第十二話 蒼の繭
「あお」の読み方を持つ漢字
・青:ブルーの総称。この中で唯一の常用漢字。
・蒼:伝統色の緑。控え目な色や灰色を指す場合がある。
・碧:青緑。「みどり」とも読む。
わたし、間 真由。役立たずの小学一年生。ちょっと前にみんなと幽霊屋敷に行ったら襲われたの。そのときのわたしは本当にダメだった。わたしにしかできないことがなかった。だからわたしも戦えるような力が欲しい。そう思って朝一のフリーマーケットにやって来たの。ここには不要になった道具系の怪異を売る人がいて、そこで掘り出し物を見つけて強くなろうと思った。
「力が欲しいか?」
「いいえ、お断りします」
怪異【力配りおじさん】。力を欲している人の下に赴いて、それに関連した力を与えてくれる。でも感情を高めて暴走させる危険な怪異でもあるの。きっぱりと拒絶しないと勝手に力を与えてくる厄介な性質ももってるし、これに頼るのは本当に行き詰ったときぐらいだね。
見ていると気になったイスがあった。そのイスはかなり大きく、茶色のゴツゴツとした表面を輝かせている。そこに掲げられた、怪異の売り物であることを示す札も併せて一つの芸術みたいだった。
「すみません。このイスはどんな怪異なんですか?」
「はい。この椅子ですか?こちらの椅子は常に太陽のある方角が正面にくるよう一人でに動き続けるんです」
一般的な怪異ならこの程度だね。日焼け跡を作ることに役立ちそうだけど、戦いに使えなさそうなのでやめておく。そもそも買えない額だったし。
また適当にふらついていると今度は漢方が目に入る。赤、青、緑、黄色とカラフルな粉が多い。売り手であるおばあさんに話を聞いてみた。
「これかい。これはね全身の骨を柔らかくする薬さ。どんな場所にだって入れるよ。こっちは一時的に怪異が見えるようになる薬。そしてこいつが半年分寿命を削るかわりに超人になれる薬さ」
これにわたしは少し悩んだ。確かに使えそうな薬ではあったけど、智美ちゃんがもう持ってそうだったし、さらに葛藤して買わないことにした。寿命を削るほど追い込まれてるわけでもないしね。
その決断を伝えて探索を再開すると、何やら怪しいブースにやって来た。そこではぼろきれを纏った一人の初老が切り盛りしている。商品は布を被せられているため中身が何なのかはわからない。
「すいません。ここは何を売っているんですか?」
「子供が来るとこじゃねぇ帰んな」
「ここただのフリーマーケットでしょ!何よ子どもが来るとこじゃないって!」
子ども扱いされたことに腹を立てたわたしはいつもより大きな声をあげてしまう。その声が聞こえたのか周りの人もこちらへ視線を向け始めた。初老は辺りを見回し、心底面倒くさそうに返事をしてくれた。
「こいつはな、寄生植物の怪異だ。身体を蝕むかわりに超人的な力を生み出す奴だ」
「え!?違法?」
「合法だ!と言ってもこんなものを使うのは実力のない霊能力者ぐらいだけどな」
初老はそこまで話すと遠くを見てギョッとしていた。釣られてわたしも見ると、そこにはパトカーが止まっていた。やはり違法なのでは。
振り返るとそこには初老や商品の姿がない。逃げたのかな。やはり違法では。
よく見ると地面に敷かれたシートの上にポツンと何かが落ちている。拾ってみると種だということがわかった。
「君か、通報にあったのは?」
誰かが後ろから声を掛けてきた。わたしは咄嗟に種を上着のポケットに入れて振り向く。そこにはさっきのパトカーの持ち主であろう警官が二人いた。事情を聞かれたから、初老について詳しく話した。だけど先ほど拾った種は何故か秘密にしなければならないと思って話さなかった。
翌日。起きて布団から這いずって出てきた。妙な気持ち悪さを覚えつつ、時間を確認する。今日は学校のない日だし、平日よりも遅く起きているはず。そんな予想を裏切りように時針は六を、分針は十二を指していた。珍しい早起きに驚きながら、朝日を浴びるためカーテンを開ける。一面のまっさらな青さに歓喜し、しばらく浴びていたくなった。
「おーい。真由ー、ご飯だぞー」
気づけばいつも起きているような時間となり兄が起こしに来た。デリカシーなく扉を開けた兄と対面し、まだ寝間着だったことを思い出す。
「ちょっとお兄ちゃん!部屋に入らないでって何度言ったらわかるの!」
「すまんすまん。でもお前入んなきゃ起きねぇじゃん。普段から起きてたら入んねぇよ」
