第十四話 死者蘇生
死人が生き返ることは一部の例外を除けば絶対ないです。できたら例外です。
「【赤い街の殺人ピエロ】って知ってるか?」
その言葉を皮切りとして世界が赤く染まりました。いえ、ただ赤くなっただけではありません。場所が移動しています。先ほどまで僕の屋敷の庭だったのに、今では何処か別の街の住宅地になっています。
「二千三年八月三十一日、本日のニュースをお伝えします」
突如として近くにあった電気屋のテレビに電源が入り、女性キャスターがニュースを伝えます。番組内では二千三年八月三十一日を今日だと言っていますが、そんなはずありません。さらに二十年以上前に遡ったのでしょうか。
「日本中を騒がせたあの連続殺人事件の犯人が捕まったとのことです」
「このニュースよぉ、俺様がこの空間に引きずり込むとすぐ流れ出すんだ。酷いよなぁ、勝手に個人情報バラ撒いて」
「犯人はピエロの化粧をした男性で、服装は」
流れているニュースを無視してあっけらかんと説明してくれます。その間、せめて戦闘を有利に運ぼうと懐に手を伸ばそうとしたことで気づきました。身体が動きません。
「無駄だぜぇ。このニュースが流れている間は誰も動けない。俺様含めてな」
「取り調べでは、『誰でも良かった。ああいった人間を引き裂いたらどんな反応をするか気になった。』などと供述しており────────え?」
何か事情が変わったのでしょう。ニュースの途中でスタッフさんが女性キャスターに何かを伝えました。そこからキャスターが態度を一変させます。今までは安堵のような表情を浮かべていたキャスターが行き成り切羽詰まったような顔をしたのです。
「失礼しました。ここで速報です。犯人が逃走したとの情報です!外出している住人は今すぐに鍵を掛けた屋内に避難してください!犯人は逃走の際、『皆殺しだ』と叫んだそうです!繰り返します!」
そのニュースが放送されると同時に遠くから物凄い音がしました。バタンッ!バタンッ!というような強く扉を閉める音が鳴り響きました。そして音が収まるとテレビが電源を抜いたようにプツンッ、と途切れてしまいました。
「やっと終わったかぁ。長いんだよなぁ、毎回」
テレビの電源と共にこちらの金縛りも消えたようです。そこにはマジシャンの服を着たピエロではなく囚人服を着たピエロが立っていました。
「あんなにマジシャンだと言っていたのに今度は脱獄犯ですか」
「勘違いされたくねぇから言っとくけどよぉ、俺様は噂から生み出された怪異だ。だからこんな事件は存在しねぇ」
二十一世紀初頭、インターネットの普及により怪異は爆発的に増加しました。それにより噂から怪異が生まれる事実が発覚、人々を怖がらせるためだけの創作が禁じられました。ですが既に広まった噂は止まりませんでした。ご当地怪異とも言うべき【姦姦蛇螺】や【八尺様】が異常なまでに強化されてしまったのです。彼のピエロもそうなのでしょう。噂から生まれ、噂されるほど強くなる怪異、厄介です。
「俺様はどこにもいるはずのねぇ空虚な怪異だ。人をビビらしてぇから作られたのに大して噂になんなかったんだぜぇ。ホントひでぇよなぁ、人間って」
「僕からすれば噂を楽しみたいだけなのに、こういう怪異が生まれるほうがよっぽどヒドイと思いますけど」
「言うねぇ」
お互いを邪魔に思う、その一点で意気投合してしまったのか笑顔で返事をしてくれました。気持ち悪い。
「だが俺様はこの街の怪異としてここから出られなかったぁ。この街の怪異として生み出されたんだから当然っちゃトウゼンなんだが、俺様は出たかった。出たくて出タクテ死にそうだった」
「そのまま死んでくれれば良かったんですけどね」
ピエロは一瞬だけ不快そうに顔を歪めます。そしてすぐ笑顔になりました。まるでここからが面白いところだ、とでも言いたそうに。
「面白いのはここからだぁ。俺様が発狂しかかっているときに、ある怪異がやってきたぁ。何でもそいつは怪異解放連合つってよぉ、俺様みてぇなかわいそうな怪異を助けてんだとよぉ。何でも噂から生まれた怪異は噂によって在り方を変えるってぇ。だからマジシャンになることにした。俺様はマジシャンだ!誰が何と言おうとマジシャンだぁ!!」
