表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

閑話 陰陽師家の悲劇

前回分割するほど書いたのにまた書きました。一話の量としては文字数最多のものを。


 「では仕事に行ってくる。直樹の誕生日にすまんな。あの錫杖については例の場所に」


 夫である直迪さんが行ってしまいました。今日は息子である直樹の誕生日です。直樹は残念がっていましたが仕方ありません。詳しくは私も知りませんが、何でも危険な怪異の集団の隠れ家の一つに奇襲を仕掛けるそうです。無事に生きて帰ってきて下さることを祈っておきましょう。



 もし生きて帰ったら、……いえ、これではまるで帰ってこないかもしれないみたいですね。とにかく帰ったら直樹のパーティーの続きをしましょう。直樹にとってはこれが初めての誕生日です。絶対にいい思い出になるよう完璧にしなくては。


「おかあさん!きょうね!ぼくのたんじょうびでしょ!!」

「ええそうよ」

「ならさ!あれは!ぷれぜんとに!!けーき!!」


 早くも直樹がせがんできます。まだ昼の時間だというのに気の早い子です。もしかしたらそれほど楽しみにしているのかもしれません。


「それはですねー」

「それはー!」

「まだ駄目です!」

「えー」


 輝かせていた瞳が一気に暗くなりました。我が子ながら何て分かりやすいんでしょう。もしやこれが親子の勘っていうやつでは。


「ケーキもプレゼントも誕生日会までお預けです」

「ちぇーけちばばあ」


 最近は直樹の口が悪くなってショックです。この子の将来は大丈夫かしら、と一端の親として心配します。やはりこういうのは無理やりにでも若い内に矯正した方がいいのでしょうか。


「そんな悪い子には誕生日来ませんよ」

「!?そんなことないもん!じょうしきにないもん!」

「常識と言いますが、あれは最低限の知識です。決して常識が全て教えてくれるわけではありません」

「…くるもん……たんじょうびくるもん」


 あわわ、どうしましょう。あまりにきつく言いすぎてしまったせいでもう泣きそうです。


「で、でも!ごめんなさいすれば誕生日くるから!直樹はごめんなさいできるいい子だよね~」

「う、…うん。……ご、ごめんなさい」


 誕生日が来るとわかって安心したのかすぐに泣き止みました。はぁ、うちの子…ほんと可愛すぎ。


「では愛樹様、そろそろ予約したケーキを受け取りに」

「それなら私が行きます。あそこの店主とは顔馴染みですので」

「承知いたしました。では直樹様、一緒に飾り付けをしましょう。どちらがよりかっこよく飾り付けられるか競争です」

「うん!」






 ケーキ屋に着きました。私が高校生の頃から利用しているケーキ屋です。


「ごめんくださーい。予約した安倍ですけど」

「あいよ。誕生日ケーキできてるよ」


 カウンターの奥から年老いた職人がでてきました。出会った頃と比べると皺の数が増えたことがみてとれます。長らくケーキを作り続けて、今では店主にもなっているそうです。


「ご注文通りの品だ。それと、直樹君にもよろしくな」

「はい、伝えておきます。それにここのケーキはおいしいですから、いつか大きくなったら連れてきます」

「はは、直接会えるの楽しみにしてるよ」


 店主はにこやかに笑うと快く送り出してくれました。



 道中、不穏な気配がします。ここは人通りも少なく薄暗い道なのでそう感じるだけかもしれません。一応退魔の札を持ってはいますが、追い払えるでしょうか。この札で追い払えない怪異は中々いませんし、多分大丈夫でしょう。


「!?何もいない……?」


 何か途轍もなく嫌な予感がしました。しかし後ろを振り返っても何も居ません。


「気のせい…でしたか………うっ、ぐあああ!」


 急に頭が痛くなりました。思わずケーキを落としてしまいそうになります。暫くすると突然頭痛が消えました。いったい何だったのでしょう。


「入れた入れた入れた入れた」


 何処からか声がします。”入れた”とはいったい何のことでしょう。どこから声がするのか探ってみると、それは私の声帯から出ていました。


「それは気にしなくていい」


 そうでした。気にする必要のないことでした。勝手に口が動くことはめったにないことですが、気にする必要のないことなので気にすしません。


「さて、後は計画通りに…うわっ」


 後ろから押されて転んでしまいました。咄嗟にケーキを放り出し、手をつくことで何とか怪我はしませんでした。


「おい!何処見てんだ!もっとちゃんと前見ろっ…て……よく見たら結構かわいいじゃん、ねぇねぇ俺と遊ばな~い?」


 直樹に渡すはずだったケーキが落ちてしまっています。箱が回転したのか取っ手部分を下にして歪な着地をしています。あれでは中は既にぐちゃぐちゃでしょう。恐らくろうそくはめり込み、いちごは分離し、クリームが内部を白く染め上げているでしょう。その事実を肯定するかのように箱の隙間から白い鮮血がじんわりと滲み出ています。