そんな風に言い放ち、お兄ちゃんは階段を駆け下りていった。階段の音にも気づかないで、日光浴に夢中だったことを思い出して違和感を覚えた。そんなにわたしは日光浴が好きだったかなぁ。念のため、怪異の可能性も頭に入れて階段を下りた。
食卓ではお兄ちゃんが既に食べ始めてママと雑談していた。なんでも部屋に入られたくないなら早起きすればいいのにだって。余計なお世話じゃい。とにかく喉が渇いていたから水を要求して席に座る。
パパはまだ起きていないのか食事の準備だけ置いてある。
「ねぇママ。朝早起きして日光浴びたくなるって怪異かな?」
「何言ってんの。健康になっただけじゃない。それより天気予報見た?今日午後から雨だって。洗濯物どうしようかしら」
呆れたように言い返されちゃった。取り敢えず水をおかわりしてどう反論したらいいか考えていると、パパも起きてきた。先に着替えを済ませたのかな。普段着を着ている。どうやら会社は休みみたい。
「ねぇパパ。朝早起きして日光浴びたくなるって怪異だよね?」
「あのな真由、人間はそう簡単に怪異に襲われない。襲われるのは弱ってる人や縄張りに足を踏み入れた人、あるいは最初から見えてる人ぐらいだ。真由のはただそういう日だったっだけだろう」
もっともな言い分で言い負かされちゃった。確かにそういう気分の日と言われればそうとも言えちゃう。実害がでるまで気にしないでおこう。
「ママ水~」
「珍しいわね。もう三杯目よ」
やっぱりおかしい。変に喉が渇く。その後、早めに朝食を切り上げて外に出る。原因がわたしの部屋にあるかもしれないからね。
行先は前日にフリーマーケットを開催していた公園。もしかしたらここで怪異を貰ったかもしれない。昨日の行動を思い返してみると謎の種の存在を思い出した。
「あの種はたしか……上着のポケットに入れたっけ。あれ?」
今来ている上着は昨日来た上着と同じもののはず。それなのになぜか種が消えている。落としたのかな。いやそれはないよね。このポケットの構造は上から物を入れるタイプ。穴でも空いていない限り落ちることはないよね。だとしたらどこに行っちゃったの。
消えた種、落ちていた場所が売店、そこに売られていたの寄生植物の怪異、日光浴、渇き。嫌な思考が頭の中を巡っていく。くらくらとして立つことすらままならなくなった。
「力が欲しいか?」
「へっ?あっ、いらない!」
不安感やストレスから怒鳴るように【力配りおじさん】の誘いを断っちゃった。大きな声を上げちゃったから周りの視線を集める。居心地が悪くなって、そそくさとその場を立ち去った。でも唐突に来た怪異のおかげで思考を中断し、冷静になる時間ができた。
あの人が売っていた怪異なら、商品についてあの人が知らないわけがない。まずは昨日の初老を探そう。
「すみません。昨日ここにいた初老について知りませんか?」
「ごめんなさい。わからないわ」
「すみません。昨日ここにいた初老について知りませんか?」
「知らんな」
「すみません。昨日ここにいた初老について知りませんか?」
「わしゃー昨日はここにおらんかったからなぁ。探してぇなら占い師にでも聞いてみりゃどうじゃ」
結果は全敗。誰一人として知っている人はいなかった。それでも占い師に相談するという手を使ったけど、知っている占い師はみんな半年の予約待ち。間に合いそうにないね。
それでも諦めるわけにはいかないから公園を歩き回る。フリーマーケットは今日まで開催していて、何か現状を打開する怪異があるかもしれないし。
とりあえず怪異を売っている人のところに突撃する。
「すみません。この怪異は何ですか?」
「こいつは周りの植物の生長を速める風車だよ。見ててごらん。フー、フー、ほらッ!こうして風車を回すと辺り一帯の植物が……ってあれ?もう行っちゃった?」
逆効果だった。体中の植物が明確に成長したことを感じる。ズキズキとした痛みが全身を襲い叫び出しそうになる。けれど希望も見えたね。植物を成長させる怪異があるなら植物を枯らす怪異もあるハズ。わたしはそれを探せばいい。
そう考えて探し続けたが、一向に見つからない。既に時計は十二時を指し示し、ご飯時だと告げていた。わたしも食べなきゃ動けない。一旦帰るべきかと家の方向を見る。そこにあの初老がいた。思わず空腹も忘れて彼に突っ込んでいく。
