15.延びる糸
今、学校中が一つの噂で持ちきりになっていた。
「由香ちゃん、聞いた? 犯罪デパートの東雲の事がまた問題になってるんだって」
雪希の友人の『三島 由香』は隣のクラスの友達が迎えに来た時、その噂を聞いた。
友達からその話を聞いて、由香は思わず笑ってしまった。
「また、あいつが問題を起こしたの? 往生際の悪いあいつも遂に退学かなぁ(笑)」
「いや、それがあいつへのイジメ? 暴行が問題になってるんだって」
「えぇ……そんなの自作自演じゃないの?」
「でも、なんか内部通報? 系列大学にある通報専用窓口にリークされたみたい」
「私も聞いた。近いうちに学校に監査が入るかもって……リークが何故か理事長の耳にも入ったみたい」
「うちの学校の理事長って系列大学の学長だよね?」
「うん、うちらの先輩もたくさん進学してるあの大学。東雲へのイジメが間違って認められたら、相手の子の推薦とか絶望的になるかもって……」
「な、何でそんなに大事になってるの?」
友達同士の会話に残っていたクラスメイトも参加する。数が増えれば事の深刻さも増す。
由香の声も次第に大きくなっていった。
「じ、自分でリークしたんじゃないのぉ? カッコ悪ぅい。堂島君を見習って欲しい」
「それが告発されてるのが堂島君達らしいよ。しかも、認められる暴行が一度や二度じゃないみたいで、東雲以外への暴行も疑われてるんだって」
「えぇ〜、益々ひどい言い掛かりじゃない。それってやっぱり東雲が! 堂島君もいい迷惑だよね」
その場にいる皆が由香の言葉に強く頷いた。
「まぁ、リークしたのが東雲だとすると、自分の幼馴染を堂島君に取られたと逆恨みでもしてるんじゃないの?」
「それって雪希ちゃんのことだよね? いつも、東雲に付き纏われて迷惑してるって言ってた!」
「もしかして、東雲ってば、雪希ちゃんの弱みでも握ろうと悪巧みでもしてるんじゃないの?」
「あり得そ〜」
「「どちらにしろ勘弁してほしいよねぇ」」
彼女達は迷惑そうに顔を顰めて声を合わせた。
「今、ハモった~、あはは!!」
彼女達は大声をあげて笑う。
雪希はそんな友人達の様子を外の廊下から呆然と眺めていた。
「…………」
そして、彼女は何も声を掛けることなく立ち去った。
* * * * *
最近、堂島はとある悩みを抱えていた。
それは恋人の雪希のことだ。
堂島と雪希は確かに交際中だが、クラスの異なる二人はお互いに相手に束縛される事が無い様、用があって相手を訪れる時も事前の申し出と相手の了承を基本としていた。
彼等が恋人関係の契を結ぶ時、雪希がこの申し出をし、堂島は彼女の意見を尊重する姿勢で受け入れた。
しかし、彼としても他の女の子との交流中(ほぼ肉体的なもの)の様子を雪希に見られたくなかったので、この申し出は願ったり叶ったりだった。
雪希に惚れていると言っても、堂島は一人の女性では満足しない生粋のヤリ◯ンなのだ。
そして雪希もまた、現在に至るまでこの約束を守り、堂島の女癖の悪さに文句をつけることはなかった。
(そういう意味でも、雪希は本当にいい女だよな)
束縛しない雪希は堂島にとって都合の良い女だった。
しかし、盗撮事件で東雲を貶めて以降、潮目が変わった。
雪希は体調不良を理由に学校を休みがちとなり、回復後も堂島を避ける様になってしまった。先日は遂に、別れ話まで切り出されてしまった。
(俺が振られるなんて、ありえねぇ!)
