17.投げられた賽の先
その時、雪希の叫ぶような告発が教室内に響いた。
「先生っ! また、トイレにカメラがっ!!」
雪希は慌ただしく教室に入ってくると、声を張り上げて悲痛の様子を露わに見せた。
「先生! また……また……うぅ……」
「如月、何があったんだ? 落ち着いて先生に話してくれないか?」
監査官を案内していた塚田は雪希に駆け寄り、己を頼る彼女に優しく声をかけた。それは陽には決して見せない慈愛に満ちた教師の姿だった。
「それが、また……特別教室棟のトイレで見つけてしまったんです。私のあられもない姿を撮ったあの時と同じカメラを……」
「何だと!? それはもしかして……」
((また、盗撮事件が起きた?))
教室中の視線が一斉に陽に注がれる。
「絶対に陽がやったんだと思います! だって、前回と同じ手口だから!!」
「前回と同様に僕はやっていない。雪希が僕を疑う理由も分からない」
「まぁまぁ……東雲、その態度と今までの行いがお前を疑わせるんだ。まずは皆の話を聞いて、それで反論しろ。できるならな」
塚田は陽を犯人前提で窘め、悪魔の証明を彼に求めた。
「何を言われても、僕はやっていないと言うしかないですからね」
「そんなはずない! やったのは貴方!!」
「東雲の言う事なんて信じる訳ないじゃん! 前回と同じなんだから、東雲に決まってるでしょう!!」
「そうよ! また、雪希ちゃんの身体を覗こうとしたんでしょう!? この汚馴染み!!」
雪希の糾弾に友人の由香と沙織も混ざり騒ぎ出す。
「繰り返すが、僕はやっていない。証拠もないのに言い掛かりをつけないで欲しいね」
「そんなことない! 前回と同じカメラ!!」
先のトイレ盗撮の時、陽が管理していたバスケ部の備品のカメラが使用された。なお、このカメラに陽の私用メモリーカードが刺さっていた。
「今回のもどうせ貴方の個人情報たっぷりのメモリーカードが――」
「入ってるだろうね。前回同様、ノートパソコン用のメモリーカードが数日前にすり替えられていたからね。また、誰かさんに盗られたかな?」
「下手な言い訳をする!」
「そうかい? ノートパソコンは学校では鍵付きのロッカーに閉まっているけれど、そんなのは加害者ファーストの職員室に共通キーがあるしね。それに、家ではノートパソコンなんて携帯しないからなぁ。我が家を出入りする者であれば抜いて持って行くことが出来る。あぁ、そうだ――」
陽は雪希に嗤いかけた。
「雪希、元幼馴染の君ならば、うちの家族も出入りを許可するんじゃないかなぁ?」
「私が自作自演をしたとっ!?」
「学校も関わっていると言うのか!?」
「東雲、ホントにサイテー!」
「「サイテー!!」」
流石に無理がある陽の言い分に煽られ、雪希は更に頭に血を上らせた。
周囲も釣られてヒートアップしていく。
「ギルディ!」
「ギルティ!」
「「ギルティ!!」」
そして、事態は更に混迷を極める。
「てめぇ、雪希に謝れッ!!」
「聡君っ!」
騒ぎを聞きつけたらしい。堂島がいつもの取り巻きと共に教室に乱入してくると、彼は陽の胸ぐらを掴み壁に押し付けた。
そして、陽が一瞬視線を別に向けた時――
「てめぇが犯人だっつってんだろうがっ! さっさと認めやがれっ!!」
――ガッッ!!!
「ぐぅッ!!」
――ドンカラッッッッ!!!
