第二話 襲来のG
あれから半年、私は一向に外に出ることが出来ないのであった。
「やだやだやだぁ。お外出るー」
「駄目よ。愛寿夏ちゃん、前にお外出て襲われたでしょ。あの時はいいお兄さんが居たからよかったけど、いつでも誰か助けに来るとは限らないんだからね。ちゃんと部屋で大人しくしててね」
「はーい」
とまぁこんな風に、いつまで経っても許可が出ず寿命の貯金が着実に失われていった。あのロリコンおじさんから寿命を貰っておかなければ死んでいたかもしれない。しかしあの人の寿命も無限ではない。とりあえず5年分頂いただけで寿命を吸い尽くして殺したい訳でもない。となれば
「よし怪異襲って逆に寿命を頂くか」
「愛寿夏ちゃん今何て!?」
「何でもなーい」
そうと決まれば話は早い。後藤おじさんに弟子入りせねば。が、その前に
「じゃ私お仕事戻るから。ちゃんと部屋でじっとしているのよ」
「はーい」
扉が古くなったからか、少し音を立てて閉まる。
一先ずはじっとしておこう。その方が風化してくれるやもしれぬ。
それにパソコンを使って怪異について調べておくと何かと有利になる。ちなみにパソコンは暇だからと強請ったらくれた。
「怪異 活用可、で検索っと」
以外と活用できる怪異は多いそうでいまだに覚えきれては居ない。私を誘拐するのに使われた穴は【ワンホール】と呼ばれる怪異で、先に入口と出口を特定の枠で囲うことにより指定し、その上を誰かが通ることで発動する儀式型だそうだ。ただし1回しか通ることが出来ず、儀式に使うとその枠は消失する。準備をしておく必要はあるが、どこにでも作れるのは便利だ。緊急脱出口として使えるかもしれないし、念のため先に作って置く方がよいかもしれない。
そう考えた私は愚かにも一つ、外と繋がる【ワンホール】を作ってしまった。これが後に大惨事を引き起こすと知っていれば絶対にこんな愚かなことはしなかっただろう。たぶん。
暫くして。
「なるほど。これが声を変質させる怪異。以外と役に立ちそう……ん?」
【ワンホール】の枠が消えていた。
「誰だ?何処に居る?」
返事はない。まるでこの部屋の中に居るのは私一人であるかのように、誰かの息遣いさえ聞こえてこない。しかし誰かが【ワンホール】を使用して入って来たのは事実だ。
私は必死になって探した。床に落ちた髪の毛一本一本を見分けるかのように細部まで観察した。しかし何一つとして見えてこない。パッと見える範囲には居ないのだろうか。この病室のドアは開閉時に少し音が鳴る。どんなに集中していても扉が開いたら気づくだろう。つまり【ワンホール】使用者はまだこの部屋の中に居る。
「ん?今確かに視界の隅で何か動いた気が」
君たちは古今東西ほぼありとあらゆる国と地域で嫌われているであろう益虫を知っているだろうか。およそ2億5000万年前、進化の枝から分岐したそいつは長らく人類の歴史に寄り添ってきた。現在では約4000種に仲間を増やし世界中に散っている。本来は熱帯で繁殖した悪魔であり高温多湿を好む夜行性だ。ただし日中に活動することもある。寿命は越冬休眠をする種としない種で大きくことなり3年を超す可能性がある。
そいつの名は御器噛。
「ゴキブリじゃん。でもよかった認識したのだから、徴収特権を発動できる」
弾かれた。
え、弾かれた。念のためもう一度、今度はしっかり視認して…弾かれた。
脳内が混乱に打ちひしがれている。対象条件としては格下であることだが、果たしてGに格下扱いされる人類がこの私以外存在するのか、今にも先にも私一人だろう。
いや待てあのGが只者でない可能性はないだろうか。例えば奴は怪異であるなど……眼振が収まらない。怪異であれば眼振を抑えじっくりと見ることが出来るがそれが出来ないということは本当にただの昆虫の一種なのだろう。
最悪だ、災厄だとしか言いようがない。この状況、私が取りに行くのは論外。であれば
「押すか、ナースコール」
そう各病室には緊急時に備えて、必ずナースコールが備え付けられている。それを押せばすぐさま看護師が飛んできて、必ずやGを屠ってくれることだろう。そう思い手を伸ばした瞬間、飛んだ。Gが、こちら目掛けて。
「いいやあッッ!!!!!ッゴフッグフッ」
まずい、そう思った瞬間思わず声を出そうとしてしまった。が、普段出し慣れていないせいで喉を傷めてしまった。これ以上叫ぶことは難しいだろう。それに
「Gが、ナ、ナースコールの上にぃ」
これでもう私はあのボタンを押すことは出来ないだろう。例え退いたとしてもあの清潔でないあのボタンに触れることは病弱な私にとっては自殺行為だ。ここは三十六計逃げるに如かず、ゆっくりと負担にならない程度に扉から出ていけばいい。その時だった。またGが飛んだ。しかも扉の取っ手に。
ありえない。
こんなにも行く先々に飛んでくるなんて。
しかしまだ取っ手の触れていない部分から出ることが……今できなくなった。Gが体を擦り付けている。これもうそういう怪異だろ。
仕方ない。ロリコンおじさんを呼ぼう。【ワンホール】を使えば一発だ。
『聞こえますか?今あなたの脳内に直接話しかけています。ファミ〇キください』
『こいつ俺の脳内に直接!?…ではなく何の用でしょうカ?今僕仕事中なのですが』
仕事中では仕方ない。真っ当な職に就けと命じたのは私だ。こいつがどうなろうと知ったこっちゃないが、あの優しい人たちなら失業させるような真似はしないはずだ。
『助けてください。今病室にゴキが侵入してきて、その上病室から出られないのです。君は【ワンホール】の出口を作ってくれれば結構です』
『分かりましタ。僕初の命令!例え仕事中であろうとも!!例え葬儀中であろうとも!!全力で尽くして進ぜよう!!!』
葬儀中?あの人ただの会社員になったはずなのに妙だな。というか同僚にもあの喋り方してる訳じゃないよな?
兎も角、これでこちらのやることは決まった。脱出用と帰還用で二つ作る。そのためにも鉛筆を取る。
だが既に鉛筆にもGがついていた。
『主どの!枠出来ました!』
…もういいパソコンの画像を使って片道にする(涙)。
その後紆余曲折あって何とか脱出できた私は病院に電話を入れていた。
「だから2棟305号室の喜美候部愛寿夏です!あの病室にゴキブリが出たので退治してください!……え?私?脱出しましたよ怪異使って。……は?外出許可無しに外出るな?怪異使うな危ないから?緊急時だから仕方なかったのよ!」
今回の教訓、常に扉を開けられる状況にしとくと厄介なものが入ってくる。戸締りしよう。
あのGは本当にただのGです。
たまにいるじゃないですか、神がかった動きの嫌なもの。