雪希に別れを切り出されたシーンを思い出し、堂島は思わず歯軋りをした。
ところが先日、雪希の方から仲直りをしたいとのメッセージがあった。お詫びのデート付きだ。そして、そのデートではキス(と言ってもチークキスだが)まで許してくれた。
なんだかんだ言って、雪希は着実に己に靡いていた。別れ話も、つまりは初心な雪希が「恋愛ブルー(マリッジブルーみたいなもの)」に陥っている余りの出来事で、それは彼女が陥落間近であることの証だった。
堂島は己が雪希の裸体を好きに弄るシーンを妄想し、今度はだらいない笑みを浮かべる。しかし、すぐに「いやいや」と首を振った。
(今は油断しちゃいけねぇ時だ。雪希を完全に自分のモノにする為には、やはり、こちらから打って出る必要があるな)
――男堂島、決断力がある人間なのだ。
堂島はとあるサプライズを持って、約束破りのノンアポで雪希に会いに行くことにした。
そして、堂島は彼女の教室に向かい、廊下でその獲物を見つけて――
「ゆ、雪希!?」
堂島は驚きの声を以て彼女を呼び止めた。
「その髪はどうしたんだ!?」
「どう? 似合ってる?」
「確かにめちゃ可愛い……い、いや、そうじゃなくて、いきなりバッサリだったんでびっくりした」
「堂島君をびっくりさせるなんて、私もなかなか。ふふふ」
確かに髪を切った雪希は堂島好みの姿だった。しかも、いつものサマーセーターを脱いで蠱惑的な彼女のボディラインが明らかな夏服姿――スカートの丈もいつもより短かった。白さが目立つすべやかな太腿も露わに色欲唆ることこの上ない。
雪希の戯けるいつになく可愛い様に堂島は鼻の下を伸ばす。
しかし、堂島はすぐさま真剣な表情を浮かべた。
土曜日のデートの時も髪を切るなど一言も言ってなかったうえ、雪希は昨日も体調不良で休んでいた。
堂島としても彼女の心境の変化を見過ごせなかった。
「髪を大事にしてると言っていたのに、急にどうしたんだ?」
「それは……」
雪希は断髪の理由を聞かれたくないのか周囲を見回し、堂島を引き連れて廊下端まで移動した。
「陽との間でちょっと……」
「そうか、また東雲か……あいつめ」
「そんなに顔を顰めない」
雪希はなおも憤る堂島に「代わりに怒ってくれてありがとう」と柔和な笑顔を浮かべて礼を述べた。
しかし、暫くするとその笑顔にまた翳りが差すのだった。
「堂島君こそ私に何か用があった?」
「いや、デートの時に久々で舞い上がって言えなかったことを伝えたくて」
「言えなかった? 伝えたい?」
「あぁ、雪希にちゃんと謝っていなかったから」
「堂島君?」
「先日は無理に迫って悪かった。雪希と別れたくなくて、つい……本当にすまなかった」
堂島は頭を深々と下げた。
俯く顔には笑顔が浮かぶ。
(堂島聡――いざという時は女にも頭を下げることもできる男だ)
「堂島君……」
「この通りだ」
「……気にしてくれてありがとう。あと、私の方こそごめんなさい。異性に肌を見せる事にどうも神経質になってた」
雪希は感極まった様に顔を赤らめ、視線を堂島に合わせたり外したりを繰り返した。
「か、可愛いかよ……」
はにかむ雪希を隠し見た堂島の口から思わず声が漏れる。
普段の下の優柔不断さはさておき、堂島はビジュアルから仕草から雪希に相当に惚れ込んでいた。
(とにかく、これで先日の別れ話の一件は完全に覆せただろう。更に気持ちをこちらに傾かせるためには――)
堂島はほくそ笑んだ。
「ちなみにトラウマの原因も東雲のせいか?」
「それは……」
「そこまで酷いことをされて、雪希はなぜ東雲に執着するんだ?」
「それは……言えない」
「雪希……雪希はやっぱり、東雲に騙されてるぞ」
「私が……騙されてる?」
「雪希だって聞いたことがあるだろう? あいつは触れた相手の心を支配できる悍ましい力を持ってるんだって。もしかして雪希もそれで……」
「ふふふ。堂島君がそんなオカルト話を信じるなんて意外」
「雪希は俺の言う事を信じられないのか?」
「堂島君の言う事を信じない訳じゃない。でも、現実的じゃない事を信じるのは不可能」
「俺は雪希が傷付くのを見たくない。雪希を救いたいんだ」
「ありがとう。でも、私は私。陽に誑かされていることはない」
雪希は堂島の眉唾の話を一蹴した。
しかし、堂島は尚も食い下がった。
「そこまで東雲に執着する理由が何かあるのか?」
「陽には昔、沢山助けてもらった。幸せを願ってくれた。だからやっぱり……堂島君も陽のことを悪く言わないで欲しい」
それが嘗ての名残りであっても、「恋は盲目」と言う言葉が当てはまるのだろうか。これ程のことをされたにも関わらず(具体的に何をされたのか堂島には分からない)、雪希は陽のことを見捨てきれない様だった。