かなり錯乱しているようです。ピエロの脱獄犯がマジシャンなどと。しかし無理もないでしょう。折角マジシャンとしての在り方を確立させかかっていたのにまた【赤い街の殺人ピエロ】に戻らなければならない、これにより今までの努力が全て水の泡です。
「にしても何故ここまでペラペラと教えて下さるのですか?勘違いされたくないだけではないでしょう。もしや根っこは道化のままということですか?」
「慈悲だぜぇ、天国へはエンマにワイロが必要そうだったからよぉ」
「ならやはり道化ですね。せめて土産になる土産話をするべきでしょうに。それに僕は六文銭だけで十分です」
その言葉を皮切りに僕はピエロに向かって走り出します。相手のナイフには何も特性がないのです。ここは最も効果的とされる退魔の効果を持つ武器での打撃でけりを付けましょう。
「やっぱガキだなぁ。何のためにピエロに戻ったと思ってんだよ」
不敵に笑うピエロが掻き消えます。直後、背後に霊力の高まりを感じました。すぐさま回避を試みたものの、背中を大きく切り裂かれてしまいました。九字護身法で防御力を高めていなければ骨まで切り裂かれていたでしょう。
「ちっ運のいいガキめ」
しかし厄介です。瞬間移動の異能を持つ怪異となると結界で移動範囲を狭める必要があります。そう考えている内に再びピエロが姿を消しました。またしても背後の霊力が高まっています。
「ぐっ!!」
しかし今度は移動してくると分かっていたため回避することができました。とはいえ路上を転がって回避したため次の行動ができません。その上路上に式神や陰陽術のための紙を落としてしまいました。
「おらよ!!」
強い衝撃が横から僕を吹き飛ばします。感覚的には何十秒も飛び続けた後、誰かの家のレンガ壁にぶつかることでようやく止まりました。よく見ると紙が落ちている箇所からはそこまで離れてはいませんでした。
「何だぁ?ホントに未来の俺様を殺したのかぁ?もしや勝てなかったから過去に戻って復讐しに来たのかぁ?だとしたら相当惨めなガキだなぁ!勝てねぇからって勝てそうなときまで戻ったのにまだ勝てねぇなんて!!ハハッ、そう思うと笑いが、フフフハハハハハ」
あのピエロが笑っている隙になんとか態勢を整えます。幸いにもピエロは蹴り飛ばしたであろう位置から一歩も動いていません。ならばまだ猶予があります。
「ふー笑った笑った。んじゃ、そろそろ殺すぜぇ、クソガキ。……あ?札?」
僕は式神に命じてピエロの周囲に結界用の札を貼り付けさせました。そして最後の一枚を今貼り付けました。これにより簡易的ではあるものの結界が完成しました。
「結界ですよ。ピエロにも分かるように言えばもうお得意の瞬間移動はできないということです」
「……だから何だってんだぁ。俺様は頑丈だからよぉ、滅多な術じゃぁ死なねぇぜぇ」
それはあの屋敷で見ましたから知っています。なので
「僕は今から貴方の頭部をこの錫杖で以て粉砕します」
「はぁ!?」
「【大地泥化】」
この術で結界内の大地を泥化させ、ピエロの体を地面に埋めます。しかし完全な泥となるまで時間が掛かるので少し待ちましょう。
「なんじゃこりゃぁ!レンガの道が泥みてぇに沈ませてきやがる!でもよぉ、何でも沈んじまうなら結界用の札が沈まねぇのはおかしいなぁ。てことはそこだけはまだ固い部分が残ってるってことじゃねぇのかぁ」
やはり気づきましたね。ですがきっとピエロなので忘れているのでしょう。あの辺りには陰陽術用の札が大量に散らばっていたことを。
「【烈風虞風】急急如律令」
「なに!?」
地面に埋まった札を起動し風を起こさせます。風で怯んだ隙に術で拘束しておきましょう。後は首だけ残るように埋めたら完成です。スイカ割りのように割れるまで叩きましょう。
ピエロの頭が咲けるほど殴り続けてようやく戻ってくることができました。襲撃してきた怪異は全滅させたので条件はクリアしたと考えてよいでしょう。
『本当に全滅させちゃうとはね。まぁ想像以上にあのピエロがバカだったこともあるかな』
「そうですね。止めを刺さずに笑い続けるのはピエロとして天才でしょう」
『ところでこれ、何かな?』
そう言って案内役の妖精が指差した先には僕が向けた錫杖がありました。
『こんなことしていいのかい?』
