれ、理解(わか)ったらサッサと御褒美ドッグフード貰いにフリスビーでも買って来たらど───」

「やっぱ殺さねぇか、このクソガキ」

「───グエッ」

「愛寿夏ちゃん!!」


 何故だ?何故首を絞められている?

 一文か二文程度煽っただけなのに。ついでに顔面目掛けて水鉄砲もお付けしただけなのに。


「うーん、あすたん。ホントそういうとこだからね。甘く見積もって五点なの。それと神影(みかげ)もその手を放して。もう顔赤くなってるから」

「ちっ、命拾いしたな」

「ンハァッアア。ハァアア。コホォッ、カホォッ」

「愛寿夏ちゃん。ダメだよ、人を悪く言うのは。わかったらゴメンナサイしよ…ね」

「……………………ゴメンナサイ」

「わかればよろしい」


 探偵の側に帰って行く探偵助手を睨み付ける。

 だがそれ以上はしない。私は我慢が出来る人なのだ。決して人のことを悪く言ったり、隙を見て暴力に及んだりはしない。

 そして一段落ついた段階で探偵が語り出した。


「いやーホントごめんね~。人や怪異を操る力を持つっていうから、もうそういう怪異かと思ってね。危険人物だったら殺さなきゃっていう元祓い屋の家系の末裔としての責任感があってさ~」

「責任感……ですか?怪異でもないのに?」

「ん?ああそっか。今の世代は知らないか。昔はね、怪異と同じような不思議な力を扱う人間や、怪異と取引をしていた人間も、怪異として祓い屋が抹殺していたんだよ。といっても祓い屋として人類に貢献すれば例外だったんだけどね。あすかちゃんも祓い屋として起業するまで秘密にした方がいいかな。じゃないと……また、昔に取り残された祓い屋に襲われちゃうよ」


 この忠告を聞く限り、直樹君に話したことが失敗だったと思えて来る。しかし、一ヶ月も音沙汰無しならもう気にしなくてもよいだろう。きっと若いから知らなかったし、知った頃には殺す必要が無いと気付いてくれる。そう信じておこう。


「でもぉ~、私を殺そうとしたからにはぁ~、そんな忠告一つだけじゃ無くてぇ~、お詫びの品が欲しいなぁ~って、思うんだけど」

「真っ当な意見だな。で、どうするよ(あさひ)。俺たちゃ一文無しのその日暮らし。せっかくの貯金もこの旅館に泊まったことで吹き飛んだ。俺には何も思いつかん」

「ダイジョブ。始めっから当てになんてしてないから」

「そうか。頼んだぞ、名探偵」

「こんなときだけ名探偵扱いされても…………そうだ!あすかちゃんが夢に近づけるようにアドバイスをしてあげよう。それでどうかな?」


 アドバイス。それは是非とも貰いたいものだ。正直自分の性格を変える芸当はガムシャラに努力してどうにかなるものでも無い。


「いいよ、()()()はそれで」

「ギクリッ」

「わざわざ口で言うなよ!!バレるだろ!!」



「愛寿夏ちゃんの分?どういうこと、愛寿夏ちゃん?」

「単純なことだよワトソン君」

「あ!それわたしのネタ!」

「お前のでもねーだろ」



「私を殺そうとしたら確実に真由ちゃんが敵に回る。なら最初から分断すればいいのに何故か目の前に居る状況で殺そうとした。この場合、私だけ殺して逃げても真由ちゃんが復讐の鬼になることは明白なのに」

「イヤーキヅカナカッタナー。マサカソンナミスガアッタナンテー」

「バレバレすぎる。隠す気ないだろお前」



「それに元々真由ちゃんは【力配りおじさん】を引き寄せる程の危険人物。割と生かしておく理由が無い」

「たしかに」

「いいのか!?自分のことだぞ!!今わりとヒドいこと言われてんだぞ!!」



「だから今だけサクッとヤレる私を殺して、真由ちゃんが動揺した隙にダブルキル。二人の実力なら残りの怪異達も敵じゃ無いだろうから、この作戦で一網打尽にする心算だったと思うけど」

