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第十九話 癒えたモノと言えたモノ


 旅館のある方角から、一人の少女が歩いてきた。そしてその少女は間違いなく真由ちゃんだった。


「匂いでわかったよ!愛寿夏ちゃん、とってもいい匂いだもん!」

「……お前はだれだ?こいつの仲間か?」

「ねえねえ愛寿夏ちゃん、もしかしてこいつらに襲われてるの?」

「聞けよ!」

「待って神影(みかげ)。様子がおかしい。今すぐ離れて」


 それは大して会話をしたことがない探偵にも分かるほど異様だった。纏っている雰囲気が違う。今までは年相応の無邪気な様相をしていたが、今では殺意を纏った修羅を感じさせる。


「助けてあげる」


 その声と共に真由ちゃんの手から青い炎が上がった。真由ちゃんはそのまま熱がる素振りも見せずに探偵と助手に向かって炎を投げつけた。


「くそっ!!」


 助手は素早く探偵に駆け寄り抱きかかえて回避する。しかし運悪く足に燃え移った炎は燃え盛ること無く、それでいて着実に助手の足を灰燼と化す。助手は手遅れになる前に自ら足を切り落とし再生させた。


「なにそれ?真由ちゃん前までそんなこと出来なかったじゃん。何なの、その炎は?」


 私が問うと彼女は嬉しそうに、そして自慢の如く掌に着火して魅せた。


「いいでしょ、この炎。【力配りおじさん】に貰ったの。霊力を燃料にして燃やす愛寿夏ちゃんの役に立つための力」

「【力配りおじさん】だって!!」

「知ってるの?探偵さん」

「有名な怪異だよ。どこからともなく現れて、力を欲している子どもたちに力を与える怪異。でも実態はちがう。与えるのは力だけじゃない。感情を増幅し暴走させる因子も埋め込む。いわばテロリスト製造機!この怪異のせいで何人犠牲になったことか!!」

「真由ちゃん…」


 彼女の身を案じ、思わず名前を零す。彼女を暴走させたくない。だが私に止める資格はあるのか。



 生きている限り、人の性格は変わる。良くも悪くも周りの環境から影響を受けるからだ。その上で洗脳による性格の変化は歪であり、自然な変化が望ましいとも。



 だが自然な変化って何だ。洗脳だって監禁という環境の変化、大差があるように思えない。では人の意思の介在か。それだって教育のようなものだ。誰しもが完成像を思い描いて整える。だからこそ私には彼女の変化を歪なものと判断し、強制的に戻す(変える)という選択が出来ない。



 私は保護者ではない。ましてや教育者でも調教者でもない。……ただの人格破綻者だ。


「……今までに四十九件の被害が報告されてる。そのうち三十件が廃人の後殺処分、四件が研究用に凍結封印、そして残りの十五件が捕獲できず死亡。あすかちゃんには悪いけど、あの子はもう助からない」

「…殺すってこと?」

「ずいぶんアッサリとしてるね。……そうだよ。被害が出る前に消すしかない」

「えぇー探偵さんが殺すの~?わたしまだ愛寿夏ちゃんの役に立ってないんだけどー」

「いくよ神影(みかげ)ちゃん!」

「ちっ、炎と影は相性が悪い。……久し振りに()忠実立(まめだ)ちを見す。いざ新嘗(にいなめ)せよ」


 探偵組と真由ちゃんの戦いが始まった。助手の影は真由ちゃんが炎を翳すだけで消されていく。ならば直接叩こうと近づいても炎に当たれば死に直結する。真由ちゃんが炎を放つ、ただそれっぽっちの行動で大きく離れざるを得ない。


『あ、あの、アッちゃん。その、見ているダケ、ですか?』

『……』


 その言葉に何も返すことが出来ない。事実私は見ているだけだ。確かに私は真由ちゃんに死んで欲しくない。だが私は心優しき者として、他者の変化を受け入れ、人を殺さずに生きてみたい。そのためにも彼女を代わりに処分してくれる者が必要だった。寧ろ丁度良い…。


