14.(独白)この感情の遣り場は……
「陽、遊ぼうぜっ!」
「OK、雪希! なにする?」
「勿論、スマブラ!」
「雪希の下手なやつ〜(笑)」
「うるせぇっ!!」
「いたたっ! ギブギブ(笑)」
俺は雪希にヘッドロックをされて痛がりながらも笑った。
そして、彼女にタップをしながら、その手を通じて彼女の『幸福』を願った。
「ははは――」
「ヘヘへ……ふふふ――」
俺達はいつも一緒にいて、俺達の間ではいつも笑いが絶えなかった。
俺達はいわゆる幼馴染だった。
俺達には幼少から続く友情があった。
幼馴染で親友――
それが俺と雪希の関係だった。
だけど、俺の気持ちはそれだけではなかった。
身なりや仕草をボーイッシュにしていても雪希が美少女であることに変わりはないし、心優しくて実は臆病でどこか儚い彼女から目が離せなかった。俺は子供ながらに雪希を異性として意識していた。
ちなみに、雪希を放っておけない理由は彼女の家庭事情にもあった。端的に言うと、彼女の家は貧乏なのだ。
彼女の父親は運送業を営んでいたが万年経営難で、彼女の母親も夜の仕事(といっても、スナックだが)をして会社の借金返済に充てていた。雪希は雪希で小学校低学年から家事の全てを行い家庭を支えていた。
ある時、雪希のお父さんがお人好しで騙され更に借金を背負う事件が起きた。
このままでは彼女達は路頭に迷う。俺は母さんに「雪希を助けてほしい」とお願いした。
すると、母さんはすごい人であっさりと彼女達の窮状を救ってみせたのだ。
俺は雪希を救えて幸せだった。
だから、この『幸福』を彼女の心に伝えた。
すると、『幸福』を受け取った雪希も笑顔を浮かべてくれた。
一方的に慕って救って彼女の幸せを願って――
これは歪な関係だろうか。
(いやいや――)
俺は全力で頭を振った。
(雪希だけに特別なことをしている訳じゃない)
俺は好意を寄せる人達全員に救いの手を差し伸べていたし、母さんの再婚相手――義父さんとの出会いだって、俺が義姉妹を助けたことがきっかけだった。
俺は人を幸せにすることが好きだった。
彼女達の幸せな顔を見れて幸せだった。
だから、彼女達の幸せをいつも願っていた。
(人に優しく女性に優しくだ。人を幸せにできるなんてこんな素晴らしいことはない。博愛――これが俺の生きる道なんだ)
この時の俺は人を救う責任を考えない『ヒーローごっこ』に酔いしれていた。
小学5年生の時、雪希が同級生に虐められた。
雪希が泣いている姿を見たと聞いて、俺は教室を飛び出した。
昨日から雪希の様子がおかしかった。
周囲の雰囲気はもっと前からおかしかった。
雪希が心配でそれとなく観察し続けていた。それでも、対応が遅れて雪希を哀しませたことを悔やんだ。
当時、雪希とはクラスが別だったというのは言い訳だ。雪希の成長を願い彼女に解決を委ねたその判断は誤りだった。
雪希の泣きじゃくる姿を見た時――
守らなければ――
助けなければ――
幸せにしなければ――
雪希を――
雪希は――
俺が!!
そして、俺の理性の糸は荒れ狂う怒りで千切れた。
「はっ!?」
俺に理性が戻ったのは、獰猛な感情が雪希を襲った奴等を八つ裂きにした後だった。
泣き崩れる雪希の友人だった者達――
怯える同級生の視線――
断罪は初めてだったと、もはや博愛主義を嘯くこともできない。
事件後、俺は母さんに烈火のごとく叱られた。雪希に冗談交じりに愚痴った事があるが、実はそんな冗談めいたレベルではなく、「勘当」という言葉が飛び交ったくらいだった。
叱られた理由の一つは完膚なきまでの断罪劇――結果はやり過ぎでやり口も良くなかった。『人を呪わば穴二つ』と言う言葉を教えられ、「貴方も墓穴に入れてやろうか」と脅された。
それと、怒られたもう一つの理由――
「あなたは雪希ちゃんをどうするつもりなの?」
「それは……」
問われた俺は言葉に窮した。
雪希は事件前も俺に好意を抱いてくれていたと思うが、それは慕情なのか何なのか本人すらも判別出来ない様な曖昧な感情だった。しかし事件以降、雪希は友情とは異なる感情を自覚し、その行動も俺を異性として意識したものに変わってしまった。
雪希から好意を向けられることは素直に嬉しい。それでも、はっきり言われた訳ではない。雪希の慕情を受け取るわけにはいかない俺は雪希のそれを見て見ぬふりをして、やり過ごそうと考えていた。
その曖昧な態度が母さんの逆鱗に触れてしまったのだ。
「人の気持ちを弄んで楽しい? いいご身分ね」
「いや、そんなつもりじゃなくて……」
「その気がなかったなんて言い訳は聞きたくないわ」
「それは……」
母さんの声色は低く、明らかに怒っていた。
「必要以上に相手からの愛情を買うことは――雪希ちゃんの気持ちを徒に弄ぶことはやめなさい。でないと、痛い目を見るわよ」
(母さんだって義父さんや多くの人を救って、それで慕われているじゃないか。慕われる事に何の問題がある?)
「そして、助ける時は見返りを求めなさい」
(見返りを求める必要なんてないだろう。雪希だって幸せなんだから)
「――でないと、雪希ちゃんを苦しめるわよ」
雪希を苦しめる?
幸せにするじゃなくて?
