8.加害者は……
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停学明けの初登校の朝――
予想通り、陽にとって劣悪なものになった。
校門を潜る前から男子生徒に女子生徒、果ては教師にまで、あらゆる者から嫌味陰口を浴びせられた。
美女美少女に囲まれていたことで以前から男子諸君からは妬みを受けていたが、今や女性からも性犯罪を犯した者として軽蔑の視線を向けられるようになった。
なお、陽が悪感情を催す原因は陰口だけではない。
「東雲ぇ、ちょっと話があんだけどよぉ――」
陽は昇降口で上履きに履き替える間にも、態と騒ぎを起こそうと校則違反に髪を明るく染めたガラの悪い奴等に絡まれた。
この学校は某有名私大の附属高校として有名だが、最近ではスポーツ推薦で推薦枠をばら撒いた弊害でうだつが上がらず半グレ化した輩がそれなりにいた。
陽は頭の悪い恫喝に気付かぬふりをして速やかに監視カメラの目がある教室に避難した。ちなみに、これらの監視カメラは防犯の名目で陽が停学中に備え付けられたものだった。
しかし、監視カメラの範囲内が安全とは限らない。教室内でもコソコソと陽に嫌がらせをする者が後を絶たなかった。
(監視カメラの陳腐化が早過ぎない?)
陽は学園の全てを嘲笑うのだった。
「東雲ってば性懲りもなく、また登校してきたんだ〜? 早く学校を辞めてくんないかなぁ? 雪希ちゃんもそう思わない?」
「雪希ちゃんも彼氏の堂島君もあいつと関係があるように見られて、いい迷惑だよね~」
「う、うん……」
陽が教室に入ってくるや雪希の友人である『三島 由香』と『安藤 沙織』が大声で叩く陰口を、雪希は気まずい気持ちで聞いていた。
(陽は謂れのない罪を着せられている。そして、悪し様に言う彼女達は罪を着せた加害者……私も加害者……)
彼女達は堂島のファンだ。彼女達は堂島に好かれたいと思っており、しかし同時に、自分達のスペックでは堂島に相手してもらえないことを悟っていた。
だから、彼女達は雪希を堂島に紹介して交際へと導き、雪希達の甘酸っぱい付き合いを間近で鑑賞することで堂島との偽装恋愛を楽しんでいた。
そして、彼女達は堂島が絶対的正義だと勘違いしていた。だから、敵対する陽を遠慮なく恥さらしと罵れるのだ。
(この子達に良心の呵責というものはないのだろうか?)
雪希だって先の冤罪事件に加担したのだから、情状酌量の余地は無い。
それでも、雪希は友人達のこれらの行為が酷く醜汚なものに見えた。
(こんな子達だったろうか。こんな子達を守る為に私は……)
それはつい最近までは感じなかった違和感だった。
「雪希ちゃんだって、元とはいえ、あんな奴が幼馴染だったなんて超貧乏くじだよね~」
「いや、その……」
雪希が陽に視線を向けると、彼は自席で突っ伏していた。
その机は酷い言葉の落書きに塗れていた。
(よぉ……)
大声をあげて懺悔したい。
それができればどんなに楽だろうか。
しかし、今の雪希にはそれすらも許されなかった。
雪希は吐き気を催し、思わず口を抑えた。
(よぉ……よぉ……うぅ……)
雪希は授業中も悲壮な面持ちで陽を見つめ続ける。
しかし、縋るその視線に気付き気遣う者は彼女の友人を含めて誰もいなかった。
* * * * *
放課後――
陽は堂島とその取り巻きに囲まれていた。
日中の短い休憩時間は監視カメラという安全地帯に隠れることが出来た。しかし、下校時間に至って彼等の執拗な追手を撒ききれなかったのだ。
(仕掛けてくれると思っていたけれど、初日からとは何ともせっかちで恐れ入るよ。よほど僕のことが嫌いなんだね)
堂島の表情には憤怒という言葉が似合うほど目を釣り上げていた。
しかし、この剣呑な視線にも陽は臆することはない。
なぜなら――
(奇遇だね。僕も君達が大嫌いなんだよ)
「東雲ぇ~。なんでまた、学校に来ちまったんだよ。雪希が悲しむだろうが」
「如月が悲しむかどうかなんて僕の知ったことではないよ。君のお陰で、僕と彼女の関係は晴れて赤の他人とグレードアップしたからね」
「はははッ! あれだけ未練たっぷりだったのに、赤の他人とはえらい心変わりだなぁ。でも、いいのかぁ? 後から『僕の幼馴染を返せぇ!』とか吠え面かくなよぉ」
「まさか。僕にとってはもはや関係が切れた人間だ。未練を持つはずがない。だから、堂島――」
陽は目一杯、相手を蔑む笑みを浮かべて――
「君と如月がよしなにしようと、君の悪事が如月にバレて恋人関係に終焉を迎えようと、全て君の自業自得なんだよ」
「っ!? 知った風に! お前が俺や雪希の視界に入った時点で、お前は絶対的加害者なんだよっ!!」
(さすが堂島、超理論の天才だね。あと、連日部活をさぼってないで、ちゃんと青春したら?)
