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3.(回想)拗れた恋心の果て


 私は『如月 雪希』。


 中学3年生の私は無茶な志望校に合格する為、必死に勉強していた。

 極貧に(あえ)ぐ我が家なのに、お金のかかる私立高校に行きたいと親に無理を言った。

 全部ぜんぶ、陽の傍に居続けるためだった。


 そして――


 努力の甲斐あって、私は陽と同じく地元の難関私立高校に合格した。

 入学式当日、陽の横に並び立つ自分が誇らしく、入学生代表として挨拶をする陽がきらきら光って見えた。



 輝きに満ちた高校生活――

 余裕のある大人の雰囲気というのだろうか。高校生の陽はいつも柔和な笑みを浮かべていた。


 彼は関わる人達に進むべき道を照らし、悩み苦しむ彼等を優しく癒した。

 陽の庇護を受けた彼等もまた、感謝と笑顔を陽に返して親愛の証を示した。

 そして、陽と彼等は幸せに満ちた青春を謳歌していた。


 勿論、私もこの感動的な友情シーンの大事な登場人物。

 陽の幼馴染兼親友としていつも傍にいて、彼等彼女等と友情を育み――

 これは私のかけがえのないアイデンティティとなっていった。


「陽! 陽! また一緒に!」

「そうだね。雪希、また一緒に――」


――ずっとずっと一緒に……


 私は顔を赤らめて――



 陽は私の幼馴染兼親友――

 でも、私の気持ちはその言葉だけでは言い表せないものだった。


 彼は私の憧れで、そして――

 私はどうしようもない程に彼に恋い焦がれていたんだ。


 だけど、陽の隣は皆がいたい場所だった。

 そして、義姉妹に従兄妹、果ては近所のお姉さん教諭と、彼は魅力的な女性に囲まれていた。彼女達もまた、並々ならぬ好意と愛情を陽に寄せていた。


(でも、陽だったら――)


 陽はいわゆる「鈍感系主人公」じゃない。

 私の恋心に気付いてくれているはずだった。


 だから、私は――


「よぉっ♫」


 後ろから抱きつき豊かに実った胸を押し付けて――

 ちょっとでも陽にドキドキしてもらいたくて、セクシーアピールをしようとする私。


 少しでも恋のポイントを稼ぎたかった。

 陽に振り向いてもらいたくてムキになっていた。


 だけど――


「あっ……」


 避けられると思わなくてつんのめってその場に(うずくま)る。思わず情けない悲鳴をあげてしまった。


「ご、ごめん。雪希」


 陽が慌てて駆け寄り抱き上げてくれた。

 でも、陽に避けられた事がショックで、私は陽の謝罪に上手く応えることができなかった。


 それからというもの、陽は今までよりも微妙に距離を置き、私が必要以上に近寄ると困った表情を浮かべる様になった。


 彼のその変化は私を不安にさせるには十分な理由だった。



 ある日、恋愛戦争の勝ち残りに自信が無くなった私は陽に尋ねた。


「同じ学年の堂島君、色んな女の子を侍らせてる。あれがハーレム?」

「ゆ、雪希。そ、そんな大きな声で……クラスが違うからよく知らないけれど、堂島君はすごく目立つし格好いいからね」

「陽の方が格好いい。それに優しい」

「あはは、ありがとう」


「それより、陽はどう思う? ハーレム――」


 ニヤリと笑みを浮かべて冗談めく私。


 だけど、これは考え尽くした大真面目な質問だった。

 この時の私は、ハーレムこそが私を含む陽を慕う者全てを幸せにする会心の解決手段と思い至ったんだ。


「陽も遠慮せず、陽の事が好きな女の子達と好きな様に付き合ってみたら?」


 一瞬、陽は顔を強張らせた――ような気がした。

 でも、次の瞬間には陽は困った様に笑顔を浮かべて――


「あはは、どうだろう。ああいうのは僕には向いてない気がするな。それに、僕と付き合ってくれる女の子なんていないでしょう?」


 私は「そんなことない」と否定しようとしたけれど、先に陽の言葉が続いた。


「それにやっぱり嫌だな。相手に申し訳ない。好きな人にはその人だけを愛する人に幸せにしてもらいたい」


「僕は親友(雪希)が傍にいてくれる今でも十分幸せだよ」

「――ッ!?」


 どこまでも誠実な陽は私と交わり愛を育む未来を望んでいなかった。



  * * * * *



 高校1年生の秋、陽のお母さんが事故で亡くなった。

 この時、私は陽の心を(いた)わろうとしたけれど、肝心の陽は実母の死すらも早々に克服してしまった。


(このままでは陽は私の恋心に応えてくれない)


