第十七話 温泉怪奇殺人旅館二泊三日
昼飯を食べ終えた午後、全員で観光をすることになった。
「ねえ愛寿夏、見てみて…ジャーンここの特産品、怪奇まんじゅう」
そう言って母が取り出したのは食べるとランダムに味が変わる饅頭だ。中には毒の味や命の危機を感じる味というものもあるが、害はないそうだ。何かの罰ゲームとして使えるかもしれない。買っておこう。
『え!?買うンですか!?ソウは奇抜な味記憶したくないです。どうか食べるのはソウが抜けてからにしてください』
ソウ先輩からの訴えを無視し一口摘まんでみる。奇妙なもので饅頭の食感なのに蜜柑のような味わいがする。
「お嬢様、普段から護衛として働いている我々にも何かご褒美があっても良いと思いませんか?」
「具体的にはここの店からお嬢様のセンスで下さると嬉しいのですが」
「そうね!愛寿夏、選んであげなさい」
母が見ている時に護衛二人がせがんで来た。母も選べと言っているのだから断ることは出来ない。だが私は控えめに言って贈り物のセンスがない。真由ちゃんも価格が高ければ好いと思って贈った物を捨てられてしまった。今回も私だけのセンスでは失敗するだろう。だが今は頼もしい味方が居る。一人で駄目なら聞けばいい。
『質問、普段から勤勉な部下に物を贈るなら何がいい?』
『ソ、ソウに聞くンですか!?贈ったことナンテないですよ!』
かなり慌てている様子だがしっかり考えてくれているのだろう。少しして答えてくれた。
『ならぬいぐるみでいいンじゃないでしょうか?ソウは嬉しかったですよ。父と母と一緒に行った遊園地で買ったンです。今でもぬいぐるみを見ると思い出します、あのときは仲良しだったのにって。でも過ぎちゃったことは仕方ないです。今度はアッちゃんたちと行きましょう』
遊園地へ行く約束を頭の片隅に入れつつ縫い包みを選ぶ。人に化けている存在だし狐と狸でいいだろう。
「ほぉ、俺がタヌキとはな。なかなかいい趣味してるな」
「単に腹が出ていることへの当てつけでしょう。それよりも何で俺がキツネなのか聞きたいですね」
「もう、そんなこと言って。……二人とも喜んでいるのを隠したいのよね、愛寿夏」
そうか、喜んでいるのか。物を贈って喜ばれるという経験はなかったが、それでも他人に良い影響を与えたと考えたら少しばかり気分が良くなった気がする。
買い物が終わり旅館へと戻って来た。この旅館は他の旅館と比べると小さいが、それでも大勢を止められるだけあけの大きさがある。外観は和風建築のアイデンティティを全面に出したかのような三階建ての木造で、離れに蔵が存在する。一階は食堂や卓球場、温泉水の公衆浴場など公共の施設となっていて、実際に私達が寝泊まりするのは二階だ。
旅館の玄関帳場に着くと女将である中山幸子が出迎えてくれた。
「皆さん、観光はお楽しみ頂けたでしょうか?お食事の時間になりましたらコチラから、連絡させて頂きます。それまでは部屋でゆっくりとお寛ぎください。……ああそれと、くれぐれもこの旅館に居る座敷童には手を出さないで下さい。呪われてしまいますから」
その後、部屋の鍵を受け取り201号室で映画を見ていた。
その時だった。
「きゃぁあああ!!!」
下の方から事件性のある悲鳴が聞こえてきた。旅館で事件性のある悲鳴と言えば殺人事件だと思いつつ動こうとした。しかし、
「愛寿夏はここにいて!私見てくるから」
と言って母が誰の話も聞かず部屋を出ていってしまった。急いで護衛に追わせたから心配は要らないだろうが、現場を見れないのは困る。
「よし、アレを使うか」
最近私は列車に乗り、異界で鬼退治をした。その異界では千を超える数の鬼が居たが、それらは皆同一個体だった。どうやらあの鬼達には分身の力があったらしい。そして鬼の大将だと思っていたのは分身が合体した姿だったというわけだ。
この霊力に合わせたサイズの分身を作る能力を持つ鬼。諜報において古今東西最強と言っても過言ではない。但し弱点も存在する。それは小さな鬼は力が弱く戦闘向きではないことだ。もっとも、霊力を集めて人間大の鬼にすれば戦闘にも使うことが出来る、効率悪いがな。
