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第二十三話 辛いことは温泉に流そう


 その後、無限にも思える時間を経て買い出しが終了した。それに伴い、待ってましたと言わんばかりに凍傷を移し全快し、自らの足で歩けることに感動を覚えながら風呂場へと赴いた。


「や、遅かったね」


 風呂場では既に清掃を終えた探偵達が道具を片付け始めていた。元々旅館側も最低限の維持だけはしてあったらしく、直ぐに清掃が終わったとのことだった。

 折角なのでその道具を貰い男湯の方に出向く。

 本来怪異は風呂になど入る必要の無いのだが、ここの湯は霊気溢れる温泉水。浸かれば怪異達の霊力も少し回復する。



 しかし流石に私の身だけで掃除をするのは難しく、又真由ちゃん達の手を借りるというのも頼み辛い。その結果、入りたかったら自分達で清掃してくれとだけ言って健二、黒口腔(くろこうこう)、妄執の老紳士、【神秘の番人】、増殖鬼(ふえおに)を残して女湯に戻った。液晶門霊(えきしょうかどたま)は特に消耗しなかった上、水場を嫌ったので不参加だ。

 尤も、温泉と聞いて純粋に喜んでいたのは健二だけで、その健二も殺人現場兼死体置き場として男湯が使われていると見て分かった瞬間、頭を抱えていたが。






 そして今、私は文字通りの丸腰で女湯に来た。

 少なくとも悪い人では無さそうな探偵と、雪女が(いにしえ)の影の神と言っていた探偵助手。今回は共闘したが、有耶無耶になっただけで敵同士であったのだ。目的の分からないこの二人の前に丸腰で現れると言うのも少し不安ではある。


「も~、あすかちゃんビビりすぎ~。取って食おうなんて思ってないんだよ、おねえさんは」


 探偵は、こちらの不安を見透かしたようにそう言った。

 ダボついた茶色い装いを纏っている姿でしか彼女を見たことが無く、それに加えて言動が陽気で幼げだった為、彼女のことを中高生程度の子供のように誤解していた。しかしこうして衣服を脱ぎ同じ天井の下隣に並ぶと、決して彼女が未熟な子供などでは無く、出るとこの出た立派な女性だったと否応にも意識させられる。



 しかし、何事も上には上が居る。決して探偵が子供だった訳では無い。ただ彼女の前で誇るには、余りにも、()()()()()のである。



 普段助手として裏方に回っていた彼女だったが、今回ばかりは許されなかった。

 大き過ぎる胸。一言に纏めてしまえばその程度か。だがこればかりは削られた情報が多過ぎる。私の小さい手のひらでは支えきれ無いような、それこそ大人である彼女自身にも両手から零れてしまうようなサイズなのである。そんな現実に要る訳が無いと言われ続けた同人誌サイズの二房が、今ここにある。


「デ、デカイ」


 思わずそう漏らしたのはソウ先輩だ。怪異だから纏めて男湯に入れようかと思ったが、仲間外れが嫌だと言ってきたので女子風呂に連れて来た。当然彼女も場に合わせて裸なのである。



 話が変わるが、こちらの世界の人間は前世と比べかなり早く成長する。しかしそれは赤子の時だけであり、その後約五歳程度から落ち着き始め、前世と似たような成長曲線を描き始める。

 つまり何が言いたいかと言うと、享年十歳のソウ先輩は丁度成長を始める姿のまま保存されていると言うことだ。



 成長に必要な栄養が足りず、身長が私と同程度のソウ先輩。その胸部には確かに膨らみが存在するのである。栄養失調で苦しかったハズなのに、身体は身長を伸ばすことよりも女性らしさを追求することを優先したのである。



 それは少々語弊のある言い方かもしれないが事実そうなのである。僅かな膨らみを持つそれは、房と数えるには余りに狭く、個と数えるには余りに小さかった。だが、数えないという選択肢を取るには自己主張が激しく無視することが出来ない。