『ナ、ナニ言ってンですか!?ヒトがッ!アッちゃんの大切なヒトが死にかけているンですよ!!ホントに心優しいなら助けに行くべきです!!』

『なら教えてよ、彼女の人格を私の都合で曲げる理由を』

『ああもう!分からず屋ですね!いい人とか、理由とか、関係ないンです!みんな影響しあっているンですよ!理由がなくちゃ関わり合えないンですか!?友達がダメな方向にいったら連れ戻します。自分がダメな方にいったら親が引き留めてくれます。ソウには家族も友達もいませんが、これだけはわかります。ただ漠然と受け入れるだけじゃなくて、ダメだと思ったらちゃんと引き留めてるンです!!』


 理由がなくてもいい。それはとても無責任なことだと思う。複雑なことを考えないようにした思考放棄だ。だがそれは、今の私と同じ。なりたいものと矛盾してはいけないからと、より外れたことをしている。



 それでも、真由ちゃんは助けたい。同じ思考放棄なら助けられる方がマシだ。


『ソウ先輩、私は今初めて心の底から頼もしい素敵な先輩として貴方のことを尊敬しています』

『ふふん。もっと尊敬してくれてもいいンですよ。…………ん?初めて?なら今まではどう思っていたンですか?』






 探偵達は未だに戦いを続けている。これも仕方のないことだろう。炎は明るく影を消す。霊力を燃料とする性質から、肉体という万能の鎧を持たない怪異に対する強力な特効。寧ろ死んでいないことの方が讃えられるべきだろう。



 真由ちゃんを蝕むモノを除去する方法───それは徴収特権(ドミネーター)を行使することだ。だがこれにも一つ欠点がある。それは対象を五割以上の確率で殺せる状況にないと支配出来ないことだ。つまり殺そうとすれば邪魔が入る状況や逃げられてしまう状況では私の方が強くても支配出来ない。先ほどから真由ちゃんに行使しているものの、支配下に置けないのはこのためだろう。


「探偵さん、覚悟を決めたから協力しない?その代わり止めは私に刺させて」

童女(わらはめ)()()に従う」

「……なら組も!神影(みかげ)ちゃんだと相性が悪いから援護に回って!」


 これにより状況が整った。邪魔が入らないなら確実に殺せる。だが───


「え?愛寿夏ちゃん?ウソだよね?わたしこんなに役に立って……ああそっか。あなた愛寿夏ちゃんじゃないのね!なら愛寿夏ちゃんの偽物は殺さなきゃ!醜い偽物は!!この世にいちゃいけないの!!!」


 私の言葉を聞いた真由ちゃんが発狂し、出鱈目に暴れ出す。真由ちゃんは残りの体力も考えず、所構わずに火を放出しだしたのだ。探偵達は炎から身を守るため木々の後ろに隠れた。


「あすかちゃん危ない!!」


 私に向かう炎を見て、探偵達が声を掛ける。しかし私は隠れない。その上老紳士の憑依を解き、生身で走り出した。だが問題ない。この炎は霊力だけを燃料にする。物体をすり抜けないことは確認済みだ。唯一の懸念点として生身から薄っすらと漏れ出す霊力が存在するが、徴収特権(ドミネーター)を使えば完全に漏らさないことが出来る。



 炎はすり抜けることなく私の肌を撫で、後方へと吹かれていった。そのまま足に力を入れ、一歩の元に距離を打破し真由ちゃんを抱きしめる。


「ごめんね」

「…うん。だいじょぶ」


 伝える必要のない謝罪。完全なる自己満足の言葉を囁いてから力を発動する。

 さぁ、やって見せろよ徴収特権(ドミネーター)不正(チート)らしく、前人未到・不能の難題を奇跡でなく、百回やって百回同じ結末へと至る技術で以て帰趨させよ。



 幼い少女の肢体を力で染め上げ、肉体と精神を会得する。意識では動かせないことでさえ、無窮自在に操れる。その事実が私に嫌な高揚を抱かせる。だがこれは引き留めるための処置だ。感情を暴走させる因子を取り除いて直ぐ支配を解く。