「僕は貴方に言われた通り襲撃してきた怪異を全滅させました。ですがこの錫杖が僕の物になった感じがないのです。そこで僕は考えました。条件がこれ以外にある可能性を」
『たしかに錫杖が君の物にならないのはそうとしか考えられないね』
妖精は静かに肯定してくれます。
「最初は貴方が偽物だと考えました。ですがその場合、この錫杖を貴方が手渡すはずがない」
『そうだね。一怪異の錫杖にしては伝承通りの性能すぎる』
またもや妖精が静かに肯定してくれたお陰で一つの確信を得ました。
「ここまで何の意図があるのか自分なりに考えてみました。まず過去を見せ続けられたのは母さんの大切さを今一度考えさせるためでしょう。そして今回の襲撃でお試しと渡したのは、手に入れようとした武器をさらに欲しくさせるためと言ったとこでしょうか。では何故わざわざそんなことをするのか?それは」
『母さんを取り戻すか武器を手に入れるか選ばせるため、だろ』
推理モノで一番おいしいとこを搔っ攫っていきましたね、あのクソ怪異。
『で、挑戦者。君はどうする?』
「どうとは?」
『急に察しが悪くなるな。当然母親か武器かどっちが欲しいか聞いているんだよ』
今までのおちゃらけた態度が嘘のように静まりました。代わりに心の奥底まで見通すような鋭い眼光へと変貌しています。
「無論武器です。母さんはもう死んでいて生き返らせることはできません。ですが武器なら生者を守ることができます。これは大きな違いであり」
『あー……六十五点』
「なにが!?」
至極真っ当なことを言ったはずなのにそこそこの点数を付けられました。怪異に人の心は分からないということでしょう。
『いやね~、あれなのよ、あれ。君の返答は消去法、つまり母親が生き返らないから武器を選んだ。じゃあもし母親が生き返るなら?』
「ありえない、そんな方法があるのなら父さんがとっくに試しているはずだ」
『あの父親は当主としての道を選んだ。つまり家族より血筋の方が大事ってわけ』
そんなはずがありません。父さんはいつも僕たいのことを思っていました。
『のわりには君の誕生日に仕事行ったよね』
「あれは怪異を追い詰めるため仕方なかった……はずです」
奇妙です。言い始めは自信を持っていたはずなのについ揺らいでしまいます。僕が生まれた日の父さんは心の底から喜んでいそうでしたのに。
『もうさ~認めちゃおうよ。父親は見捨てた、母親を助けるにはこれしかない。君の願いは母親を助けることであって、母親の代替を救うことじゃない。今一度思い出すべきだ、本当にやりたかったことを』
本当にやりたかったこと……。
「僕は母さんを生き返らせたいです」
『そうだね、ずっと願っていたことだ』
自然と視界が霞み、錫杖を持つ手がプルプルと震えてきます。
「母さんと、父さんで、今度こそ僕の、たっ、誕生日を祝ってほしっ、欲しいです」
『できるさ、母親が居なくなったから父親が狂ったんだ。そうに違いない』
滴が地面を濡らし、嗚咽が止まらなくなりました。
「あっ、あとっ、友達もいっ、一緒がいい」
『うん、君の家族がきっと助けになってくれるさ。だからさ、どっちを選ぶべきか分かるよね、挑戦者少年』
先ほどの問いに戻ってきました。その問いが僕の心に叩きつけられ、一切の情動を塞き止めるダムのように作用します。少し前まで決壊し氾濫した嗚咽が、夕立の如く止んだようです。
「僕は……………………………それでも武器を選びます」
僕がどちらを選ぶのか既に予想していた妖精は、今までにない位困惑した表情になりました。
『…………何故だい?母親を生き返らせたいんだろ?どうしてそうなる?』
「よく考えてみたんです。錫杖自身である貴方にできるなら、錫杖の正式な持ち主となった僕にもできるかもしれない」
『む、無理だよ。できるわけがない。第一、蘇生には時間制限が』
「嘘ですよね、それ」
この性悪妖精が時間制限という焦らせやすい要素をすぐ言わない理由がありません。それに、
「貴方は今、否定する一番の根拠として時間制限について言及しました。ということはこの試練の選択限定ではないということになります。さらに最初から蘇生が不可能だったとしても、こちらの選択であれば問題ありません。寧ろ予定通りです」
顎が外れそうな程呆けている妖精を前に、ずっと向けていた錫杖を大きく持ち上げて見せます。