ちなみに堂島の取り巻きは堂島と同じくサッカー部員が多く、今日のサッカー部の活動は閑散としていることだろう。
そんな陽の心のツッコミを他所に、堂島は宣う。
「これから正義を執行する」
「うすら寒い宣言だね」
堂島の中で、陽は恋人である雪希から心を奪う極悪人なのだろう。
「あと、正義を振りかざすなら、お仲間で取り囲むのではなく、サシにしてほしかったかな」
「口だけは回るヤツだ。安心しろ、お前が望む通りタイマンをしてやるよ。だが――」
堂島が顎を上げると、囲む集団から一人が突き出された。
それは小柄でヒョロく気弱そうな青年で、彼は下を俯きながら何かをブツブツと呟いていた。
「お前を許せないと言っている彼と、な」
「自分の手を汚さないつもりかい。徹底した下衆っぷりだね」
「彼の愛する幼馴染がお前の事をいたく嫌いらしくてな。彼はそんな彼女にいいところを見せたいらしい」
(馬鹿馬鹿しい。粗方、脅されたに違いない)
「我々も彼の男気に免じて魅せ場を譲ろうということになってな。と言うことで、今日の我々はバトルコロシアムの観客だ」
「これが正義とは、どうやら僕の知る正義と定義が随分異なるようだね」
「そうかもな。でも、どうだっていい。自分の安っぽい正義感で一方的に痛めつけられるも良し、相手を殴り返しても良し。言えることは『監視カメラが見ているぞ』だ」
「残念ながら、監視カメラには取り囲む君達を映す仕様になっていないみたいだね。また理事叔父さんにでも泣きついた?」
「……」
沈黙は肯定を表していた。
しかし、証拠は平等に扱われない以上、陽から彼を攻撃するわけにはいかなかった。
「気付いたところで、どちらにしろお前は破滅だ」
「気持ち悪い嗤い顔をしているね」
「お前の嫌味もこれが最後だと思うと心地良いな」
「そうかい。ちなみに、彼の名前は?」
「さぁ?」
陽は名前すら知られていない青年(今後、「名無し君」と呼ぶことにした)に顔を向ける。
それから、陽はこの場にいる者全てに言い放った。
「好きにしたら? ただし、次は無い」
名無し君はビクリと震え、血走らせた目を陽に向ける。
「大丈夫だ。そもそも次の機会なんて訪れないからな。それじゃあ――」
《東雲を襲え》
「うぅ……あぁっ!!」
両方に脅された名無し君は屈する先を多数決で決めた。
そして、彼は陽に抱きつくように飛びかかった。
陽はそれを身軽に避ける。そして、その場にいる者達からも距離を離した。
逃走を試みるが、脱出路を塞がれ叶わない。
襲いかかる名無し君を闘牛の要領で躱し取り巻き達に突っ込ませ怯んだ隙に逃げようとするが、やはりすぐに取り囲まれてしまった。
鬼ごっこの様な攻防は幾度も繰り返される。
遅滞作戦は陽が出来るささやかな抵抗だった。
「東雲ぇ……」
上手く事が運ばず、堂島は悔しげに声を漏らす。
しかし、次の瞬間――
「お前はつくづく甘い奴だよ」
堂島はその表情を嗤い顔に変えた。
「お前が拳を振るわなくても、全てはお前のせいなんだよぉ」
「――っ!!」
瞬時、陽は名無し君に肉薄する。
「あっ――」
名無し君が驚くのも無理はない。
味方であったはずの取り巻きが拳を振るい、敵であるはずの陽が己の代わりにその狂拳を受け止めたのだ。
「ぐっ……」
「双方やる気無し。よって、両者敗北だ。天罰として私刑を執行する」
堂島の宣言と同時に、堂島の取り巻きは一斉に陽に殴りかかった。
彼等には容赦というものがなかった。己の行為が問題視されることはなく、逆に陽がやり返せばそれが問題視されるのだ。遠慮する必要がどこにあろうか。
学校は堂島を模範的な好青年として祭り上げていた。かたや陽には犯罪者のレッテルを押し付けて容赦なく差別をしているのだ。堂島の言う通り、正義は彼等にあった。
彼等は名無し君にも殴りかかったが、それらも陽が代わりに受け止めた。
「あははっ! そんなに殴られてぇか!!」
爛々とした陽の瞳に触発され、やがて彼等は陽を叩きのめすことに夢中になりだす。
そして、陽は方々から殴打された。
躱し往なすが次々と拳に襲われらやがて膝をついて――
「オラァッ!!」
――ガキィッッ!!
