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16.だから、やっぱり


 その日、事件が起きた。


 彼等の高校を統括する学校法人の事務局から臨時監査が入ることが決まり、堂島を含む関係者に当日の招集が掛かった。


 告げられた直後の昼休み――


「東雲ぇ! なに、嘘バラ撒いてんだっ!! 皆がいい迷惑しているだろうが!!」


 堂島は陽の教室に怒鳴り込み、激昂のまま陽の胸ぐらを掴みあげた。

 堂島は普段は爽やかキャラを売りにしていたが、今この時はガラの悪さを表に出してしまっていた。


 本性を曝け出す堂島に対して陽が動じることはない。


「何を言っているのか分からないなぁ。それに、いいのかい? 君は監視カメラを気にしなさすぎだろう?」

「ちっ……いいんだよ。お前の言う事なんて誰も聞きやしないんだから」


 周囲が唖然としているのを感じ取って、堂島はバツが悪そうに陽を掴む手を離した。


「そうかい? あっ、ちなみに今のやり取りも録音させてもらってるよ」

「なっ!?」

「監査が入った時にこれも提出しようかなぁ? 君の暴力性が明るみになっていいことだ」

「おまっ――!?」

「外部の人間には校内の評判なんて通じない、誰も君達に忖度しない。ご自慢の理事おじさんも役に立たないんじゃないかな? いやぁ、困った困った、アハハ」

「ちっ……」


 陽に嵌められた事に気付き、堂島は顔を赤らめた。


 陽の指摘通り、実際に堂島は焦っていた。

 この話を聞いた当初は、こんな内部通報は無視されて当然と歯牙にも掛けなかった。

 しかし、それが想像以上に重く受け取られてしまった。裏から根回しもしたが後の祭りで、理事長まで伝わった内部通報を揉み消すことは流石にできなかったのだ。


 最終的に自分に火の手が回ってくることはないだろう。彼としても、その辺りの分断は上手くしているつもりだった。

 しかし、周囲の陽への見方が変わるのは堂島としてもいただけなかった。それに、陽の言う通り、校内は何とでもなるが、外部が相手となれば思惑通りに進まない恐れもあった。流石の堂島でも会いもしない者を何とかすることはできないのだ。


 つまりは万全ではない。

 堂島の焦りは雪希の籠絡が成就したところ、陽に思わぬ一撃を受けたが故だった。


 しかし――


「陽こそ聡君に絡むのカッコ悪い。ムカつく」


 劣勢の堂島に助けの声が入る。

 それは雪希だった。


「記録が残ってる? それこそ監視カメラには日頃の貴方の態度の悪さが記録されている」


 雪希は特徴的なシルバーブルーの前髪をかきあげ嫌悪感たっぷりに陽を睨んだ。


「どうしたんだい。そんなに頭に血を昇らせて。せっかく髪が短くなって頭を冷ましやすくなったんだ。今も頭を冷やした方がいい」

「さっぱりしたのは陽のお陰様。本当にムカつく」


 数日前に背中まであった長い髪を肩にかかる程の長さまでばっさり切った雪希は周囲を驚かせた。

 むしろ可愛くなったと概ね好評だったが、その心境の変化を雪希が語ることはなかった。

 しかし、散髪後の雪希が陽との間で険悪な空気を発する様になったことから、その原因も彼にあるのではないかと噂になっていた。


 なお、倦怠期を迎えていた雪希と堂島の間柄が時期を同じくして急激に睦まじくなったのも学園のホットトピックとなっていた。曰く、周囲を気にせず抱き合うこともあるようだ。

