第十六話 ここに気魔死タワーを立てよう
やっと主人公の視点に戻ります。
列車の怪異に乗って鬼を支配下に入れた二日後、私は今、荷造りをしている。というのも二週間程前に父の友達から父に旅行の誘いがあったが、父は予定があって行けなかった。しかしその友達が言うには既に旅館の予約を済ませてしまったという。贔屓にしている旅館の予約は断りづらいから代わりにご家族を、とのことだ。
その旅館は医療設備もしっかりしている上、母も私の残り少ない人生の彩りになることを願い了承した。私も寿命を延ばす為に戦い続ける毎日は辛い。この旅行が私の疲れを癒してくれることを強く願う。
旅行に行くメンバーは私と母と医者一人と護衛二人だ。ただしこの護衛は【十二時の十二人】によって作り出された誘拐犯の偽物、同盟を結んだとは言え少し不安である。
「荷物は全部入れた?忘れ物ない?」
「うん!ちゃんと車に入れたよ!」
旅館に持ち込む荷物を輸送用の車に詰め込み返事をする。こういう時、金持ちは便利だ。父が手配してくれた車に荷物を入れて走らせる。こうすることで先に荷物が部屋に着き、私達が到着するときには何もしなくてよい寸法だ。
「では奥様、ご出発の準備が整いました」
護衛二人も合わせて全員の準備が整った。ザ・金持ちと言わんばかりの長い車に乗り込み扉を閉める。運転は護衛の内、私の誘拐時も運転した方が担当している。
車の中は車内と思えない程広く、酒類も常備されている。当然もしもの時に備えたAEDも存在するが、これは医者しか使えないそうだ。何でも日本に導入されたばかりで法が追い付いていないらしい。まぁ私の心臓の動きは徴収特権で安定させているから余程のことがない限り使うことはないだろう。
「ねぇ旅館に着くまでババ抜きでもしない?トランプだけは持ってきたからさ」
折角の機会なので提案させてもらう。母は会社勤めで忙しい、医者は他の患者の面倒を見なければならない。それぞれ別々の理由で時間が空かないのだ。今しか一緒に遊べる時間は取れないだろう。
「そうね、それがいいわ。先生もそれでいいかしら?」
「私なんかが入ってもよろしいのであれば、ぜひ」
それから私達は運転しない方の護衛も混ざって只管遊び続けた。変化があったのは私が大富豪で十連勝した時だった。
車が完全に止まった。運転手が言うにはタイヤがパンクしたらしい。パンクしたタイヤを交換する間、暇なので周辺を見て回ることにした。
正しくここは鬱蒼とした森の中だ。近くには山があり、崖と言うべき絶壁の上からは時折車の走行音がする。人の住む世界とは大きく隔絶した大自然との境界線。ここを一歩でも跨げばもう二度と戻って来られない気がする。……少し解放的なことをしてやろうか。漫神に突き動かされ、人間社会から冒険の旅に出ようとした所で待ったの声がした。
「あ、あの、何をしているンですか?」
「!?」
私を人間に戻した声の持ち主は真後ろに居た。木の幹からひょっこりと出された顔は私と同じ位の高さに位置しており、疑念一色に染まっていた。近づいてみると切り揃えられていないボサボサの髪をした人物であることが分かった。
「いや~、旅行の最中なんだけどタイヤがパンクしちゃって~、交換する間は暇だからチョット散歩しようかなって~」
「そ、そうなんですか。普段ここに人はこないもので、オドロいちゃいました」
そう言うとその子は幹から出て全身を見せた。その姿は薄汚い襤褸絹とも言うべきなまでに汚れていた。纏っている服は全体的に土で汚れていて所々穴が空いている。よく見ると襟元が黄色く変色しており何年もこれ一着で過ごしたことが伺える。だがその子は私とそこまで変わらない身長に見える。ということは年も変わらず最大十歳程度だろうか。
「ソ、ソウはここで生活しているンですが、ナニカ恵ンでもらえませんか!」
「は?」
思わず声が漏れてしまった。恵む?今特に何も持っていない私が?