遂には堂島の取り巻きの一人が暴力で陽に罪を認めさせようとした。
堂島に押さえつけられていた陽はその拳を避けられず顔で受けることとなる。彼は吹き飛び、派手に教室の机に叩きつけられた。
「「もっとやっちゃえっ!!」」
由香と沙織の囃しが響く。
そして、彼女達の囃しはクラスメイト達の喧騒と一体となった。
彼等は倒れる陽にのしかかり二度三度と陽を殴る。
陽を助ける者、彼等の暴行を止める者はいなかった。
いつもであれば――
「暴力はやめなさいっ!!」
その時、全てを静止させる監査官の怒鳴り声が響いた。
皆がビクリと肩を跳ね上げ、急に静寂が訪れた。
その隙にもう一人の監査官も間に割って入り、殴られた陽を介抱した。
「これは喧嘩ではない。貴方達がしているのは一方的な東雲君への暴力行為です」
監査官としても、自分達の目の前で起こる問題――しかも今、問題視している暴力行為があってはこれを見過ごすことが出来なかった。
監査官は激情で身を震わせた。
「そもそも思い込みだけで彼を犯人に仕立て上げているんじゃないですか? 証拠と言われるメモリーカード、ですか? それが本当に東雲君の物とも決まっていない。それに、それが彼の物だからと言って、彼の言う通り、なぜ彼が犯人と断じれるのか?」
「今の世の中、いくらでも偽造できる。傍から見た私達には彼を犯人と断ずる君達の考えが全く理解出来ない」
監査官の怒りは塚田にも至る。
「塚田先生。貴方もなぜ、彼等を止めないのですか? なぜ、東雲君を助けないのですか? なぜ、もっと慎重に事実を調査しないのですか? この学校の教師はどうなってるんだ……」
「それは……」
「理事長が懸念を示されたのもよく分かる……」
監査官の呟きを聞き、塚田は絶句した。
生徒達も第三者の大人から窘められて急速に色を無くした。暴力はやりすぎだとしても、監査官がここまで陽の肩を持ち叱責するとは彼等も予想外だったのだ。
その時、堂島が監査官に近付いた。
「あの、よろしいですか?」
「うん? 何だ君は?」
堂島は胡乱げに見ている監査官に告げた。
《東雲を疑え。犯人は東雲だ》
堂島は声の異能を監査官に向けて発動した。
これで形勢は再び逆転――
「犯人は東雲ですよね?」
「はぁ? だから、まだ分からないと言ってるでしょう」
「えっ?」
「先程から君は何が言いたいんだ?」
「あ、いや……」
相変わらず己を胡乱げに見る監査官――堂島は行使した異能が効かない事に戸惑った。
堂島の異能で大抵の相手を従わせることができたが、流石に相手が露ほども考えていないことに従わせることは出来なかった。
堂島は面談時にも何度も異能を使って仕込みをしていたが、如何せん時間が足りなさ過ぎた。
取り巻き達が一方的に東雲を襲った事で心象を悪くし過ぎたと、堂島は取り巻き達に向け舌打ちをした。
「面談時には気にならなかったが、先程の態度を見ると君にも問題がありそうだね」
「うっ……」
堂島は己を疑われそうになる失態を犯し、もはや引き下がるしかなかった。
「それでは問題となったその盗撮カメラとやらを検分しましょう。問題が起こった以上、私達も調べずに帰るわけにはいかない」
衆人環視の下、トイレから件の盗撮カメラが監査官の下に運び込まれた。
「中身を改めさせてもらっても?」
監査官は塚田に形ばかりの確認をする。
「いや、その……」
「何ですか? 撮影された中身を確認しないと誰の責任か判断できないでしょう」
「い、いえ……しかし、話を聞くと、生徒の尊厳を侵害するものが映っている可能性がありそうですので……。教師として生徒を守る義務があります。私どもを信じて一旦預からせていただけませんでしょうか?」
塚田はもっともらしい理由を付けてこの場をやり過ごそうとした。
元々、塚田は中身も検閲せずに陽の責任として処理する腹積もりだった。仮に開示するにしても、先に中身を確認して確実に陽の犯行であることを確認してから渡したかった。
もし、陽が犯人であると断じる物がなければ――ましてや、別の人間の犯行を証する物が映っていたら、学校の、ひいては自分の責任になる。それは非常に不味い。
塚田は強引ではあるが万が一の時に用意していたモノにすり替えようとしていた。
しかし、監査官の肩を借りて起き上がった陽は、口から血を流すのを気にせず塚田の企みに待ったをかけた。
「この教員に渡してしまうと証拠をすり替えられる可能性があります。今この場で確認してください。彼流に言えば、私は既に尊厳を侵害されています」
「なっ!?」
「それくらいにこの学校の職員は信用できないのです」
「東雲っ!! 貴様っ!!」
「東雲君……分かりました。君の想いは私達に届きました。君の言う通り、この場で一緒に確認しましょう」