 今も触れ合う程に身を寄せて彼を庇う雪希に、堂島はデレデレだ。


 それはさておき、陽と雪希の間で言い合いは続いた。


「ムカつくムカつくと言うけど、僕の発言に何の問題があるんだい? 事実を言ったまでだよ」

「何でも分かったふりをするのがムカつく」

「そんなことないさ。分からないものは分からないと言うし」

「ふん、どこが……だから、やっぱり貴方はムカつく。貴方の幼馴染だなんて虫酸が走る」

「『元』だろう。いい加減学習してくれないか。君とはもう幼馴染の関係であるつもりはないよ」


 もう幼馴染ではない――雪希の綺麗な顔が真っ赤に染まり、瞳のハイライトがぼやけて揺れた。


「……だから……やっぱり、ムカつく……」


 その時、雪希の友達の由香と沙織が彼女を守る様に割って入った。


「東雲ってやっぱり女々しいよね。雪希ちゃんも気にしないで」

「雪希ちゃんまでイジメるなんて、東雲、許せない!」


 きょとんとする陽。

 したり顔を浮かべる雪希。


「ありがとう。やっぱり持つべきものは友達。陽には友達と呼べる存在がいる?」

「ふん……」


 今度は陽が顔を歪めてそっぽを向いたのだった。



  * * * * *



 放課後、雪希と彼女の友人――由香と沙織の3人は人気のない女子トイレの前で輪をなしていた。


 ここには監視カメラもない。彼女達は遠慮なく企み事が出来る場所だった。


「今度こそ、東雲を退学にしてやろうね。堂島君と雪希ちゃんのためにも絶対に潰してやる」


 鼻息荒い由香のその手には雪希も見覚えのある、先日のトイレ盗撮事件の時と同系統のカメラ――

 彼女達は再びトイレ盗撮の冤罪を陽にけしかけようとしていた。


「ありがとう。膿はしっかりと取り除く必要がある」

「そうだね。雪希ちゃん、さっき堂島君に会ってたんだよね? 堂島君はなんて言ってたの?」

「『前回だって上手くいったから、今回も必ず上手く行くはず。俺が立てた計画に狂いはない』だって」


 「堂島君、カッコいい〜」と、二人から黄色い声が上がる。

 しかし、雪希は真剣な表情を崩さない。彼女はこの作戦の詳細を友人達に語って聞かせた。


「――で、――だから――」


 雪希は本気だ。彼女は堂島から託されたこの作戦で陽を確実に葬り去ろうとしていた。

 由香が手に持つカメラだって、陽を犯人たらしめる偽りの証拠品だって雪希が率先して用意したものだった。

 作戦を是が非でも成功させたいという雪希の想いが溢れていた。


 雪希は、今回の盗撮冤罪作戦が堂島の雪希に対する踏み絵だと思っていた。

 前回、堂島が企画した陽への集団暴行は廣瀬教員の妨害により失敗した。しかし、聡い堂島は彼女の登場を偶然とは思っていないだろう。


(大丈夫。私は裏切り者だ。故に、疑われるのは当然)


 全ての作戦を友人達と擦り合わせた後、雪希は呟いた。


「絶対に許せない……あいつだけは許さない」

「ゆ、雪希ちゃん……ッ」


 友人達は(かたず)を飲む。


 それ程までに雪希の瞳は周囲の光を吸い込む様な仄暗いモノだった。



  * * * * *



 予告が入った数日後、予定通り監査が学校に入った。


 監査入りは学校としては大層不名誉なことだ。それこそイジメを苦に自殺でも起きない限り通常は入らない。

 それが内部通報から間を置かず監査が入る事が決まったのだ。それが監査側が本件を重大視していることを物語っていた。


 何か見えざる力が働いたのではなかろうか?

 それに自分達が巻き込まれるのではなかろうか?


 学校中の多くの生徒が監査に注目し戦々恐々とした。そして、彼等は出来る限り目立たない様に身を潜めるのだった。


 一方で――


「今日は事前に案内した通り来客がある。何人かと面談したいそうだ。呼び出されたヤツ、忘れるなよ〜」


 担任の塚田は朝のショートホームルームでやる気なさげに当日の監査の予定を生徒達に伝えた。


 彼の態度が示す通り、教師陣は今回の措置を楽観視していた。というのも、校長から、「体裁上、関係者の面談が行われるだけ。それ以上は無い」と聞かされていたからだ。


 故に、面倒なことに巻き込まれたと愚痴をこぼす。

 故に、彼等は油断していた。


 この時、新たな事件が用意されているとは当事者以外は誰も想像しておらず――



 午前中は関係者との面談が行われた。

 事前の報告書と同様の内容が聴取される。陽は自身に対する暴行を肯定し、関係者は教師を含めてこれを否定した。

 監査官は学校に対して監視カメラの映像の提出も求めたが、学校側はプライバシーを理由に不都合なシーンを切り取った歯抜けの物の提出しか応じなかった。監査官も警察の様に膨大な資料を押収、検証するつもりはなく学校側の言い分を受け入れた。


 この後、今日の調査報告が取りまとめられ審議にかけられる。

 しかし、監査官としても事情聴取だけではイジメがあったかを断定することは出来ない。故に、この後唐突に決定的な証拠が現れない限り、「1生徒のメンタルケアにも配慮して欲しい」と言うお為ごかしな注意喚起がなされて終わりの予定だった。


 昼休みの今、監査官は最後に陽がいる教室の様子を覗いて帰ろうとしていた。


 そんな中――


「先生っ! また、トイレにカメラがっ!!」


 叫ぶような告発が教室内に響いた。


 そして今、当事者以外誰も予想していなかった事件が始まった――


拙作を読んでいただき、ありがとうございます。

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