「あーもう何も言わねぇじゃん。……ちっ、ほら立ってくださいよ……お、おい!何しやがる!?」


 気が付いた時にはぶつかって来た男性を締め上げていましいた。


「おい!何してくれるんだ馬鹿野郎。このケーキはな、今日誕生日を迎える少年を祝うため作り出された聖杯なんでよ。お前なんかが穢していいものじゃない」

「や、やめ、…死んじゃう」


 相手の顔がいちごのように赤くなっていきました。最終的にはあのケーキのいちごと同じ末路です。


「やってしまった。…まあしょうがないか。おいマジシャンの、まだそこにいるか?」

「ああ居るぜぇ」


 すると近くの民家の中からピエロが現れました。


「なぁ、どうすんだこれ。ケーキが無いんじゃぁ怪しまれるんじゃねぇのか?」

「問題ない、俺が作り直す。但しキッチンと材料がいる。キッチンはこいつの家を借りるとして、問題は材料だ。マジシャンっていうぐらいだからそれぐらい出してくれるとありがたいんだが」

「出せるぜぇ。こいつを処分したらすぐに行く。」


 どうやら話が決まったようです。私としても直樹のケーキがないことはとても悲しかったので助かります。取り敢えず家にケーキが駄目になったものの、新しいものを作ってくれるから帰りが遅れる旨を伝えておきます。ではこの人のキッチンを借りに行きましょう。






 キッチンに着きました。あの人の家が現場から近くて助かりました。言われた通りの材料はピエロ?さんが持って来てくれました。あとは味を再現するだけです。


「卵一つ取って」

「なんで俺様がケーキ作りを手伝わなきゃいけねぇんだぁ」

「まあまあ、この経験もいつか使えるときが来るって」

「来るか!もう別になくてもいい気がしてきたぜぇ」


 どうやらピエロさんは乗り気ではないようです。例えピエロさんが辞めても私は一人で作ります。直樹のためです。ケーキの一つや二つ作ってみせましょう。


「ケーキがなくてもいい?何を言っているんだお前は。いいか、俺達は今日、誕生日を迎えるあの少年の家を襲撃し、そこにいる奴ら全員皆殺しにするんだぞ。かわいそうじゃないか。きっとこれからの人生を復讐に捧げるようになる。ってかそうなってくれるのも計画の一部だ。ならせめてその前の瞬間だけは幸せでいて欲しいじゃないか。この体の持ち主だってケーキを望んでいる。なぜわからない、人の心がないのか」

「人じゃねぇだろ」


 ピエロさんが何かとても不機嫌そうな顔をしています。それでも手を止めないのは話に納得したからでしょうか。ただこれ以上話を聞きたくないだけかもしれません。


「それに人は幸福の絶頂から不幸のどん底に落ちる方がより深く絶望する」

「お前の方が人の心ねぇだろ」

「失礼な。ただ人を恐怖と絶望に陥れる噂から生まれた怪異の一つとして生まれてくる絶望をより純度の高いものにしたいだけだ。それに深く絶望した方が、復讐する力欲しさに『天球錫杖』持ってくるかもしれないだろ」

「確かにそうかもしれねぇけどよぉ」


 そんなことを言い争っているとケーキは完成しました。元々入っていた箱を模したデザインの箱に入れて運びます。






 家に入る前北側の結界を破れるギリギリまで削っておくのも忘れません。


「よし、あとは都合のいいように記憶を弄れば……と」


 何かが体から抜けていく間隔がします。気づけば家の前でケーキを持って立っていました。何かがおかしい気がしますが、早くケーキを持って帰らなければなりません。


「ただいま戻りました。今度はちゃんとケーキを持って来れましたよ」

「おかえり~」

「お帰りなさい、愛樹様。パーティーの準備ができています。どうぞこちらへ」


 従者の式神に連れられて、お庭が見渡せる位置の部屋にやってきました。この部屋は上から下まで飾り付けされています。明日は仕事で祝えないから、と昨日の内に直迪さんが直樹に肩車して飾り付けました。ただ下の方まではやっていなかったので、ここを従者と一緒に飾ったのでしょう。