彼等の一人に胸を蹴り上げられ、陽は破壊音と共に後方に吹き飛んだ。
更に――
「まだまだァッッ!!」
「何をしてるんですか!?」
彼等が倒れ伏す陽に追い討ちをかけようとしたところ、突如、上がる叫び声。それは正義感の強いふりをした女教師の声だった。
「ちぃっ、間が悪い! 引き揚げるぞ!」
自分達の味方でない教師の登場に思わず舌打ちする堂島。彼は直ぐに計画中止と撤退を決めこんだ。
「これくらいにしてやるよ! 明日から来るんじゃねえぞ!」
堂島達は捨て台詞を吐いて速やかに退散するのだった。
陽もすぐに起き上がり、面倒事が起きる前にと場を離れようとする。
「陽くん、待って!」
しかし、その前に声の主に呼び止められてしまう。
「……無視は流石に不味いか……」
陽はぼやきながら制服に付いた泥を叩き、視線を声の方に向けた。
そこにはスーツ姿の女性が立っていた。
「なんですか? 廣瀬先生」
陽は昔馴染みの眼の前の女性を「先生」と呼んだ。
彼女――『廣瀬 羽海』という女性は陽の言う通り、この学校の非常勤講師だった。
年齢は陽の8歳歳上だが、彼女は二十代半ばと思えない程に可愛らしいルックスをした女性だった。髪型も少し明るめの色したボブカットと彼女の愛らしさを際立たせていた。なお、ジャケットの上からでも分かる程に起伏が激しい双乳は、その幼い顔立ちと異なり彼女が大人の女性であることを激しく主張していた。
そんな彼女はぽわぽわと朗らかな性格で男女共に人気があった。
また、距離感がバグっていることで有名だった。彼女は生徒と会話する時も肌が触れ合うほどに近い。
しかし、今の陽はその彼女ですら近付けない程に剣呑な雰囲気を醸し出していた。
「いや……あの、その……陽くん、大丈夫? 手当を……」
「いりません。あと、ここでは何も見なかったことにしてください。これ以上、廣瀬先生にご迷惑をおかけするわけにはいきませんので」
何もするな――陽は言外に拒絶の意思を込めた。
しかし、その意図は相手には伝わらなかった。
「あの……昔みたいに羽海ちゃんと言ってくれても……」
「ここは学校ですよ。生徒が教師を名前呼びするのも、教師が生徒に愛称で呼ばれて喜ぶのも不味いに決まってるでしょう」
「だけど、二人きりの時くらいは……」
「二人きりじゃないですよ。ここには名無し君もいます。教師が生徒の人数すら認識できないとは頭にウジ虫でも涌いてんのかよ」
自然ときつい言葉が混じる。それでも、羽海は陽と久しぶりの会話する機会を求めていた。
彼女は縋る様な視線を陽の横顔に向けて――
「昔みたいに好きあってはくれないの?」
彼女は他人が聞けば勘違いしたくなる様な言葉を発するのだった。
(昔みたい……そうだ、昔からそうだ)
羽海とは陽が幼少の時から付き合いがあり、羽海は昔からこちらが赤面する程に好意を包み隠さず言葉にしてきた。そして、彼女は一度気持ちが入ると周りが見えなくなる癖があった。
今も陽との久しぶりの会話に、彼女は陽との間で沢山の『幸福』を得たことを、その時に芽生えた幼い彼への慕情を思い出し、そして、想いを暴走させていた。
「もう、触れてはいけないの?」
「抱き合ってはいけないの?」
「愛を……幸せを伝えてはくれないの?」
「私は――」
「なに気持ち悪いことを言ってるんだよ」
陽は溜め息を吐き彼女の言葉を止めた。
「触れていいか、だって? 駄目に決まってるでしょう。憎き相手になんか絶対に触られたくない。蕁麻疹が出る」
冷たい陽の視線が羽海に突き刺さる。
もう、触れることも、近付くことすらも許されない。
憎悪の対象となってしまった彼女に許されるのは、教師として遠目から彼の生き様を見守ることだけだった。
それでも――
羽海は「あの――」と立ち去ろうとする陽を再び呼び止めた。
それは羽海が唯一出来ること――
「私、東雲君が被害者だとちゃんと信じてますから! ずっとずっと、貴方の味方ですから!」
彼を信じていることを――
羽海はその想いを声に乗せて伝えるのだった。
「――何を言ってるんだよ」
ぞっとするほどに冷たい声。
「被害者? 信じてる? そりゃ、僕が被害者であることは知っているだろうさ。なにせ加害者は貴女なのだから」
「あっ……」
「そんなつもりじゃなかった? 僕のことを想ってやった? それらは被害者には絶対に響かない言い訳だね」
「あぁ……」
彼女がいかに図々しく烏滸がましいことをほざいているか――
己の傲慢を糾弾され、羽海は何も言い返せなかった。
「その気遣いすらも気持ち悪い。本当に僕のことを想ってくれるなら、できる限り無様に野垂れ死んでくれないか」
「陽くっ……」
もう一度陽に伸ばした手はやはり空振り、羽海はその場にへたり込んだ。
「もはや、話すことなど有りはしない。二度と声をかけないでくれ」
陽はその捨て台詞を吐いてその場を立ち去った。
そして、羽海は彼を留めることは出来なかった。
「あの……」
その場には名無し君も残っていた。
彼は羽海に気遣うが、羽海は返事が出来なかった。
「あの……」
名無し君は再び声をかけるが己に発言権がないことに気付く。
彼もまた羽海を置いて立ち去った。
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作者の今後の執筆の励みになります。
 




