第一話 転生
処女作です。
突然だが君たちは死後、神様の手によって異世界にチートを持って転生することが出来るとなったらどうするか。
私だったら『五感問わず認識するだけで格下を支配する』そんなチートをねだり転生するだろう。ただし、剣と魔法のハイファンタジーではなく現代日本のローファンタジーでもってだ。
そして私は実行した。機会があったからだ。見事望んだチートを持って現代日本風な異世界に転生することが出来た。だが、それにはいくつか問題があった。
まず転生後の身体がとても弱かったことだ。アルビノで、弱視で、心臓が弱く運動が出来ない。おまけに生まれた直後心臓が止まりもした。持前のチートで自分の身体を支配し強制的に心臓を動かさなくては、そのままリスキルだったろう。
問題はほかにもある。この世界には幽霊、神様、怪奇現象が当たり前に認知されていて、一部それを活用し生活している。基本的には無害だが、ある条件を満たすと襲ってくる、そんな連中が多い。その条件の多くは認識すること。何故かは知らないが、人間も見続けてられたら何かしら反応する。きっとそういうことなんだと思う。
そしてこの世界の人々はそこまで見えていない。見えて精々、幽霊程度だ。お互いに認識せず、干渉せず、関わらずに生きていく。そんな人が大半だ。しかし稀に、生まれつき霊感が強くはっきりと認識できてしまう不幸な人もいる。そんな人はオカルト関連から狙われやすく早死にしやすい。
そして今夜、それを実感している。
「誰か!助けて!!幽霊に襲われッゴホッゴホ」
どうやら私もはっきり見える不幸な人だったらしく絶賛逃走中。病弱な私ではこれ以上声も出せず、夜なため人もいない。唯一の救いは、病院生活なため見回りの看護師に出会えば助けを呼んでくれるかもしれないことだ。そう思ってかれこれ体感5分は走り続けている。
「きゃっ」
限界が近かったせいか、足を捻ってしまった。このままでは白く美しい絹のような肌が赤く穢されてしまう。せめて来世は100年行きたいと期待に目を瞑る。だがそんな未来は訪れなかった。
ゴキュ。
「大丈夫ですか。お嬢ちゃん」
何かが潰れたような鈍い音とともに、こちらをからかう声がする。
「後藤おじさん!でも今日は依頼があったから病院には居ないはずじゃ?」
「それなんだが、思ったよりも早く依頼が片付いてな。念のため見に来たんだよ」
先ほどオカルト関連をはっきりと認識できてしまう不幸な人は早死にすると言ったが、中には死なずに修行を積み、逆に倒したり成仏させたりする祓い屋のような職に就く人もいる。彼はその一人、後藤さん。主に悪霊を成仏させることが仕事の髭面おじさんだ。
墓所や病院のような人が多く死ぬ場所では悪霊や怪異が出やすいため、常にそれに対応した専門家が待機していなければならないと法に記されている。しかしそうした職は殉職しやすいこともあって人手不足気味だ。現存する施設よりも人員が少ないことで、今夜のような空きが出てきてしまう。
「わーい。じゃあ病室まで負ぶってよ。私逃げるの疲れちゃった」
「あいよ、にしても災難だったな。俺が居ない日に限って出るなんて…ってもう寝てるし」
最初は柔らかくこちらを覗いていた瞳が次第に固く真剣に、あるいは何か憂いを帯びたものとなるまでにそう多くは掛からなかった。彼が私の願いを叶えようと歩みを進める中、寝たふりをしていた私も本当に夢の国へと誘われた。疲れからかもしれないし、抱えた問題を考えたくなかったからかもしれない。あるいは、それすらもどうでもよく、今はただこの暖かくも大きな背中が心地よかった。それだけかもしれない。
翌日早朝。
丁寧な仕草で入ってきた看護師が私の支度の手伝いをする。
「喜美候部さん。昨晩は大変でしたね。お変わりないですか?」
「うん。後藤おじさんのおかげでぐっすり眠れたよ」
他愛のない雑談をしながら着替えや朝食を済ませているうちに、今の私がどういう存在なのか説明しておこう。
私の名前は喜美候部 愛寿夏。今を時めく5歳児だ。前世は男だったが、今世では女になっている。生まれつき心臓が悪く激しい運動が出来ない。
「はーい、こちらご飯ですよー」
「ありがとー、いただきます」
加えてアルビノで全体的に肌が白く、目の色は淡青色だ。アルビノ由来の弱視と眼振によりものは見えずらい。だから普段はサングラスをかけて生活している。だけど怪異だけははっきりと見えるらしくて、その瞬間だけは眼振も収まりじっと見つめることができる。恐らく光ではなく、また別のもので見ているからだろう。
