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得意と不得意は紙一重

春の爽やかな陽気がジメっとした空気に変わり始めたころ。

横浜大岡川沿いの桜はすっかり葉桜となり、風に揺られてサワサワと心地よい音を立てていた。


謎の留年生、美園蒼がクラスの仲間になって早1ヶ月が経とうとしている。

柚月は自分の性格の秘密を蒼に知られてからというものの、毎日気が気じゃなかったが、蒼は周りに柚月のことを言いふらす様な事はしなかった。

時々、揶揄う様な視線を送ってくるが、笑顔で躱わすしかない。

蒼と柚月が知り合いだったことに対してクラスのみんなから質問攻めにあう事もあったが、現状まだ以前と変わりない生活を送ることが出来ている。


変わった事といえば、蒼のことを知ろうとする女子の爛々とした視線は随分と減り、柚月と美桜、悟と蒼の4人でよく一緒に行動する様になった事くらいだろうか。

悟は元々柚月たちと常に行動を共にしているというよりは事あるごとに話しかけに来るといったイメージだったが、蒼がクラスに合流した初日のランチ以来柚月たちと関わることが増えていた。特に蒼と柚月が話している時にいつの間にか悟が横に来ているといった具合だ。最近では悟が発端となって4人で何かをすることが増えてきた。


周りから見た時に優しい性格でクラスの人気者柚月、ミステリアスなキャラの蒼、お人形みたいなゆるふわな美桜、ムードメーカーの悟という集まりはクラスに留まらず、いつの間にか学校中で目立つ集団となっていた。


「お、蒼がいる。やほー。あ、柚月ちゃん、美桜ちゃんも居るー!おはようー!今日も可愛いね。蒼には勿体ない」

「あ、三浦先輩おはようございます」

「おはようございまぁす」

移動教室の途中。蒼の1年生時代の元クラスメイト三浦隆也(みうらたかや)に話しかけられた。隆也は柚月の手を両手で握りながら満面の笑みとなっている。

美桜が凄い顔でこちらを見ているが、柚月は見なかったことにする。


隆也は蒼と同じくらいの身長で整った顔立ちをしており、パーマを充てた髪の毛がフワフワと風に揺れている。隆也は女の子に対する距離が近く、その顔立ちや振る舞いから周囲の女の子を勘違いさせるという。よく告白もされるが、特定の人は作らない事で有名だと蒼が言っていた。罪な男である。


柚月と美桜も蒼と一緒に居る時はよく話しかけられるので、隆也のこのテンションに最初は戸惑ったものの、最近軽く流すくらいには慣れてきたところだ。

隆也は女の子にしか興味がないのか、悟の存在をスルーする事が多い。


「隆也朝からうるせぇよ。てか、いつまで有野さんの手を握るつもりだ」

バシッと柚月の手を握る隆也を引き剥がす。

「それが先輩に対する態度かね美園くん?」


蒼は特にこの隆也とは仲が良かったのだろう。留年を揶揄う様な言い回しはあれど、笑い合い軽快なやり取りをする二人はどこか楽しそうで、蒼の知らない一面も出てくる。

「お前、今度ウチの教室にも顔出せよ。突然居なくなった奴が何事も無かったようにまた1年生やってるって、ザワついた時期もあったんだぞ。()()()も話しかけていいのか迷ってたし…」

