第十八話 温泉怪奇殺人旅館その二日目
夜を跨いで朝になった。貰った朝食を食べて玄関帳場に集まる。そこでは一晩経って冷静になった客が言い争っていた。
「だから帰るって!俺はもうこんなとこ居たくねぇ!話が通じねぇなら勝手に帰らせてもらうぞ!」
「お、お客様困ります!」
女将の制止を振り切りヤクザの北山が走り出す。霧に包まれた外へ出て五秒と経たずに戻って来た。
「あ!?なんでお前らがいやがる!?」
「その、混乱させてはいけないと思い伝えていなかったが、俺たちはこの旅館から離れられない」
「なんだと!!」
今になって刑事が重要な情報を明かす。気付いたのは何時頃だろうか。少なくとも外部への連絡は出来ていた。出なければソウ先輩について調べることが出来ない。だとすると一向に警察が来なかったからか。一晩経っても警察が来た様子がない。だとすると外部からの助けも期待出来なさそうだ。
「くそっ!どうしてくれんだよ!いつどこで襲われるかわかんねぇのによ!刑事は頼りねぇし、探偵は無能だし…………そうだ!俺が犯人見つけりゃいいんだ!待ってろよ!!すぐぶっ殺してやっからよ!!!」
「あ、ちょっと北山さん!」
何かに閃いた北山が旅館の中を走り回り始めた。今居る人達は他人に構う余裕がないため放置される。
「そんなことより次どうする~?見つからないしもうお手上げじゃん」
「そうだな……狙われている人が分かっているならそいつらの近くで見張っていればいい。北山さんは後で回収するとして、残りの人は自室で待機だ。一般人には迷惑かけるが協力してくれ、頼む」
一般客は頭を下げた刑事に渋々従い部屋に戻る。私も連れていかれそうになったため、咄嗟に老紳士入りの増殖鬼を放っておく。
部屋に戻った私はこの時間も自由に活動するための工作を開始した。
『ソウ先輩、私の演技って出来る?』
『記憶にあるような喋り方であればできますよ』
『なら私の肉体を直接動かして演技して。私は意識だけ飛ばして探索を進めるから』
『わかりましたー!』
返事を聞くや否や意識だけを妄執の老紳士に飛ばし増殖鬼の肉体を操る。この状態では戦闘力が皆無だが、妄執の老紳士は人の頭を握りつぶせる程の握力を持つ。弱体化しているとは言え余程の脅威でなければ問題ないだろう。
それに加えいざという時は【神秘の番人】も呼べる。老紳士の逃亡阻止の呪いは、使い方次第で疑似的な転移に出来る。今は充電中であるため呼べて三十秒程度だろうが、三十秒もあれば並みの怪異は屠れるはずだ。
背中から老紳士の魔の手を出し、天井を這い寄る。目的地はヤクザの集まっている部屋だ。客室名簿を盗み見た結果、彼らは二人一組で部屋をとっていることが分かった。集まっているとしたらそのどれかだろう。
まずは第一被害者である中山と西山の部屋からだ。誰もいない。気にせず次の部屋に行く。
次の部屋は東山兄弟が宿泊している部屋だ。中には……誰もいない。ただ布団の上に死体が置いてあり、壁には公衆浴場の血文字と同じ文言が血で書かれている。見た所兄の死体だろう。腕を切り落とされた上、へその位置で上半身と下半身が両断されている。近づいてみるとそれ以外の外傷が存在しないことが分かった。
さらに奇妙なことにその死体の上半身は暴れ回った痕跡があるのに下半身は綺麗に整えられているのだ。まるで両断されて初めて、そのことに気付いた上半身がもがき苦しんだかのように思える。腕を切り落とされた後、抵抗の末腹を両断された───そう考えるには下半身が歪すぎる。
わざわざ殺した後に腕を切り落としてそれを放置する。これは有り得ない。何らかの意図を以て切ったのならば放置はしない。つまり腕を切ったのは偶然。そして腕を真っ直ぐ伸ばした際は丁度腹と同じ位置に切断痕が来る上、似た切れ方をしている。よって彼は気を付けの姿勢のまま一刀両断、そしてすぐ暴れ始めた───と考えられる。