私の驚いた様子を勘違いしているのか、より早口で捲し立てるように喋り続けた。
「す、すみませんすみませんソウナンカがアナタの物を欲してしまいすみませんでもソウもヒドイ境遇なんですソウが生まれて一年幸せだったンですけど父の経営がうまくイかなくなって暴力を振るうようなって母がペット連れて出てイッチャッたンですナンでソウを連れてイかなかったと恨みましたが、あ!ウソです!ウソじゃないです!言い間違えです!言い間違えてしまったンです!恨んでないですホントです」
「……そのごめん。そういう意味で言った訳じゃなくて」
駄目だ、何一つとして聞いてもらえない。そしてこちらが何も出来ずに固まっていてもこの子は止まらない。
「ソウが五歳のとき一度イヤになって家出したら捜索途中で父が死んでヤクザの借金全部カタガワリしないといけなくってそれもイヤだったからヤクザ蹴って逃げたンですしかも家出のとき捜索隊じゃなくてヤクザに見つかったから今だに探されているンです見つかったら終わりなンです恵んでくれなきゃ死ンじゃいますうわーん!」
「そ、そうなんだ」
遂には泣きながら腰に抱き着いてまで縋ってきた。正直に言ってこの子を助けても得られるものは得にないと思う。前世の性格のままだったら蹴とばして警察に連絡したかもしれない。それでもこの世界に転生して少しは変われた。今までは何とも思えなかった話でも私に起きた出来事だったらと考えることで可哀想と思えた。
この変化は劣化かもしれない。これからすることは感情に囚われて自己の利益を大きく減少させる愚かなことだとも思える。それでも、これ以上変化しなくても大切な思い出と共に芽生えたものだから。私は最期までこの思いを大事にしてみようと思う。
「分かった。恵んであげる」
「ホントですか!?やっぱウソは通じませんよ!」
心の底から安堵したような表情を見せたこの子を前にして、ただしと付け加える。
「君に恵むものは今日を凌ぐパンじゃない。今本当に必要としているものだよ」
「ホ、ホントに必要としているモノ?……ナ、ナンですかそれは!?」
「それは君の人生をより豊かにやり直すための───国籍だよ」
「コクセキ?」
はっきり言ってこの子の人生はもう詰んでる。父は死んでいるし、母はペットだけ連れて出ていったことからお察しだし、何より捜索されて見つかったらヤクザと借金が待っている。
「捜索に関しては死体が見つかったことにする。私のパパは金持ちだから権力とか使って何とかしてくれるかもしれない。まぁ、駄目だったら別の案を考えるよ。ヤクザも地元から離れた田舎に移ればバレないかもだし」
「そ、それでホントにうまくいくンですか~?」
「大丈夫でしょ。ヤクザも一人のロリ追い回すのに忙しいわけないだろうし。その後は学校に入って人生謳歌しよう。今まで辛いことだらけだったんだからこれから良いことがいっぱいあるに違いない」
「あ、ありがとうございます。ソウは、今までコンナ、こんな優しい言葉かけてもらったの初めてで」
感極まったのかまたこの子が泣いてしまった。しかし今度の涙は先ほどまでの涙とは違う。さっきは悲しくて泣いていたのだろうが、今はこれから好転していく人生に嬉しくて泣いているのだろう。そのことを証明するかのように、手に触れた涙の川は少し暖かかった。
「いい加減、そろそろ離れてくれないかな。服が涙でびちょびちょだし」
「ゴ、ゴメン。でもありがとう。ソウは辛いことを思い出すたびに死にたくなって、でも生きていればいいことあるって信じて頑張ってきて」
この子の話を聞いていると突然、クラクションと急ブレーキをかけたような音がした。聞こえた方向を見ると崖の上からトラックがガードレールを突き破って落ちてきていた。私は咄嗟に横に避けたが、この子は話すことに夢中で気付いた様子がない。
「やっとここで報われ───あ」
着弾する直前、ようやく気付いたその子は何も分かっていなさそうな言葉と左腕だけ残してトラックに轢かれた。その後、慣性に導かれたトラックは赤い道を大地に刻みながら炎上した。
やはり私は最低だ。戻ろうと思えば戻れたかもしれないのに自分の身の安全をとって動かなかった。二十メートル上の崖から落ちた時の落下時間はおよそ二秒。テセウスの死体を使った高速移動ならギリギリ届いたかもしれない。それか支配下の怪異を呼び出すか、だがそれには時間が少なすぎる。もっと早く召喚する術を磨くか、判断力を上げるかしておくべきだった。
自身の至らなさに反省しせめて遺体の一部だった左腕を近くの墓地に埋葬しようと思ったその時だった。トラックの近くに誰かが立っている。
