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7.いつも手遅れ

メリクリ♫


 (すが)る雪希を見捨てた。

 後悔など無い。あるはずが無い。

 むしろ、高揚とした気分だった。


「今さら謝罪とか……如月の図々しさには驚かされるなぁ」


 陽は「あはは」と明るく嗤った。

 顔色の悪さと相まって、元来の端正な顔立ちを歪めて嗤う様は狂気を帯びていた。


(あいつ等の密会は想定の範囲内だったが――)

「仲間割れの大立ち回りから、裏切り者本人が弱みを差し出そうとするとは想像以上だ……くくく」


 今日の雪希を見て確信した。

 雪希の心は壊れ始めていた。


 陽への罪の意識が己の心を傷つけ続ける。

 しかし、彼女を苦しめるものはそれだけではなかった。


 雪希の心は周囲の認識以上に繊細だ。そして、今までの彼女は陽が傍にいることで心の安寧を保っていた。

 しかし、自ら離れて2ヶ月、陽に縁を絶たれて数週間、拠り所を無くした雪希の心は限界を迎えていた。


 ボロボロの雪希の心を更に追い詰めるのは偽装彼氏の堂島だ。

 雪希が堂島と交際する理由はひとえに陽の気を引くためだった。勿論、雪希は堂島のことなど愛していない。それでも、自分を誤魔化し堂島との仲睦まじさを無理に強調してきた。


(心が脆弱なヤツがそんなことをすれば、(たちま)ち調子を崩すのは自明の理だろうに)


 今更に苦悩の原因に気付いた雪希は、しかし一方で、堂島と絶縁したくても大事な友達(モノ)のために疎遠になることすら許されないジレンマに陥っていた。


「思い詰めているアイツを呑気に心配していた自分の甘っちょろさが憎らしい」


 追い詰められた雪希に明るい未来はない。

 堂島の本質は破壊者だ。このまま堂島の脅しに屈すれば、雪希は堂島のおもちゃとして扱われて心身ともに破壊されることだろう。


(そして、壊れた雪希の面倒を見る良心が堂島にある訳が無い。捨てられて終わりだ)


『――助けて、よぉ……』


 裏切っておきながら、助けを求める雪希の声が思い出される。


 その姿は弱々しく――


 陽の心の中で「ざりっ……」という異音がした。


「ちっ……」


 陽は舌打ちをする。


 もし、陽が雪希に手心を加えれば――

 陽ならば雪希を救うことは可能だ。手段を問わなければ寧ろ容易と言えた。

 そして、救われた雪希はかつて以上に己に懐くことだろう。言えば色々と尽くしてくれるに違いない。

 雪希は街を歩けば誰もが振り向く程の美女だ。スタイルも良く、服の上からでも分かるくらい肉感的だ。雪希を救う見返りに彼女を手に入れられるのであれば悪くない、むしろ魅力的な話なのかもしれない。