 焦った私は更に恋心を拗らせてしまっていた。

 彼の歓心を得るためならばと自分勝手になり、倫理観(モラル)(おぞ)ましく歪ませていった。

 そして、遂には卑劣な手段に――私は友達経由で知り合った堂島の誘いに乗ってしまった。


 堂島と初めて会話した時の衝撃は忘れない。堂島から陽を振り向かせる為の作戦を聞いた時、求めていた解を得た気がした。

 コードネーム『BSS(僕が先に好きだったのに)』――それは私を失う焦燥感を煽って陽に告白させる作戦だった。


《俺を信じろ》


 堂島()の力強い言葉を聞いた私は彼の作戦に乗ることにした。


 私は友達の協力も得て、堂島君と付き合い始めたという噂を大っぴらに流した。

 あと、彼が所属するサッカー部のマネージャーになった。

 堂島君との仲睦まじい姿を事あるごとに陽に見せつけた。


 勿論、恋人はふり(・・)


(でも、堂島君って女の子のリードが上手い)


 堂島君は女性の扱いが慣れていて、女の子のいたずら心や母性本能を(くすぐ)るのが上手だった。

 それに、彼の声を聞いているとふり(・・)もその気にもなってくる。いつの間にか堂島君と過ごす時間が楽しくなっていた。


(あと、堂島君はモテる)


 堂島君は陽以上に様々な女性から言い寄られていた。それでも、偽りの恋人である私を一番大事だと言ってくれた。

 彼の言葉は傷付いた私の自尊心を(くすぐ)るものだった。


(これが陽が言っていた『私だけを愛してくれる人に幸せにしてもらう』ということなのかな?)


 この時の私はなんて馬鹿なことを考えていたんだろう。


 堂島のは言葉だけだ。彼は私を大切にすると言いつつ、他の女の子との身体の付き合いも大切にしていた。

 勿論、私もその事に気付いていたけれど、その上で堂島に大切にされていると本気で考えていた。


 後から考えれば分かる。

 私は堂島の言葉に浮かされ幻覚を見ていたんだ。



 ある日、陽から声をかけられた。

 彼は私の目を見て驚き――


堂島(・・)はやめておくんだ。あいつは雪希にとって『毒』だよ」


 堂島君を呼び捨てにする陽。

 その表情は真剣だった。


 陽は洞察力に長けていたので、この忠告も堂島君の本性を見抜いたうえで言っているのかもしれない。

 でも、理性を失っていたこの時の私には陽の言う『毒』の意味が分からなかった。


 それに――


(やった! 堂島君の言う通りだった! ついに陽が私のことで嫉妬している!!)


 陽が嫉妬していると思った私は心の中で歓喜していた。


(でも、まだ駄目。陽の気持ちを受け取っちゃ駄目。堂島君に言われた通りに――)


 そして――


「えぇ〜……他人の恋路に口出すって正気? もしかして陽は嫉妬してる? 正直ウザい」


 ワンオクターブ上げた声色で陽を煽る。

 堂島君に言われた通り、心にもないことを言って陽の注意を一蹴した。


「雪希……」

「何? 言いたいことがあるならはっきり言ってほしい」


「雪希……」

「この後、堂島君との約束があって私は忙しい」


 私は陽の必死な眼差しを無視した。


 陽は顔を歪ませながら、三度私の名前を呟いて――


「雪希を信じているから……幼馴染として……親友として……」


 彼は私への信頼を語って立ち去っていった。

 私は何も言わず陽の背中を見送った。



「幼馴染? 親友?」


「なぜ、その言葉が今出てくる?」


 陽のこの信頼も私には不満だった。


(親友としてではなく一人の女性として見てほしかった)


 それでも、私は陽のこの反応に確かな手応えを感じていた。


(陽は焦ってる。もうちょっと……陽が私の恋心に報いてくれるまで、あとちょっと……)


 私は陽の忠告を聞くべきだった。



  * * * * *



 陽から忠告を受けた後、彼の信じられない悪行が次々と明るみになっていった。

 勿論、陽が本当に罪を犯しているとは思っていなかったけれど、それでもこれらのトラブルに陽が無関係ではないと思っていた。


(陽は大丈夫だろうか?)


