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4.(回想)裏切り者


 事件翌日――


 堂島君考案の『北風と太陽』作戦は次のフェーズに入り、今度は私の出番。

 陽を慰め惚れ直させるため、私は陽との接触の機会を朝から探っていた。

 でも、陽は普段の登校時間にも顔を見せず、朝のホームルームの時間になっても教室に現れなかった。


(あんなやらかし(・・・・)の後だから当然か。でも、面倒――)


 日常の変化にも私は深く心配せず、陽が欠席していることも「放課後に彼の家に立ち寄ればなんとかなるだろう」と思って日中を過ごした。


 放課後、私は職員室から出てくる陽を見つけた。

 手間が省けた幸運を喜びながら、私は彼に近付いた。


 その時の彼の姿は――

 眠れていないのか、眼下の隈は色濃く顔色も悪い。

 頬には殴打痕があって、彼は虚ろな目をしていた。

 彼の周囲にはどんよりとして陰鬱な空気が漂っていた。


 常にない様子の陽を見た私は――


(チャンスだ。惚れさせるなら今だ!)


 事前に堂島君に教えられた通り、私は明るく声を掛けた。


「陽、大変だった! でも、私は陽のことを信じて――」

「今さら声をかけてきて(わざ)とらしい。何のつもり? いや、嘘くさいその言動は誰の真似をしてるんだい?」


 陽から返ってきたのは今までにない強い悪感情だった。


 私は思わずたじろぐ。

 でもすぐに、彼の傲慢な態度に怒りがふつふつと湧いてきて、怒りと反比例に彼を悪戯で貶めた後ろめたさも私の意識から薄れていった。


(陽なんて堂島君に負けたくせに! 私は慰めてあげようとしているのに!)


(それに『嘘くさい言動』って堂島君のことを言ってるの? 彼に直接言えないからって、私にばかり強くあたる陽なんてカッコ悪い!)


 それでも、陽を惚れさせるという目的の為、私は息を吐いて怒りの表出を抑えた。

 そして、彼を惚れさせた暁にはこの恋が終わることを予感して、私は無理に笑みを深めて彼の皮肉には(とぼ)けてみせた。


「何のこと? 私は本当に陽の事を心配しているだけ。盗撮なんて馬鹿な事をした陽に怒りはあるけれど、それでも助けなきゃと思っただけ」

「君達と違って、僕は盗撮ごっこなんてやってないから、君達に心配をされる謂れは無いね。それとも、大事なお友達に悪戯がバレてないか確認してこいとでも言われた?」

「――っ!? 私達だってそんなことやってないし、誰かに言われて陽の心配をしているわけじゃない! 私は幼馴染として、親友として、陽を心配してるだけ……もしかして、陽は私の気を引こうとして……」


 陽に恋心を自覚させようと無理に言葉を紡いだが、それは途中で止まった。


 瞳のハイライトを消して不気味にキョトンと小首を傾げる陽――

 瞬間、「ひゅっ!」と私の喉が鳴った。


「幼馴染? 親友? 誰と誰の事を言ってるんだい?」

「……そ、それは勿論、私と陽のこと……何でそんな質問をする? 陽、正気?」

「君こそ正気かい? 幼馴染?親友? 君とはそんな関係じゃないだろう」

「私達が――じゃない?」


 自分達の関係を陽に否定されるなんて思ってもみなかった。


「やめて……そんな事を言うのやめて!」


 でも、陽の断罪は続いて――


「今までの全てを蔑ろにしたんだ。そんなヤツが僕の幼馴染や親友である訳が無い」


「そんな幼馴染や親友はいらない」


「君なんかいらない」


「僕が君をどう見ているか、そんなに知りたい? じゃあ、教えてあげる」


「僕から見た君は――」


 ――君は……


「『裏切り者』だ」


 愚かな私は漸く気付く。


 もはや陽は私が知る陽ではなかった。

 そして、私は既に陽の幼馴染兼親友の資格を失っていた。


 陽から射殺さんばかりに鋭い視線が突き刺さり――


「ひっ!」


 私は堪らず悲鳴をあげた。


 心の全てが恐怖に支配され――

 そして私の中で何かが弾けた。


 そして――

 そして、私は幻覚(ラリ)から目が覚めた。


「あぁ……」


 自分がとんでもないことをしでかした事に気付く。

 身体は震え顔は青ざめる。


(なぜ、堂島のことを親しげに君呼びしていたんだろうか?)


(なぜ、陽よりも堂島の言うことを優先したんだろうか?)


(なぜ、私は……私は……)


――なぜ、こんなにも愛する()を裏切ったのだろうか?


 陽の『裏切り者』という言葉が胸に深く突き刺さって抜けず脳内でガンガンと鳴り響き、私は堪らず(ひざまず)いた。


 陽は侮蔑の色を浮かべた目で(うずくま)る私を見下し、立ち去り際に私に告げた。


「さようなら。そして、地獄に堕ちろ――」


 それが私達の決別の言葉だった。



  * * * * *



(早く陽の汚名を(すす)がなくちゃ!)