他にも合体した個体が倒されると注がれていた霊力が一気に消滅することや分身が別個体扱いで意識の共有がされていないことなどの弱点もある。特に後者が危険だ。分身個体は支配下にないため叛乱が起きる可能性がある。しかし失敗を恐れていては何も得られない。
その決意を固め、鞄の中から手で握りやすいサイズの眷属を取り出し霊力を注ぐ。
「起きろ増殖鬼。仕事の時間だ」
「何だぁ、鬼遣いの荒い主だのぉ」
分身した個体を支配下に置き、視覚と聴覚を共有する。この個体には窓の外から調べてもらおう。サポート役として五体ほど追加で分身させ、窓から外へと放った。
そこは公衆浴場だった。青い床に白い壁、ある一面には富士と鷹二匹と茄子三つが描かれている。湯煙が立ち込めることで完成する楽園は今、贖罪の場になっていた。
「あ、兄貴!!」
「そんな」
「ヒドい」
「誰がこんなことを」
口々に開口する者達の目線の先には男がいた。それもスキンヘッド。恐らく遥か昔に髪を失ったのだろう。だがそんなことはどうでもいい。問題はこの男が磔にされていることだ。辺りには血と内臓が飛び散り、お湯の代わりに浴場の水道管を穢していく。男が磔にされている壁には鮮血をインクとしてこう書かれていた。
───これは復讐だ、お前たちの罪を贖え
一方的な言葉。されどやり遂げるという強靭な意思を以て書かれたことは想像に容易い。
「それよりアレはなんだ?彼は誰かに恨まれていたのか?」
「待ってください!お前”たち”って書かれてますよね!ってことは一人目に過ぎないんじゃないでしょうか!」
「落ち着け!俺は刑事だ!いったんこの場は俺に預からせてくれ!」
混沌として場を収めるように二人の男が現れ、手帳を見せた。声を張り上げた方には『田中台頭、警部補』と書かれていた。
「まず状況を整理しよう。職務中に脱衣所の扉が開いていたことに気付いたスタッフの一人が確認したところ、この男が死んでいて思わず悲鳴を上げた。間違いないな」
「はい、そうです」
台頭警部補が一つ一つ事実を確認しメモをする。当然こちらも増殖鬼の視界をソウ先輩とも繋げているため、一語一句逃さず記録している。
「その後俺たちが悲鳴を聞いて駆けつけた。……そもそもこの男は誰だ?知り合いがいたら名乗り出てくれ」
台頭警部補の声に従い、五人の強面が前に出る。その五人は全員同じ入れ墨をしている。
『ん!?ま、マズイですよ!この人たちソウを追っているヤクザです!』
偶然。何たる偶然。まさか因縁のヤクザが同じ旅館に宿泊していたとは。もし匿っていることがバレたならば、どうなっていたことか。とは言え憑依した霊を見つけ出すことは難しい。それこそ特別な資格を持った人が特別な儀式を行わなければならない。まずバレないと思っていいだろう。
「俺の名前は東山兄って言います。あの、俺らヤクザやってまして、今回は殺された兄貴が労いの温泉旅館連れてってくれたんすよ」
「そうっす。自分東山弟切つって、兄の実の弟なんすけど、兄貴はホントにいい人で、特に恨まれるようなことはなかったっす」
「ホントかそれ。北山と南山が少しトラブってなかったか?あっ俺西山北之助って言います」
「……どうも北山冴空です。確かにトラブルになりやしたが、殺すほどではないです」
「最後は俺か。南山正義だ。中山十字架さん、つまり兄貴のことだが、ハッキリ言って心当たりがない。俺たち全員兄貴と慕うほどのいい人だ。誰かに恨まれる筋合いはない」
これらの情報を纏めると、殺された彼はいい人で特に恨まれることはないという。しかし壁に掛かれた血文字は復讐と言っている。壁の文字は複数形で書いているため、その人を狙ったのではなく、被害者が所属している組織に復讐したいのかもしれない。
刑事も同じ結論に達したのか、所属しているヤクザに恨みを抱えた相手を探そうとしている。だが彼らはヤクザだ。当然敵対組織など数えきれない候補がいる。
「ふっふっふ。お困りのようですね」
「誰だ」
名乗りを上げたのは二人の女性だ。一人は全身茶色で、ディアストーカーハットとインバネスコートを着た女だ。自信有り気に声を上げたのも彼女で、ザ・探偵という恰好をしている。
対照的にもう一人は気怠げな顔をした女性だった。服装もラフな格好をしており、前者からの無茶振りに応え続けた苦労人のような印象を抱いた。