 しかし――


「彼女の恋心など邪魔でしかない」


 はっきり言おう。信用できない恋心など不要なのだ。

 そして、陽は美貌をパートナーを選ぶ時の条件にしていない。あって困らない程度で、雪希に対しても美人という感想はあるが、それ以上に思うところはなかった。


「かつての幼馴染の不幸に、同情など全くしていない」


「あるのは敵意だけだよ」


「裏切られた僕の憎しみは彼女の苦悩で揺らぐことはない」


「彼女が弱ろうと壊れようと知ったことじゃない」


「むしろ、徹底的に壊れればいいんだ」


「そうだ。壊れてしまえ」


 陽は次々と憎悪を吐き捨てる。


 陽に拒絶された――

 堂島の下に戻るわけにもいかない――

 堂島から離れようにも、大事なお友達が邪魔をする――


 雪希はこれからも右往左往するばかりだろう。


 更にちょっとした嫌がらせとして、中途半端に己の過ちを気付かせてやった。

 雪希が更に心を荒ませて無様に踊ってくれる姿が目に浮かんだ。


「彼女が勝手に堕ちる。僕は止めないだけ、助けないだけだ」


『――助けて、よぉ……』


――ざりっ……


 再び心の中で異音がする。


 しかし――


「もう手遅れなんだよ」


 陽は口角を歪に上げて笑顔を作り、この異音を無視した。



  * * * * *



「お……お義兄ちゃん――」


 帰宅し玄関で靴を脱いでいるところ、陽は後ろから呼び止められた。

 振り向くと、そこには義妹の『光莉(ひかり)』が立っていた。


 最近の光莉は義兄()の帰宅を必ず出迎えていた。

 今日も扉の開閉音を聞くや急いで駆けつけたのだ。


「お……お帰りなさい。その……今日は笑顔。い……いいことあった? そ……それなら、私も嬉しいんだけど」


 陽の笑顔を見た光莉は腰まである濡羽色の髪を揺らしふわりと微笑みを浮かべた。実際に光莉は義兄が久しぶりに笑顔を浮かべていることが嬉しくて堪らなかった。


 しかし、陽は光莉の想いに反してに笑顔をすぐさま消した。

 彼は何も言わずに光莉の横をすり抜ける。


 今や、陽は光莉を義妹として認めていなかった。

 義妹だったかもしれないナニカくらいの認識だ。

 そして、できるだけ関わりたくない同居人その1だった。


「お――お義兄ちゃんっ! あの……」


 光莉は言葉を発しようとして――

 しかし、口籠った。


 光莉は少しでも態度で気持ちを表そうと手を伸ばすも、しかし、その手も陽に避けられてしまった。


「どの口が義兄(あに)と呼ぶのさ」


 陽は振り向きざま光莉を鋭く睨みつけた。

 途端に狼狽える光莉。


「それで何か用? 言いたいことがあるならはっきり言いなよ」

「あ……あの……その……」


 光莉は般若の表情を浮かべる義兄を見て色をなくし、更にしどろもどろさせた。


また(・・)監禁されたとでも言う? 次は何を僕のせいにするのかな? 今度は強姦されたと(うそぶ)く? 残念だったね。それは従兄妹殿によって既に使い古されたネタなんだよ」

「そ……そんなつもりじゃ……お義兄ちゃんにそんなことは……」

「既にしでかした人間が言っても全く信用がないね」


「いや……あの、その……私は……」


 謝りたい――

 光莉はその一心で、毎回、義兄を出迎えていた。


 浴びる嫌悪の空気――

 刺すような厳しい視線――


 引っ込み思案の光莉には義兄の出迎えはまさに苦行だった。

 それでも仲の良い兄妹に戻りたくて、彼女は必死に耐えた。


 だから、今日も義兄を出迎えて――


「その……お義兄ちゃんに謝りたくて……あっ……」


 しかし、光莉がやっとの思いで捻り出したその言葉は陽に届くことはなかった。

 その時既に陽はその場にはおらず、自室に籠もってしまっていた。

 呆然と義兄の部屋に通ずる階段を見上げる光莉。


「いつだって、私は遅すぎる……そのせいで大切な人を傷付ける……」



 光莉には大きなトラウマがあった。

 咎とも言えるものだった。


 『東雲 光莉』は育ち(・・)の良い子だった。

 彼女のセックスシンボルは小学最高学年から目立ち始め、高校1年の今やアルファベット順で9番目の豊かな胸、嫋やかな腰回りや愛らしい顔立ち、円らな瞳等など――光莉は男子諸君のずりネタ(・・・・)として非常に人気がある恵体を備えていた。

 その一方で、ワンテンポ遅い光莉の言動はその容姿も相まって同性からはぶりっ子だとよく反感の的となっていた。

 光莉はやがて彼女達からイジメられる様になり――彼女は度々引き篭もる様になった。


(でも、お義兄ちゃんは学校に行かずに引き籠もる私を気遣ってくれた。いつも癒やしてくれた)


――お義兄ちゃんさえいてくれればそれだけで幸せ。それなのに……


 引き籠る義妹(光莉)と、それを受容し世話してくれる義兄()――

 あろうことか義父(光莉にとっても、陽にとっても血の繋がらない父親)は、この構造を義兄による義妹の自宅監禁として警察や児童相談所に通報してしまった。光莉の不登校に憂慮した学校や光莉の実姉(陽にとっては義姉)が義父の妄言に同調したことも疑いを強めた。


(でも、一番の責任は私だ。私が悪いんだ……)