寝ている間なら出来るだろう。となると同じ部屋で寝ていた弟の方が怪しい。当然今頃は探偵達が推理して暴き始めているかもしれない。気になる推理ショーを見たいがために私は足を速めて次の部屋へと赴いた。
しかしヤクザ達の客室全てを見て回ったがどこにも人が居なかった。これは刑事の部屋で集合しているのかもしれないと思い階段へ向かった際、一つの足音が聞こえた。現在一般客は個室に籠っているはず、ヤクザ達は集団行動のため一人はない。だとすると旅館のスタッフか。
今の私の肉体は怪異である。霊感が無ければ怪異の姿は見えないため、横を通っても気付かれない可能性がある。とは言え一度でも見つかると面倒くさい。ここは静かに隠れて通り過ぎることを待つか。
───ギシッギシッ。
ギシッギシッと音を鳴らしながら件のスタッフは近づいてくる。音の大きさからして角の向こうか。やけにゆっくりと歩くなと思いつつも通り過ぎるのを待つ。
───ギシッギシッ。
感覚として四半刻が過ぎた。未だ姿さえ見えない。
───ギシッギシッ。
廊下の角から何かが見えた。明かりが届かずよく見えないが、恐らくスタッフだろう。お膳でボールのような丸い何かを運んでいる。
───ギシッギシッ。
明かりが女性スタッフを照らした。お膳で運んでいるナニカの正体が分かった。あれは人の頭だった。その頭はヤクザ組の一人、東山弟切だった。兄殺しの犯人かと思っていたが、既に殺されていた。未だスタッフは歩みを止めない。彼女は今、自分がナニを運んでいるのか分かっているのだろうか。心なしか虚ろな瞳のまま頭部を運ぶ彼女は、隠れた私の前を通り過ぎていった。
当初の予定通り、過ぎ去ったことを喜ぶべきだろうか。とは言え、あれを止めてしまえば私が見つかる可能性が増える。どうしたものかと悩んでいると遠くから足音がした。
「おい!弟切いるか!?」
「くそっ!どこ行ったんだあいつ!!」
「窓だよ!トイレの窓が破られてた!」
彼らはドタドタと目の前を通り過ぎて女性スタッフに追いつく。
「仕事中にすまない。ここで弟切を見なかったか?彼らと同じ入れ墨をしているのだが」
刑事の声掛けに彼女が止まり、そして振り向く。
「「「「!?」」」」
「…そうか、てめぇが可愛か!!!」
「待て!憑依霊の反応がない。こいつは操られているだけだ」
「はぁ!!自分の手は汚さず裏から操るなんて!!きたねぇぞ!!可愛!!」
ソウ先輩の風評被害が拡大したものの、今この体で見つかると勘違いされてしまうかもしれない。ここは残念だが逃げて置こう。
逃げた先は真由ちゃんが居る部屋だった。理由は明白。真由ちゃんの護衛となる存在が居ないのであれば、私自身が護衛になればいい。そう考えたからだ。実際推理は行き詰っているし、探偵達は勘が鋭いから近づけない。探偵達に任せていれば、襲われても心配ない。と思っていた矢先、弟切が死んだ。命に優先順位など付けたくないが、真由ちゃんが殺される方がきっと悲しい。
『あ、あの、ア、アッちゃん。ま、ままま、マズイです。バレッ、バッ、バレま、バレました』
『何で!?』
『た、探偵です。探偵が突然入ってきて………フツウに…会話したら……フツウに…バレました』
おのれ探偵め。完璧に私の行動を憶え演じたはずなのに見抜くとは。私は真由ちゃんの護衛という任務があるが、流石に本体を放棄するわけにはいかない。
『今どこ?』
『え、えっと今は護衛さんたちに逃がしてもらって、近くの倉庫に入りました』
近くの倉庫と言えばあそこか。行くにしても今探偵は何処に居るか分からない。この小さな体ならば気付かれずに行動出来るだろうか。いや、直ぐにでも本体の場所に行く必要がある。誰にも見られていない場所なら最悪、武力を行使すればいい。
そう考えると直ぐに近くの窓から飛び降り、倉庫を目指した。
