第二十一話 復讐者達、終戦
前回の投稿からソコソコ時間が空きましたね。言い訳ですが、所用で忙しかったのです。
風邪・大学のレポート・法事・病が一週間毎に襲ってくる時期でした。
ですが最後の病は治るまでに二回も嘔吐したので、吐く事に関してはそれなりに良い文が思い付きました。私と同じ嘔吐フェチの方は楽しみにしておいてください。…やはり期待などしないでください。文才などないのですから。
遅筆な分、長期に渡って投稿がない事態が度々起こるでしょう。それでも、これからも、いつまでも応援して頂けると幸いです。
一手足りない。それは比喩だけでなく物理的にその分の距離が足りないということだ。今は何とか頭だけを守っている状態。足から胴体までの被弾が多い。手に至っては私も老紳士も千切れている。テセウスの死体の肉も尽きかけている。これ以上の酷使は消滅に繋がるだろう。それなのに発砲は止まらない。
詰んだ。二度目の死が来る。
『主どの大丈夫ですか!?今補給しましたですゾ!!スーパー特売牛肉・豚肉計十キロの大きな肉!!』
しかし死は来なかった。代わりに助けが来た。十キロの肉を足と魔の手の再生に使う。体内に複数の弾丸が残り動きづらいものの、コイツを殺せることに変わりない。今も銃撃が続いているが、これなら掴むことの方が早く済む。
掴んだ!やはり死にかけている!
起動しろ、徴収特権。理性無き復讐者に鎮魂を。
触れた箇所から徴収特権が侵食をする。瞬く間に軍門に下った復讐者に一つ命令を下す。
『敵対行為禁止!この銃撃を止めさせろ!』
「待て!怪異が飛び出したぞ!追え!!追え!!」
背後から聞こえた声と共に銃撃が止む。段々と草木を描き分ける音が遠ざかり軈て途絶える。静寂に支配された空間にぽつねんと寝転んだ。
「勝った……のか」
「……マサカワレワレニ聞イテイルノカ?」
「いや質問じゃないよ。ただやり切った気持ちで溢れているだけ」
「ソウカ」
「……」
「……一ツ聞イテイイカ?」
「何?」
「仇、オマエハナゼ笑ッテイル?」
「?」
質問の意味が分からなかった。笑う?この死にかけた戦いの中で何処に笑う余裕があると言うのか?しかし残った指先を口元に持っていき固まった。私は笑っていたのだ。少し冷静になり、心の内が幸福に満たされていたことに気付く。
「生き残れたことが嬉しいからだよ」
「シカシ仇、オマエガ笑イ始メタノハワレワレニ触レタ後ダゾ」
「だから文字通りの勝利の決め手って奴が嬉しくて───」
「違ウ。仇、オマエノ笑イ方ハワレワレト同ジダッタ。内ニ秘メタドス黒イ欲望ガ、勝利ノ油断デ理性ヲ喰イ破リ表ニ出タノダ。仇、オマエハ正義ノ味方ノヨウナコトヲ言ッテモ、本当ハワレワレト同ジデ、無関係ナ人ナド心底ドウデモ良カッタノデハ?」
唖然とした。図星だからではない。それでも今までの徴収特権を使う時のことが気になって仕方がなかった。あの時の私はどんな顔をしていたか。今私はどんな顔をしているだろうか。そんな不安が私を啄み始めた時、健二からの連絡が来た。
『主どの!運命の戦は終わりましたカ?』
『ああ終わったよ。ただ怪我が酷いから回復用に牛とか買って付けといて』
『んんんんん?????牛?牛?うっしっし?一頭マルマルうっしっし?…高スギでは?』
『パパにツケとけばいいよ』
『主どの、それは僕が殺されます』
それまでの考えを放棄するように、全神経を集中して連絡に指示を出す。表情くらい、今顔を触れれば分かるはずなのに、それを確かめる勇気は私の中になかった。
暫くして、牛などは買えなかった健二が予算内で肉を買い集めて来た。私は直ぐに傷を移し、表面上は無傷となった。着ていた服は無数の弾丸によって襤褸切れと化した為、門霊に持って来て貰った服に着替える。当然この服も先程まで来ていた服と同じ製品だ。