 この場において、最大は探偵助手である。言わずもがな、最小は私と真由ちゃんである。しかし、大きさだけでは無かったのだ。何事にもバランスと言うものがある。

 この思想を遡れば、古代ギリシャからアリストテレスの「メソテース」や、孔子の論語における「中庸」、少し意味合いは変わるが仏教の「中道」などが挙げられる。



 つまり人類は理解(わか)っていたのだ。

 胸はただ大きければ()い訳では無い。大き過ぎれば現実感が無くなり興醒めしてしまうと言うことを。

 そんな七百万年掛けて人類の出した結論を体現する嬌姿を持つ女。それがソウ先輩である。



 真由ちゃんも脱衣所でこれらを目撃してから自信を失ったようで口数が少なくなっている。

 持たざる者は将来に期待するしか無い。でももしその時になっても無かったら……私はどうすれば良いのだろう。


「あれれ、お子様組がフリーズしちゃった。まったく、神影(みかげ)ちゃんのせいだよ~。けしからんものを持ってしまって。姉として恥ずかしい。末代までの恥だよ」

「アホか。好き好んでこの身体になったわけじゃない。お前だって知っているだろうが」


 普段からキツくサラシを巻かなきゃ邪魔だし、本当にゴミだなこの身体は、とだけ言って彼女は身体を洗い始める。そこで漸く現実に帰って来た二人と一緒に身体を洗う。



 無言が続く。会って間も無い私達では話し辛い上、ソウ先輩と真由ちゃんが黙ってしまっているのも合わさり、この場が静黙に呑まれた。

 唯一この空気を何とかしようと探偵が話し掛けて来る。


「あすかちゃんまゆちゃん学校どう?」


 それは定番の台詞だった。若い子の興味を惹ける話題を知らないが故に、最近の調子だとか学校の様子だとかを訊くと言う親戚のおじさん染みた質問。

 例え問題が在ったとしても、それを知られたく無いが為に穏便な返答をするのが恒例となっている意味の無い質問だ。


「まぁ、普通」

「え?」


 何故か後ろで真由ちゃんが信じられ無いモノを見たと言わんばかりに動きを止めていた。

 私何かしたかなぁ。


「うーんどうして二人で食い違うのか。よかったらお姉さんに教えてちょーだいっ」

「えっと、愛寿夏ちゃんは普段から怪異に巻き込まれているんですよ、なぜか」

「ああ、それは霊力が多すぎるせいだね。人より霊力を持ってるってことは怪異にとって栄養があるようなもんだし。しかも過霊力変異症候群クラス」

「かれ?何ですか、それは?」


 過霊力変異症候群。それは多大な霊力を持つ人程、障害を患っている確率が高くなると言う傾向から導かれた法則の名だ。何分(なにぶん)名を残すまで生き残れた人が少ない為、発見されたのは二十世紀に入ってからだった。


「霊力が多いと遺伝子に影響を与えるから障害者になりやすいって病気。これ臓器の増減が起きる可能性があるし、怪異から狙われる確率が格段に上がるからドッチ道長生き出来ないって言われてる。と言うか言われた、あの医者に」


 本人には分からないと思っていただろうが、私には聞こえていた。この世界には【常識】と言われる怪異が居るからな。生まれた瞬間にその地域の共通認識を捻じ込もうとする怪異のお陰で言語、地理、歴史、社会常識、危険な怪異とその対処法が直ぐに分かった。普通の赤子であったら理解出来ない内に脳が発達、そこでやっと理解して喋ったり行動したりするらしい。


「医者もヒドイこと言うもんだね~。生まれついてのピンク髪になれるかもしれない奇跡の現象なのに」

「髪の毛ピンクの代償デカすぎんだろ。今の時代ノーリスクで染められるのに」

「髪がイタむでしょ!!」

「命の危機は!?」


 本題である『私の学校生活について』から逸れて来たので、髪は女の命だから等価値であると探偵が結論付けてこの話を終えた。


「怪異以外にも、心臓の病気で学校を休みがちで……そのせいでクラスの皆からもよく思われてないけど、他にも授業中最前列で寝たり、体育に参加しなかったり。いろいろと原因があるんですけど、それで一部の男子にイジメられてたことがあって」

「なるほどね。それは言いたくないわけだ。でも一年生だっけ?…その年からイジメとは。しかも一ヶ月だけの付き合いで。…まぁあすかちゃん相手だったら気持ちはわかるけどね」