「ねーねーおにわみてー、どうおもうー?」


 お庭も見渡せる範囲まで飾られていました。あちらこちらにリボンなどの飾り付けがされています。


「よく頑張りましたね。できることなら私も参加したかったです。それと結局行く前に言っていた勝負はどちらの勝ちですか?」

「まだ決っておりません。ですのでその判定役を愛樹様にお願いしたく存じ上げます。」

「うえとしたでわけたんだー。どっちがどっちかは、ひみつ!」


 上と下とで比較すると僅かに上の方が群なく統一した間隔であることがわかります。ですが下の方も隈なく飾られており、その影響か上の飾りの個数が少なく感じます。


「そうですね~、いっぱい飾られている下の方ですかね」

「したはねー。ぼくがやったんだー!」

「くっ、負けました」


 直樹が嬉しそうに飛び跳ねます。従者の式神達も本気で悔しがっているように思えます。






「では誕生日会を始めましょう。まずは定番の歌です」


 従者の一人がケーキのろうそくに火を付けます。


「「「「「「「ハッピバースデートゥーユー。ハッピバースデートゥーユー。ハッピバースデーディア直樹ー。ハッピバースデートゥーユー。…おめでとー」」」」」」」

「直樹様、このろうそくを一思いに吹き消してください」

「はぁ、……ふーーー!!!」


 直樹の息吹で一本しかないろうそくの火が掻き消えました。ろうそくの火も消したので次はケーキを食べましょう。お気に入りのあの店で買ったメッセージ付きケーキです。


「あ!このメッセージってぼくに!?すごーい!!」

「ええ、ケーキ屋さんもおめでとうと言っていました」


 直樹がメッセージを読み終わる頃にはケーキも切り分けていました。


「はい、直樹の分ですよ。どうですか、お味は?」

「おいしー!」


 直樹は小さな口を大きく開けて頬張れるだけ頬張りました。

 そしてケーキを食べ終えた後はお待ちかねの誕生日プレゼントです。直樹が手を洗っている間にプレゼントを持ってきます。


「直樹、貴方の誕生日プレゼントです」

「ありがとー!」


 プレゼントを受け取るや否や包装をびりびりに破いてしまいました。包装、大変だったのですけど。こういうとき、丁寧に包装を開けて保存してほしいと思うのは私だけでしょうか。


「あ!おとうさんのぼう!」

「ふふ、それは錫杖って言って、怖い怪異を退治するときに使うんです」

「これで!?」


 直樹が驚いたように錫杖を見つめています。ああ、この反応を直迪さんにも見せてあげたいです。直迪さんがこの錫杖を作ったと知ったら直樹はどう反応するでしょう。今からでも楽しみですが、それは直迪さんに悪いので明日帰ってきてから言うとしましょう。直迪さんは恥ずかしいから言うなと言っていましたけど。ドッキリって奴です。朝食のときに言って二人とも困らせてあげます。


「直樹様、失礼ながら室内で振り回すのは折角の飾り付けが剝がれてしまうのでお控えください。かわりに外で楽しみましょう」

「わかった!」


 式神に注意された直樹がこれ以上ない位急いで外へ出ます。


「直樹ー!走ると危ないですよー!」

「だいじょーぶー!!」


 大丈夫に見えないから声を掛けているのに全く聞いてくれません。転んで怪我をしたら泣いてしまうでしょうに。


「直樹ったらそんなにプレゼントが気に入ったんですか?」

「うん!おかあさんがくれたこのつえでー、せかいじゅうのかいいをいいっぱい!はらうんだー!そんでねー、おとおさんみたいなりーーーーっぱなはらいやになったらー、かあさんのこともー、まもってあげるのー!!」


 この言葉を聞いて私は胸の奥底が途轍もなく暖かくなるのを感じました。子どもにそんなことを言われるのは母親冥利に尽きます。間違いなく私は今、世界で最も幸福な存在であり、さらにその人生の中で最も幸福な一日であると確信します。しかし