着替える最中、ふとさっきの悪霊に視線を寄せる。先程までは死体に憑依していて分からなかったが、この霊は複数の霊が融合しただけあって人間の形を留めていなかった。
それは霧の中でもハッキリと分かる赤黒い色のボディをしている。
それは正面から見た心臓を三十度程時計回りに回転させたボディに、白いドクロの顔が張り付いているように見える。
それは黒く大きな杭が四つ、心臓で言う大動脈・上大静脈・下大静脈、そして最後にドクロの顔の鼻の位置に刺さっていた。
今も奴の霧を維持して真由ちゃん達と出会わないようにしてくれている身とは言え、かなり気持ちが悪い。
「そう言えば復讐者。君はその心臓骸骨こそが本当の身体なのか?」
「ソウダ。ソレトワレワレヲ呼ブトキハ複数形ニシテクレ。融合シタダケデ未ダワレワレハワレワレナノダカラ」
「じゃぁ恒例の名付けタイムだ。評判は悪いが、名前がないと不便なんだ」
呼び出し通り駐車場に行く最中、片手間に名前を考える。自認が複数形の復讐系だからアベンジャーズとかか。しかしこれまで配下は漢字オンリーだった故、そこは統一させたい。
「仇、オマエニ任セルト不安ダ。ワレワレデ名付ケヨウ。“アベンジャーズ”、ソレガワレワレノ名ダ」
「考える素振りも見せずに即答しただと。さては前から考えていたな。しかしこの時代の日本でそれを知っているのは極少数だ。何より行動理念を考えたら“アベンジ”という単語より“リベンジ”と呼ぶ方が正しいからリベンジャーズと名付けるべきだ」
「イヤダ。ワレワレハ“アベンジャーズ“。仇ヲ討ツマデ決シテ鼓動ノ止マラナイ復讐者タチダ」
しかし本人?本人達?が嫌がっているなら強要すべきではないだろう。統一感が消え去ってしまったことだけが残念だが。
閑話休題。
そろそろ駐車場が見えてきそうな為、アベンジャーズを私に憑依させる。
霊体は肉体という物理的な鎧に守られていない分、霊的攻撃に遥かに弱い。だからこそ妄執の老紳士やソウ先輩のような霊は、物理的な器の中に入れて置く必要がある。
やっと駐車場が見えてきた。しかしそこは私の知る駐車場とは様変わりしていた。立ち並ぶ車達。ここは私が来た時とそこまで変化がない。だが問題はそれらが凍り付いていることだ。窓ガラスには霜が衣のように覆いつくし、サイドミラーには氷柱が生えている。恐らくここにある車は一台残らずそうなのだろう。どの車も氷柱が生えている。
けれどそれは一番の問題でない。駐車場の真ん中。誰もが端に車を止めたことから生まれた空白地帯に三本、氷製の柱が立っていた。その柱同士の距離はそれぞれ等しく、所謂正三角形の頂点というべき位置関係だった。
「ずいぶん遅かったのじゃな」
そんな柱の一つに、私と同い年程度の少女が足をブラブラと揺さ振りながら座っていた。その少女は腰まで届きそうな程長く美しい黒髪に、白を基調として袖口や裾に近づく程青くなる着物を着ている。よく見れば左前で着こなしていた。態々死に装束で着飾っているというのは、自ら亡霊等怪異の類であるとの告白なのか。だとすれば無邪気に笑う少女の顔との温度差で風邪を引きそうだ。最もこの気温ではそんなことをせずとも風邪を引けそうだが。
「おねぇちゃんだあれ?」
「べつにネコを被る必要はないのじゃぞ。ぜんぶ見とったからの」
咄嗟に何も知らない幼女の振りをして情報を引き出そうとする。しかしそれは叶わなかった。この状況で私のような少女が一人生き延びれるわけがない為、見破られるのは当たり前として。全部見ていたと来たか。
「じゃぁお姉さんがここに呼んだの?」
「じゃからネコを被る必要など───まぁよい。疑問に答えようかの。そうじゃ。ワシがウヌを呼んだのじゃ。キャツラの魂を人質にとっての」
漸く言質が取れたか。これならば躊躇する必要などない。いつも通りに徴収特権を使い、言う事を聞かせる。ただそれだけの作業をしようとした瞬間思い出す。私は今、どんな顔をしている?