倉庫の近くの茂みに彼女は居た。私の本体だ。合流し意識を本体に戻す。急激に変わった視界に少しだけ違和感を覚えたが、直ぐに戻った。これなら戦闘は出来るだろう。
「うん、やっぱりこの肉体が一番よく馴染む。普段使いしてるからかな。……ねぇ、お姉さん達もそうは思わない?」
「なんだー、バレてたかー」
如何にもな棒読みで返事をしたのは探偵だった。倉庫の影から出てきた彼女の側には助手まで控えている。
「やってくれたね。お陰様で私のママは悲しみに明け暮れてたりしないかな?」
「どの口が…」
「まあまあ、落ち着いて神影ちゃん」
今にも飛び掛かってきそうな助手を探偵が抑える。
「にしてもお姉さんってホントに賢かったんだね。ビックリ」
「まっ、これでも探偵だからね。わかっちゃうんだよね~、会話の違和感。なんか喋り方が変わったしさー、カマかけたらすぐゲロっちゃうしー。なんかこう、バカになっちゃった感じ」
『え?、バ?、え?、そんなに?』
『気にしないで。ソウ先輩にはソウ先輩のいいとこがある』
『え?否定トカ、否定トカは…………しないンですね』
記憶力だけでは乗り越えられなかった壁を感じる。
「まーそれは違和感だけだけど。確信はあれかな、人の顔見分けられなかったこと。ほらー、その体ってさ、先天性白皮症じゃん。アルビノって言えば伝わるかな?そんでアルビノの人って弱視も誘発されてることが多いんだ。常にサングラスしてるあすかちゃんはほぼ確でそうでしょ。あすかちゃんは式神かなにかと視界を共有できるからー、その中に霊力で周りを見れる子がいたら近づかなくても見分けられるよね。だけど演じてた子にはそれができなかった。当たりかな?」
流石の名探偵だ。確かに私は黒口腔の感知を利用して顔を見分けている。
「まさかそこまで見破れるとはね。シャーロックって名乗っていいよ」
「ごめん、もう名乗ってる」
探偵は両手を合わせて上に挙げた後、頭を下げて謝った。しかし感じ取れる申し訳ない要素が皆無であったため逆に腹が立った。
「それで、お前の目的は?宿の人間皆殺しにするとかか」
助手が真正面から聞いてきた。返答次第では此方を排除しようと考えていそうだ。全て正直に話すべきか、不意打ちの暴力で決めるべきか。悩んでいた時、同盟を組むことが頭に過った。しかし自己の不利益を許容してまで他者を救える人は少ない。念のため心理テストをしよう。
「……もし誰も見ていない田舎で、弱そうな強盗がさらに弱そうな他人から金品を殺して奪おうとしていたら、君達はどうする?やはり強盗が奪った後に強盗から奪うのか?」
「くっ、お前敵か!」
正面から突進して来た助手の攻撃を避けつつ、手元に疑似召喚した黒口腔で右腕を奪う。しかし答える前に敵と認定されるとは。質問するタイミングを少し間違えたかもしれない。
「神影!!」
「へっ、安いもんだ。腕の一本ぐらい」
「……時折、創作の世界において、片腕を欠損したはずなのに平気で戦闘継続する奴が居る。だが現実ではそう上手くいかない。まず多大な質量の喪失により重心が変わる。歩くことすら儘ならないはずだ。それに加え大量出血で意識障害、呼吸困難が引き起こされる。人間なら直ぐに手当をするべき重症だ。それでもまだやるか?」
黒口腔に奪った右腕を食べさせ、霊力を高める。
「まだだ!!」
助手は残った左腕を自分の影に突っ込んだ。するとその影の中から黒い槍が数本飛び出してきた。私はテセウスの死体を使った高速移動で横に飛び退き回避する。一先ず憑依させた老紳士の魔の手を、出せる限界本数である四本まで、背中から出して周りの木々を掴み空中に静止した。
『ソウ先輩、周りの監視をお願い』
『は、はいい』
木々に移った後、此方から攻撃をしないことを悟ると、助手は失くした右腕に霊力を籠めて再生させた。
「おいおいそりゃずりーだろー。お前だけ複数能力持ちか」