───ドゴンッ。


 直後、轟音とともに大きな揺れが発生します。揺れの中、転ぶことも厭わず私は急いで直樹の元に駆け寄りました。


「おかあさん、こわいよ~」

「大丈夫、大丈夫だから」


 それは直樹を安心させるため語りかけていると言うよりかは、自分自身を安心させるため呟き続けていると言う方が正しかったかもしれません。


「そんな!?結界はどうなっている!?」

「嘘でしょ!守られてるんじゃないの!?」

「どうする!助けを呼んでも帰ってくるまで時間が掛かるぞ!」

「ともかく愛樹様と直樹様を後ろに!われわれも多少は武の心得がある!時間を稼ぐぞ!!」


 どうやら外から怪異が入ってきたようです。本来この屋敷は大規模な結界が存在し、怪異から屋敷の者を守っています。それがどういう訳か破られてしまったようです。周りの従者たちも混乱しているようで現場は混沌としています。ですが従者の式神たちの長である家令の式神が指揮を執ることで何とか纏め上げられています。


「レディース、エーン、ジェントルメーン。今宵お集まり頂いたのはぁ、お前らを鏖殺したくてウズウズしている怪異どもだぁ」


 見ればピエロのような顔をした怪異が屋根の上に立っていました。私のような霊感の薄い人にも見えるということは、きっと並みの祓い屋では歯が立たない強力な怪異でしょう。この屋敷にも防衛用の式神がいるとは言え、あの怪異相手では時間稼ぎしかできないはずです。


「来たぞ!防衛用式神だ!彼らと合わせて隙を作るぞ!」

「「「「おう!」」」」

「愛樹様、私目(わたくしめ)がタイミングをお伝えします。その時が来たら逃げてください」


 普段から直樹のお世話をしてくれた式神が話しかけてきました。その目には私と直樹のために命を懸けるという覚悟が見えました。


「そんなバカな!!幾ら陰陽師が操作していないとは言え防衛用だぞ!!一瞬で石化するなんてありえない!!!」


 そこには石になった武士の姿がありました。家令の言葉を信じるならば、あれが頼みの綱の式神だったのでしょう。誰も触れていないのに一斉に壊れました。


「【石竜子(せきりゅうし)】!?どこから見つけて来たんですかあのサイズ!?」

「?こんなときに聞くことではないと思うのですが、セキリュウシとは何ですか?」


 式神は驚いたような顔をしつつも答えてくれました。


「漢字文化圏に出没するレア怪異、石化能力を持つ石竜子(とかげ)です。通常はあそこまで大きくなることはないのですが、あれは異常です。倒せるとしたらかなり腕の立つ霊能力者ぐらいでしょう」


 ハッキリ言って絶望的です。霊感が無くても見える強力な怪異に、見えないのに強力な怪異、そして怪異の軍勢。どれを取っても全滅しかねない危険な存在です。せめて直樹だけでも生き残る道はないのでしょうか。そう考えていると腕の拘束が緩んでしまっていたのか直樹がいませんでした。


「直樹!!」

「どうしましたか愛樹様!?…そんな!直樹様!いったいどこに!?」

「おい!そこをおりてこい!!ぼくがあいてになってやる!!」

「ほぉー、勇敢だなぁ。でもよぉ何で降りなきゃなんねぇんだぁ。お前がこっちに来ればいいじゃぁねぇかぁ」


 見つけました。直樹は例のピエロの前にいます。私は急いで駆け寄ろうとしましたが腕を掴まれてしまいます。


「放して!」

「駄目です愛樹様。あれに目を付けられれば死んでしまいます。今のところ何故か直樹様には殺意を向けておりません。今この状況で危険なのは寧ろ愛樹様です」


 式神の説得を受けて思い留まります。もし式神の言うことが正しいならば何もしない方が良いかもしれません。


「ほらよぉ。特別に来てやったぜぇ。それでぇ、俺様をいったいどうするってんだぁ。まさかその棒切れでぶん殴るとかかぁ?」

「ぼうじゃない!しゃくじっ、しゃくじょうだ!」


 直樹がピエロに向かって殴り掛かります。


「あっ」


 しかしそれは誰もが想像した通りに受け止められてしまいます。本来錫杖は聖なる力が込められています。もちろん直樹に与えた錫杖ミニも例外ではありません。触れるだけで低級の怪異や霊が消し飛ぶはずです。それでも消えることなく掴み続けることができているのはピエロの強さの証明とも言えます。