「「そんなの駄目!!」」
担任や雪希達は口々に慌てて制止する。
しかし、それは監査官にとって火に油を注ぐ行為だった。
「何が駄目なのですか? 東雲君の言う通り、彼は今、尊厳を侵害されている。公平にこの場で確認しましょう」
「うぅ……」
雪希はあからさまに窮した表情を浮かべた。
「雪希ちゃん、大丈夫だよ。問題があるわけ無い。私達は無実であることが決まってるもの!」
由香の言葉は「自分がやりました」と言っているようなものだ。
監査官は胡乱に彼女を胡乱げに見やるが、彼はとにかくカメラの中身を確認すること優先した。
その時、陽が呟く。
「安藤沙織さん――だっけ?」
クラスメイトなのに、初めて会ったかの様な不気味な言い様――
「僕って最近、私物には全て自分のモノと見分けが付くようにマークをつけてるんだ。先ほど話題になったメモリーカードにもマークを付けててさ」
「……何が言いたいの?」
「昨日、君が落としたメモリーカードに私物のマークがついててさ」
「わ、私が盗んだと言うの!? ま、また、とんだ言い掛かりをっ!」
彼女達が陽から盗んだメモリーカードは、雪希が持っていれば陽にバレる可能性があるということで、数日前から実行前日まで沙織が預かっていた。
どうやらその間に不注意で落としてしまい、更に不幸にも陽に見られたらしい。
こうなっては沙織も惚けるしかなかった。
その時――
「惚ける? いや、惚ける必要はないよ」
心を読む陽――
確実にトドメを刺そうとして――
「この際、誰が盗んだかなんて、どうでもいいんだよ」
「えっ?」
「細工、させてもらったよ」
「えっ?」
「メモリーカード、差し替えられたの気付かなかった?」
「えっ?」
「さっき僕がやってない証拠を出せと言ったけど、それを証明しようじゃないか。君達が犯人であることを示して――」
そして、撮影された動画の中身が検められた。
『今度こそ、退学にしてやろうね。堂島君と雪希ちゃんのためにも絶対に潰してやる』
『ありがとう。膿はしっかりと取り除く必要がある』
『そうだね。雪希ちゃん、さっき堂島君に会ってたんだよね? ちなみに、堂島君はなんて言ってたの?』
『『前回だって上手くいったから、今回も必ず上手く行くはず。自分が立てた計画に狂いはない』だって』
カメラが誤作動を起こしたのだろうか。
画面の中心には特徴的なシルバーブルーの髪を靡かせる雪希がいた。
その映像には雪希達がカメラを仕掛けた時の様子が余すこと無く収録されていた。
そして、収録された動画から、今回だけでなく前回の犯行の自白まで含まれていて――
「あぁ……」
その場にいた者達は一様に呻いた。
「これは驚いたね。これではメモリーカードの持ち主どころの話じゃない」
そして、陽は嘲笑し雪希に迫った。
「先程、君は前回と同じカメラって言っていた。なぜ分かったんだい?」
「前回、何故か堂島が僕を断罪してくれたのだけど、その時に君はいなかったはずだ。そして、経緯は学校が隠蔽した。君が知りっこないのに、なぜ?」
「ちなみに、犯行に使われたというカメラは未だに見つかっていない。『同時期にバスケ部の備品カメラが無くなったから、そのカメラが使われたのだろう』『バスケ部の備品管理者が東雲だったから、東雲が持ち出したんだろう』――全てが希望的観測で断じた狂った審判だったから、学校はその事実も隠蔽している」
「僕はバスケ部を退部させられている。最早、僕が部の備品カメラを持ち出すことは出来ない。ちなみに、今回はどこの部のカメラがなくなってるんだろうね?」
そのカメラはサッカー部の備品だった。
そして、それを持ち出すにはサッカー部の部室に立ち入る必要があり、部室の鍵はマネージャーの雪希を含むサッカー部員のごく一部しか持っていなかった。
「だから、やっぱり……同じ方法は駄目だって雪希ちゃんに言ったのに……」
「私は雪希ちゃんからメモリーカードを預かっただけなのに……」
由香や沙織は無責任に裏切りの言葉を呟いた。
しかし、その言葉はこれ以上無い程の自白――
前回の盗撮事件も自分達が実行犯だったと認めた様なものだった。
(友人とはかくもファストファッション的に相手を裏切るものなんだろうか)
もはや逆転不可能――雪希は呆然として、どこか他人事で友人達の行いを評するのだった。
拙作を読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ、下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして『ポイント評価』をお願いします。
作者の今後の執筆の励みになります。