俺は黙るしかなかった。
* * * * *
結局、俺の悪癖はどうしようもないものだった。
中学生になった俺は幾度となく雪希達の窮地を救ってしまった。母さんにも何度も止められたが、それでも俺には彼女達の窮状を放置できなかったのだ。
その結果、雪希に俺の所業がバレて彼女を追い詰めることになることも知らず――
そして、俺達は高校生になって――
雪希は益々綺麗になった。早熟の彼女は高校に進学した時点でテレビに映る女優よりも綺麗で、どんなグラビアアイドルよりも蠱惑的な女性になっていた。
艶っぽい雪希と肌触れ合うと、思わずドキリとしてしまう。気付けば雪希に見惚れる自分がいた。
顔に出さない様にするのに必死だった。触れて変な反応をしない様に距離を取った。
この時の俺は雪希に恋心を抱いていたのだろう。
それは雪希も――それくらいに雪希は俺に依存していた。
それでも、俺は雪希一人を選ぶことは出来なかった。
忘れられない慕情――
積み重なる恋情――
燃え上がるような色情――
俺には雪希以外にも勿体ない程に魅力的な女性達が傍にいてくれた。
俺は節操なく彼女達にも好意を抱いてしまったのだ。そして彼女達もまた、雪希に負けず劣らず俺に好意を持ってくれていた。
無責任に愛情を振りまいて求めて懊悩して――
母さんの言う通りになってしまった。
(要は俺がクズなんだ)
俺には純真な愛を注ぐ事は出来ない。
だから、雪希への恋心も認めるわけにはいかなかった。
(俺は雪希個人を好きな訳ではなく、不幸な女性が好きな変人だ。己の異能を自慢したいだけのナルシストだ)
俺は自分の心を誤魔化した。
この時、おためごかしな『僕』が生まれた。
しかし――
それでも――
彼女達の愛情に報いれなくても応えてあげたい。
彼女達に幸せになってほしくて気持ちが逸る。
彼女達からのアピールに焦り懊悩する。
色々試すが上手くいかず、彼女達を傷付ける。
無理に一人を選んだからと言って、他の彼女達がその恋心を諦める訳が無く、寧ろ暴走を招く。
彼女達を宥めるため、皆を納得させるために『幸福』を大盤振る舞いする。
俺は取り繕うことだけは益々上手になっていった。
そして、『僕』という存在が益々活躍し、『僕』の顔には胡散臭い笑顔が貼りつくようになった。
一方で、『俺』は自分の気持ちのやり場をどこに置けばよいのかと頭を掻き毟った。
母さんからは「覚悟が足りない」と言われた。
「そんなに選びたくないなら、みんな幸せにしてあげれば?」
「一夫多妻の家族もいるみたいよ。陽にぴったり」
「出来るんじゃなぁい? 何でも出来る陽くんならぁ、くすくす――」
強烈な皮肉。
乾いた嘲笑。
冗談とも取れる突き放し。
他のことは俺を認めてくれる母さんも、俺の優柔不断さだけは辛辣だった。
(母さんに言われなくても分かってる。自分では彼女達を幸せにすることができないって。だから、足掻いてるんだ)
そんな俺を嘲笑う様に事件が立て続けに俺を襲った。
自分の器用さをこれほど呪うことはない。
母さんが亡くなった。多くの人が傷ついた。それでも、俺は起こったトラブルを解決し平穏を取り戻すことに成功した。
だけど俺の心は益々荒み、異能を使いすぎた反動のせいか、もう安易に『幸福』を願えなくなってしまっていた。
また、俺は他人の心情を無碍にしすぎてしまっていたらしく――
俺は再び陰謀に巻き込まれる事となった。
致し方ないと思っていた。今の自分であれば再び解決できると高を括ってもいた。
だから、その兆候を読み取っても、愛する人達に裏切られるその瞬間までそのサインを信じることが出来なかった。
それは、雪希との間でも――
俺は雪希だけでも守りたかった。雪希の気持ちは分かっていたつもりだったし、堂島との恋人関係が偽りのものだとすぐに気付いていた。
それでも俺はモヤッとした感情を隠せず、分かってくれる事を期待して雪希に言葉を尽くした忠告ができなかった。
そして、雪希は中途半端に差し出す『僕』の手を求めていなかった。
雪希にも貶められた俺は――
(雪希なんて助けるんじゃなかった)
(彼女の幸せなんて願うんじゃなかった)
(こんなにも雪希に対して恨みを抱くくらいなら――)
――初めから彼女に関わらなければよかった。
俺の気持ちはその事態と同様に拗れて、俺は裏切った雪希の心すら疑いどうしようもなく憎む様になってしまった。
この憎悪を自身を貶めた者達にぶち撒けたい。
復讐を果たさなければ狂い死にそうだ。
心が行動を伴って暴走し異常をきたし始める。
真っ暗な部屋に籠もっていると、暗闇の中にかつて愛した者達が浮かび上がり、その妄想の中で俺は彼女達を血祭りにあげていた。
苦しみ藻掻く彼女達を見て俺は溜飲を下げる。それを現実のものにしようと身体が勝手に動き出したが、俺は己を傷付けることで何とかそれを止めた。
心をすり減らした俺は諦観に囚われる。
(俺はもう壊れたんだ)
(後は狂うだけ。狂ってしまえば楽になる)
貶めた奴等への復讐は己の生存の為に課せられた義務だった。
そして、それは――
(でも、動けない、動けない、動いちゃいけない、動けない……壊れたから動かない)
この感情の遣り場をどうしたらよいのだろうか。
――俺は……
――俺は……
――俺は……
――僕は……
そして、俺は既に狂ってしまった『僕』に委ねてしまった。
僕はその時、醜穢な嗤い顔を浮かべていた。
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