「わかるなわかるな。……よし、ここは俺たちに任せろ。こう見えても探偵なもんでな。コイツ風に言わせりゃチョチョイのチョイだぜ」

「あ、いや、その……非常に言いにくいのですけど、もう解決してまして。それも一日で」

「「?????」」


 先程の動乱で心の壁が打ち払われた真由ちゃんは、先程よりもスラスラと言葉を紡ぐ。

 それにしてもまさかあの話を持ち出すとは。数人の取り巻きは解散させ、残るは主犯だけなのだ。もう解決したも同然である。



 それでも()の事件について語るならば、加害者が悪かったとしか言い様が無い。

 彼等にとって、私だけ優遇されているのが狡く感じたのならそれは当然だ。事実優遇されているのだから。だが彼らはそれに対して、自分自身も優遇されるよう努力するのでは無く、私を貶める方向に手を尽くしたのだ。だからその悪意に対し、適切に対応したに過ぎない。


「イジメの内容は……歩いているとわざとぶつかったり、本人の前で物を汚したりと、以外と暴力的なものは少なかったのですけれど。放課後には愛寿夏ちゃんがラブレターを書いて校舎裏に呼び出して…………それで持ってる怪異で魂を食うだとか脅したんです、ボコボコにした後に。……そしてボイスレコーダーとかカメラとかビデオとかで証拠をいっぱい残して、訴えないでやるから慰謝料をよこせとお小遣いを全部持って行って───」

「うん待って。お姉さん限界。取り敢えず行動力の鬼ってことが分かったから」


 しかし真由ちゃんは「あの、これにはまだ続きがあって」と言って話を止めない。


「そのうちの一人の大介君はめげずに上級生の祓い屋の子どもを呼び出したんですけど、……その人の住所と親の勤め先を突き止めたあげく、パパが社長だからその人の両親の勤め先ぐらい権力で潰せると脅して───」

「すまん。俺はもう無理だ。(あさひ)、責任もってお前が最後まで聞け」

「なんで!?」


 だが真由ちゃんは「あの、これにはまだ続きがあって」と言って話を止めない。


「そこでやっと学校が問題視してくれて、愛寿夏ちゃんを呼び出したんです。それで叱ったら……愛寿夏ちゃんなんて言ったっけ。大筋しかおぼえてないけど、『彼らは間違った努力をした。だから教育をしたんだ。賢者は歴史から、バカは失敗から学ぶ。むしろ彼らは幸せだ。早い段階から恩師に出会えたのだから』だったっけっかな。わたし愛寿夏ちゃんのこと大好きだけど、このエピソードだけはちょっとムリ」


 無理だと言われて傷ついたものの、少しだけ訂正をしておく。


「いや、少し違うよ。それに加えて『教育はまず相手を屈服させるとこから始まる。先生達が御せなかったのだからこれは先生達の問題のハズだ。それでも私が代わりに教鞭を振るったのだから感謝こそすれ、怒号を浴びせるのは間違っている。寧ろ給料を浴びせてくれ』と懇願したの」

「ごめん。わたしが悪かった。お姉さんが迂闊なこと訊いちゃった。でもここまで問題児だと思わないじゃん。仕方ないじゃん。ゆるして」


 何故か許してくれと懇願する探偵を余所に身体中の泡をお湯で流す。持って来たシャンプーから掌に液を出す。その動作の間に、話題はイジメ問題から未だ抵抗を止めない大介君に移っていた。


「いやー、発覚から一日で解決と言うのもスピーディーだけど、次の日もめげずに上級生を召喚した大介君も気になるね。どんだけイジメたかったんだよと、名探偵は思っちゃうんですよ」

「大介君はスゴイよ。まだ諦めずにイジメてやるんだって言って続けてるんですよ。そのたびに仕返しされてますけど」

「たとえば?」

「上ばきの中にバッタの死体を入れたら顔に投げつけられてました」

「以外とかわいいものだね」

「はい。上ばきの中に画びょうを入れたら大介君のクツの方に移されてた事件がありましたから。そこから学んだんでしょう」

「訂正。全然かわいくなかった」


 髪を洗い終わった為、シャワーで流した後、湯船に浸かろうとする。

 そこで私を見た探偵から一言注意を受ける。


「あれ?あすかちゃん髪縛らないの?髪がお湯に浸かったらイタんじゃうよ」


 そうだった。普段は面倒だからと何もせずに浸かっていた。その時の癖が出てしまったのだろう。髪の短かった昔なら良かったが、イメチェンで伸ばし始めた髪は肩より先に届いている。今では毛先が水面に広がってしまうのだ。