 当の本人(光莉)が事実を問われた際、光莉は聞かれもしないのに義兄に囲われる喜びを語って、結局は義兄の監禁行為を肯定してしまった。


 それが事態をより複雑にして――

 義兄の自宅監禁の罪は事実無根のはずなのに推定有罪の扱いとなり、結果、義兄は謂れなき罪をまた一つ背負うこととなってしまった。


 勿論、勝手に自宅監禁と騒ぎ出した義父や姉が悪い。

 しかし、これを否定しなかった光莉も同罪だ。引っ込み思案な性格と義兄への感謝が暴走したなど言い訳にもならない。邪な想いが(よぎ)ったのも事実だったのだ。


(私が悪いんだ……私が……)



 そして、光莉は義兄の部屋の前に立ち尽くす。


「お義兄ちゃん……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 光莉は譫言(うわごと)のように謝罪の言葉を呟いた。

 しかし、今日もその謝罪は扉の向こうにいる義兄には届かない。


「ううぅ…………」


 光莉はその場で(うずくま)り、己の手遅れを嘆き涙を零すのだった。



  * * * * *



 その日の夜、雪希もまたベッドで身悶えていた。


 身体は怠く疲労を訴えていた。

 それでも、眠気など一切訪れない。

 いつも以上に眠れなかった。


「よぉ……」


 愛し人の名前を呼ぶが、寂寥感が紛れることは無かった。


 ショッキングなことは立て続けに起こるものだ。

 己が裏切り追い打ちをかけた愛し人()は、最後まで裏切り者(雪希)を想って身を(てい)して守ってくれていた。

 汚れてしまった過去を少しでも清算しようとするが、逆に堂島に脅されてしまった。

 そして、漸く出会えた陽には拒絶され見捨てられてしまった。


「よぉ……」


 不安に押し潰されそうな時、雪希は陽を想って己を慰める癖があった。

 今も、彼女は陽のジャージを鼻に押し当てて手をそこに伸ばした。 

 しかし、今日はいくら激しくしても憂いが紛れることはなく、逆に罪悪感に苛まされるばかりだった。


 気付けば外が白ずんできていた。

 結局は一睡も出来なかったのだ。


(今日から陽が復学する。でも……)


 陽に合わせる顔がない。 

 堂島との件も解決していない。

 全てを放り投げだしてしまいたい。


「よぉ……」


 そして、涙がまた溢れてくるのだった。


 これではいけないと気を紛らわせるために、雪希は帰宅後一度も見ていなかったスマホを手に取った。

 電源を入れるとたくさんの着信通知が残っていた。


(由香ちゃんに沙織……あ、電話もしてくれてたんだ……休みがちな私を心配してくれて……電話に出れなかったこと、謝らなきゃ……)


 雪希は友人の気遣いに癒される。

 それから、雪希はグループチャットを開いて、彼女達の昨晩のやり取りを後追いした。

 友達情報のチェックは好きではないが、友人関係の維持に必要と雪希のルーティンになっていた。


 彼女達のやり取りは意味不明なスタンプや略語が多く読みづらい。解読するように、読み進めていく。

 しかし、画面をスクロールしていくうちに段々と不穏な内容になっていく。


 雪希は徐々に上体を起こしていって――


(よぉ……よぉ……)


 画面のスクロールが最下段に辿り着いた時、雪希は枕に顔を埋めた。


「また……陽が貶められる」


 それは停学明けの陽を狙う堂島発案の卑劣な罠だった。


「あぁ……」


 の罠のターゲットは陽だけでない。陽を見捨てる事が出来るか、雪希への踏み絵も兼ねているに違いなかった。

 雪希の事を思って企画されたことがチャット上で繰り返し強調されていた。


「どうすればいい……どうすればよかった?」


 雪希は選択を迫られていた。

 しかし、どの選択肢も雪希を苦しめる最悪の選択肢だった。


「私は陽と愛し合いたかっただけなのに……」


 雪希が穏やかな幸福の道を辿ることは叶わない。

 既に手遅れなのだ。


「よぉ……よぉ……ううぅっっ…………」


 雪希は過去の自分を呪った。


 その呪いのツケが結局は現在の自分に戻ってくることが分かっていても――


拙作を読んでいただき、ありがとうございます。

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作者の今後の執筆の励みになります。

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