「ほぉ、思いとどまったか。ウヌのヨワヨワジャーコな理性では、すぐにでも支配したがると思っていたのじゃがの」
「顔に出てたってことか?」
「おおやっとネコの皮を捨ておったか。ウヌはその喋り方が似合っているのじゃ」
「質問に答えろ!!」
自らの顔が気になるイライラと、それを知りたくないイヤイヤで感情的に怒鳴ってしまった。知りたいはずなのに知りたくないと思うのは、知ってしまった時に期待を裏切られるかもしれない不信感からか。そうしてマゴついている私を前に、少女の笑みが一層深くなっていくのが目に入る。
「やはりよく似合っておるのじゃ。クソジャコ理性の人間未満にはの。被るにネコは上品過ぎるのじゃ」
怒りに我を失いそうになる直前、一つの結論に思い至る。
もしかしてあの少女は態と私を怒らそうとしているのではないか、と。そう思えば逆に怒りは退いていった。寧ろ冷静さが勝り徴収特権の発動すら出来た。
しかし少女が頭を垂れて足元に跪くことなんてなかった。依然として面を上げ、氷の玉座に居座っている。
「あ、やっとわかったのじゃ?ワシの企み一つ暴けぬ上、ワシのプリチーな恵体を狙うヘンタイさんの上、ワシのような童一人モノに出来ぬとは。どれ一つとっても情けないのじゃ~」
「……そんなことより奪った魂を返して貰おうか。当然持っているのだろう、彼らの魂を」
そこまで聞くと少女は、凄くツマラナサそうに、こう宣った。
「ああそうじゃったの。そういう約束じゃったの。ならばもう答えは目の前じゃ。じゃが足元とも言うかの」
ただしワシの足元じゃがな、と少女は付け加えて。それまで何の役割も無くブラリブラブラと振るっていた足で、座っている氷柱をコツンコツンッと叩いて見せる。
目を凝らすと、その氷の柱の中に魂があった。白い気泡も多く内包されていて見えづらいが、確かにそこに御目当ての魂達があった。しかしその中に一つだけ。一人だけ。御目通しの中に居て目に留まる人物が居た。目の上の瘤とも、目下の黒幕とも言える目の敵。正しく女将だった。
目に物見せて白目を剥かせ、罰は目の前だと知らしめたかった相手だが、肉体ごと氷漬けにされている。…例え解凍したとしても女将の目は白のまま黒くなることはないだろう。
もしや他二本の氷柱にも何か入っているのではと目を呉れる。そしてその予感は当たった。母達の護衛を頼んだはずの二人が入っている。丁度あの少女が座っている柱に向けて、駆け出そうと身体を傾けたその姿勢のまま凍っている。
「…殺したのか、三人も?」
「ウヌは見ればわかることまで訊くのじゃな。そこがヨッワーい想像力の限界とも言えるがの。さて、そんなジャコ頭のウヌはどこから聞きたいのじゃ?」
「殺した動機」
「そうじゃの~。…ワシはもともと住んでいた里を抜け出して放浪しとったワンパク娘での。いろいろと旅する中でこの旅館に行きついたのじゃ。それから契約を結んでの。この旅館に住まわせてもらう代わりに旅館を守っていたのじゃ」
「なら何故ここの旅館に怪異を呼び寄せた?他の怪異を呼び寄せるだけの力を持つ程強力な怪異は君以外にないだろう。座敷童、いや雪女」
そこで漸くピクリと、片眉だけだが反応した。
「まったく、ウヌはせっかちじゃの~。そんなんではモテないのじゃぞ。…しかしよく分かったの。ワシが座敷童としてこの旅館に居た雪女だと」
「女将は座敷童が居ると言っていたが、本当に居たらこんな不幸なことは起こらない。居なくなったことを隠している可能性もあったが、それにしては呑気が過ぎる。雪女というのはただカマかけただけだ。ここまで強力な怪異ならかなり有名で、さらに凍らせる女の怪異となれば真っ先に思いつく。……さ、続きを話してくれ。何故殺したのか、何故怪異を呼び寄せたのか、何故契約は履行されなかったのか」