「はいはい、気が向いたらな」

「お前、それ絶対来ないやつ」


隆也の言う()()()とは誰だろう。隆也は先ほどまでのテンションはどこへやら。眉尻は少し下がっており悲しそうな顔をする。

蒼とあいつと呼ばれたその人は、3人で仲が良かったのだろうか。どんな話をしていたんだろう。


「お、もう時間だ。俺行くわ。蒼、絶対顔出せよ?」


柚月と美桜にも手を振りながら去っていく隆也を蒼は遠い目で見ている。短いやり取りだったが、柚月にとって蒼の過去に通じる情報が色々と隠されていた様に思う。

蒼の過去がチラつく度にいつか理由を話してくれる日は来るのだろうかと柚月は蒼の事を見つめるのであった。


***


「ゆづちゃん、体育やだよぉ…仮病使おうかなぁ。あーーあと20分後に頭が痛くなる予報がぁ…!」

「私、バドミントン結構好きだよ、一緒にラリーしようよ!」

お昼休み、体操服の入ったピンクの可愛い袋に顔を埋めて駄々をこねる美桜。

今日の体育は女子がバドミントン。男子はバスケットボールが種目となっている。

柚月は小学生の時にバドミントンクラブに入っていた為、前回の体育で久しぶりにラケットに触れた事でバドミントンの楽しさが再熱していた。


「女子はバドか…俺らバスケだもんな、めっちゃカッコよくシュート決めて女子の視線を集めるのはお前なんだ蒼…」

悟が美桜の真似をするように体操着入れに突っ伏しながら1人愚痴る。

先週の体育で蒼は素晴らしい活躍を見せていた。

バスケ部をも凌駕する動きにクラスの女子はおろか、男子も蒼に釘付けとなったくらいだ。

まるでボールに意思があって自ら蒼に引きつけられるように相手チームの手元から蒼の手元に戻ってくる。

…かと思えば相手の意表をついて味方にパスを回して得点に繋げていた。


「うーん、じゃあ悟、決めやすいタイミングでパスしてやるから、ゴール下で待機してろよ」

「ゴール下の棒立ちでシュート決めても何かダセーじゃん」

「川上悟よ。大丈夫。シュート外しても美桜とゆづちゃんが盛大に笑ってあげる」

「バカにするのは坂倉だけだろー、有野は絶対笑わない」

柚月はゴール下でソワソワしながら棒立ちになっている悟を想像してクスリと笑いが溢れた。

「有野何想像したの!?」

「ごめんごめん、何でもないよ」

柚月はこの何気ないやり取りが好きだ。この4人で過ごす時間に居心地の良さを感じる。


先日の体育では1年の視察で見に来ていたバスケ部の先輩が、ポイントガードとしてバスケ部に入らないかと蒼に熱烈な勧誘をしており、しばらく止まなかった。

バスケ部の先輩は「お前がここまでやれるなんて知らなかった」と言っていたので、1年の時には本領を発揮していなかったのかも知れない。


お昼休みも終わり、嫌々ながら着替えた美桜と一緒に柚月は体育館へと向かう。

柚月たちの通う高校は体育館が大きくバスケットボールコートが2面とれる広さがあった。

体育館の中心をネットで区切り、1面はバスケットボールを、もう1面はバドミントン用のネットを4面分張って行われる。

体育の授業は2クラス同時で行われるため、対戦相手として隣のクラスの子達と当たる事も多い。


少し早く体育館に着いた柚月と美桜は体育倉庫からラケットを持ってきたり、ネットのゆるみを直したりと準備に取り掛かっていた。柚月は結構こだわるタイプで、少しのゆるみが気になって仕方がなかった。

美桜はそんな柚月に嫌々ながらも付き合ってくれている。


「2人とも早いね、みおちんが体育に前のめりなんて珍しいねー!」

「あかりんも早いね〜!」

声をかけてきたのはあかりん事、佐野朱里(さのあかり)だった。美桜の中学時代の同級生で少し天然な雰囲気がある子である。よく美桜に教科書を借りに来るので、隣に居た柚月もおのずと仲良くなった。