 事件後、堂島が誤解を晴らす手筈になっていたけれど、その手段とタイミングは彼に一任していた。

 私自身もいつの間にか気にしなくなった詰めのプロセスだったけれど、今はこれを頼りに私は堂島に詰め寄った。


 でも――


「よお、雪希。東雲に惚れて貰えたかぁ?」


 切羽詰まった様子の私を見ても、返ってくるのは呑気な堂島の声だった。


(何が『陽を惚れさせる』だ!? 何が、何が……でも、今はそんなことよりも――)


「堂島君、早く陽の冤罪を晴らしてあげて!」

「雪希、彼氏の前で他の男を名前呼びするのは傷付くなぁ」

「今はそんなことを言っている時じゃない!」

「俺の機嫌を損ねてもいい時なのか?」

「――っ!! ……分かった。今後は気を付けるから、東雲君をすぐに助けてあげて!」


 そもそも陽に恨まれる原因を作ったうえ、彼氏面して私に要求を重ねる堂島に怒りを禁じ得ない。

 それでも、私は己の気持ちを犠牲にしてでも堂島に縋ることを選んだ。


「東雲君は今回の事件のせいで、小学生の時から続けていたバスケ部も強制退部の事態になってしまった。親しかった人達も離れていった。彼が何をしたと言う? 誤解を解いて――彼を元通りにしてあげて!!」


 私は必死に懇願した。

 でも、堂島にはその想いは通じなかった。

 彼の返事は「はぁ?」という呆れ声だったのだ。


「雪希は何を言ってるんだ?」

(堂島こそ何を言ってる?)


「東雲君の冤罪を晴らしてくれるって――」

「俺は神ではないんだぞ。そんなことできるわけがないだろう?」


 私にも責任はある。

 それでも、堂島のこの言葉は看過できなかった。


「話が違うっ!」

「これだけ大事になってしまったら、東雲の罪を晴らせるわけがないだろう。もう、騒ぎが収まるまで待つしかない」

「そんなっ!」


「それに、鈍感男がいつまでも雪希や他の女の子達の心を分不相応に傷付けたから天罰が下ったんだ」

(何が天罰!? 貴方こそ神様気取りじゃないか!!)


「話が違う! だったら、私はこれが冤罪だと――」

「堂島君、呼んだ〜?」


 またもや都合悪く現れる友人達。


「あっ、雪希ちゃん、良かったね!」

「本当に堂島君のような彼氏がいる雪希ちゃんが羨まし〜」

「何を言って……」


「盗撮動画の中の人って雪希ちゃんだったんでしょう? その動画が本当に東雲に渡りそうになったって、堂島君が怒って東雲に鉄拳制裁を加えたって」

「えっ……?」


 トイレ盗撮の罪を確実にする為には被害者が必要だった。

 そこで堂島は知り合いの女の子を連れてきたのだけれど、他人を巻き込みたくなかった私は彼女に代わって自身がカメラの前で痴態を晒した。

 だけど、それが堂島にバレた時、怒りの矛先が陽に向いてしまった。


「恋人の為に本気で怒るなんてホントにカッコいい〜」


「協力し合って悪を懲らしめる。ホントにベストカップルよね〜」


「私、思わず色んな友達に堂島君の活躍ぶりを広めちゃった!」


「あいつ、バスケ部でも居場所がなかったんでしょう? この間、男バスの皆と『女の敵!出ていけ!』って言ってやった!」


「私も『東雲を学校からも追い出すの会』を作ろうって友達と約束しちゃった。雪希ちゃんももちろん参加してくれるよね?」


「私なんて――」


 彼女達は残酷なまでに偽善を押し付けてくる。

 それに、友人達はおかしな夢を見ている様だった。


 私には彼女達が歪な操り人形の様に見えた。

 それがどこに繋がっているかは分からない。でも、彼女達の手足からはピアノ線の様なものが見えた気がした。


 そして、気持ち悪い喜劇の壇上に上げられた私は、人の皮を被ったナニカ達との受け答えが上手くできず――


(裏切ることがどれだけ人を傷つけるか、私自身がわかっていたはずなのに!)


 かつて陽が言った「堂島は毒」の意味に今更気づく。でも、もはや手遅れだった。

 私にはもう、堂島に怒りをぶつける権利を持ち得てなかった。私もまた、堂島と同じ穴のムジナだから……


《東雲のことは諦めろ》


 堂島は何か言ったようだけれど、私の耳には届かない。

 私はフラフラと部室を出て当て所なく陽を探した。



 そして――


『東雲 陽、素行不良で10日間の停学に処す』


 行き着く先で、私はその張り紙を見てしまった。


「――っ!!」


 取り返しのつかない己のやらかしの果てを見た時、私は自分の手足にも見えない糸が絡まっていることに気付く。

 それは視認しにくい透明な糸で、振り払うことも引き千切ることも出来ない――


 身体が不快を訴え、慌ててトイレに駆け込む。

 そして、便器に(うずくま)り――


「おえぇぇッッッ――」


 何度も何度も――

 胃液しか出なくなっても――


(よぉ……よぉ……よぉ……)



 しばらくしてヨロヨロとトイレから這い出た私。

 手洗い場のシンクに寄りかかり、不意に目の前の鏡に顔を向けた。


「あぁ……」


 思わず呻きが漏れた。


 そこに映ったのは――

 涙と鼻水でくしゃくしゃの顔をしたどこまでも醜い女だった。


拙作を読んでいただき、ありがとうございます。

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被せた汚名が、被せたなんて生易しいもんでなく錆びた釘で肌を抉って刻み込んだくらいなのに何を今更。 まだあと4人の罪が出てないが、たぶんこれがきっかけかと推測。ならより罪深い。 コイツが描いていた理想…
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