「大丈夫?真由ちゃん」

「う、うぅ……」


 真由ちゃんの意識がない。際限無く感情を増幅させられたせいだ。休ませるためにも今はそっとしておこう。兎も角、因子を破壊したことにより、湧き上がる感情の原動力は失われた。しかし増幅された分は残っている。強く思い続ける理由が消えたため、軈て元の状態に戻るだろう。

 そしてこの一連の行動を見ていた探偵達が武器を収めて困惑している。


「どういうこと?約束と違う。(あさひ)、どうなったの?」

「あ、戻ってたね神影(みかげ)ちゃん。いや~、それがさ~、よくわかんないんだよね。あすかたんがさ、殺すしかないってなって覚悟決めたと思ったのに、わたしたち無視して突っ込んじゃったの。そしたらなんか元に戻った」

「よくわかんないんだが」

「よくわかってないから」


 お互いに闘志が薄れていったため、停戦する。真由ちゃんをソウ先輩に預けて事情を話した。ここまでの会話で探偵達が悪い人ではないと分かったからだ。お互いが持っている情報を擦り合わせていくことで様々なことが分かった。



 まず真っ二つにされた東山(けい)は寝ている間に、東山弟切(おとぎり)の手によって【ワンホール】を使った切断をされたそうだ。弟切(おとぎり)は兄に劣等感があり、それが爆発したらしい。ただ奇妙なのはそれが唐突に爆発したことだ。今までは多少気にしていた程度で殺そうと思ったことはないらしい。だが彼の証言はもう得られない。彼は頭部だけになって発見された。あのスタッフが運んでいた頭だ。



 それ以外にも逃げ続けた北山が全身を穴だらけになって発見されたことや、トイレで血塗れの南山が発見されたこと、西山が自室内において頭部を斧で割られたことが分かった。北山と弟切(おとぎり)だけ例の文言がなかったそうだが、これによりヤクザは全滅した。彼らには悪いが、これで被害が収まるというなら良い犠牲だったと言えるだろう。


「あれ、ここは」


 真由ちゃんの意識が戻った。探偵達と共に急いで駆け寄る。


「真由ちゃんは悪い怪異におかしくされてたんだよ。その怪異の呪いは消したからこれ以上の悪化はないいけど、それでも記憶とかは残ってるし性格にも影響があるかも。それにね、私は真由ちゃんに謝らないといけないことが───」

「あ!!!思い出した!!今旅館が大変なことになってるの!!祓い屋さんがテレビに飲み込まれちゃって!ないはずの四階があったり蛇口から血が流れてきたりしてて!!それで愛寿夏ちゃんを呼ぼうと探したの!!おねがい助けて!!」


 探偵達と互いに顔を見合わせ頷く。


「探偵さん、私のソウ先輩を連れてって。ソウ先輩を通じて情報共有出来るから」


 ソウ先輩の霊体を助手に抱えさせる。助手は右手に探偵、左手にソウ先輩を抱えて走り出した。


「真由ちゃんはここに居て。私が旅館に居る怪異を片付けてくるから」

「待って!わたしもいっしょに行く。いまのわたしなら戦えるでしょ。ダイジョブ、今度は役に立ってみせるから」


 真由ちゃんは笑顔でそう言ってみせた。さっきまでは意識も無かったが、今はしっかりと両足で地面に立っている。これまでは真由ちゃんを危険から遠ざけるために置いった。しかしその結果として真由ちゃんは怪異に襲われて戻って来た。何処に居ても襲われるというなら、私の隣が一番守れる。


「分かった。離れないでね」

「うん、もちろん」






 旅館の中に突入後、一気に階段を駆け上がり最上階であるはずの三階に到達する。しかし階段はまだ階が存在することを指し示していた。上りきると『404』と書かれた部屋が一つだけ設置されていることが分かる。


「真由ちゃん、焼いて」

「わかった」


 真由ちゃんの指先に灯った火が開いた扉の先に打ち出される。中央で弾けた火花が瞬く間に烈火となり燃え広がる。怪異によって一時的に増設された四階は、猛火に映し出された陽炎のように消え去った。