少女はそこまで聞くと今度は愉快そうに話し始めた。。
「まったく、ウヌはわかりやすいの~。…さて、話を戻すとするかの。ワシは契約どおりここの女将の悪徳に力を貸しておったのじゃ。ここの旅館では権力者や裏社会の人間に対して攫った人間を売り渡すことで色々と優遇してもらっててのう。そしてつい先日、人とも怪異とも思えぬ奇妙な気配が近づいてきてのう。追い払うためにも、近くの崖で車を滑らせ事故を起こしたのじゃ」
「崖で事故?まさかソウ先輩が死ぬことになったあの事故か?」
「そのソウ?とやらはわからぬが、わっぱが一人死におったわ。ウヌが避けたせいで無駄にな」
何と言う事だ。雪女はアベンジャーズの仇というだけでなく、ソウ先輩の仇でもあった。それと名も知らぬトラック運転手の仇でも。
「あのときのウヌは笑いものじゃったぞ。まず一人で逃げるものだからな。あげく少女の欲望を利用し、手助けのフリをして自らの手駒とするとは。ここで聞かせてもらったとおり、ウヌの言ったとおりじゃった。ウヌの自己中心的なクズさはなにも変わってはおらん。ウヌの友達とやらを助けるときもそうじゃ。どう見られるかを気にして助けようとせぬ。ウヌの側にいた霊とどんな会話をしておったかわからぬが、それでも言われなければ動こうとせぬ」
ハッキリと告げられたその言葉に私は退避ろいでしまう。
「ウヌはだれかと関わるとき、自分が上でないと気が済まないのじゃろう。そこはどれだけ誤魔化しても誤魔化しきれぬ人の性じゃ。じゃからそんな力を持ってしまったのじゃ。…そうそう話を戻すとの。女将の趣味で飼っていた霧使いの悪霊を放てばドサクサに紛れてウヌラを殺れると思ったのじゃ。事実そこの人間のフリをした怪異二匹は殺せたのじゃがな。怯えよった女将がこの旅館を捨てて逃げると言い出したのじゃ。…じゃがこれはのう、契約違反じゃ。そうは思わぬかえ?」
思わない。悪霊を解き放つ方が旅館を守ることを放棄したと思える。しかしこの雪女はそう思わなかった。怪異と取引を行う人間が陥りやすいミスだ。怪異は怪異の判断基準がある。人間が人間の尺度でしか考えられないように、怪異もその怪異の尺度でしか考えられない。
だがもし本当に尺度が不変であるならば、私の考え方も一生変わらないのではないか。真由ちゃんは変わろうとしていると言ってくれたけれど、それだけだ。この雪女が言うように私は変わっていないし、変われないのかもしれない。
「ぬ、黙ったままかの。…まぁよい。遺言は聞き飽きたからのう」
遺言。その不吉な言葉から、彼女がこれから何をするのか想像が付いた。このことに気付くか気付く前か、自分でも分からない内にそこから飛び退く。
遅れて氷の壁が出現した。
「なんじゃ、避けよったか」
急な運動に身体が対応しきれず、心臓が早鐘を打ち始める。テセウスの死体が使えない今、私の身体だけで運動をしなければならない。しかし私の心臓は弱い。長時間心拍数を上げ過ぎていると、限界に達し止まってしまう。それまでに片を付けなければならない。
「君から話始めておきながら、私を口封じする気か?」
「のじゃ?口封じなどではないのじゃ。…なに、チョットした慈善事業じゃよ」
本気でそう思い込んでいるのか、彼女は屈託無く笑った。
「ワシはこれから人間社会とやらを観光しに行こうと思うのじゃが、そこにウヌのようなクズがいたら困るじゃろう。じゃから殺すのじゃ」
それは自分勝手な暴論だった。自らの利益の為に人を殺す。だがあの少女にしてみれば人間の事情など関係無いのだろう。異種族に対して同族意識を抱くことは無い。どんな存在だろうとそれは変わらないはずだ。それこそ雪女であろうとも。