 日に日に憔悴する陽に対して、堂島君に身を寄せつつも陽に憂いを帯びた眼差しを向ける。



 そんな折に堂島君から新たな提案を受けた。


「東雲に悪戯をしよう」

「えっ?」


 彼の唐突なその言葉を聞いた時、私は唖然とした。


「ぷくく、ぽかんとする雪希も可愛いな」

「もう……冗談を言って私をからかうなんて堂島君は酷い」

「ごめんごめん。でも、言ったことは本気だ。例のBSS作戦にも繋がる重要な悪戯だ」

「重要? それは……」


「今、東雲は弱っている。だが、あいつの心はまだ生きている。それは自分には雪希がいると思っているからだ」


 一ヶ月ほど付き合って分かったけれど、堂島君は聡明で合理的だった。

 それに、彼の声の特性なのか、彼の言うことに誤りはないと信じさせるものがあった。


「昨日だって心配そうに東雲を見ていただろう? 東雲もそれに気づいていたはずだ」

「そうかもしれない」


 彼の言葉に素直に頷く私。


「だから、追い打ちをかけるんだ。雪希もあいつを裏切って、もっと絶望させるんだ」


「でも、それだと陽は私を恨む」

「バレたら怒るかもな。でも、それだって雪希があいつを思ってしたことだと分かれば許すはずさ。あいつは雪希に優しいんだろう?」

「確かに陽は優しい」

「そうだろう? (すが)らないと雪希に(あき)られると気付いたあいつは雪希に惚れたアピールを必死にするんじゃないか? それならば、雪希の自尊心も満たされるだろう?」


(確かにそうかもしれない。でも……)


 だけど、ゆっくり考える余裕は私には無かった。


「堂島君、呼んだ〜?」


 中学の頃からの友達――由香と沙織が私達の密談の場に突如現れた。


「堂島君!?」

「あぁ、忙しいところごめんね。今、雪希の相談にのっててさ〜」


 私の驚きを無視して、あろうことか堂島君は先ほど提案してきた悪戯の中身を友達に語りだした。


 その内容は――


(なんてひどいことを……)


 それは悪戯の域を大きく超えた不特定多数の女子を攻撃する――全ての女性を敵に回す『トイレ盗撮』という罪を陽に着せる非道だった。


(堂島君が言う通り、陽に寄り添う女性は私だけになるかもしれない。けれど……)


 私が逡巡するうちに堂島君の作戦を聞いた友達が乗り気になる。終いには「それ最高! 私達、頑張るね!」と実行犯を買って出てしまった。


「ちょっ!? 由香ちゃん!? 沙織!?」


 私は驚いた。


(他人を傷つけることに何で率先できる!?)


 でも――


「雪希――」


 堂島君が首を横に振る。

 私の驚愕は彼に否定された。


「大丈夫さ。この『北風と太陽』作戦――鈍感な東雲を目覚めさせる為のちょっとした悪戯さ。雪希が心配する様なことは起きないからさ。だから――」


《雪希も協力してくれ》


 堂島君の言葉を聞いて思考が鈍る私。


「――そう……そうかもしれない」


 私は「確かに大袈裟に考えすぎていたかもしれない」と思い直した。


(私には友達を裏切ることなんてできっこない。それに、陽ならきっと気付いてくれるはず)


(陽ならきっと許してくれるはず)


――陽ならきっと私を愛してくれるはず……


 私は陽に身勝手な期待を寄せた。



 だけど、私は気付いていなかった。

 BSS作戦の当初は、堂島も「雪希と東雲との交際の手伝い」が口実だった。でも、この時にはそんな建前は完全に無視されていた。

 そして、私自身も陽の恋人になることよりも陽を惚れさせることが目的になっていたんだ。


 この時、私は忘れていた。

 怒りは一時の感情だが、憎しみは永続的に続く嫌悪の感情なんだ。


 そして、事件は起きた――




 結論から言うと、私達の企みは成功した。

 トイレ盗撮の犯人となった陽は益々嫌われ者となった。


 陽は他者の考えを見透かすことに長けていた。

 だから、堂島君が企んでいることも理解していると思っていたし、この非道な作戦を利用して逆にやり返されるとびくびくしていた。

 だけど、難なく成功した時、私は肩透かしを受けた気分になった。


――堂島君の知略が陽の才能を上回った?


 そう考えると、陽にある種の幻想を描いていた私はそこから覚めて現実を見させられた様で、どこか陽に失望する自分がいた。


 彼の言葉通り、彼は私を幼馴染として信頼していたんだろうか。

 それとも、親友である私が陽を貶める様な事をするはずがないと高を括っていたんだろうか。


 彼は……彼は、私を――



 ちなみに、私は陽が取り押さえられ断罪されたシーンを見ていない。その時の様子は友人達から聞かされた。


 相当に取り乱してみっともなく犯行を否定したとか、涙を流して許しを乞うたとか……

 いずれにしても、断罪時の彼の様子は私の知る陽ではなかった。


(陽らしくない――)


 最近、陽にまつわる噂と出来事はその様なものに溢れていた。


 そのことに薄ら寒さを感じるけれど――



 その時、電話の着信音が鳴った。

 それは堂島君からの電話だった。


「もしもし――」


 私はテンションをあげて堂島君と会話する。


 私のそこはかとない不安も、彼との電話に夢中になっているうちに霧散していった。


拙作を読んでいただき、ありがとうございます。

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作者の今後の執筆の励みになります。

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