「力が───」
「いらない!」
途中【力配りおじさん】が道を塞ぎ訊ねてくる。その一瞬、目を離したせいで初老を見失っちゃった。さっきまでいた場所に行くと、狭い路地があった。多分ここに行ったんだね。わたしは全速力で駆け抜ける。
そうして遂に初老に追いついた。
「ねぇ!昨日あんたが落とした種拾ったんだけどそしたら入っちゃって!どうしたら治るの!?」
「はぁ?……ああお前さん、昨日商売邪魔しやがったガキだな。そうか無くなったと思った種がそんなとこに……そいつぁもう助からねぇぞ。あの種類は一日経ったら既に大部分に根を張ってる。駆除専用の薬もあるが……お前さんにやる義理もねぇ」
「そんな!!」
やっとここまでこれたのに。そんな気持ちが溢れてくる。ここまでの努力が無に帰るという虚しさ、死んでしまうかもという恐怖、これからどうなるのかという絶望。そういった感情がこみ上げ、頬を冷たく濡らす。
これ涙?違う。そうじゃない。これは涙じゃない。もっと上から降ってきてる。そのことに気付き空を見上げて、さらに絶望した。雨が降ってきていたの。朝の天気予報では午後から雨だと言っていたのに。少し予報が早まったのかな。そんなことを考えていると降ってきた雨を肌が吸って、下にある根が浮き彫りになる。歓喜しているのかな。今までにないくらい成長して、口から大量の葉が飛び出し生い茂る。
「ほぉ~珍しい。もう最終段階か。折角だし解説してやる。その種は寄生した後、宿主の趣向を変化させ水や日光を摂らせる。んで、その栄養で成長し花を咲かせる。花が咲くまでは宿主を強制的に生かすが、咲くと宿主を殺す。……にしてもよかったな。お前さん、霊力があったらすぐ成長して死んでたぜ」
初老は笑いながらそうのたまった。けどわたしは素直に聞いていられる状態じゃない。すでに生い茂った葉が飛び出し続けて喋ることすらままならない。兎にも角にもこのままでは花が咲いて死んじゃう。せめて雨が凌げる場所があればと一欠けらの希望に賭けて、路地を駆け出した。
「ん?この植物は路地から出たところで収まんねぇぞ。寧ろ当たる雨の量や明るさが増える分、急成長する」
路地から出た途端、その男の言葉が真実であることを立証するかのように、一層激しく成長した。その様子を目の当たりにした一般人たちが我先にと逃げ出していく。隣り合う人を押してまで逃げようとする危険な逃げ方だったけど、怪異に襲われるかもって思うとそれが一番マシかもしれない。そうして辺り一面見渡す限り、路上にいた人間は全て消えちゃった。これでもう人に助けを乞うことはできないね。
それでも奴を見つける助けになった。
「力が欲しいか?」
「はぁ!?お前さん!こんな怪異呼び寄せるほどヤバイ状態だったんか!!」
この【力配りおじさん】という怪異は願いにあった力をくれる。それは返事をしなかった場合でも同じ。わたしの願いはこの場を切り抜けて、みんなに追いつく力が欲しいこと。
「そうか、力が欲しいか。ならば与えよう。霊力を燃料に燃える炎の力を」
その言葉が聞こえた瞬間、体の芯から暖かくなっていった。気が付けば身体から青い炎が零れだして、寄生植物を焼き払った。視界を埋め尽くしていた蒼が青になって、息苦しさが消えた。体感だけど、この炎は勢いが弱くて熱くもない。呼吸もできるし酸素も消費していないのかなぁ。
「ホントに霊力が燃料になってるんだ」
その事実にある種感動しているとあの初老がいなくなっていることに気付いた。あの人を逃がしたせいでいったいどれだけの被害が出るのか分からないけど、もうどうでもよくなっちゃった。重要なのはこの力でどう役立てるか、ただそれだけ。
「待っててね、みんな。わたしがいなくちゃダメってこと、教えてあげるんだから」
その言葉を皮切りに雨の街を駆け出す。それは通報を聞いた霊能力者に出くわさないためというより、今のわたしの力を検証するためだった。そして一通り確かめた後、暗い帰路の中考える。
それは果たして元からの願いだったか、それとも暴走した感情が故の願いか。
どっちだとしても願いは叶えることでしか満たされない猛炎である、と。
間 真由という名前は「人と怪異の間で揺れ動く怪物の繭」から連想して付けました。
という嘘をこの話を作り終わると同時に思いつきました。
実際は何も設定が決まってない頃に何となくで決めました。