ならば彼女は、ただ当たり前に生きているだけだ。ただ当たり前に生きて、当たり前に害獣を潰し、当たり前に益獣を愛でる。
「一つ訊いていいか?」
「よいのじゃ、なんでも訊くがよいぞ」
「……探偵やその助手、君の所為で死んだ霊とか私位の年の子とか、今生き残っている人達はどうするの?」
私の質問に、雪女はこれまた嬉しそうに答えた。
「殺すのじゃ。能力を配って回る怪異なんぞと契約した子は問題児じゃし、なにより危険なのじゃ。探偵は弱っているとは言え、古の影の神なんぞ連れてワシの縄張りを荒らしたのが気に食わん。霊とやらは……興味もないし放っておいてもよいが、ウヌの手駒になったのじゃ。ついでに殺しておこうかの。他の客はどうでもいいのじゃ。死んでいても生きていても同じじゃし、放置するのじゃ」
どうやらこの女を倒さなければ真由ちゃん達が死んでしまうようだ。ならば私は彼女を殺さなければならない。
結局の所。彼女は怪異で、私は人間だ。今まで通り怪異を消すのは当然の摂理だった。しかし今回だけは少し違う。今までの害獣を消す理由が自分自身の為だけだとしたら、今回は真由ちゃんの為でもある。折角助けた命が潰されては、私の労力が無駄になるとか。私のモノに手を出されて腹が立ったとかではなく。私は真由ちゃんに死んで欲しくないという、私自身に何一つ関係の無い事柄の為に戦おうと考えている。
「なんじゃなんじゃ?ウヌも人の生き死にが気になるのじゃ?そんなわけなかろう。ウヌが気にするのはただ一つ。ウヌ自身の損得じゃ。それはソヤツラの中に死んでは困るモノがおったからなのじゃ??手駒としたヤツラかの?それともコッソリ乳繰り合っていたあの子かの?気になるの~。気になるの~。ウヌのようなクズに目を付けられたとあっては、その子にとっても災難じゃったがの~」
「ベラベラと話の長い奴だ。決めつけがましいし、言い方がババ臭いし。……年を取ると皆そうなるのか?」
そう言い切る前には既に、柱と言うべきサイズの氷が投げられていた。
テセウスの死体に傷を移せない為、筋繊維断裂の超パワーを今ここで使うとその部位が使えなくなる。この戦いでその隙を晒す危険は冒せない。だからこそ妄執の老紳士が持つ魔の手を足から出し後ろへ跳ぶ。それと同時にアベンジャーズの霧で姿を隠す。
「逃げ足の速いヤツじゃの。じゃが、この場からは逃がさん」
そう言うと雪女はこの駐車場を囲うように、円形の氷壁を作り出した。瞬きより早い時間で行われた絶技により、外界と断絶される。当然そんなことをしなくとも私は雪女と戦う気でいたが、彼女にとっては私など直ぐに逃げ出すような存在だと思われていたのだろう。舐めやがって。
そうして私がいきり立っている間、いつの間にか雪女は氷柱から降りていた。細く可愛らしい二本の足でアスファルトの上に立ち、目を閉じて瞑想している。そして目を開け此方を指差しこう言った。
「そこじゃな」
それが聞こえるや否や、足元から氷が上って来た。靴の中だと言うのに母趾の付け根まで凍り付いた感触がする。無理やり引き剝がそうとすると、足ごと持っていかれそうになった。
仕方なく一度老紳士を外に出し、逃亡阻止の呪いを発動させることで疑似的な転移を成功させ、何とか氷から逃れることが出来た。しかし足に付いた氷はそのままだった。少なくともこの戦いの中ではこの足を使うことが出来ないだろうと想像出来る。
ジッとしていてはまた凍らされる可能性がある為、動き回ることにした。序でに攪乱として霧に私自身を投影する。私と三体の幻影がほぼ同時にその場から飛び退き、弧を描くように雪女へと接近する。