「フフフ、フハハ、フハハハハハ。見事な想像力だ名探偵よ」

「急にどうした?名探偵はお前だろ?」

「だが証拠がないなーと言いたかったけどその通りだ。まゆたんだけ離したかったけど結構ベッタリしてて仕方なーくダブルキルするかぁとなった経緯以外すべて言い当てられてしまったー。さぁ、早くお姉さんに手錠を───」

「自首するフリして逃れようとすな。……それで、詫びは思い付いたのか?」

「餅の論之介だよ」


 そう言って彼女は湯船から上がり、少し離れた位置でこちらを向いて直立した。


「ワーオ。まさかだけどその美貌がお詫びです何て言わないよね?」

「フッ舐めんなよ、クソガキども。ウチの名探偵は天才だ。これもきっとナニカスゴイ作戦に決まっている」


 私達が茶化している間にも探偵の身体は湯冷めする。幾らここが熱気に包まれているとしても、あの位置で直立不動するのは辛いハズだ。事実、既に探偵の肌には汗とも結露した空気中の水分とも分からない謎の水滴が張り付いており、目の辺りに付着した水滴が心做しか涙目かのように見せている。



 その水滴は時間と共に大きくなり、集まり、自重によって落下、或いは肌を伝わり滑り落ちる。その水滴の軌道を眺めているとどれだけ上の方を意識していても、頬から首筋へ、首筋から鎖骨へ、鎖骨から乳房へ、乳房から腹部を伝い鼠径部や太腿へと視線が映ってしまう。



 途中からどの水滴の軌道を眺めていたのかすら忘れてしまい、最早ただハリのある肌の視姦大会になってしまっていると警鐘を鳴らさずには居られない。特に引き攣ったように見える探偵特有の笑みが、入浴最中故の赤く滲んだ肌が、偶然にも恥じらっているように見せてその誤解を後押しする。



 そして永遠にも思えるような気まずいこの時間に終わりを告げたのもまた、その原因を作った探偵であった。探偵、渾身の裸土下座である。


「いや、ホントスンマセン。勘弁してください。お願いします」

「え?」

「は?お前……何をやって…?」

「……考えに考えた結果それなの?」


 三者三様の困惑を見せた私達は、立場の違いすらも忘れて同じモノを見つめていた。だが最初の困惑に至った理由もきっと違っただろう。真由ちゃんは信頼出来ると思っていた大人の情けない姿を、探偵助手はスゴイ作戦とやらでピンチを切り抜けると確信していた実姉にして相棒が見せた醜態を、それぞれ見てしまったのだから。


「いやホントね。出来心だったんすよ。わたしも祓い屋として育てられたことあったし、久しぶりにらしいことしよっかなーって。今となればわかるんですけどね、ホント。どの立場でやってんだってことですよ、はい」

「そ、そんな、ヤメてくださいよ!!土下座なんて!!わたしのことはともかく、愛寿夏ちゃんを殺そうとしたことが許せないだけで……愛寿夏ちゃんが許したならわたしの分なんていらなかったんですよ!!ね、愛寿夏ちゃん!!」

「え!?…ああうんそうだよ。私も真由ちゃんがいいって言うなら文句なんて無いし───」

「シャァアア!!!セーフ!!!」

「「「!?」」」


 探偵が唐突に雄叫びを上げてガッツポーズをする。


「お前……まさか…これ全部……本人たちにいらないって言わせるための………」

「ああ、作戦通りさ」

「……信じてたぜ、名探偵」

「すいません。心が傷ついたので面白い話ください」




 湯気と喧騒に包まれた温泉女子会は、姦しく続いていく。

 殺し合った相手であることも忘れて、喧しく続けていく。

 揺れるこころとたわわを()るのは、きっと太陽と男湯の覗き魔だけ。



 そんな時間が何時までも続いて欲しい。

 そう思っていた頃が一番楽しかったかもしれないと気付くのは、全てを失った後だったことを、この時の私はまだ知らない。




風呂場に入ってからソウ先輩が「デ、デカイ」と「ギャッ!!」しか言ってない件。

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