「ごちそうさまでした」
「今日はどうするの?また敷地内を歩くの?」
「うん、ちょっと熱いけど外の方が楽しいから」
「痛くなったらすぐ戻るのよ。ほら、喜美候部さん身体弱いから」
「わかってるって」
怪異を見れるこの目は時に、どう襲われるかわかるため危険を避けられるかもしれない。だが怪異は見られたからこそ襲ってくるのが大半だ。さらに言えば襲ってくるのは怪異関連だけではない。人間もだ。
アルビノは昔から呪術の素材として付け狙われている。前世でもそのことが原因の事件があった。当然、怪異が栄えたこの世界の方が確実に成功する方法が伝わっている分質が悪い。
そのうえ私の両親はいわゆる権力者の類で、その子供である私を攫おうとする人もいた。
極めつけは私が美少女であるということだろう。当然ソッチの趣味の人も狙おうとする。
「だからこそ、このチートだけでもあってくれて助かった」
私が得たこのチート、敢えて名付けるなら徴収特権。支配した相手に命令を下したり、状態を把握し能力や寿命を吸収したりできる。まさにチート中のチートとも言える性能だ。ただし私のように持ち主が弱すぎなければの話だが。
支配する条件は相手が格下、つまりその状況において半々の確率で殺せるか否かで判定される。つまり空を飛んでいる鳥に目を向けたとしても
「くっ、弾かれた」
空を飛ぶ鳥すら落とせない。精々が地面にいる蟻とか、高いジャンプの飛蝗とか、いつの間にか集ってくる蝿とか、こいつらで限界だ。それでもわざわざ日を浴びてまでこのチートを使い続けなければならない理由がある。それは
「あーすーかちゃん、つーかまーえたー」
「えっ」
突如として地面に穴が開いた。思考を優先しすぎたせいか受け身を取ることさえ出来ず足を挫いてしまう。
「ぐふふ、やっと会えたね愛寿夏ちゃん。僕ずっと待っていたんだゾ」
「は?え?誰?」
理解が追い付かない。そんな中せめて誰かと問うことが出来たのは、褒められるべきことだろう。
「ん?んん?んんんんん?あっ、そじゃった、そうじゃった。僕と逢瀬した記憶がない!それは汝と僕が運命の出会いをする前であるからだろーーう!!だが安心してほしい。その運命の時は今、この時のことだったのだ。さあ共に運命の道をゆこう!!いざ、いざ、いざ、力とともにあらんことを!!!」
「要するにまだ出会ったことのない人で不審者。だけど今であったから問題ないよね♡駆け落ちしよう。こういうこと?」
「そういうこと」
「どういうこと!?」
よくはわからないが敵であるのに間違いはない。まずはどうにか逃げなければ。
「ねぇおにぃさぁん。私のことを好きでいてくれるのは嬉しいけど、いきなり駆け落ちはチョット早いんじゃないかなぁ。まずはお友達でどうかなぁ」
「ふぉお!!それはそれは僕としても感謝感激雨あられ。喜んで受け入れましょう」
「じゃぁ」
「しかしそれでは遅いのです。既にッ!僕のッ!!我慢はッ!!!限界を越しているッ!!!!」
「ガッ」
直後、何か固いものが押しつけられ強烈な痛みが襲った。それと同時に体の自由が利かなくなり倒れこんでしまう。
「フフフ。そこで少し待っていてくださいネ。大丈夫デス。すぐに汝とは夫婦の関係に戻れますかラ」
そういうと男は私を縛り車を急発進させ、私を連れ去ってしまった。
体が動かずどうしようもないためせめて窓からの景色を覚えておく。同時にやっと落ち着いてきたので情報を整理しておこう。
まず今私は誘拐犯と思わしき中度肥満体型の男とワゴン車の中にいる。穴に落ちた先がワゴン車なのは恐らく怪異を利用したのだろう。怪異のなかには現象として条件を満たすと勝手に発動するタイプが存在する。この発動条件さえ知っていれば逆に怪異を利用できる。
私はこの車お後部座席に倒れており、時折こちらをチラチラと盗み見るかのように誘拐犯が視線をよこしてくる。目があった際はまるでリンゴのように顔を赤くして、視線を戻す様など本当に愛しているかのように……いや私5歳児なんですけど。
それではまるで本当に彼が異乗性癖で異常者かのように…。いや、よく考えてみれば彼のしゃべり方も何処かおかしい。口調が安定していない。もしかしたら何か事情があるのかもしれない。例えば霊に取り憑つかれているなどの……やはり何も見えない。彼はもとからああだったかもしれない。