『……は!もしかして殺す気かい?でもいいのかな、僕はこの錫杖と一心同体だから───』
「死ぬと使えなくなるとでも?自分の体に殴られても死なないでしょう」
錫杖を両手で持ち、きちんと構えます。
『ま、待て!話をしようよ!別に僕を殺す必要はないでしょ!なんなら蘇生についても教えて───』
「いえ、充分です。もう期待してないので」
『だから話を聞けって!何でそうも聞いてくれないんだ!』
「……だって貴方、怪異じゃないですか」
そう言って嗤いながらも、込められる力の分だけ力を込めて、思い切り振り下ろしました。
眩い光が収まった時、そこはどことも似つかぬ暗い空間でした。
「まずは試練突破おめでとう」
「!?」
殺したはずの妖精の声がしました。急いで背後を見るとそこには、妖精から羽を取り人間大にしたような男がいました。
「いや~、これで何人目かな~、三人目?」
「な、何故ここに!?貴方は確実に殺したはず!?」
「あれね、ただの分身。試練で追い詰めつつ武器か大切なものか選ばせることが仕事」
彼は何てことでもないように妖精について語り出しました。分身ということは彼もまた錫杖なのでしょうか。
「貴方はいったい?」
「ん?僕?僕はこの錫杖そのもの。製作者でもあったけど、わけあってこの錫杖に魂を封じたんだ。他に質問ある?」
人をイラつかせるような態度をした人が、憧れの偉大な先祖だったとは。少しガッカリです。
「とにかく僕は本当に試練をクリアできたってことでいいんですね?」
「あー、及第点かな。ギリ悩んでたし。怪異に惑わされない人って条件が少し怪しい。でも君の知恵と勇気に免じて合格にした。それとこっちからも質問。妖精殺害は過去何人も跳ね除けてきた最難関条件だったんだけど、君は何の確信があって殺せたの?」
そうですね。あの妖精が父さんを愚弄して許せなかっただとか、何の利も生まない怪異が生きていることに腹が立ったなどの動機はありました。ですがあの状況では殺さずに情報を聞き出した方が合理的だったでしょう。それでも殺害しようと思えた確信は、あれぐらいでしょう。
「僕は『直樹』ですから」
「……なるほど。いい親に恵まれたね」
彼は少し固まっていましたが、きちんと意味が伝わったでしょう。きちんとこの試練を覗いていたようですし。
「じゃあ本物の武器を渡そうか。こいつが『天球錫杖』。八つの円環は惑星を、真ん中の青い球が地球を現している。どんなことができるかはもう知っているよね」
「はい。文献によれば術のサポート、霊力の増加、どこにあっても呼べば手元に現れる、これぐらいでしょうか」
「大体あってる。ただね~君は半分合格みたいなものだから機能も半分に制限するね。でも君が本当の意味で合格できそうになったら勝手に解除されるようにしといたから、安心してね」
半分の制限はどれくらいのものでしょう。今回のお試しでは大きい術をばんばん発動できました。いつもなら一つ発動するだけで昏倒していたでしょう。
「それじゃあ君を送り返そう。きっと君の父親は驚くよ。十中八九無理だろうけどワンチャンあるかなって思ってたもん」
「はぁ。それはそうと貴方、平安時代の人にしては言葉遣いが少々、……現代的ではないですか?」
天球錫杖の製作者だと分かった時からの疑問をぶつけてみます。
「それはほら、僕って歴代最強の陰陽師だったから凄い精度の占いで次の合格者が出るまでにその時代の喋り方をマスターしてるんだ」
「何という才能の無駄遣い」
「いやいや、言葉を合わせるのは必要だよ。百年違うと話通じないから」
何となく共感しにくい話を終えると視界が光に包まれます。この試練中に何度もお世話になった術です。
「……あ、忘れるとこだった。一応あの白いのには気を付けるんだよ。運命が乱れていて僕の占いでもよく分からないから」
「え!?白いのとは何のことですか!?」
恐らく喋っている最中には既に飛ばされてしまったのでしょう。返事を聞くことは叶いませんでした。
「おお、どうじゃったか。身をもッ……」
「父さん、ただいま。及第点でしたが何とか合格にな……困惑?理解!?絶命!!とぉぉぉおさぁぁあああーーーーーんんん!!!!!」
それはそうと滅茶苦茶驚かれました。