「わたしは阿藤旭。こっちは相棒の阿藤神影。わたし達のことを一言で説明するなら……名探偵さ!」
「はいはいこいつの言葉は九割無視していいからね。そもそも休暇で旅行きただけだし。……でも探偵なのは間違っちゃいない」
探偵の言葉を軽くあしらう様子からはかなり長い付き合いを察せられる。
「ふふん、刑事さんがきたときは出しゃばらないほうがいいかと思ったけど、頼りない刑事さんだったなら仕方ないよね~」
「こ、こいつ…」
「はいはい煽らない煽らない。……で、何に気付いたの?迷探偵さん」
「よくぞ聞いてくれました!それはズバリ!犯人は人じゃない説!……そもそもさぁ旅館に人がいる中でバレすにこれをするって、ムズくね?だったら怪異がやった方が納得できるじゃん」
それは盲点とも言うべき発想だった。通常怪異に知性と呼べるものはない。現象型は決まった条件で減少を引き起こすのみ。生物型もモチーフになった動物程度の知性しかない。つまり血文字を残すだけの知性ある怪異となると、人型か人だったもの、あるいは人と触れ合い続けた付喪神の類だけだ。
「あまり警察を舐めないでもらおうか。その程度の可能性は考えてある。通常、家屋や施設には怪異が寄り付かないおまじないが施されている。それに復讐と言ったら怨霊だが、怨まれている奴ほど自覚しているもんだ。ヤクザなら定期的にお祓いしてるだろうさ、なぁ」
同意を求めるようにヤクザの方を向いた刑事に彼らは大きく頷き返した。
「そいつぁどうかな。この旅館の霊的防御力はほぼゼロだぜ」
「今度はきみか!?」
また誰かが名乗りを上げた。その人は何処か後藤おじさんに似た顔をしている。
「おれは後藤陸。祓い屋をやっている。おれが見た限りじゃこの旅館、すでに呪いが切れてるぜ」
「そんなバカな!法律違反だぞ!」
刑事が声を荒らげた。
「そんなはずはありません。先週、業者に頼みました。これが証拠です」
女将は書類で反証した。
「じゃあその業者は詐欺だな。次はおれに依頼してくれ。安くするぜ」
しかし業者が詐欺師だったと指摘される。女将はショックを受けて書類をしまい込んだ。実際これ以上の言い争いは不毛だろう。起きてしまったことはしょうがない。問題は、今これをやった犯人が何処で何をしているかだ。
「なるほどね~。呪いが切れてたら楽に入って来られるわ。んでー、最後にお祓いしたのはいつなの?」
「丁度ここに来る前だったんで、昨日の十五時ぐらいです」
「昨日か~。だいぶ犯人絞られるね。今まで襲われなかったとなると怨霊化が起きたのは今日。直ぐに襲われたってことは死んだ場所が近い……後は言わなくても分かるよね」
不味い。凄く不味い。
『あ、あのアッちゃん、何がマズイんでしょうか?ソウには犯人が絞れて事件が解決しそうに思えるのですが』
『ソウ先輩、よく考えて。今のところ犯人像が今日近くで死んだこのヤクザに因縁のある人なんだけど、心当たりない?』
『え?……え!?え!?え!?ソウのことじゃないですか!?』
『そうだよ、ソウだよ。折角偽造工作したのに探されるんだよ。しかも事故と居合わせたからまず私達から調べられる。憑依した霊を見つけ出す儀式もあの祓い屋なら出来るだろうし、今直ぐ対策考えないと不味い』
ああでもない、こうでもないと作戦を練っていると向こうで進展があった。
「分かったぞ!近くの道路で起こった事故、そこの犠牲者の一人が可愛という少女だそうだ。可愛の父はきみたちヤクザから借金をして返せず失踪。その前日に本人も失踪している」
「可愛!あいつか」
「南山さん、覚えがあるのか?」
刑事に問われた南山がわざとらしく話始めた。
「……アイツはきっと俺たちを恨んでいる。最後に見かけたときもそうだ。オヤジとオヤジを堕落させたヤクザが憎いんだっつってたよ。それでも家出すんなって止めたんだが……死んじまったか…」
『え!?え!?出会ってませんよ!止めるどころか借金分働かせようとしてきましたよ!あのウソツキ』
清々しいまでの保身だった。その場に居合わせた一般人組は信じてしまっていそうだが、刑事と探偵達はドン引きした目線を浴びせている。