「うわーん!死んだーー!!死にましたーーー!!!」
「え!?」
それは明らかに死んだはずのあの子だった。あの子の服を着てあの子の声で喋っている。
「ソウは死んでしまいました!これから人生が良くなっていくと思ったのに幽霊になっちゃいました!」
幽霊───それは死後魂だけで行動する怪奇現象。保有している霊力が尽きると強制的に成仏する。もしくは単に消滅しているだけかもしれないが。それでも空気中の霊力を取り込めば約四十九日存在し続ける。
「どんだけ不幸ナンですか!?これから青春謳歌するぞ、って思ってたのに!死んじゃいました!しかも!ソウに希望を見せたあの女だけチャッカリ生き残って!恨んでやる!呪ってやる!!道ずれにしてやるーーー!!!」
「…本当ごめん。咄嗟に自分のことしか守れなくて」
「ナーーー!!!いいですよ!許しますよ!誰だって自分が一番です!ソウもそうです!あ!ダジャレじゃないですからね。ハッハッハッハ!!」
本当にどうしよう、コレ。多分すぐに母が来るし状況の説明を求められてもどう言えばいいのか。
「あーあ!死ぬ瞬間見ちゃったですよ!ドライバーの顔!目と目が合って恋どころか地獄に落ちかけましたケド!でも落ちたのはドライバーだけじゃないですー!ソウも落ちましたー!幸福の絶頂から真っ逆さまに落ちましたー!どうせならパン食ってる運命の人とぶつかりたかったンです!バン乗ってる運送の人ではなくて!見てくださいよコレ!死体が左腕しか残ってないンですよ!他は地面の染みかトラックに火葬されてますって!産地直送のトラックが死地直葬してますって!……でも葬儀できるだけマシです。どうかあのトラックの下の骨も拾って埋葬してください」
その子がそう呟いた瞬間、トラックが爆発し、より一層激しく炎上し始めた。
「ウーーー!!!無駄に完全記憶能力持ってるからこの光景がもう二度と忘れられなくてイヤです!死にます!あ!もう死んでいましたどうしようもないです」
完全記憶能力か。使えるかもしれない。
「因みにその完全記憶能力だけど何をどれくらい憶えられるの?」
「ふえ!?え、えと、見たことでも聞いたことでも五感全部を憶えられます」
確か五感全てを憶えていられる完全記憶能力者は前世でもいなかったな。
「なら契約しよ。私は支配下に入れた存在を改造できる能力を持っているからそれで君の記憶がフラッシュバックしないよう調整してあげる。代わりにその記憶力のよさを私のために使わせて、お願い。学校にも行けるようにもするから」
学校という部分に反応したのか明白に表情が欲望の間で揺れ動いている。
「ホ、ホントに学校行けるンですか~?」
「さっきの作戦だと捜索を中断させるのが難しかった。だけど死体ならここにある。後は幽霊にはならなかったと報告して、幽霊を生きている人間だと錯覚させる仕組みを考えれば───いける」
「ドウゾ契約させてくださいお願いします」
起動しろ徴収特権。一人の子供の夢を叶えてやれ。
私がそう願うと瞬く間に徴収特権がこの子の身体を掌握し、悪夢を思い出さないよう制限を掛ける。
「はい、契約成立。思い出そうとしても出てこなくなったでしょ」
「……スゴイです。ホントに思い出せないンですね。知識としてソンナことがあったとしか思い出せないです。でも完全に消し去ってくれた方がいいンですが、できませんか?」
彼女が言うように記憶を消し去ることは出来る。ただこれは一つの持論からくる押しつけがましい親切だ。
「私は、普通の人が嬉しいことや楽しいことを忘れないのは、それが大切な人との思い出だからだと思う。それに対して悲しいことや辛いことを忘れられないのは、それも大切な人との思い出だからだとも思える。例え悲劇であっても、もう会えない大切な人との思い出は消しちゃいけない。ただ乗り越えるしかない。そう考えているんだ。……勿論これは私の持論だから本気で嫌なら消すけど」
そう言ってみるものの、彼女の中では既に答えが決まっていることが読み取れる。
「あ、あの、ソウは、少し頑張ってみようと思います。ソウの父も母も犬も大切な人だったので、もう会えなくなって、記憶からも消えるのはチョット寂しい気がします。それにソウはアナタのおかげで忘れることができるようになったンです。辛くなったら忘れて、会いたくなったら思い出します」
彼女の決意を聞き届けた時、まだ自己紹介もしていないことに気が付いた。
「言い忘れてたけど私の名前は喜美候部愛寿夏、今を生きる小学一年生。呼ぶ時は好きなように呼んで」
「ソウは、……その、苗字が可能の可に愛とかいて可愛……と読むんですケド、……その、名前が、想像の想で、……繋げて読むと、…はい、…スゴク、……スゴクイヤな感じになるんですケド……とにかくソウの方が年上なのでソウ先輩とでも───」