「実は俺様マジシャンって奴でよぉ、マジックができんだぁ。見せてやるよぉ」

「ああ、だ、だめ!!!」


 直樹の抵抗空しく錫杖を折られてしまいました。ピエロはそのまま折った錫杖を見せつけるように食べていきます。


「どうだぁ。俺様のマジックはよぉ」

「う、うあ、うあああーーー!!!!!」

「そうかそうか、泣くほどかぁ」

「く、これ以上は見ておれん!」


 怒り心頭な家令たちがピエロに向かって突進します。死ぬことがわかっていても主のために動ける彼らは従者として立派でしょう。しかし立派だとしても報われるわけではありません。



 家令は喉を貫かれ、庭師は上半身と下半身を分たれ、料理人は腹を失い、門番は頭部を潰され、侍従二人は生きたまま歯形状に全身を抉られて消えました。


「これじゃぁ殺戮ショーみたいだなぁ。どこかにケーキはねぇのかよぉ」

「だじゅげであがあざああーーー!!!」

「ちっ、そろそろ黙れよぉ」

「うっ!」


 直樹がお腹を殴られて動かなくなりました。一瞬殺されてしまったかと思いましたが、肩が動いているので本当に殺す気がないのでしょう。


「さぁてお二人さんよぉ、もし自分から死にに来てくれるならぁ、このガキの命だけは助けてやるよぉ」


 血まみれの汚いピエロが提案してきました。


「本当に約束してくれるのですね」

「愛樹様!?」


 驚いたように式神が止めてきます。


「大丈夫ですよ。私は直樹が生きていてくれるだけで幸せです。貴方には悪いですが、その命私たちのために使ってください」

「……仰せのままに」


 そうして私たちはピエロの元に歩みを進めました。愛の力は偉大です。本来なら悲しくて泣いてしまうような状況のはずですが、直樹が生きてくれるという事実だけでこんなにも歩いて行けます。明日死ぬ覚悟のなかった私でも、今死んでもいいと思えてきます。


「まさかホントに来てくれるとはなぁ、俺様感激だぜぇ」

「そんなことより約束を守ってくれますよね?」

「当然だぁ。俺様は約束を守るマジシャンだからよぉ」


 例えこれが嘘だったとしても直樹が殺されることはないでしょう。それでも何故直樹だけ生かそうとするのか気になりますが、私にはどうすることもできません。せめて私にとっての直迪さんみたいな人に助けてもらえるように祈っておきます。


「まず式神は死ね」

「ごほっ」


 隣にいた式神が胸を貫かれて吹き飛んでいきました。落下地点は直樹と飾り付けた木の天辺です。そこで多くの飾りを砕き落として引っかかります。そしてそこから流れた血が下部にあった直樹の飾りを赤く染めます。



 思えばあの式神とは今日で丁度一年の付き合いとなりました。式神が死後どうなるのか知りませんが、せめて死後の幸福を祈っておきましょう。

 そして次は私の番です。


「……決めたぜぇ、お前をどう殺すかぁ」

「やるなら早くやればいいっでしょう」

「ああ、もうやってる」


 直後、急速に体から力が抜けて転げ落ちます。目線の先には私の体と倒れた直樹が見えました。文字通り血の気が引いてきている中、私は直樹のことだけを考えます。




「まさかホントに活きるときが来るとはなぁ。折角だしあいつと作るかぁ、ガキの忘却役として近くにいるはずだしよぉ」





 いい人と会ってね、直樹。







分かりづらいので補足。


直樹 記憶からピエロを消された。具体的なことを思い出しづらくされた。

愛樹 ケーキになった。

ピエロ 実質初めてのケーキ作り。ちょっと焦がした。

人に憑りつく怪異 直樹からピエロと石竜子(せきりゅうし)の記憶を消して逃亡した。ちょっとだけピエロと仲良くなった。




直迪 隠れ家には誰もいなかった。早く帰らなければ家族が死ぬという情報が残されていたから急いで帰った。しかし全員死んでいた。さらに妻の頭部が乗ったケーキを見つけて発狂しかけたが、息子のため気合で正気を保ちながら屋敷に残った怪異を鏖殺した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