「コホンッ。とにかく可愛という少女が犯人で確定だな。それで、記録によるとその事故に居合わせた人がいるらしいが、喜美候部さんたちはいますか?」
「はい、喜美候部です。といっても事故を見たのは娘の愛寿夏とその護衛の橘さんで、私たちは特になにも…」
「そいつらの言ってることは確かだぜ。憑依霊の反応がない。怪しいとしたら第一発見者の娘のほうだな」
ついに此方まで辿り着きそうな情報を暴かれてしまった。だが問題ない。私も対策を思いついた。少し不潔だから我慢してもらう必要があるが。
『い、いやです!いやですよ!汚すぎます!憑依対象越しでもそんなこと!』
『いいからやって!私の中にも居ないと分かったら旅館中を探す作戦に変更されるはず。そうなったらまず最初に探されるのはこの部屋。逆に言えばここに居ながら回避したらかなり時間を稼げる』
既に探偵達は階段を上ってきている。この部屋に来るまで約三十秒。
『うぅ、わかりました!やればいいンですね!やれば!』
対策となる仕掛けを仕込んだのとドアノブを回される瞬間は同時だった。
「あすかちゃんだっけ、部屋入るよ」
「わ~お姉ちゃんたちだれー?」
怪しまれないよう此方から近づいていく。部屋には母を先頭に入ってきた。母は部屋の隅に移動し探偵達に道を開けた後、祈るように此方を見つめてきた。探偵と探偵助手が私の相手をしている内に後方で祓い屋が判別する。探偵が会話の途中で後ろを振り向く。祓い屋が首を振る。
「あすかちゃん、部屋の中を見てもいいかな?」
「うんいいよー!でもなんでー?何か探し物?」
「あははー。まぁそんなものかな」
探偵と探偵助手、そして刑事は荷物の中、窓の外、布団の中、トイレの中、洗面台の下、照明の上、一通り見ていった後、出ていこうとした。しかし探偵は何かに気付いた。
「あれ?あすかちゃん…その服の袖、かなりホツレてるよね。どしたの?」
「んー、この部屋にいたとき暇だったから弄っちゃった」
「そっか、糸は?長かったでしょ。床に落としたら汚れちゃうからお姉ちゃんが捨てておいてあげるよ」
「ごめんなさい。窓から捨てちゃった」
先ほどから恥ずかしそうに会話を聞いていた母が怒る。
「こら愛寿夏!窓から投げ捨てないの!……すいません、うちの子が」
「いえいえ、わたしもたまにポイ捨てしちゃうからあまり叱らないであげてください」
「いや捨てるなよ」
「それじゃぁ、残りは部屋を見て何もなかった人から部屋で待機にしましょう。……楽しかったよ。あすかちゃん、またね」
「バイバーイ!」
探偵達が部屋から出ていき、代わりに母や医者、護衛二人が残る。
「愛寿夏ごめんね~、一人にしちゃって」
「うんうんダイジョブ。じゃぁトイレ行ってくるね」
トイレのドアを閉めて鍵を掛ける。
『もう上がってきていいよ』
『ホントですか!?こんな汚いトコ早く抜け出したいです』
口を大きく開け、奥歯に絡まった糸を手繰り寄せる。すると喉の奥から二匹の増殖鬼、否ソウ先輩と妄執の老紳士が現れた。
『うぅ、ゲロまみれです』
幽霊は他の怪異とは違い、憑依していないとき、霊力を垂れ流しにしたり周囲の気温を下げたりとバレやすい。しかし憑依すればそれらの特徴はなくなる。
今回私は服の袖から抜いた糸を命綱とし、幽霊組を体内に待機させることに成功した。黒口腔に関してはいつも通りの場所に保管。増殖鬼は二人の依代として胃の中に入れた。
『にしても何で体内ナンですか?窓の外に待機させればよかったじゃないですか』
『出来る限り近くに待機させたかったし、それに体内なら私の霊力が邪魔をして探れないから』
『は、はぁ……そういえば黒口腔さんってドコにいたンですか?汚れないならソウもソッチがよかったンですケド』
『先輩最低です。……まぁ強いて言うなら女児の子宮に期待するなと』
『ん!?は!?え!?は!?い、今ナント?』
さて、そろそろ探偵達の監視を再開しなければ。偽装でトイレを流し皆の居る部屋に戻る。
共有された視界からは丁度、他の客室を調べている探偵と探偵助手が二人きりで話す様子が映し出された。
「で、そろそろ教えてくんない?結局最初の子は白か黒か」
「んー、ここなら刑事さんたちに聞こえないよねー。…白に限りなく近い黒」