朱里は隣のクラスなので、授業が同じタイミングで行われている。


3人で準備を進めているとすぐにやる事が無くなってしまった。まだ授業開始まで時間があったので簡単なラリーをして遊ぶことにする。

美桜と柚月がコートを挟んでラケットを構える。朱里は審判の位置についた。

しかし、美桜からサーブを始めようとするものの、空振りが続き、中々柚月のコートに飛ばない。

美桜のシャトル拾いが続き、段々と表情が暗くなっていく。

「やだぁ…全然打てないっ!!本当に苦手っ!!」

「みおちん、焦らずゆっくりで良いよー!」

もう一度、美桜がサーブを打とうとしたところに蒼と悟がやってくる。


「あー!坂倉がこんな早くからバトン握ってるー!珍しいものを見た気がするわぁー」

「美桜だって、早く来ることくらいあるもん!」

「2人も今日は早いね」

バスケコートにはまだ誰も来ていない。

「あー、悟がゴール練したいって言うから付き合っただけ。」

「こっそりやる予定だったのに、1番見せたい有野さんが居たら意味なく無い??バラしたら意味なく無い??」

どうやら柚月に本番かっこいい所を見せたいという魂胆があったようだが、計画が頓挫したようだ。

蒼に恨めしそうにグイグイ寄っていく悟だが、悟の動きが分かっているかの様な慣れた動きでサッと避けるとその足で美桜の元へと移動した。


「坂倉さん、サーブを打つ時シャトルを投げるんじゃなくて、身体から離れた所に落とす感覚でやってみて。ラケットを振る時も力まずリラックスして、体全体で打つイメージ」

ラケットと、シャトルを握りしめたままの美桜に向かって、蒼がサーブのアドバイスをする。


「…やってみる」

美桜はもうどうにでもなれ、と言いたげな顔をしつつも素直に一息ついて、身体の前に腕を伸ばす。手を離しただけのフワッと落としたシャトルを掬い上げる様に打ち上げた。

シャトルはコートを越えて柚月の手前にポトリと落ちる。

「美桜ちゃん凄い…!打てた!私びっくりして固まっちゃったよ」

「み、美桜も驚いた…。初めてサーブをまともに打てたかもしれない。…ありがとう、美園蒼」

「先制点取れてよかったね。どういたしまして。」

美桜は先ほどまでの不満げな顔はどこへやら。満面の笑みでぴょんぴょん跳ねている。柚月はシャトルを拾い上げてネットに近づくと美桜と朱里とハイタッチをした。


「蒼ってさ、なんでも出来るよな。勉強もスポーツも。文武両道って感じ。俺が女だったら惚れてるわ」

悟が蒼の腕に抱きついて上目遣いに言った。珍しく蒼の顔が引き攣っている。最近悟は蒼にくっつく癖がある。

「やめろ、気持ち悪い。俺は何でも出来るわけじゃないよ。相手の動きを読んで対処する系が得意なだけ。陸上みたいな身体作りからやるスポーツとか苦手だし」


「私は逆に1人でやるスポーツの方が得意かもしれない。相手や仲間が何考えてるか読むの苦手だし、1人で暴走したらどうしようって思っちゃう」

柚月は中学の時、地味女としてなるべく存在感を消す事に勤めていたが、真帆がみんなの輪の中に引き入れるものだから毎度気を張り詰めていた事を思い出す。負けたとしても自分の責任で片付く1人競技が好きだった。


「有野さん、相手の行動を読むとか得意そうだけどね。俺から見る限り。」

蒼の言葉に美桜と悟もうんうんと頷いている。3人の目には柚月がそう映っているのかと少し驚いた。確かに柚月は常に相手の考えていそうな事を予測して行動に移す事が多い。

だが、それは子供の頃からほぼ無意識に行なっている事で、スポーツの様に意識してやろうとすると中々上手くいかない。


「私、適正診断とかすごい好きなんだけど、自分の性格に合ったスポーツを紹介してくれるような物もあるんだよー!」

朱里がスマートフォンを操作し、4人にURLを送った。開いてみると「スポーツ適正診断~あなたの性格からおすすめの競技を紹介!~」と書いてある。

質問と4択のラジオボタンが設置されたシンプルな作りだった。

質問に答えようとしたタイミングで予鈴が鳴りクラスメイト達が続々と体育館に集まってくる。

そろそろ授業が始まる。柚月達はこの話は後程授業の後にしよう、と解散をした。


蒼のアドバイスを聞いてから美桜のサーブは見違えるほど良くなっていた。

先生も何事かと美桜を褒める。前回の授業の際、心配していた様だ。相手チームとなった隣のクラスの子も美桜が相手なら勝てると油断していたのか、鮮やかに打ち返されるシャトルに気を取られた振り遅れる場面が多々あった。


美桜は体育の時間中、終始ご満悦だった。他のクラスメイト達も美桜にサーブを教わりに行く。美桜は先ほが蒼が言った言葉を一文一句間違える事なくドヤ顔で伝えていた。

「ゆづちゃん、美園蒼ってすごいね」

「そうだね。だけど、教えてもらってすぐ出来るようになる美桜ちゃんはもっと凄いと思うな」

柚月が褒めると、より満面の笑みとなった。後ろで束ねたポニーテールが揺れている。


隣のコートでは男子バスケの試合が行われていた。蒼達は圧倒的点差で勝っている。

的確なパス、素早い切り返し、時々開く漆黒の瞳から観覧組は目が離せないようだ。

隣に座っていた子も蒼の活躍に黄色い声をあげている。


柚月も例に漏れず蒼を目で追っていたら一瞬蒼と目が合った気がした。もう試合時間は数秒しかない。ゴール下で蒼の手元にボールが来たので、最後にシュートするかと思えばノールックで悟の方へパスを出した。

悟は突然ボールが手元に来てびっくりした様子だったが、瞬時にシュート体勢に入り見事ボールはゴールに吸い込まれていった。直後に試合終了の合図がなる。


1番驚いているのはシュートを打った張本人である悟だったが、シュートを打てる位置にいたのに打たなかった蒼のプレーにも周りは驚いた様子だった。


悟は柚月が見ている事に気がつくとガッツポーズをする。いつも明るい悟だがより一層キラキラしている様に見えた。その様子を見て蒼も何だか満足そうな顔をしている。

「ほら、ゴール前に棒立ちしなくても打てたじゃん。周りは大歓声。」

「気が付いたらボールを持ってて、気が付いたらシュートが入った!しかもそれがブザービート!!お前タイミングめっっちゃ凄いな!?」


試合を見ていた女子達も歓喜に沸いていた。悟の名前を叫んでいる子もいる。

ただの体育の授業内で行われている試合のはずが、試合さながらの熱量となっている。これら全て蒼が作り出したと言っても過言ではない。


蒼は悟や周りから尊敬のまなざしを受け、少し居心地の悪そうな顔をすると、輪の中から外れて通用口へと向かっていった。授業はまだ続いているがどこへ行くのだろう。先生も特別咎める様子はなく、次のチームの召集をかけていた。


蒼は優しかったり、アドバイスをくれたり、気を利かしたりしてくれるけど、こちらから蒼に近づこうとするとやんわり壁を作って逃げられる感覚があった。

気になったものの、蒼にそのことを聞くことはしない。柚月だって秘密はあるが、それについて言及されたら居心地が悪いと感じるだろう。


柚月はバスケを見ていた壁沿いから立ち上がると、自分のラケットを持ちバドミントンコートに向かった。



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