「次、テレビに攫われた人の対処するよ。どんな状態だった?」

「えっとね、テレビの近くに立っていたら電源が勝手についちゃったの。そこから女の人の霊が出てきて引きずり込んじゃったんだ」


 近くにあった部屋に押し入りテレビの前に立つ。するとコンセントにプラグを差し込んですらいないのに電源が付いた。ザーザーと鳴り響く砂嵐が暗い部屋の中で眩しく光る。ジッと見つめていると中に人が居ることに気付いた。その人は髪の長い女性で白いワンピースを着ていた。彼女は画面中央から歩いて近づき、画面に手を伸ばす。すると画面から直接手が伸びたため、徴収特権(ドミネーター)で支配下に置く。


「この怪異は電波の中に住まう霊で特に危険性はないみたい。記憶を覗いた限り、先に人を引きずり込むことを優先したから襲われた人もまだ生きてる。寧ろこの怪異の手中に置いた方が他の怪異に手出しされなくて安全かも。残った客も襲って入れよう」

「わかったよ愛寿夏ちゃん。それで他の怪異たちはどうする?まとめて焼く?」

「そうだね、今探偵さん達も一掃してるから雑魚は相手しなくてもいいと思う。だから黒幕を狙う」

「黒幕?」


 そもそもこれはヤクザへの復讐から始まったものなどではない。最初の犠牲者がヤクザだった故の勘違い。処刑対象はヤクザ全員ではなく旅館の客全員、本当に復讐したかったのはこの旅館だ。だからこそヤクザが全滅しても霧が晴れなかった。そして心当たりある黒幕だけがそのことに気付いた。黒幕はこのことを隠蔽するため、大量の怪異を呼び込み客を鏖殺しようとした。これらの犯人像から考えるに黒幕の正体は女将だ。怪異の対処をしながら、探偵と相談し考えた推理を多少ボカしながら真由ちゃんに伝える。


「そっか。女将さんを止めればこれ以上怪異が増えずに済むんだね」

「そう。それに女将を餌にこの霧を出している怪異を誘き寄せられる。そしたらこの旅館を出られるようになるよ」

「でも女将さんってどこにいるの?」


 問題はそれだ。この旅館の中で女将の姿は見かけなかった。当然怪異から逃れられる場所に居るのは間違いない。受付や女将の書斎を覗いたが、この屋敷の図面は無し。権利書の類も無かったため、普段から肌身離さず持ち歩いている可能性がある。


「お手上げかな。抜け道でもない限りこの旅館の敷地内に居ることは間違いないんだけどね」

「そっか~」

「それよりさ、さっきの続きなんだけど……謝らせて。本当にごめん。いや、ごめんじゃ済まされない」

「え!?え!?なんのこと!?なんのこと!?わたしわかんないけど気にしてないよ!?」


 床に諸手を差し出し、頭を擦り付け土下座する。


「私は真由ちゃんを助けるためと言って操ったの。私はこの力を人に向けて使いたくなかった。勿論襲い掛かって来た人や怪異になった人は別だけど、それでも何の落ち度もない真由ちゃんに対して使っちゃった」


 そのルールは私の夢の為だった。矜持でも規則でもない、ただの利己的な拘り。


「私はクズで最低な人間だよ。だから少しでも心優しくありたいって思って、優しい振りをしていたんだ。けど中身は変わってない。自分の為なら家族でさえ殺せるような悪人───」

「ちがう!!ちがうよ!!愛寿夏ちゃんは最低なんかじゃない!ずっとわたしを守ってくれたもん!愛寿夏ちゃんは変わろうとしてるんでしょ!そんなこと言うならわたしが見ててあげる!悪いことしないようずっとね!」


 真由ちゃんは涙ぐんだ表情ながら、その瞳に確かな光が宿っていた。濡れても輝きを失わない双眸は私にとって太陽よりも眩しく思えた。いつまでもこの光に照らされるというのならば、私はきっと大丈夫だろう。人の道を踏み外さずに夢へと歩いて行ける。そんな未来を思い描けた。




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