「相性が重要なこの世界で、対策をしない方が悪いと思うのは私だけか?」
お前”だけ”、と言ったことから助手は一つしか能力がないだろう。隠し持っている可能性もあるが、恐らくさっきの影だ。影から槍を作る?いや、それなら私の足元から直接出さない理由がない。相当近くか触れていないと駄目とかか。別に槍じゃなくても形作れる可能性もある。
「触れた影を操れる能力か」
「クソッ、これだから頭のいい連中は。一回しか見せてないだろ」
「ダイジョブだよ神影ちゃん。落ち着いて対処すれば策は見える!」
落ち着いて対処すれば策は見える、か。それは此方も同じこと。影を畏れず迹を悪まなければ、進むべき道は見えてくる。その道の先にある勝利という光だけが、助手に影が差すか、助手の影が刺すかを決められる。
先手を取ったのは此方だ。木々を掴む魔の手を放し、地面に着地する。それを追ってきた助手に対し、周囲の木々を引き抜き投げつける。一瞬彼女は避けようとしたものの、直線状に探偵が居ることを思い出して追撃の構えに入った。助手は自らの影から取り出した剣で大木を切り裂いた。周囲の木を消費しつくしたことで、攻撃を止めた隙に持っていた剣を投擲してきた。
『疑似召喚・金属バット』
老紳士の逃亡阻止の呪いによる疑似転移と、増殖鬼の分身を使った装備の取り寄せ。装備の置かれた健二の家から適切な増殖鬼を呼べばそれに付属して道具も付いてくる。それがこの疑似召喚の仕組みだ。
魔の手の手元に取り寄せたバットで剣の刃が付いていない部位を押し、軌道をずらす。背後では轟音が鳴り響いたが、気にせず助手に向かっていく。助手の方も走って此方に近づいてきた。
バッドを投げて牽制に使う。後ろの探偵を守るため、避けることなく影から一本の槍を生成する。その後、槍を右手で持って左から右へと振り抜きバットを撃ち落とす。その隙に接近し、あと一メートルという所で、助手の左足元から影の槍を大量に出される。何とか助手の左側に回避したものの、追撃として右手の槍を投げられる。
そこでやっと助手の左足が牽制のためだけでなく、投擲のための踏み込みも兼用していたことを悟る。そしてこの一連の動作が次に繋がっていることに驚愕し反応が遅れる。
咄嗟に魔の手四本を使って槍を掴む。支えとなる手が無くなったため慣性に従い大きく吹き飛ばされ、飛んだ先の木に背中から叩き付けられた。滞空中に逸らしきれなかった槍が右胸を貫き、半分以上めり込み木に縫い付ける。
「なんだっけ?創作の世界ではなんちゃらこうちゃら。ヤリで胸を貫かれたら血は出るし、叩きつけられたら頭を打つ。人間なら救急車を呼んだ方がいい…死体?だったっけ?それともまだやるか?」
相手を煽るために言った言葉を、相手が煽るために言う。ここまで腹立たしいことはない。
私は怒りに任せて槍を押し込む。
「ウソでしょ。たしかに返しがついてるから押し込む方が効率的だけど……そこまでする?」
掴める部分が少なくなってきたため、そのまま立って槍から抜け出す。テセウスの死体を使って傷を転写し、右胸に空いた穴を塞ぐ。
「198グラム」
「は?」
「今空いた穴を塞ぐのに使った肉の量だ」
「…なにごちゃごちゃ言ってやがる。人間なら死ぬだろ。死んどけよ、人間だろ」
助手の声が僅かに震えていた。肉なんてキログラム単位で買えるこの時代、高々数百グラム程度の消費で致命傷を治せる。この事実が、まるで無限に復活出来る終わりのない敵と対峙していると錯覚させたはずだ。とは言え肉の量は有限。組み伏せられたら反撃出来ず、一方的に削り取られて終わるだろう。この戦い、何処かで戦略的撤退をする必要がある。
「あ!やっぱり愛寿夏ちゃんだ!」
「だれだ!?」
旅館のある方角から、一人の少女が歩いてきた。そしてその少女は間違いなく真由ちゃんだった。