「可愛想」
「!?」
かわいそうの当て字から微妙にずれているけど悲惨な運命を暗示している気がする。何を思ってこの名前を付けたのだろうか。やはり忘れさせた方が良かったかもしれない。
「うわーーん!!だからイヤだったんです!ソウのこと絶対カワイソウって思ったじゃないですか!これでも最後は絶対よくなるって思ってたンです!死にましたケド!」
さっきはスルーしたけど年上とも言ってたな、同じ位の身長なのに。もしかしなくても栄養不足で伸びなかったのだろう。可哀想に。
「因みに年上って言ってたけど何歳?」
「あ、じゅ、十歳です……アッちゃんは何歳なんですか?あ、アナタのことですアッちゃんは」
「六歳だよ」
「ガーン!四歳差でため口、むしろソウが敬語使って、身長同じ、この世は不公平です」
ソウ先輩が気付いてはいけないこの世の真実に触れて落ち込んでしまった。
こういう時は慰めてやるべきだろう。実は前からやってみたかったアレもあるしな。
「よしよし」
「よしよしするナァア!!」
弾かれてしまった。この知識の仕入れ元ではかなり喜んでいたはずなのに。やはり心の籠っていない手は駄目なのか。真なる優しさというものがない私には無縁の行為だったのか。単純に知り合って十分もしない人に触れられるのが嫌だったか。兎も角考えても分からないものは仕方ない。閑話休題といこう。
「そろそろ出てきてもいい頃合いじゃない?」
「なーんだ、気づいていたんですか。それならそうと言ってくださいよ。俺も変に気を回して損したじゃないですか」
「ふぇっ、えっ、えっ、誰!?」
ソウ先輩付近の茂みから護衛の一人が姿を現す。他に姿が見えないということは母と医者ともう一人の護衛を車に待機させたということか。いい気遣いだ。
「少し時間を使いすぎたから説明は後で。今は兎に角口裏合わせて。お願い」
「いいですよ。雇用主の命令なんで」
護衛が二つ返事で了承してくれた。
「この事故が起きた。近くを散策していた私が直ぐに駆けつけた。その時現場には誰もいなかった。遅れて来た護衛が私とこの左腕を発見。その後ちょっと遅れて警察に通報ってことにして」
「わかりました」
これでソウ先輩が死んだことに出来た……いや、よく考えたら落ちたトラックに腕だけ落ちていたら運転手の腕だと思うか。ただこの腕は瘦せ細っている。運転手の身分はすぐに調べられるだろうから、問題は誰の腕か分からないことだ。
「え、あ、あの、ソウは何をすれば?」
「取り敢えず私に憑依して。幽霊だから出来るはず。憑依したらばれないよう旅行を終えた後、家に持ち帰る。……あ、そうだ。遺品とかない?無いなら捏造するけど」
「遺品?ならソウのベッドに大切な本があるです。自殺しかけたときに不法投棄されたこの本に出会ってそれでもう少しがんばろうと思えたンです。もう全部の文章を記憶したのに何度も読み返してるンですケド。それでも人生観に影響を与えてくれた本で───」
流石にそんな大切な本なら使い捨てに出来ない。それに小さな置物に名前を書いて置いておくだけでいい。それを見た警察が名前を憶えて行方不明者の記録を調べるような物。なら人形が一番違和感のない物か。
「『常識は全て偽物!?政府は闇を隠してる!!天才政治家が暴く新常識』ってタイトルなンですケド」
「うん、それを使おう。名前とか書いて左手に持たせれば誰か分かるはず」
「ナ!?」
ソウ先輩の自殺を止めた素晴らしい本なのは分かったが、これからの人生にその知識は不要だ。というか即刻捨てて欲しい。
「ナンデですか!?人生を変えた本ですよ!?置いていくナンテできません!!」
「新しい人生を歩みたいんでしょ。なら今までの人生の一つや二つ捨てて行かなきゃ」
「あの、何でもいいんで早くしてくださいよ。そろそろ来ちゃいますよ、居残り組とか警察とか」
護衛まで急かしてきたのが功を奏したのか渋々了承してくれた。
その後、私達は見事に工作を完了し警察に『可愛想』は死んだと思わせることに成功した。警察に話を聞かれたこともあり、旅館に着く頃には昼を過ぎていた。
かわいそうはかわいい。
そんな可愛想ちゃんのかわいそうポイント
1.作者の性癖のせいで特に必要のない「悲惨な過去と忘れられない能力」がつけたされたこと
2.無駄に能力が優秀だったから愛寿夏ちゃんにゲットされた挙句戦いに巻き込まれるのが確定したこと
3.今のところ特に役割がないから「幸せになる」以上の美しい結末を考えた場合そっちにシフトする予定なこと




