5.(回想)届かぬ懺悔
メリークリスマス♫
(謝りたい……)
陽と決別してしまったその翌日から、彼は学校に来なくなった。
そして、私には喪失と絶望に侵された日々が待っていた。
(謝りたい……)
数日間、熱で魘されて寝込み食事も禄に喉を通らなかった。
熱が下がった後も「裏切り者」と言われたあの一幕がフラッシュバックして、まともに眠ることが出来なくなった。
(陽に……謝りたい――)
気付けば、私は陽を求めて彼の家の前を彷徨っていた。
インターホンを鳴らすけれど、彼が顔を出してくれることはなかった。
彼のスマホに何度メッセージを送っだけれど、既読にすらならなかった。
私が連日彷徨いていると、彼の義父や義姉妹が声をかけてくれた。
私が陽に謝罪をしたいと申し出ると、彼の義父は己の義息の態度に呆れていた。
義姉である『月奈』さんは話を聞くや陽への怒りを露わにして、彼の部屋のドアを無理やり開けようとしたので、私は必死にそれを止めた。
そして、義妹の光莉ちゃんは――
「私も雪希さんと同じです。お義兄ちゃんに……謝りたい……」
「私も……私も陽に謝りたい」
私は光莉ちゃんと一緒にぽろぽろと涙を零した。
陽に謝罪する機会を得られず10日が経った。
「雪希ちゃん……」
どこから聞きつけたのだろうか。
『廣瀬 羽海』さん――幼い頃から仲の良かったお姉さんで、今は私達が通う学校の先生――が陽の部屋の窓を外から見上げる私に声をかけてきた。
羽海さんもかつて私の様に陽を愛し、そして陽と袂を分けた女性だった。
「羽海さん……」
「最近、陽くんの家に通っているって聞いて、その……陽くんが雪希ちゃんを脅して呼びつけてるんじゃないかって、心配する声があがってて……」
「陽はそんなことしないっ!」
「うん。私も陽くんを信じてるから」
「信じる」という言葉は今の私には重かった。
「私は陽に謝らなければならない」
私の言葉に、羽海さんは「そっか……」と寂しげに呟く。
「やっぱり陽くんの女子トイレへの侵入は理由があるんだね」
「トイレへの、侵入?」
彼女の妙な誤解が挟まる。
「盗撮の間違いでは?」
私は陽の罪状に対するズレをすかさず訂正した。
私達自身が仕組んだのだから、認識が正しいのは私のはず。
でも、羽海さんは首を横に振った。
それから、彼女は何かを察すると物憂げに俯いた。
「盗撮は疑い。それ以外も疑い。私のも……」
「あっ……」
陽が貶められた罪のいずれもが関係者による証言ばかりで、彼が犯したという確たる証拠はついぞ出て来なかった。
今回も陽がカメラを設置したという確たる証拠は見つかっていない。
陽は決して悪意には隙を見せず決定的なミスを犯さない。彼の危機回避能力は凄まじいの一言だった。
(そんな彼が現行犯とは……人前で隙を見せるなんて……)
無人の女子トイレへの侵入というつまらない罪だけが、陽が犯したことが明らかな初めての罪だった。
「勿論、陽くんがやったことは良くない事だけれど、こんなにも厳しい処罰は流石に……事情もありそうだし本人への聞き取りも進言したんだけど、他の先生方は必要ないって……盗撮とか変な噂も流れちゃってるし……」
頬に手を当てて当時の忸怩たる想いを吐露する羽海さんは相変わらず可愛らしい人だ。
彼女は陽の犯行時のことを実際に見て詳しく知っている様子だったので、私は浮かんだ疑問を彼女に尋ねることにした。
「あの、羽海さん……陽の犯行時の事を教えて貰えませんか? 私も噂では聞いているのですが、人伝に聞いた話がどうも信じられなくて……」
「それは……」
「あの直前、私はあのトイレにいました。それに、私は真実を知らなければならない、償わなければならないんです」
「雪希、ちゃん……」
羽海さんは目を見開き、やはり悲しげに頷いた。
それから、彼女は私を抱き締めた。
私は気付いた。
――私達は同じ罪を犯したんだ……
彼女は「私も全部を知ってるわけじゃないけれど……」と語りだした。
「堂島くんから呼び出された塚田先生に私もついていって――」
◆ ◆ ◆
私達が現場に辿り着いた時、トイレから出てきた陽くんを堂島くん達が取り囲んでいたわ。
でも、事前に聞いていた立場とは逆に陽くんが堂島くんを問い詰めていたの。
私には分かったわ。
雪希ちゃんも分かるよね。
陽くんは――
彼はいつになく怒っていたの。
「お前は愛していると宣う雪希すらも幸せにする気がないのか!? 自分の欲で彼女を穢し壊すのか!?」
「盗撮犯の言う事なんて分からないなぁ。それよりも自分の立場を考えろよ、へへへ」
「俺のことはいい。異能を使って雪希を誑かすのはやめろと言ってるんだ!」
でも、陽くんの憤りが堂島くんの耳に届くことはなかったわ。
「異能? なんのことだかなぁ、くくく」
「惚けるのか?」
「いやいや、認めるさ。だからこそ言わせてもらう」
そして、堂島くんは迫る陽くんを突き飛ばして――
「甘ちゃん過ぎて虫酸が走るんだよ! 好きな女だからこそ、手に入れる為に手段を選ばないんだろうが!」
「堂島っ!!」
「それにネタは多ければ多いほど良いに決まってるだろう?」
「まさかっ!? チィッ!!」
《東雲を取り押さえろ!》
彼の声に応じて皆が一斉に陽くんを押さえようとして――
「天井かっ!」
「東雲、貴様、また盗撮しているのか!?」
何かに気付いた陽くんが天井に目を向けた時、塚田先生まで陽くんに掴みかかって――
陽くんは手に持つメモリーカードを落として、それを塚田先生が踏み潰して――
「東雲は雪希の放◯シーンだけで満足してるんだな! 俺は雪希の全てを貰うぜ! げはははハッ!!」
「くそッ! どけッ! 羽海! 天井にあるカメラを壊せ!!」
「証拠隠滅を図るのか! 羽海先生、東雲の言う事を聞いてはいけないですよ!!」
堂島くんの嘲笑が酷くって――
堂島くんに付き添っていた女の子達もきゃあきゃあと囃し立てて――
塚田先生や堂島くんの友達に押さえ付けられても、陽くんは天井のカメラを睨みつけながら私に命令をしてきて――
事態は騒然となって――
そして、そして――
それでも、私は動けなかった。
ごめんなさい……
「東雲、さっきお前は雪希が穢れるとか壊れるとか言ってたな」
「堂島ぁ……」
「そんなの雪希が壊れなければいいだけだろ? なぁに、雪希なら大丈夫さ。それにもし壊れた、らッ!!」
――ガッッ!!!