しかし――
「東雲が助けたのが見返りあっての事であっても、雪希の気持ちは変わらないのか?」
「えっ?」
思わずキョトンとする雪希。
「雪希は自分が過去の借金の形にされていることを知っているのか?」
堂島はスマホの画面を――とある筋から入手したモノを雪希に披露した。そこには1枚の借用書の写真が写っていた。
――『如月 雪希』を質に金参阡萬圓を借用す。
甲が返済出来ない場合、丙(雪希)は
身体、財産、その他人生で得られる全てを
乙(東雲 陽)に譲渡する。
借用書には雪希も見慣れているであろう彼女の両親と陽のサインが入っていた。
「これは……?」
雪希は画面から視線を外さず問いかける。
「雪希と付き合い始めた頃に東雲から送りつけられた物だ。『借金は返されていないから、雪希は俺のモノだ。だから、雪希のことを諦めろ』と、アイツは言ったんだ」
陽から見せられたと言うのは嘘だが、この借用書は紛れもなく本物だった。これは陽の家族から受け取った写真だった。
怒れない雪希に代わって、堂島は怒りの吐息を吐くパフォーマンスをしてみせた。
「人質とは何とも外道なことを……。俺があいつを許せないのはこれがあったからだ」
「うそ……」
まさか自分が物として扱われ、陽に譲渡されていようとは――
その借用書は端的に書かれていても、雪希に衝撃を与えるに十分なものだった。
「今も昔も、あいつは雪希の幸せなんてこれっぽっちも考えちゃいない。あいつは雪希の事を都合のいい装飾品か何かとしか思っていないんだ」
「えっ? えっ? うそ……いや……いやっ!」
ショッキングな事実に、雪希は遂に我慢できずにぽろぽろと涙を零し顔を覆った。
「雪希……雪希っ!」
堂島は慟哭の雪希を強く抱きしめた。
「ごめんなさい、堂島君。ごめんなさい……」
「何で雪希が謝るんだ。悪いのは東雲だ」
「それでも謝らせて。ごめんなさい……でも、これが本物なら……ごめんなさい、ごめんなさい……!!」
雪希は震える声で謝罪の言葉を繰り返す。
そして、堂島は雪希が落ち着くまで彼女の肢体の柔らかさと華やかな薫りを堪能するのだった。
雪希が泣き止む頃、堂島は宣言する。
「俺は東雲と違って雪希を大事にする。人質の話も絶対に俺が何とかする。雪希を救ってやる」
「堂島君、でも……ううん、ごめんなさい」
「俺を信じてくれ」
「……うん、ごめんなさい」
「雪希には『ごめんなさい』よりも、『ありがとう』と言っほしいな」
堂島は雪希の頭を撫でながら戯けてみせた。
釣られて、雪希も笑みを零す。
「うん、ありがとう。私は、堂島君を信じてもいい?」
「勿論だ、信じてくれ」
そして、堂島は雪希を抱き締める力を強めて――
「だから、雪希――」
《雪希も東雲のことを忘れろ――いや、嫌いになれ。俺だけを好きになれ》
堂島が雪希の耳元で囁いたその瞬間、雪希の瞳のハイライトがふっと消えた。
そして、堂島はニタリと醜悪に嗤うのだった。
陽が触れた相手の心に直接感情を伝えられるように、堂島はその声で相手の心を支配することが出来た。相手がふと思った感情を心に繋ぎ止め、その思いを強化するのだ。
堂島はその力を使って良いように女性や陽の周囲の人間を誑かし陽を嵌めていた。
流石に思ってもいないことに従わせることはできない。また、その効果は人によってまちまちであり、中には支配に時間がかかる者もいた。
雪希も効き目が悪い方で、堂島が今まで回りくどいことをしていたのはその為だった。
しかし、堂島が仕組んだ策で陽との関係を拗らせ、雪希の心は徐々に蝕まれていった。そして今、陽の裏切りを明らかにしたことで彼女の心を折り、遂にその声の力で雪希を支配した。
堂島としては長い狩りを漸く成功させた瞬間だった。
堂島はペタペタと雪希の頬に触れ、異能の効果を確かめ満足気に頷いた。
「雪希。まずはお前の心を救ってやろう」
そして、彼は決定的な一言を告げた。
《俺に身も心も捧げるんだ》
目に見えない糸が延び、雪希の割れた心を絡め取る。そして、心の割れ目に堂島の存在が浸透していった。
彼の言葉が彼女の心の隅々にまで行き渡った時、彼女の漆黒の瞳にハートのハイライトが浮かびあがった。
そして、彼女はニッコリと頷き――
「聡君も私を心から大事にしてね――」
雪希は堂島を抱き締め返した。
拙作を読んでいただき、ありがとうございます。
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作者の今後の執筆の励みになります。