暫くして出発時の乱暴さが嘘かのように優しく、こちらを気遣うかのように停車した。そこはからの目的地なのだろうか。どこかノスタルジック溢れる廃工場。その工場名が目に入る。確か倒産したものの関係者が夜逃げして施設を解体することができなくなった場所だ。
「愛寿夏ちゃん着いたわよー」
まずい。まだこちらは痺れが残っていてすぐに動ける状態ではない。時間稼ぎをしなければ。
「ねぇおにぃさぁん。せっかくだからぁどうしてぇ私に惚れたのか教えてぇ」
「ナント!!!そちらから興味を持ってくれるとは!?いいでしょう。お教えしましょう。僕と汝の混沌に導かれし運命の一目ぼれヲッ!!!」
そこからクソキモかったので要約する。
1.パチンコが当たらなかったので遠くのパチンコで打った。
2.帰りに病院の敷地で虫取りしている私に一目ぼれした。
3.ストーカーになった。
4.誘拐を実行した。
これだけのことをかなり長く語ってくれたおかげで痺れも完治した。むしろ怖気がした。
「さて、いささか語り足りないデスが僕にも予定があるノデ」
夕焼けの明かりが施設を朱色に染める。斜陽が差すのは私か彼か。ここでの博打によりどちらが紅に顔を染めるかが決まる。
「ねぇおにぃさぁん。朝から晩まで語ったのはぁ、チョット迂闊だったんじゃなぁい。ほら聞こえるよ。あっちの方からぁ君を逮捕しに来たパトカーが」
「!?」
彼は思わず振り向いてしまう。当然だろう。捕まってしまえば彼の夢は叶わないのだから。
そう、だからこそ隙になる。
「なんだ、何も聞こえないじゃないかって、ハエっぐ、ぐわーー!!!ハエが目に!!!」
「ねぇおにぃさぁん。知ってるぅ、虫って1日の移動距離ぃ、結構あるんだぁ♡」
何も私はただ聞いていたんじゃない。ずっと病院から配下の虫達を呼び寄せていたのだ。そして私がそんな隙を逃すわけもなく、股間を、一蹴り、二蹴り、三蹴り。
「がっ、お、お前よくも、ぜ、絶対に許さん。その顔をぐちゃぐちゃにしてぶっ殺して、ゴホッ」
「ほらぁ食えよ、食えよ食っちまえよ!そんで喉に詰まらせて死ね」
もう取り繕う必要もなくなったため口調も前世に戻す。例え5年間喋り方を偽っていても以外と変わらないものだ。
…彼が窒息して気絶するまで少し時間が空くためその間に攫われる前の話の続きをするとしよう。
「実は私の寿命は残り半年程。それに気づいたのは生誕直後。無理やり私の心臓を動かすため徴収特権を使ったときだ。少し絶望したよ。私の寿命がそんなに少ないなんて。でも不思議と驚きは少なかった。生まれた直後に心臓が止まっているからな。もともと寿命が少ないのは想像に容易い」
今だ意識があるのか彼のハエが突っ込んでいない方の目がこちらを大きく見開く。
「だからこそこのチートを使って虫達から寿命を吸い取ろうと、日差しがきつい中敷地に出て虫取りになんて興じていた。それは少しでも長生きしたいという生存欲求の発露、そう思って構わない。だがそれだけではない。断じてそれだけではないのだ」
彼が白目を剥き出しにし、暴れていた体の動きが少なくなる。
「私は人が何人死のうが構わない、どれだけ不幸になろうが容赦しない。前世ではそう生きてきた。でも転生して、生まれて初めて誰かの世話にならないと生きていけなくなって気づいた。前世もああいう笑顔で他人に奉仕できる人に救われたことがあったんじゃないかって。そう思ったら少しは借りを返したいと思った。そのためにも今は理解できないけど、いつか完全に理解したいから、だから・・・・・・寿命頂戴♡」
彼の体がビクンと一層跳ねて以降動きがなくなる。
「発動せよ、徴収特権」
彼との間に確かな繋がりができたと実感する。
「まずは傷を治せ。次に私を病院まで送っていけ、最後に今後について命令する。筋トレしろ、ギャンブルやめろ、酒やたばこもだ、真っ当な職に就け、余った時間は自分磨きに専念しろ、呼んだらすぐ来い、以上だ」
「はい」
疲れた様子でふらふらと立ち上がりながらも返事だけはしっかりと行わせる。
「ああそれと……寿命5年分ありがとね」
しばらくして。
「もうどこ行ってたの!心配したんだからね!!」
「ごめんなさい、いつも通りに遊んでいたんだけど、怪異に巻き込まれちゃって……でもね!あのお兄さんが助けてくれたの!!そのおかげで戻ってこれたの!!!」
知らない人が私を運んできたのを見てひと悶着あったが、特に問題なく帰ってくることが出来た。
ただし怪異に襲われたとあって暫く外には出られそうにないため、寿命集めは彼の肉体を通して遠隔で頑張るとしよう。