 もしかしたらこれで私は髪のケアなんてしないような杜撰な子だと思われてしまったかもと、小さなことを気にしつつ何か縛れる物を探しに脱衣所へ戻る。






 するとそこには何故かヘアゴムを持って跪く健二の姿があった。顔を下に向けることで裸を見ないよう配慮していたが、ヘアゴムを手に取った瞬間顔を上げるだろう。コイツはそう言うヤツだ。

 そもそも会話を聞いていなければその行動を取ろうと思わないハズだから、盗み聞きしていたと公言しているようなものである。


(やつがれ)にはわかっておりましたゾ。入るときはコレが必要。しかし主殿は杜撰なところがあるため持っていない。わかります、わかりますゾ、主殿」


 彼は私の何を分かっているのだろう。直接渡すことを嫌がるとは思わなかったのか。


「……分かった。好意は受け取るから。顔を伏せたままそれを置いて、顔を伏せたまま風呂場に戻って」

「いくら主殿でも聞けないお願い(オーダー)ですナ。んー、なぜならば!(やつがれ)は、主殿が独りで髪を結べないことを見抜いている故!だからこそ!この(やつがれ)目がカンペキに結んでしんぜようと待機しているのです」


 それは結ぶ時に見る為か?完璧に見る為か?


「いえいえ、皆まで言わずともわかるのです。我が主殿は顔に出やすいノデ」

「顔?地面しか見えないその場所で顔?」

「フ、言葉のアヤです」


 気になったので視界を共有してみたが、確かにそこには私の姿が映っていたのだ……床に垂れた水滴に。


「もう見てるじゃねーか!」

「ま、待ってください主殿ッ!ユケムリがッ!ユケムリに隠されて秘部がまだ見えておりませんゾッ!」

「なら良かったよ。全部見えて無くて良かったよ。と言うか何時まで見ている心算だよ。指摘されたら目を逸らせよ」


 だが彼は一向に凝視を止め無かった。寧ろ湯煙に穴が開く程その水滴の反映を凝視し続けた。もうバレたのだから本物の裸体を見ろよと思いつつ、彼の顔面に怒りの蹴り上げをお見舞いすることでこの件に終わりを告げる。


「グエッ!!」


 この潰れたヒキガエルのような声が、彼に対する鎮魂歌(レクイエム)となったことを強く願う。


「んー主殿、勝手に殺さないで頂けますカナ。(やつがれ)はこんなにも主殿を敬愛しておりますノニ」

「敬愛?性愛の間違いじゃ無いかな」

「ヒドイデスナー。愛してなかったら仕えておりませんゾ」

「愛?」

「ええ、元々『こんな幼女に生殺与奪の権を握られているなんて』と考えましてネ。……始めは主殿が恐ろしかったりいい様にされる(やつがれ)が情けなかったりしたのデスが、よく考えたら更生するキッカケになってくれたり理想のお嫁さん(つよつよ幼女)がゾンザイに扱ってくれたりする。ここまでR18の美少女ゲーでしか見たことない展開が続くなら……、出会って一年で四回死に掛けただけでも安いモノですゾ」

「R18でしか見たことが無いのは単に知見が狭いだけでは」


 しかし彼は止まらず、「今では『理想のお嫁さん(こんな幼女)絶対服従(生殺与奪)の権を握られているなんて♡』と考えましてネ」などと言い方以外最初と同じ文言の悍ましい戯言(ざれごと)を言い放った。


「あとは我が家に居候になってくれればエロゲと完全一致なのデスゾ!!…しかし、病弱である設定を忠実に守るなら居候はマズイのではと、賢者である(やつがれ)は性欲で抜いてから考えたのですゾ」

「そこは性欲を抜いて考えて欲しかったぞ、知見の狭い愚か者よ」


 結局、賢者と日々ジョブチェンジする遊び人から髪を結んでもらい、女湯に帰還した。




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