堂島くんは羽交い締めされた陽くんの顔を力一杯殴って――
「その時は興味がなくなるから、お前に返してやるよ! ゲハハハッ!!」
高笑いをあげる堂島くん。
「酷いか? 嵌められたお前なら分かるだろう!? 雪希はそんな俺を選んだんだよ、ゲハハハッ!!」
「堂島ァァァッッッ!!!」
堂島くんの嘲罵も女子生徒の歓声も陽くんの悲壮な咆哮も、全てが異常で私は震えた。
やがて、陽くんの瞳から光が失われて――
その視線がぼんやりとある方向に向いて――
《Man vergisst nicht, wenn man vergessen will.Was willst du vergessen?――》
陽くんの呟きは誰に向け何を言ったのか分からない。
それでも呪詛のようなその言葉は不気味で――
その場でへたり込んでしまって――
私は職員室に連行された陽くんの弁護にも付き合えなかった。
本当にごめんなさい……
◆ ◆ ◆
「雪希ちゃんが気にしている映像の流出は心配いらないと思う。それが見つかったとは聞いてないし、私もメモリーカードが粉々になるのを確認したから。もう一つの陽くんが気にしていた所にも何も無かったから大丈夫だ、と……ゆ、雪希ちゃん!?」
私は羽海さんに悲鳴と共に抱きしめられた。
羽海さんも驚いただろう。急に私が崩れ落ちたのだから。
でも、私は立っていることが出来なかったんだ。
私は分かってしまった。
「他に被害者を出したくない」「陽なら見られてもいい」と思って、私は己の痴態を差し出した。だけど、それは堂島に私を追い詰めるネタを差し出す愚行だった。
いち早く気付いた陽は私を助ける為に、代わりに無様を晒した。
陽も盗撮カメラを回収しに行けば罠に嵌まることは百も承知だったんだろう。それでも彼は敢えて罠に嵌って断罪されたんだ。
陽は堂島にただ負けたのではない。
私を庇って救おうとして――彼は自ら屈する道を選んだんだ。
今更ながら気付く。
私がすぐに自首をしていれば――
陽の言うことが全て正しいと訴えていれば――
私が間違えていたと認めていれば――
(陽がここまでの仕打ちを受けることはなかったんだ……)
「裏切り者……陽の言う通りだ……」
結局、私は自分のことしか考えず、その悲愴も己の境遇に酔いしれていたに過ぎなかったんだ。
「地獄に堕ちろ」と言う彼の言葉は私への手向けとして相応しかった。
(何が「陽を信じてる」だ)
そこにあるのは絶望だった。
羽海さんとどの様な言葉を交わして別れたか記憶はない。
気づいた時には私の足は学校へと向いていた。
己のやらかしを少しでも清算したくて――
* * * * *
時は今に至り――
陽に見捨てられ一人になった私は思い出した。
(最後だったかもしれない。それでも、私は陽の慈悲に救われたんだ)
もう陽からの慈悲はないだろう。
それでも――
(私は何があっても陽を裏切らない存在にならなければならない)
陽に憎しみの目で見られるのは怖い。
それでも――
(同情なんて誘っている場合じゃない。私の事情なんてどうでもいい。私は一生をかけて、全てをかけて陽に償わなければならない)
償うため身綺麗になろうとして堂島と別れを告げた。
でも、逆に脅される羽目になってしまった。
お陰で今、どうしようもなく不安だ。
それでも、陽のジャージの温もりが私に勇気を与えてくれた。
(頼るだけではダメだ。待っているだけではダメだ)
私は立ち上がる。
(追いかけるんだ)
溢れる涙を乱暴に拭う。
(陽の行動は分かる。追いつくはず)
足を動かす。
(「元」かもしれない。それでも、私は陽の幼馴染で親友だから――)
そして、私は駆けた。
拙作を読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ、下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして『ポイント評価』をお願いします。
作者の今後の執筆の励みになります。
あと、感想いただきました。
ありがとうございます!
引き続き「純愛寝取り」を宜しくお願いします!!