やはりバレていたか。妙に解れた服の糸を気にしていたし、当然と言えば当然だ。
「その心は?」
「まずあの悲鳴の後に表れたわたしたちを『だれー?』だけ済ませるのがおかしかった。それだけなら胆力がスゴイだけかと思ったけど、ちらちら後藤さんの方を見ていたんだよね」
そこまで見ていなかったと思うが。だが無意識のうちに気になったのかもしれない。次からは気を付けよう。
「後藤ってあの祓い屋か」
「そう。あの場に居なかった彼女はわたしたちが来た目的を知らないはず。なのに部屋荒らしに積極的だった刑事やあなたよりも参加しなかった彼に注目した。これって変だよね。まるで幽霊を隠したかったから見つけられる彼を危険視したみたい」
「だが幽霊はいなかったぞ」
「隠してたんだよ、自分の中にね」
「は?」
呆気に取られた探偵助手が間抜けな声を出す。
「だってほら、袖ホツレてたじゃん。あそこから糸取ってー、小さな人形と奥歯にでも結べば胃の中に隠せるじゃん。ただ母親とか刑事が見ている前で吐かせるわけにはいかないし~。それに犯人は別にいる気がする」
「気がするって、お前が推理したんだろ」
「もともと無理あったもん。生まれたばかりの霊がここまで強い力を持つとか、ないわー。でもきっと彼女なら何か知ってる。勘だけど」
「勘かよ。…でもそれで解決した事件もあったな。どちらにせよ吾には力を振るうしか能がない。頼んだぞ、名探偵」
話が一区切りついたとこで個室の扉が開かれる。そこから刑事が顔を出した。
「いつまでやっている。もう全部見たぞ」
「ごめんごめん。すぐ行く~」
「はぁまったくこれだから近頃の探偵は」
「探偵!お姉さん探偵なの!」
何処からか女児の声がした。恐らくその部屋の子だろう。
「そうだよ~まゆちゃんも大人になったら弟子に来な!」
「コイツといるとマジで脳が腐るからやめた方がいい。間さんも気を付けてください」
「ははは、ご忠告どうも」
?気のせいだろうか。今名前が”まゆ”で苗字が”あいだ”な女児が居た気がする。いや気のせいだ。名前と苗字が被っただけ。きっと漢字が違う。偶然だ。偶然に違いない。偶々知り合いと被った名前の人が居ただけだ。県外だからあり得る。
「探偵になったらわたしも怪異と戦える?」
そんな薄い期待も本人が映りこむことで容易く砕かれた。あれは間真由本人だ。しかも戦う力を求めている。危険から遠ざけたかったのに。何故ここに居る。せめて彼女だけ逃がすか。いや一人だけいなくなっては彼女が疑われてしまう。
ここは彼女にも護衛を付けつつ、真犯人を捕まえる必要がある。つまり、ソウ先輩を隠しながら、真由ちゃんを守って、正しく事件を推理し真犯人を突き出す。若しくはソウ先輩が犯人でない証拠を創るか見つけるかし、真犯人を消す。
余りのハードスケジュールに暫くの間茫然としてしまい、母達から肩を揺さぶられた。
「ごめん。ちょっとボーっとしちゃってた」
共有した視界の先でも話が終わるところだった。
「じゃ、もう行くね。神影、そろそろ目をお願い」
「わーったよ」
目とは何だろうか。そんな疑問を持つ前に視界が浮いた。否、掴まれている。
『監視役の増殖鬼、自壊しろ』
咄嗟に情報を盗まれる前に自壊させる。監視の目が消えるのは不味いが、操っている親玉が私だとバレる方が不味い。増殖鬼は眷属であるため、拷問されようが情報を喋らせないことぐらい出来る。しかし記憶を抜き取られる場合や視界越しに見てはいけないモノを見させられる可能性がある。確かにあのまま交渉をして同盟を組めれば力強い。しかし失敗した時が怖い。自らの不利益を許容してまで他人を救おうとする人は稀だ。あの探偵がそれである可能性は低い。
元々この旅館には二泊三日の予定だった。その一日目に事故が起き到着が遅くなった。さらに夕飯前に人が死に豪勢な食事は個々の客室での料理に変わった。この旅館の売りである温泉も殺人現場となって入れなくなった。加えて事故現場で拾った子を隠しつつ、何故かいる友を守らなければならない。おまけに監視の目は放てず、真犯人は次の被害者を探している。
そんな悪夢のような一日目が終わろうとしている…。私は眠気に任せて辛い現実から幸せな幻想へと思考を放棄した……。