「ウヌは少し、ワシのことを低く見過ぎているのじゃな。飛び出た四体の中で一体だけ遅れて飛び出たモノがおる」
雪女は幻影の内、一体だけを指差しながらそう言った。
「しかしそれはフェイクじゃ。足跡の幻影も作り出せるとは驚きじゃがの。それでも素早く動いたときにできる風が、霧によって浮彫になっておるのじゃ。幻影にはできない風がの。じゃから実際の位置はそこじゃ」
そして彼女はその指先を何も無い場所に向けた。
当然この場合の何も無いと言うのは文字通り何も無いことだ。その位置には何も無い。私は勿論、私の姿をした幻影すら無い。何故なら、抑々の判断基準としている浮彫になった風───それすらも私が見せている幻影なのだから。
実際の位置はそれよりも一歩後ろだ。この位置からならどんな動きにだって対応出来る。さらには雪女に対してかなり接近しかけている。もう少しで直接攻撃出来るようになるだろう。
しかしそれでもまだ雪女は、
「やはりウヌはワシのことを低く見過ぎておるのじゃ」
と言ってみせた。さらに雪女は、徐に指差していた手を解いてもう片方の手と掌で合わせる。
直後、世界が白く光った。否、光ったと言うのは私の勘違いだろう。実際に何が起こったのか、それは意識を飛ばしてしまった私には分からないことだ。だが推測は出来る。辺り一面が雪女に靡くように氷柱が出来ていたことから、彼女が冷気を衝撃波のように叩き付けたことが分かる。
「じゃから言ったのじゃ。ワシを低く見過ぎておると───のじゃ?ウヌの位置が思っていた場所と違うの。もしやあの霧の動きも幻影か。ならばワシも、ウヌのことを少し低く見過ぎておったのやもしれぬ。もっとも、この程度の策でどうにかなるようなワシでもないのじゃがな」
雪女が歩みを進める。
先程の一撃で霧が消え去り、視界が澄み切ってしまっていた。空が青く地面が白い中で、その何方の色も含む雪女の存在だけが網膜に焼き付く。鳴らす足音が鼓膜を揺らす。それは正に、白く美しい死神の様だった。
不覚にも私はそう思ってしまう。
だからと言って、生きることを諦める理由にはならない。当然最期まで足掻く。
地面経由で魔の手を四方へと分散し、霊力を込めた石などを掴み投げつける。しかしそれらは雪女へ届く事はなく、目にも止まらぬ早さで地面から生えた氷柱によって貫かれ、凍り付き、空中に静止する。
「のじゃ?まだ諦めておらぬのじゃ?」
雪女が驚いたように呟く。
それでも死神の足音が止まることはない。
魔の手の一本を引き寄せて呪いを発動する。本来逃げられなくする為に引き寄せる呪いが、疑似的な転移として利用されある怪異を手元に呼び戻す。それは一本の刀を持ち宙に浮かぶ平安貴族の姿───【神秘の番人】だった。回復した霊力量から考えるに精々三十秒程度しか活動することが出来ないだろう。
「ほぅ。オヌシは死水の封印の。しかし随分と弱っておるのじゃな。殺さぬよう対処するのが面倒なのじゃ」
雪女はその言葉とは裏腹に、私の身体がスッポリと収まりそうな程巨大な氷塊を投げてきた。
しかし【神秘の番人】は、
「斬る」
とだけ言って、その芸術的なまでに美しい刀で氷塊を両断し左右に散らす。彼はその勢いのまま前進し幾重もの攻撃を切断、或いは避けて雪女へと肉薄する。氷の刃を飛ばす技、氷の粒を飛ばす技、冷気を飛ばして凍らせる技、地面から生やした氷柱で貫く技、その氷柱を触手のように操る技、氷で武器を作り出す技。私を赤子のようにあしらった時には見せなかった沢山の技───それら全てがその一刀の下に両断された。
そして召喚から十三秒後、【神秘の番人】はその刀で以て雪女を断頭する。




